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第72話 木とグローブ

 俺の武器と革ジャンが出来るまで、ルケイドは時々商業ギルドで依頼を請けるらしい。

 良いとこのボンボンだと思っていたけど、やっぱり実家が何かの商売に関係した仕事をしているのだろう。 


 家のことは何も聞いていないし、彼も何も話さないので詮索するつもりは無いのだが、聞こえてきた話では現在彼の実家(カンファー男爵家)は経済的にかなりヤバい状況らしく、恐らく来年には奪爵されて平民落ちすると噂されている。


 石鹸作りが量産体制に入ればルケイドの懐もかなり温まるのだが、工場が滞りなく稼働(用地取得、建屋の建築、従業員の確保と教育、原材料の安定的な確保等)してから半年後ぐらいの話だ。


 奪爵を防ぐには規定額の納税が最低限必須であり、一年の延命では意味が無いので来年以降も地位を継続するに相応しいことを証明しなければならない。

 だがそれが出来るなら、そこまで危機的状況に陥っていない訳だからな。


 ルケイドは十五歳で、十六歳になればこの国の法律的にも独り立ちが可能な年齢になる(自らの意思で新しく家を立ち上げることが可能と言う意味)。


 新しく家を立ち上げるとは、つまり家に関する全てをリセットすると言うことであり、親子関係も法律的に解除される。

 そうなると以後は親からの金銭的支援は勿論なし。

 逆に親に資金の援助を行う必要も無くなるので、親が無能で子が優秀ならその選択も大ありなのだ。


 彼が石鹸と紙の製造を考えていたのはそう言う背景があるからだが、無能な親だからと言って嫌ってはいないのだろう。


 カンファー男爵家は木材の販売で過去に富を築いたが、現在は何故か植樹がうまく行かず供給出来る木材が減っていったこと、山林以外に領地を持っていないので農作物の収入が期待出来ないことはすぐに分かった。


 山があるなら果物の栽培が可能かも知れないが、桃栗三年柿八年と言われるように今からでは間に合わない。

 ルケイドが植物を調べだしたのは、そう言う理由があったからだろう。


 いずれはルケイドから話が出るかも知れないが、ぶっちゃけて言うと余所の家のことを聞きたいとは思わない。

 冷たいと思われるかも知れないが、聞いたところで対処法を思い付くでも無い。一時的な資金援助は焼け石に水だし。


 我が家で雇っているブリュナーさん、シエルさん、オリビアさんの三人も、家庭のことは一切聞いていないのだ。


 誰であれ、もし困った事があって俺を頼ってくるなら相談には乗るけど、そうで無ければ不干渉を貫くつもりだ。


 ルケイドなら前世の知識もある筈だから、何か作って売り出せば良かったと思うのだが。

 そうしなかったのは、俺と違って何かに遠慮をしたのだろうか?


 過去に何人もの勇者が召喚されているんだから、ボールペンは無理でも鉛筆ぐらいは発明して(パクって)くれてりゃ良かったのに。

 それとも勇者達にはそんな暇も無かったのかな?


 ビステルさんも転生者だろうけど、あの人も現代知識チートはしない派なんだよね。

 まさか転生神が何かの制限を掛けてるとか?

 不便な生活によく我慢出来るもんだよ。


「じゃあ、俺はバルドーさんに武器を頼むことにするわ。

 ルケイドもチャムさんも根を詰めすぎないようにね」

「適当に休憩取ってるから大丈夫だよ。

 じゃあ、行ってらっしゃい」

「クレストさんはもっと根を詰めて働かれても宜しくてよ。

 親睦会はこちらで会場の手配をしておきますから」


 オホホと笑うチャムさんが何処のレストランを押さえるつもりなのか不安になってきたが、超一流のお店なんてことはないだろう。

 彼女の(有るか無いか分からない)良心に期待しておこう。


 手を振るルケイドとメッチャ嬉しそうなチャムさんを残して物置小屋を出る。


 雑貨店奥のバルドーさんの作業スペースを通り抜けて店に入ると、エリスちゃんが店番しながら何かを作っていた。

 バルドーさんに武器を頼もうと思っていたけど、さっき商業ギルドに行ったのを忘れてたわ。


 エリスちゃんに断りを入れて鉄板を二枚借り、作って欲しい武器の絵を書く。


「とても硬い木でこれを作ってよ」

「それは何?

