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第70話 馬車を作る工房にも問題がある。宿題もあったし

 フレームを鉄パイプで作り、ハンドルとサスペンションを装備した馬車の技術を払い下げるのに大銀貨千枚だと言われてビビる俺。

 占有販売権どころの騒ぎじゃない。


 ビステルさんと俺用の馬車は試作品だから利権などの(しがらみ)には捕らわれないと思うが、どこかの馬車工房を頼る必要がある。


 ビステルさんを紹介される前は、何も考えずに飛び込みで馬車工房に製作依頼を出すつもりだった。


 どこかの工房にお願いに行くこと自体には変わりが無いが、相手に与える影響の大きさを知って行くのと知らずに行ったのでは結果が大きく変わっていただろう。


 然しながら社会人経験の無い俺には、交渉の仕方が分かっていないのだ。

 誠心誠意お願いする、相手の利益を説明する、脅す、ヨイショする、手札として知っているのはこれぐらい。


 今までに交渉の真似事をしてきた工房の人達は、俺に好意的に接してくれていたので大した問題も無くやってこれたのだと思う。


 一番しんどい相手は断トツでレイドル副部長だ。

 腹黒さではライエルさん、スオーリー副団長の順番だろうか。

 この三人は二十歳に満たない若造が相手にするような人達じゃないと思うんだけど。


 もしライエルさんと俺と利害関係が食い違っていたら、俺なんて今頃サメの餌になっているか、強制労働させられてるかも。

 他の人達も多分俺が若造だから甘々で対応してくれてるんだと思う。



「…一式で最低大銀貨千枚は取らないと。

 ま、アンタにそれだけの覚悟は無いだろ?」


 大銀貨千枚と言うのは、恐らくかなり吹っ掛けた金額を設定して、そこから交渉して値引いて行くんだと想像できる。

 だって一軒の馬車工房で購入出来る金額ではないのだから。


「まさか、飛び込みでどっかの工房に入ろうなんて考えて無かったでしょうね?

 馬車工房は大小合わせて三軒。

 経済力の順に言うと、富裕層向けの馬車を製造する『ベンディ馬車工房』が断トツ。

 私の良い金蔓になってる所よ」

「最後の説明は必要ですかね?」

「これ以上無い分かり易さでしょ?

 派手好きな客を相手にしてるから大好きよ。

 でもアンタが相手すると全身の毛を毟り取られるわね」


 とんでもない相手なのは分かったよ。

 絶対この工房は避けて通ろう。


「次は一切の危険は冒さずに、堅実で誠実がモットーを絵に描いたような『ボルグス馬車工房』。何の面白みも無い男が工房主ね」


 ここは今回の新型を頼むには向いていなさそうだな。


「最後に新進気鋭の『モルターズ馬車工房』。

 ここはアタイと似たようなとこのある、新しい物好きの若い女性が工房主よ。

 アタイとしては、アンタには『ボルグス馬車工房』と『モルターズ馬車工房』のどちらかを勧めるけど、どっちにする?」


 新しい物好きな人なら、新型馬車の交渉も簡単に行きそうだ。

 考えるまでも無さそうだけど。


「普通に考えればモルターズですね。

 もし断られたら、仕方なくボルグスに行くってことで」

「そう言うと思った。

 でも多分モルターズのステラの性格だと、この話には乗ってこないわ。

 言ったでしょ、アタイと似てるって」


 どこがどう似てるのか、具体的に言ってよ。ステラさんとやらも、他人に作れる物は作らない派な訳なのか?


「それじゃ、どちらも協力してくれないってことになりませんか?」

「ステラは自分の思い付いた物しか手を出さない。

 ボルクスのボーゲンは超保守的。

 この二人を口説くのはアンタの仕事ね。

 言っとくけど、アタイはその二人には好かれていないから、交渉には参加しないわよ」


 それって八方塞がりと言うのでは?


「パーツだけは作ってやるから頑張んな」

「…分かりました、何とか交渉してみます。

 考えてみたら市販は一切せずに、試作の二台だけで終わらせても良いんだし。

 一点物の製造だと思えば何とかなるでしょ」

「せっかくのアイデアなのにそんなんで良いのかい? 勿体ないわね。

 ま、一切お日様に当たらない印刷機よりはマシってもんか」


 全くだよね。折角の印刷機が活用されないなんて勿体ないことをしてる国だからね。


「で、馬車の次は漫画の販売に向けて動いてくれるんだよね?」

「多分、すぐのことにはならないと思いますよ。

 他にも冒険者ギルドの関係で役目を仰せつかっているので」

「冒険者なら、そこは依頼で忙しいと言うんじゃないかい?」

「ギルドマスターからの指名ですからね」


 食べ歩きマップのクイダオーレにギルド主催のイベントのアイデア出し。

 イベントはフィールドアスレチックが候補だけど、運動会も良いよね。


 で、どう考えても両者とも冒険者が手を出す分野に思えない。

 普通に考えたら前者は商工会議所、後者は公園や遊園地等の運営団体のやる仕事だろ。良くてイベント企画会社の案件だ。つまり商業ギルドが取り仕切るのが普通だと思うんだけど。


 ライエルさんの考えが分からないけど、冒険者ギルドにもそう言うイベント企画部門を立ち上げるつもりなのかな?

