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第67話 ボタンとポケット

 『ルシエン防具店』にビステルさんとの交渉が上手く行ったことを報告しに行き、『紅のマーメイド』の巨乳剣士セリカさんのお胸様をガン見してしまった。

 しばらく弄られそうな予感。


 だが俺の頭には貯水池周辺を整備したフィールドアスレチック建設計画が起ち上がっていたのだ!

 これなら木材とロープがあれば、大人から子供まで楽しめるに違いない。


 欲を言えば施設に隣接した温泉が欲しいところだが、温泉大国日本のように、二千メートルも掘れば温泉が出るのだろうか?


「Cカップ以上だと思う人っ!」


 あの…マーメイドの皆さん、俺が真面目に事業化案を考えてる隣で何をされているので?

 手を挙げたルシエンさん…正解ですが。


「Dカップ以上の…」


 うん、もう聞こえない振りしておこう。二人が手を挙げてるけど無視無視。


「ルシエンさん、ビステルさんにボタン製作のオッケーを貰いましたよ。話せば分かる人で良かったです」

とルシエンさんに報告をする。


「あの変人を相手によく交渉出来たな。

 コラルっ! クレストさんの鎧は勇者ボタンに変更だぞ」

とルシエンさんが奥に向かって叫ぶと、すぐにコラルさんが出て来た。


「ビステルさんがあのボタンを?

 あの人って高い商品しか作らないんじゃ?」

と少し彼女の事を誤解していることを言う。


 あの性格だから仕方ない面はあるけど、根は悪い人じゃ無いし、もっと理解してあげて欲しいと思う。


「ルシエンさん、コラルさん。

 ビステルさは自分が面白いと思い、それが他の人に作るのが難しい物だけ受注するんです。

 それは金属加工に特化したスキルを持つ、彼女のプライドのせいなんですよ」


 実際の作業風景を見た訳では無いので、実は手作業でチマチマと細工している可能性もあるが、そんな嘘を言う必要は無いと思う。

 寝ている間に小人が出て来て作ってくれる、そんな風変わりなスキルなのかも知れないけど。


「それと相談ですが、これからビステルさんの作るボタンは『スナップボタン』か『ドットボタン』か『ジャンパーボタン』と呼んでくれませんか?」

「名前を変えるのか? それはなぜ?」


 変えるも何も『そっちが元の名前だ』と答える訳にも行かないな。

 それを言うと、何故知っているのか理由を訊かれる。

 『勇者大図鑑を見た』からと言えるのなら答えは簡単なんだけど、発禁本だから存在を明かす訳にも行かないし。


「勇者が持ち込んだのが事実だとしても、これからビステルさんが大量生産するんです。

 ネガティブな名前で呼ばせたくないんですよ」


 勇者が藪医者みたいに貶されてるからな。


 でも元々は藪地方の医者は名医だと評判だったのに、偽医者が自分も藪地方出身だと語って評判を地に落としたから、藪医者は悪い意味で使われるようになったらしい。


 この世界の勇者もそれと似たようなもんだ。


「それに、普通の人は勇者が持ち込んだボタンだと言われてもピンと来ないでしょ?」

「まぁかなり昔の事だから、嘘か本当か確かめようも無い。

 儂らもそう教えられただけで、何も考えずにそう呼んでいるだけだしな。

 勇者の居た世界はこの世界より技術が進んでいたと言われているから、作るのが困難な物を勇者何々と呼ぶようになったのかも知れん」


 多分その通りなんだろうけど、そう言うのっていつの間にか違う使われ方をするようになる。

 『悪いことをすると勇者が来るわよ!』と言われて育つと、勇者を知らなくても悪者だと信じて育つ。

(社会主義国家の常套手段だね)