 木なら武器じゃないよね?」

「いや、立派な武器になる予定だよ。

 これは俺命名『ホクドウ』。

 片刃のソードみたいなもんだよ。

 人間相手にソードで打ち合うつもりはないし、刃が無いから毛皮を傷物にせずに魔物を狩れるでしょ」


 一枚目に書いたのは刀身を六十センチに指定した木刀だ。柄には『リミエン』と焼き印を施す予定。

 折れたら焚きつけに使えば良いのだから、使い捨て(メンテナンスフリー)の武器だ。


 それにバルドーさんやエリスちゃんにも作れると言うことは、スペアを何本でも用意できると言うことだ。


 出来るか分からないけどオーラを流して強化する、みたいな使い方が出来たら格好良いし。

 でもそれなら鋼の剣に炎を纏わせるのも同じことか。


「普通は威力重視だと思うんだど。

 一回アンタの頭をかち割って見たくなるわね」

とエリスちゃんが恐ろしいことをしれっと言う。

 そう言うのはマジにリタにやらせる予定だからギャグにならないんだよ。


「棍棒にしては随分細いわね。ゴブリンの棍棒の方がマシじゃない?」


 言うに事欠いてゴブリンと比べられるとは何たる侮辱!

 だが俺は出来る男だからその程度で怒ったりはしないのだ。


 力任せに振る棍棒と、理論武装が施された刀を模した木刀は棍棒などとは訳が違うのだよ。

 と言っても刀の形状には科学的にも意味があるけど、木刀にどれ程の意味があるか分からないけどね。


「俺には剣術スキルがあるから、それを役立てるには形がソードに近い方が良いんだよ。

 でもソードを持つのは趣味じゃないから」

と自己肯定しつつ、鋼の剣を否定する。

 

「言いたいことがよく分からないけど…それなら普通に木剣で良いんじゃない?」

「断面の絵を見てよ。木剣とホクドウじゃ全然違うでしょ?

 太く、丸くしてあるから木剣より丈夫だよ」

「ああ、なるほど。そうみたいね」


 木刀と言えども見た目も大事。丸でも楕円形でもなく、鎬筋を通した見た目にも美しくなる予定なのだ。


「作るのは良いけど、硬い木だと割れちゃうから粘りのある木が良いよね?」

「そうなんだよ、よく分かったね」

「パパの木の仕入れにもついて行くから、木によって性質が随分違うことは知ってるよ。

 ウチではキチンと使い分けしてるのよ」


 と言うことは、バルドーさんはエリスちゃんを跡継ぎに考えているんだね。子供は彼女しか見ていないけど一人娘なのかな?

 余所の家のことを聞くのは好きじゃ無いから聞かないけど。


「武器に出来る木材ってそう多くないから割高なのよね」

「少々高くても琵琶の木が有れば一番良いんだけど。

 無ければ鉄刀木、白樫あたりで」

「おーっ!お客様、超ラッキーですねっ!

 琵琶の木材なら在庫があるわよ。

 硬過ぎるからウチで作る工芸品には使わないけど、倒産した材木商の在庫処分セールで安く買っ…ゴホン、適性価格で買い取ったんだよね」


 それって、まさかルケイドの実家絡みの商店じゃないの?

 で、安く買ったと言ったらその分値引きしろと言われると思って言い直したんだね?


「それなら琵琶の木材、在庫一式買いとるから」

「毎度あり~っ!」


 まさかの不良在庫だったのか、エリスちゃんが今までにない笑顔を見せた。

 恐らく建材にするには量が足りずに買い手が付かなかったのを、バルドーさんが買い叩いたけど持て余してたってとこか。


 でも、なんかエリスちゃんに上手く誘導されたような気がするが、気のせいだよな?


「で、その木でソード擬きを作るのは仕事だから良いんだけど、マジで硬い魔物相手に叩き込んだら手に衝撃がモロに伝わるわよ」


 それは鋼の剣でも同じなんだけど。

 武器をシッカリ握って岩を叩けば手がジーンと痺れるのは当たり前で、戦闘中にそんな状態になるのは致命的だろう。

 ゲームや漫画だと剣でアイアンゴーレムなんかに斬りつけることもあるけど、普通に考えたらそんなの有り得ないよね。


 でもこの世界には魔法も魔道具も魔物素材もあるから、きっとどうにかなるんだろう。


「何かその衝撃が逃がせるような物は無い?」

「昔から革グローブが使われてるよ。

 ルシエンさんのお店で革鎧のついでにグローブも作ってもらえば?

