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第69話 試作機の依頼を

 オリビアさんの食いしん坊疑惑が発覚したが、ロイとルーチェから「オリビア先生も一緒に晩御飯を食べようよ!」と援護射撃もあり、明日からも一緒に夕食を摂ることが決まった。


 そして夜が開けて。


 我が家の朝食は十時(七時半)を目安に食べることとなった。

 ブリュナーさんの用意する朝食はパン、スープ、スクランブルエッグ、野菜サラダが基本らしい。


 スープは時間に余裕がある時に大量に作り、マジックバッグに保存しておくそうだ。

 アルミパックの封を切ってお湯に溶かすだけのスープも美味しいと思っていたが、真面目に手間暇を掛けて作ってくれた料理には敵わないな。


 ラゴン村のミレットさんの牧場から購入した牛乳とバターがスクランブルエッグに使用されているのでとても贅沢な一品だ。

 これにマヨネーズを混ぜるか、それともケチャップを後から掛けるか、そんな楽しみ方もあるな。


 と思っていたら、どちらもレシピは現代に残されていないらしい。勇者の誰かが絶対作っているはずだよ。

 どちらも作ろうと思えば家庭でも作れるんだから。


 ベーコンも存在するのだが、スパイスが輸入品のため高級品となる。

 勿論スパイスを使用していないベーコンもあるが、やはりスパイスは偉大だと思わせる差が出るらしい。

 ブリュナーさんはそんな廉価版ベーコンでも神業で美味しく調理してくれるらしいので、明日はベーコンエッグをお願いしよう。

 調理スキルってチートだと思うよね。


 そんなブリュナーさんが用意してくれた各種お茶の中で、定番になりそうなのが次の通り。

 朝食後は何かをブレンドしたレモングラスティー、子供達はローズヒップティー。

 昼食後はミントティー、子供達はミント抜きで、夕食後はカモミールティーが出る。

 ブリュナーさん、シエルさん、オリビアさんは色々と試したようだが、各自が気分によって好みのお茶を煎れるとのこと。


 今日はオリビアさんの家庭教師の初日と言うこともあり、午前中は子供達と町に出て読み書き計算の大切さを教えるらしい。

 昨日も買い物に連れて行ってたけど、必要な物を買い揃えるのに時間を取られて何かを教える余裕は無かったらしい。


 勉強を教える前に、勉強の大切さを教えるなんて経験は無いよね。

 これが義務教育のある世界と無い世界の違いかも。


 そう言えば、昨日はスナップボタンで時間を取られて『エメルダ雑貨店』に顔出し出来なかったな。

 朝一で行って来るか。


 その前にブリュナーさんにデザート作りを頼んでおかなきゃ。ビステルさんに気持ち良く働いていただく為の賄賂代わりだからね。


 スナップボタンとジッパーの他にも、馬車の部品と鏡を追加でお願いしたいから彼女のご機嫌を取らなきゃならない。


 協力業者への手付けだと言うと、フライパンで簡単に焼けるパンケーキ(ミレットさんバージョン)にラム酒の風味付けをした物をすぐに焼いてくれた。


 プロがやると簡単そうに見えるけど、竈での調理は以外と火加減に手間が掛かる。

 魔道具のコンロに代わるまではお手伝い出来そうにないな。


 パンケーキを受け取って、これから行く順番を考える。

 最初にビステルさんとこに行って、鏡と馬車のパーツを作って貰えるか確認だな。

 次に『エメルダ雑貨店』でルケイドに問題が起きていないか訊いてみよう。と言うか、アイツは冒険者ギルドで依頼を請ける気があるのかな?


 後は冒険者ギルドと商業ギルド、魔道具店に教会にも行きたいんだけど。一日に全部回るのはちょっと無理かな?

 今日は急ぐ必要がある所だけ回ろう。他にも色々と遣りたいことはあるけど、それほど急ぎってワケでもないし。


 よし、そう言うことでビステルさんちへゴーッ!



「コンコン、おはようございます、クレストです。」


 ビステルさんの工房を訊ねてドアをノック。

 これが普通の鍛冶師なら中から賑やかな音がするから居れば分かるんだけど、ビステルさんは特殊だからな。


「おはよー。もう来たのか?

 気が早過ぎると思うんだけど」


 寝癖を付けたままビステルさんがドアを開けてくれた。徹夜で作業とかしてなくてよかったとホッとする。

 一人暮らしだと時間にルーズになりがちだからね。


「で、昨日の今日で来たってことは、超美人技師のアタイに惚れたってことで良いのかな?」


 アハハと笑いながら言ってるから本気じゃないのが分かる。


「実はビステルさんにとても会いたくなって、それで急いで来てしまいました」

と訳あり顔で応える。


「ゴメーン、年下は無理。

 でも養ってくれるならセーフ。お金持ちならモアベター。富豪なら即エッチもオーケー」


 こうもアッケラカンと言われると、色々と対応に苦慮するよね。

 やっぱりこの人の本心が全く分からない。


「冗談はポイッとして、急いで来たのは追加で作ってもらいたい物が幾つか出来たからなんですよ。

 しかも、なるべく早く」

「仕事で来たんだ。喜んで損した気分。せっかく玉の輿に乗れると思ったのに。

 まぁ中に入んな」


 わざとらしく頬を膨らませながらテーブルにつくと、

「で、アタイがツマラナイ仕事はしないと分かって、よね?」


 玉の輿って何ですか? 嫁の募集はしていませんよ。

 それとも行き遅れアピールですか?