 良く言えば住民サービス的な事業だからね。

 冒険者ギルドの好感度アップが目的なのかもね。

 考えても無駄だろうから、次の用事を済ませに行こうか。


「じゃあ、今日はこれで退散します」

「あいよ~。明日の夕方ぐらいに一回来な。

 腹空かせてまっ…ゴホン、ボタンの進捗が気になるだろ?」

「何か夕ご飯になる物を持ってきますよ」


 こうも堂々と夕食の差し入れを要求されると悪い気もしないね。

 でも、甘やかし過ぎると毎日パンケーキと紅茶を持って来い、とか言い出しかねないから気を付けなきゃ。



 ビステルさんの工房兼自宅を出て、『エメルダ雑貨店』へと向かう。

 海藻サラダの食べ残しが固形石鹸の材料に適していそうだと判明したのが二日前の夕方だ。


 大して時間も経っていないので、石鹸についてそれ程の進捗は望んでいない。

 ルケイドが雑貨店の皆と上手く行っているかどうかの確認をしたいのだ。


「大将いる~?」

といつもの挨拶をしながらドアを開けると、

「クレストさん、おはよ~。家はどう?」

とエリスちゃんが加工中の木材を手に挨拶を返してきた。


「悪くはないよ。

 でも元々改築するつもりだったから、明後日ぐらいから改築に入る予定だよ」

「お金持ちが羨ましいわ。

 で、パパに用なの?」

「…いや、ルケイドは来てる?」

「うん。依頼も請けずに籠もってる。完全に職業選択を間違ってるパターンね」

「楽しんでやってるなら良いけど、飯は食ってんだろうね?」

「お昼にパンを差し入れしたわ」

「それは悪かったね。

 他の人達とは上手くやってる?」

「奥様ネットワークの人達に人気があるわよ。どうも息子代わりのポジションみたいね」


 それなら安心だとホッとしたところで、

「おう、来てたのか」

とドアを開けて入って来たのはバルドーさんだ。

「商業ギルドの依頼の件は覚えているか?」


 依頼? なんかあった…あ、高い所のやつか。完全に忘れてたわ。


 俺がうっかり!と言う表情を見せ、バルドーさんががっかりしたところで、

「時間が掛かりそうね。実験室に行ってるね」

とエリスちゃんが気を利かせて席を離れる。


「ゴメン、今から書くから鉄板貸して」


 百均でも買えるようマジックハンドのイラストを鉄板に書く。

 レバーを握るとワイヤーが引っ張られて先端のクワガタ虫の顎みたいなアームが閉じ、レバーを放すとコイルバネの力でワイヤーが元の位置に戻る。


 百均で売っているからと言って馬鹿にしてはいけない。この世界でいざ作ろうとなると、プラスチックがないから素材は木か金属になる。

 ビステルさんのメタルフォーミングを除けば、これらの素材を粘土のように自由自在に扱うことは不可能だ。


 国中探せばそんなレアスキル持ちがまだ他にも居るかも知れないけど、自分の持つスキルに気が付かず一生を終える人も多いのだろう。


 そう言えば、冒険者ギルドでもステータスの話は一度も聞いたことが無かったな。

 そもそも論で、ステータスと唱えて自分の状態が見られる事自体がおかしい話なんだよ。

 コンピュータゲームとリアルを一緒にするなよなって話だ。


 でも必要量の魔力を使えば、遣りたいことが何でも出来るのが魔法のある世界。

 ステータスを見るのも魔法だと考えれば、一応納得が行く。


 エリスちゃんの『木工』スキルも、恐らく本人が気が付かないだけで魔力を消費しているんだろう。

 製作系のスキルって、工作時に脳の処理を肩代わりするか、脳の働きを最適化するような仕組みなんだと思う。


 芸術等の突出した才能を持つ自閉症患者が世界には実在する(サヴァン症候群と言う精神的な症状)が、意図的にこの才能の突出を引き起こすのが、所謂(いわゆる)スキルだと考えられる。


 自分にどんなスキルがあるのかを知る一番手っ取り早いのがステータスだが、その存在を訊いても良いものなのか。

 当たり前すぎても誰も言わないのか、それとも存在を知られていないのか。


 この世界の常識を持っていないから、こんな詰まらない事に引っ掛かってしまう。

 悩むだけ正直時間の無駄なんだけど。

 

