第73話 ワッフル出すか?
エリスちゃんに武器の話をしたら、ドラ○エの装備の話に。
ゲス勇者どもが広めた言葉だと思うが、木刀を桧の棒と同じ扱いにされるのは少しむかつく。
スクーターに乗るシルバーソウルの主人公と違ってホクドウをメインの武器にするつもりは無いから怒ったりはしないけどね。
「ホクドウは左右対称に削るのが結構手間ね。なる早でやったげるけど、皮剥き器のチェックがあるから一週間ぐらいは見といてよ」
「それ程の急ぎじゃ無い…けど、魔石を採ってこないといけないのか。うん、慌てず急いで作ってね」
エリスちゃんが「はいはい」と適当に応えながら、奥の壁に貼ってある予定表に『ホクドウ クレスト』と書き込む。
「琵琶の木材はどうする?
十五センチ角、三メトルのが八本ある筈。一本大銀貨二十二枚が買値よ」
「それなら大銀貨百八十枚で買い取る。後で商業ギルドに行ってカード払いしとくね」
「それなら初回の一本はタダで作ってあげるわよ。
ウチの倉庫も片付くし、助かるわ」
このお店にはギルドや大手の商店にあるギルドカード対応の魔道具は置いていない。あれだって現在の魔道具職人じゃ作れないかも知れない貴重品だからね。
その後、鍛冶師のガバスさんの工房の場所を教えてもらい店を出る。
今日はのんびりと過ごす予定だったのに、また行く場所が増えてしまった。
先にガバスさんの工房に行ってメリケンサックを頼んでおこう。
職人達が集まる区画は、昨日もガルラ親方の工務店を訪ねて来たばかりだ。そこからそう遠く無い場所にガバスさんの工房があった。
鍛冶師の工房は鉄を溶かす溶鉱炉を備えた大きな工場を中心に建てられているようだ。
工場のすぐ側には鋼材店があり、各工房の注文を纏めて溶鉱炉に伝えることでバラバラに鉄などを作るより効率的な生産を行っているのだ。
鋼材店にはそのうちビステルさんと来る予定だったけど、先に顔見知りになっておく方が良いだろう。
いや、場所さえ分かればビステルさんを連れてくるより…ビステルさんの居ない方が話が早いんじゃないかな?
でもそれをすると、あの人なら機嫌を悪くするかも知れないから今日は鋼材店に行くのはやめておこう。
レアスキル持ちの人との付き合いを無くすのは得にはならないからね。
ガバスさんの工房は玄関前にデカデカと看板を掲げているので良く目立つ。
建物の中からは鉄を打つ音と職人さんの声が聞こえるので、人が居るのも分かって便利。
ドアを開けるとガランガランと大きめのドアベルの音がした。
ドアチャイムやインターホンがあれば便利なんだけど。
ドアベルの音がしても誰も返事が無い。
見るとテーブルの上に丸い金属製の物体と木槌が置いてあり、『御用の方は木槌を使って鳴らしてください』と雑な字で書いてある。
この形、どこから見てもボクシングなんかの試合で鳴らすゴングにしか見えないんだけど。
とりあえずカンカンカンと三度ゴングを鳴らす。
「親方! 誰か来たみたいっす!」
と弟子がゴングに気が付いたようだ。
「今は手が離せん。ゴ…お前が出てくれ」
「アッシもブロック作りで手が離せないっす!」
どう言うこと?
ブロックは急ぎじゃないんだけど。
「失礼、中に入ります」
と大声を掛けて工房に入ると、鉄を熱する炉があるせいでモワッとした熱気に襲われる。
そこには親方と呼ばれた人と作業員一人が付いて二人一組で何か作っているのと、少し離れた場所にもう一人の作業員が居て何か押し潰すような作業をしていた。
「勝手に入ってすみません。
ブロックは俺が頼んだので、急がなくても大丈夫ですよ」
と語尾が“っす!”の人に言うと、
「ブロックはアッシのライフワークっす!
依頼主でもアッシのブロック作りを止めることは出来ないっす!」
と実に予想以上に頼もし過ぎる回答に頭が痛くなる。
「ゴビッスさん、依頼主を馬鹿にしたらダメでしょ!」
と勝手に彼の名前を決めて軽く威圧を放つと、「ひっ!」と漏らしてガクガクし始めて手を止めた。
「アッシはゴビッスじゃないっす!
ボビースっす!
何故かよく間違われて困るっす!」
とゴビッス…じゃなくボビースさんが半泣きになりながら訴えるのだ。
そんなの知らんがなっ!