 少し可哀想に思えるじゃないですか。


「勿論ですよ。一つは鏡。王都で買うと大銀貨五十枚もするらしいんです」

「鏡は噂で聞いてるわよ。

 金属表面を何かの液体を付けて磨きあげると、顔が映るようになるのよね。

 でも他の人に出来てるわよ?」


 やはりただの鏡では無理か。予想してたけど。

 この人に作ってもらう為には、

「全身が映るサイズの鏡が欲しいんです。

 昨日『マーカス服飾店』に行ったら鏡が無くて、服を作ったのに自分で確認出来なくて困りました。

 美人のビステルさんが服を買いに行って、自分の姿を見ることが出来ないのは困るでしょ?」

と多少の精神的ダメージ覚悟の交渉が必要だろうな。


「超絶美人なんて照れるわね。いいわ、やってあげよう」

と両手を頬に当てながら身悶えるような仕草をする。

 吊り目の美人のギャップ萌え狙い作戦かな。あまり効果は無いけど。


「恐らく普通の技師だと五十センチ角の鏡が製作の限界だと思いますし。

 それ以上大きくなると、綺麗な平面にならずに歪みが生じる筈です。

 試着室を作ってそこに一枚ものの鏡を貼りたいので。これはビステルさんにしか出来ませんよ」

「試着室…確かにどのお店にも無いわね。

 全身が映るサイズなら高さ二メトル、幅八十センチぐらいは欲しいわね」

「はい、それでお願いします」


 そんなデカいものまでスキルで作れるとは予想外だ。メタルフォーミングって金属相手なら何でもありなのか?

 戦闘中でも相手の武具を破壊出来そうだな。

 ビステルさんをそんな場所に連れて行く気は無いけど。


「鏡面加工はかなり手間が掛かるわよ。

 さすがにそのサイズだと、一枚仕上げるのに一日は掛かり切りになるわ。

 一枚、大銀貨三十枚ね」

「そんなに安く出来るの?