 マジックハンドの絵を書きながらも、そんな事が考えられるのは骸骨さんの持つ『描画』スキルのお陰だ。


「この装置、レバーを引いてワイヤーを引っ張りアームを強制的に閉じる。

 レバーを放すとバネの力で元に戻る。

 理屈は簡単だけど、ワイヤーの張力とバネの張力のバランスが取れていないとユルユルになるか、キツくて引けないかになる。

 だから、試作品は張力の調整が出来るようにする必要があるかな」


 バルドーさんがフムフムと頷きながら説明を聞く。

 どうやら納得が行く図と説明だったらしく、ニカッと笑う。


「これは良いな。痒い所に手が届くってやつだ」

「孫の手にするには高価ですよ。

 あと、商業ギルドへ配布する分には調整機能を付けない方が良いと思う。

 試作段階でシッカリ調整して最適化した物を渡してあげてね」

「シンプルな作りの方が故障を起こさん。当然じゃろ」


 部品点数が多ければそれだけでコストが増える。

 だがその為に複雑な形状の部品を作るのもナンセンスだ。

 数値制御の工作機械も百分の一ミリ単位で計測可能な計測機器も無いのだから、精度の管理はロクに出来ない。


 如何にシンプル構造、部品、仕組みで欲しい機能を実現するかがこの世界のエンジニアには求められるのだ。


「そう言いながらも、握り続けるのは大変だからレバーにストッパーを追加するぐらいは良いと思う。

 掴む物に寄ってアームの形と長さを変えたパターンを作っても良いし」

「そうじゃな。ウチでも高い場所にあるものを取るのに使えるわい」


 元々は明かり取りの窓の開閉用に考えてたんだよね。思い付いた時には別件が有ったから言わなかったけど。


「じゃが、これは作るのに手間が掛かりそうでウチでは出来んな。

 ギルドにはアイデア料だけ請求するか。幾らにする?」

「相場が全然分からないから、バルドーさんが決めてよ。

 試作でかなりの費用がかかると思うから、あまり高くしないであげてね」

「そこは普通出来るだけ高くしてくれと言うところじゃが」


 両手を上げて、やれやれのポーズで呆れるバルドーさん。

 でも人のアイデアをパクってボロ儲けするのは違うと思うんだよね。


「それでさぁ、ここでそれを作らない場合、商業ギルドがどこの工房に作らせるのか決めるの?」

「そうなるな。儂も決め方は知らんが一軒が選ばれる」


 それって不平等にならないのかな?

 幾つの工房から選ぶのか知らないけど、入札制度も無いだろうし、担当者の好きな工房が選ばれるのなら納得出来ない。


「それなら工房同士で競わせたらどう?」

「競わせる? 何故そんな事をする?」

「新しい物にチャレンジする切っ掛け作りかな。

 それと小さな工房の技術力を知らない人に見せ付けるチャンスにする」


 入札を採用したとしても、結局小さな工房は損して得を取る戦法は難しいはず。結局大手に流れる可能性が高い。

 それなら腕で勝負させれば良いと思う。

 でも、小さな工房じゃ試作の費用を出すのが難しいだろう。


 そうなると、結局商業ギルドに決めさせるのが一番ってことになる。

 それは分かるけど納得はいかない。


 コンテストを開いて賞金を出すのも面白いが、マジックハンド程度じゃ集客力が弱いと思う。


「難しそうな顔をして何を考えておる?

 腕を競わせるのは良いかも知れんが、審査をする者の影響力で判定はどうとでもなるだろ?」

「それを防ぐのに、どのマジックハンドがどこの工房のか分からない状態にして、無作為に選んだメイドさん達に使って貰って、十点満点で点数を付けて貰えばどう?」

「なるほど、それなら利害関係者の影響力を排除出来そうだな。」


 出展するマジックハンドの製作費を商業ギルド持ちにさせる為には、お客さんを集めてそれ以上の利益を上げさせる必要がある。


 その為には色気、食い気、大道芸なんかを抱き合わせにすれば良い。


「同時開催で美人メイドさんコンテストとかグルメ大会、新作衣装のファッションショーも良いよね。

 それと冒険者ギルドの人達で弓や魔法の的当て大会も良いね。

 後は有名な吟遊詩人を呼んだり」

「おまえなぁ…うちはしがない雑貨店だぞ。

 そう言うアイデアがあるなら商業ギルドに言ってくれ。

 それだけ出てくるなら一つ二つは実現しそうだ」


 でもリミエン以外から人を集めるのは簡単じゃ無いだろう。

 とにかく都市間の移動には時間とお金が掛かるらしいからね。

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