「ゴ…ボビース! その客の言う通りだぞ! この馬鹿たれ!」
と親方…つまりガバスさんまで間違いそうになりながらボビースさんを叱りつける。
お願いした物をイヤイヤながら作られるより、楽しんで作ってくれているのは嬉しいんだけど。
何故そこまでのめり込むのか…その答えは彼の手元を見てすぐに分かった。
サンプルで見せてもらったのより一回りも二回りも小さなブロックと、そのブロックを大量に繋げて作った白い犬…白、黒、赤の三色のブロックを使い分け、体高三十センチを越える力作があったのだ。
念の為に言っておくが、ボビースさんは現在遊んでいるのでなく一心不乱に白いブロックを作り続けているのだった。
決してそのブロックは自分が遊ぶためではない…と信じたい。
「でよ、兄ちゃんがこのブロックの依頼主であってんのか?」
「はい、クレストと言います。ガバスさんですね?」
「そうよ、ガバスは儂じゃい。よく来てくれたな。
少し待ってくれ。もう少しで休憩に入る。
ゴ…ボビース、茶を頼むぞ」
「へい、親方!了解っす! クレストさん、そのブロックで遊んでていいっす!」
ガバスさんはすぐに真剣な顔で仕事に戻り、ボビースさんが道具を置いて奥へと走って行った。
テーブルにはブロックを成形する型と、直方体に切り分けられたブラバ樹脂が大量に置いてある。
型は上下に分割されていて、樹脂を挟んでレバーを引き、圧力を掛けることで成形するようだ。
樹脂も型も適度に熱してあるようで、作業テーブルの前は炉の前ほどではないが暖かく感じる。
テーブルに貼ってある羊皮紙を見ると、ブロックは大、中、小の三種類のサイズがあり、形状も丸い凸が二つのスタンダードの物だけでなく、正方形や長細い物、凸の無い端部用等の幾つかのバリエーションを作るらしい。
この発想があるなら、人形のブロックとか作りたいと言い出すかも知れないな。
ブロックは知育玩具でもあり、また何人かの子供達が集まって遊ぶ時のコミュニケーションツールにも適している。
ロイとルーチェがウィンスト家の子供達と仲良くなったことだし、急がなくてよいと言ったばかりだが急いで大量生産してもらおうか。
だがこんな工作が出来るのなら、薄切り器用の野菜ホルダーも大量生産してもらいたい。
でも材料のブラバ樹脂がどれくらいあるか分からない。まさかあるだけ全部の樹脂がブロックに化けたなんてことはないだろう。
「クレストさん、お茶を煎れたんで飲んで欲しいっす。店の方に移りやしょうよ」
とお盆を持ったボビースさんに声をかけられたので作業場から出る。
「改めて、アッシはボビースっす。ブロックの発案者のクレストさんに会えて嬉しいっす。
クレストさんは天才っす!」
尊敬する有名人にあったファンのようにキラキラした目で見られると気まずい。地球にある物をパクって天才扱いされても対応に困るのだ。
そう言うのが平気な人でないと、下手にアレコレ作らない方が良いように思える。
こうなるのを分かっているから、ビステルさん達は不便な暮らしに耐えてこの世界に適応してきたのかも。
で、俺には堪え性が無いからこうなったんだろう。
「ガバスさんの作業が一段落付く前に、ブロックを一つ作って貰えませんか?」
「やってみるっすか? 簡単に出来るっす!」
嬉しそうに俺の手を引くボビースさんに連れられて作業テーブルに戻る。
やり方は想像通りだったが、意外と樹脂の温度が高く、ボビースさんは素手でも平気なようだが、俺は耐熱手袋をしないと火傷しそうだ。
「これ、結構熱いですね」
「それより低い温度だとブラバ樹脂は上手く成形出来ないっすよ。
アッシが型に入れるんで、クレストさんは圧縮だけやるっすよ」
と言うと樹脂の一つを掴んでポイッと下の型に放り込んだ。
「急いでそのレバーを思い切り引くっす!」
言われるがままにレバーを下に引くと上の型が降りてガチャッと下の型に接触した。
「そのまま三秒キープして、レバーを一番上まで押し上げるっす」
「…一、ゼロ!」
レバーを上げると上の型が持ち上がり、出来たてホヤホヤのブロックが上半分だけ姿を見せる。カクッと手応えがあり、そこでレバーが止まった。
「レバーの今の位置は待機位置で、そこで一旦止まるようになってるっす。
レバーはまだ上に上がるっすよ」
更にレバーを持ち上げるように力を入れるとロックが外れたのか少し上げることが出来て、それと同時に下の型から完成したブロックがせり出してきた。
レバーと型が連動するようになっていて、待機位置より上にレバーを上げると下の型にある凹を作る為の丸い棒が突き出るようになっているのだ。
「これは凄いね。良く出来てるよ」
「そうっしょ! アッシの最高傑作っす!
下型からブロックを取り出すのが意外と手間なんで、改良したっす!