 グローブだからってケチったらダメよ。アンタにそんな心配は不要だろうけど」


 なるほど…達人は無茶な敵にも技術でなんとか対応している訳か。グローブを付けても衝撃が逃がせるわけが無いんだし。

 それなら剣術スキルに期待するしかないか。


 確か、革グローブなら骸骨さんの持ち物の中にも幾つか入ってたな…アイテムボックスを検索して、革グローブを肩掛け鞄経由で取り出してテーブルに乗せてみる。


「革グローブなら、良いのを持ってたわ。

 何の革か知らないけど」

「私、革やグローブのことは専門外なんだけど、これはまた何と言うか…」


 第二関節までしかないオープンフィンガータイプだが、剣を受けるためなのか甲には金属製のプロテクターが取りつけてあり、拳の骨の出っ張るところには半球状の金属部品、基節部にも指の保護かそれとも攻撃のためなのか金属部品が取り付けてある。


 バイク乗りやドライバー用のお洒落要素のある物ではなく、戦闘用に作られた物だと一目で分かる。金属部品がトゲトゲしていないのが唯一の救いか。


「それがあるなら作らなくて大丈夫そうね。

 それにしてもキリアスには変わったものがあるんだ…ね」

とエリスちゃんがそっぽを向きながらそう感想を述べる。

 この革グローブは彼女的にはどうやら関わり合いたくない逸品のようだ。


 骸骨さんが戦闘用のグローブを作りたかったのは分かるけど、もう少し大人しいデザインにならなかったのか?

 これなら素直にガントレットを使った方が恥ずかしく無いのだが、俺の中に残っている厨二病の後遺症のせいで、この革グローブを否定しきれない。


「いや、これって素手で戦う時のグローブだよ。

 『ホクドウ』を使うときにはちょっと邪魔になりそうだから、やっぱりルシエンさんに普通のグローブをお願いしようかな」

と誘惑に抗い、辛うじて後遺症を押さえ込む。


 追加の出費になるが、ホクドウで戦って手を傷めたんじゃ意味が無い。それなりにしっかりした革グローブを作ってもらおう。


 さっきちらっと見たけど、アイテムボックスの中にはウル何とかさんみたいな鉤爪の付いた戦闘用グローブの他、ゴボウの皮剥きが出来るやつ、撫でると犬猫の抜け毛がキャッチ出来るやつとか実用的な物も収まっていた。


 鉤爪は使う予定が無いけど、ペットを飼えば抜け毛キャッチのグローブは使えるだろうな。

 皮剥きグローブはブリュナーさんにプレゼントしよう。


 グローブの話はそれぐらいにしておいて、他の武器も用意しよう。


 二枚目の鉄板にメリケンサックとナックルダスターを書いて用途を説明する。


「それならガバスさん…ブロックを作っている人が良さそうね。工房の場所を教えてあげるわよ。

 でも魔物相手に殴る気なの…マジで?」

と呆れた顔をされた。


 普通に考えれば剣や槍みたいな武器を選ぶんだろう。

 骸骨さんは剣と槍のスキルを持っているんだけど、手に取ってみると凄く嫌いな人が持っていた物を使うような感覚があって体が拒否するんだよね。

 じゃあ木刀も同じだろ?と思われるだろうが、恐らくノーカンだろう。


 槍の代わりに少林寺でやってそうな棍も選択肢に入るのだが、残念ながら棒術スキルが無いので使い方が分からない。

 リーチがあるので牽制に使えると思うんだけど、慣れない武器なら持たない方がマシだ。


 あと、アイテムボックスにトンファーらしき物が入ってたので後で見てみよう。

 チラッと見た説明書きに気になる文言があったから。


「で、『極道』と『目危険タップ』と、えーと『アップル出したー』…だけで良いの?

 盾は持たないの?」

「あのねぇ…ホクドウ、メリケンサック、ナックルダスターだよ。

 それで、ホクドウは基本的に両手持ちだから盾はいらないよ」


 侍は基本的に刀で戦う時には盾は持たないもんね。

 それに盾ならアイテムボックスに幾つか入ってるし。まさか骸骨さんだって盾にヤバい攻撃機能を付ける訳ないよね?


「なんで?

 木の…桧の棒なんて最弱の武器よ!

 アンタの冒険は始まったばかりなの?

 鍋の蓋ぐらい持ちなさいょ!」


 ひのきのぼう&おなべのふた…勇者達ってそんな物までこの世界に広めていたのか…ょ。

本書では、メリケンサックは四本の指を通す穴の空いている武具、ナックルダスターはメリケンサックに掌底に当てる部分が付いた物とする。


普通の人が思い浮かべるのはメリケンサックの方で、これを指の根元近くまで嵌めて殴ることだと思うが、お勧めはしない。


ナックルダスターはパンチを撃つのと違い、中節(第一関節と第二関節の間)に嵌めて使う。

殴る時はストレートではなくフックで。

殴る以外に小指側の側面を振り下ろす鉄槌打ちも可。


どちらも強化スキルを使わないと指を怪我するので、興味本位でジャングルなどで購入しないように。

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