 最低五十枚だと思ってた。それなら二枚、いや、十枚買います」


 予想外の安さにビックリする。

 だって五十センチ角の鏡より安いなんて想像出来ないでしょ。

 それなら我が家にも何枚か設置しようと思う。各自の部屋に一枚ずつかな。


「そう言えば挨拶の時の遣り取りがおかしな方向だったので、出すタイミングを逃したんだけど。

 お土産を持ってきたので食べてください」


 ビステルさんにはアイテムボックスを隠す必要は無いので、直接取り出してテーブルにパンケーキを置く。

 焼きたてを入れたので良い香りを漂わせている。

 甘い香りにビステルさんが唾を飲み込む。


「これは? とても甘くて良い香り」

「我が家のコックさんに焼いてもらいました。今から食べます?」

「当たり前でしょ!」


 ナイフとフォークは使わず、直接手掴みでパクリと行くと、きつめ系美人のビステルさんの顔が蕩けたような表情になった。

 甘さ控え目の紅茶もアイテムボックスから取り出して彼女の前に。

 勿論これもブリュナーさんの淹れてくれたやつだ。


「アタイ、アンタんち行く!」

「いや、ウチはレストランでもカフェでもないですから」

「嫁にしなさいよ。まだ童貞なんでしょ」

「イヤイヤ、これで結構イケイケですよ」


 わざとらしく指折り適当な女性の名前を出して行くが、ビステルさんは取り合ってくれない。

 嘘なのがバレているらしく、俺を無視して凄い勢いでパンケーキを平らげていく。


「けぷっ、いやー、食った食った。こんな旨いの初めて食った。

 こんなのお土産に渡したら落とせない女は居ないよ。だから誰にも食わせちゃダメよ。

 ダース単位で嫁が出来ちまうからさ」

「覚えておきます」


 まさかそんなことは無いと思うけど、オリビアさんが勤務時間の延長をしてまでして毎晩ご飯を食べて帰る気になるぐらいだからな。

 それぐらいブリュナーさんの料理には中毒性がある魔性の料理かも。


「他にも頼みたい物があるんだろ。言いな」


 機嫌がかなり良くなったらしく、彼女の方から話を振ってきてくれる。やはり旨いはこの世界でも正義なのだ。


「はい、鋼を使ったロープは作れますか?」

「あのさ、アタイは鋼を産む蜘蛛女(アラクネ)じゃ無いんだよ。さすがに何メトルもある鋼線は扱ったことは無いよ。

 誰かに作らせて持ってきな。端部処理ぐらいならやってやるよ」


 言われることはご尤もだな。ロープの長さだけとは言わないけど、ある程度の直線距離を確保しないと()り線は作れない。

 この工房の中でのワイヤーロープ作りは無理だろう。


「そうします。

 それと、新しいタイプの馬車を考えていて、その部品もお願いしたいんです」


 テーブルの上にアイデアを纏めた羊皮紙をパラリと乗せる。


「これは馬車? フレームを鉄パイプにして、変な部品で車輪を繋ぐんだねぇ。

 ちと複雑だけど、それぐらいなら鍛冶師にも出来るだろ?」


 確かにビステルさんの存在を知らない時は鍛冶師を探して作らせるつもりだった。

 でも現在の技術レベルだと彼女にしか任せられない部品があるのだ。


「この馬車、とても乗り心地が良くなる予定なんですよ。それに既存の馬車より軽くなる計算なので、速度も出ます」

「ほぉほぉ、それはそれは。でも、それぐらいじゃねえ」

「栄えある初号機は領主様でも国王様でもなく、一番難しい足回りと舵取り装置を製作した人に譲ろうかと思っていましたけど、残念です」

「是非やらせていただきます!」


 よし、釣れた。

 ビステルさんがバンとテーブルを叩いて体を乗り出してきたのだ。

 初号機と言う響きに勝てる人は居ないよね。これで何とかなるな。


「勿論良いですよ。その代わり、プロトタイプは俺が乗りますから」

「それはずるいぞ、アタイもプロトタイプの方が良い! 

 断固抗議する!

 新技術を使用した馬車だぞ。私以外に部品の修理も改良も出来ないのだ!」

「言われてみれば…」


 確かに彼女以外にどんな不具合があるか分からない車両を託せる人は居ないか。


「分かりました。プロトタイプの栄誉はビステルさんに譲ります。

 でね、譲る譲らないの話じゃなくて、この馬車は本気でビステルさんが居ないと完成しないんですよ。

 フレームも足回りも舵取り装置も、その辺の鍛冶師でも作れるかも知れません。

 でも、軸受と衝撃吸収器は精度が一ミリの百分の一程度の精度が必要になるんです。

 その辺の鍛冶師には無理でしょ?」


 別の羊皮紙に書いたコロ軸受とショックアブソーバーの図面をテーブルに並べる。


「どちらも割れちゃいけないので硬さが必要。

 硬い材料をそれぐらい正確に加工出来る人は居ないでしょ。

 そもそも、そんなレベルで計測出来る計測機器がありませんから」

「確かに計測はしたこと無いわね」

「なので、プロトタイプはビステルさんにお願いして、それから後は軸受と衝撃吸収器だけ作るのはどうでしょう」

「…オーケー、それならキッチリ棲み分けが出来るわ。よく考えたものね」


 本当は先にビステルさんのスキルがどれ程の精度で物が出来るか確かめないといけないんだけど、素直にそれを言うと疑っていると取られかねないから危険なんだよ。

 今のところ彼女の機嫌を損ねてないようだし、これで特注馬車(カスタムカー)が開発出来そうだ。


「これだけの材料の買い出しはアタイ一人じゃ無理ね。当然材質にも指定があるんでしょ?

 買うときはアンタもついて来なさいよ。

 ところでボタンと留め具、鏡に馬車、どれが最優先?

 まだボタンしか着手出来てないわよ」

「その順番で良いです。

 ボタンは二十個で、留め具は服に合わせて長さも考えないといけないから、製作可能な状態にしておくだけで良いですね」


 作りたい物は全部お願いしたし、これで話は終わりになるかな。

 ビステルさんが鉄板に作業予定をメモしながら、こちらを見て手を止める。


「あのさ、この工房でパーツは作れても組み立てはスペース的に無理じゃない?」

「言われて見れば」

「それに私一人じゃ支えられないわ」

「てことは、専門の工房に頼んで組む立ててもらわないといけないのか」

「そうなるわね」


 この部屋は六畳ぐらいだけど、周囲に棚や作業台やらで大きな物を作るスペースは無い。

 ドアより大きな物を作っても、アイテムボックスに入れれば出せると良いと安易に考えていたのだ。


「それにこの馬車、アンタが思う通りの性能を発揮したら、既存の馬車工房は廃業になるわ。

 そうさせない為に、印刷機と同じで圧力が掛かって販売出来なくなるんじゃない?」


 言われてみれば確かにそうなる可能性があるな。

 それなら有り得ない値段を吹っ掛けて販売するか、生産制限をかけるしかないか。


「ビステルさんと俺の分は試作機扱いにして、製品版は販売価格を普通の馬車の十倍とかにしようか」

「それで良いの?」

「うん、それにさ、既存の馬車工房にこの技術を買ってもらえば良いんだよ。

 それか契約を結んで共同開発するか」

「前者の案だとアンタは幾らぐらいが妥当だと思う?」

「高くて大銀貨百枚かな?」

「アホなことを言うのね。一式で最低大銀貨千枚は取らないと」


 そんなに高いの? 冗談でしょ?

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