ブロックの丸い穴を開ける型を可動式に変更して大正解っす!」
“っす”が気になる話し方だがボビースさんの腕は確かなようだ。
続けて幾つかブロックを作っていると、
「この動きって裁断機かプレスだよな。
型を熱するのは鯛焼きや人形焼きと同じ…か」
と、ついそんな言葉を漏らす。
あんこが無いからどれも作れない。カスタードクリームのやつもマズくはないが認めない派だからね。
「鯛焼き、人形焼きってなんすか?」
聞き慣れない言葉にボビースさんが反応する。ひのきの棒は広めても、食べ物関係には手を出していなかったのか、それとも廃れたのか。
「どっちも勇者の世界の郷土料理だな。でも型を作るのは難しいよな…」
どこまで教えようかと悩んでいると、
「クレストさん、今日はどんな用事だい?」
と仕事を終えてガバスさんが話に割り込んできた。
「武器を作って欲しくて。
メリケンサックとナックルダスターって言う武器です。鉄板に絵を書いて持ってき」
「目に剣刺っす?
どんなえげつない武器を作るんすか!」
「…ました…けど」
とボビースさんが予想を上回る聞き間違えをした。
「ワッフル出すなー?
ワッフルとは何じゃ?」
とガバスさんも見事に聞き間違えている。
狙ったボケなのかも知れないけど。
そう言えばエリスちゃんも変な間違えしてたな。
「目に剣は刺さないし、ワッフルは…食べ物で…んっ?!
ガバスさん、鉄板貸して!」
この工房ならワッフルメイカーだって作れるだろう。
ラゴン村のミレットさんが鉄板でパンケーキを焼いてたけど、屋台で焼くならパンケーキよりワッフルの方が回転率が良さそうだし(根拠薄し)、あの形なら値段が高くなってもお客様が納得してくれるだろう。
溶いた材料を毎回同じ量だけ型に流し込めるバッターディスペンサーって言う容器も欲しいけど、それは後回しでもよい。
一気に鉄板にワッフルメイカーのイラストを書き、熱してあったブラバ樹脂を貰うと(ボビースさんがそれはダメっす!とか言うのは無視だ)四角い形のワッフルを作りあげた。
「ガバスさん、これがワッフルですよ!
実物は甘くて美味しいパンみたいなデザートです」
と言ってワッフルの模型をガバスさんに手渡すと、
「その格子を付けるのは何の意味がある?」
と不思議そうな顔で聞かれた。初見だとそう思うよね。
「熱の通りを良くする為ですよ。型の表面積が増えるんだから当然そうなるでしょ」
「なるほどのぉ。その分早く焼けるのか」
ガバスさんが感心している。早く作って食べさせてあげたいよ。
「じゃがよ、クレストさんは武器…目に剣サックサクとタックル出すかー?が欲しくて来たんじゃろ?」
「武器なんて後回しで良いんだよ!
俺はとにかく猛烈にワッフルが食べたくなったんだから!」
さっきと名前が変わってるじゃないかよ。
そんな事より、早くワッフルメイカー作ってくれよ!
俺はその間に砂糖の代わりにするもの…デンプンと麦芽で水飴が出来るからそれを作ってくれる人を探しに行こうと思う。
サトウキビから作る砂糖は物凄く高い。ワッフルにはパールシュガーを使うんだけと、これも砂糖作りの工程が必要なので俺には作れない。
コンラッド王国は農業大国であり、発芽した小麦・大麦とじゃがいもは大量に採れる。それなら水飴が作れるのだ。
麦の代わりに大根おろしでも作れるが、大根の匂いがしそうなので俺はパス。
「他にも甘いもの…羅漢果はあるのかな?
食べたことは無いけどかなり甘いらしいし。
山の斜面に葡萄棚みたいにして栽培するから、ルケイドの家が持つ山でも作れるんじゃないかな?」
「急にどうした?
甘いものがナックルに必要なのか?」
「ナックルじゃなくてワッフルね。
砂糖かその代わりが必要なんだよ」
「デザートと言うぐらいじゃから、そうなるのか。山に行けば甘いものは意外と木になっとるぞ」
ガバスさんが心当たりがあるようで頷いていると、
「親方! そのワッフルメイカーとやら作りましょう! 俺も食べてみたいです!」
と今まで無言だったもう一人の職人さんがガバスさんに詰め寄った。
まさかの甘い物好きな人? 熱い現場だから特に夏場は塩飴でも舐めた方が良いと思うけど。
「あぁ、分かった、ナックルメイカーはお前に任せてやる。そう言えばギズは山の出だったな」
「はい! ガキの頃はよく果物を採取してリミエンに売りに来てましたよ」
へぇー、山に入れば売るほど果物とか採れるのか。それは良いことを聞いたな。
俺の知る山と言えば、杉が一番だけど桧にブナに松林なんだよね。
松と言えば松の葉サイダーや松の葉茶なんてのもあるけど、普通は松ぼっくりと松ヤニを思い付くよね。
松ヤニって精製したら色々使えるんだよ。粘着力があるから野球で使うロジンの材料にも使われているし。
他にも接着剤の原料にもなるし、医療用のテープにも使われてるとか。
って、絆創膏の糊にも松ヤニが使えるじゃん!
後はテープの材料さえ見つかれば絆創膏の開発も無理じゃ無さそうな気がしてきたよ!
まさかメリケンサックとナックルダスターからワッフルと絆創膏に辿り着くなんて、やっぱり異世界って面白いね。