 それが元で勇者=悪者から、勇者の持ち物=悪い物に変化してしまったんだよ。


「作るのにかなりの技術が必要なんだから、それを作ることの出来る職人さんは寧ろ褒められるべきなのにね。

 技術に貴賎は無いんですから。


 このボタンを作れなかった職人が(ひが)んで悪く言うようになったのか。


 それか、勇者の持ち物の複製をさせようとしたけど、当時の技術者が失敗して罰を受けたのか。


 勇者の悪名のせいで、異世界の物はとにかく勇者何々と呼ぶようになったのか。


 全部想像だけど、どれかあってるだろうね」


 ルシエンさんが腕組みして少し考えてから、

「そう言われれば、そうかも知れんな。

 分かった、それなら『セラドボタン』と名付けよう」

と予想外な名前を付けた。


 なんでそこで魔王の名前を使う?

 俺への地味な厭がらせ?

 それならまだ『セラドットボタン』、略して『セラタン』にして欲しい。


「それ、良いです、セラドボタンって格好いいです!」

とルシエンさんの名付けに、直ぐさまコラルさんが反応、ヨイショする。

 格好いいと思うかどうかは、個人の主観に左右されるだろ。

 

「セラドットボタンじゃダメ?」

「へえ、そのボタン、セラドボタンって言うの?

 良いんじゃない?」


 あっさりアヤノさんに撃墜されたぜ。


「セラドットはかっこ悪いからクレトンの案は没シュート」


 カーラさんも賛成派か。まさか反対派は俺一人?

 それと変な言葉を広めた勇者は一回復活して土下座して反省しろ!


 コンラッドじゃ魔王は肯定的と聞いてたけど、まさか名付けにまで使われるとは予想外。


 俺が真面目に考えている隣で、

「で、続きましてクレストさんの好みはEカップ以上と思う人!」

とやってる四人。

 そこで手を挙げた人、不正解だからね。


 彼女達が話の腰を折るからややこしいな。

 そうそう、スナップボタンだけじゃ無くて、ジッパーのことを話さなきゃいけないんだよ。

 どんな反応を示すかな?


「実は尻派かも、と思う人っ!」

とアヤノさん。

「意外と脚フェチかも」

「脇フェチよ。ノースリーブの時は要注意」

「セリカの胸に視線ホールドしてたし、胸は確定。故にどこでもオーケーなのです」


 マーメイドの皆さん、そんな爆弾を投下しないで! 余計なお世話ですから!

 言っとくけど全員不正解。ミニスカから出ている腿の辺りが…じゃなくて!


 この四人のお陰で疲れるわ。ジッパーの話をし、さっさとここから退散しよう。


「で、コラルさん。ビステルさんと相談したら、ボタンだけじゃなく、スライド式留め具も開発してくれることになったんですよ」

「スライド式の?

 それこそゆうしゃ…いえ、技術に貴賎は無い、でしたね。

 開発に成功したら、その留め具を使わせて下さい。この国初の革ジャンになるんですから」

「勿論そのつもりで教えたんだ。作ってくれないと俺が困る」


 コラルさんはまだ若いのに、予想以上に勇者の持ち込んだ物品に対する忌避感を持ってたんだな。


 でもボタンタイプとジッパータイプの二種類とも作って貰えることになったし結果オーライ。

 いざって時の為にもスペアがあると心強い。胸に傷のある北斗の人も、革ジャンをよく破るから何着もスペアを持ってたんだし。


 ビステルさんのメタルフォーミングの性能が不明だから、ジッパーが完成するのにどれぐらい時間が掛かるか分からないけど。


 セラドボタン式の方は生地の裁断まで出来ているそうで、なる早で作って三日か四日ぐらいとのことだ。


 問題はボタンなので、しばらくは二日に一回、デザート持ってビステルさん、かな。


「私も防具、作ってもらう」

と唐突にサーヤさんが呟く。どう言う心境の変化だろう?


「今ならクレストさん経由でお強請りしたら、激安になりそうな予感」


 チラリとルシエンさんを見ると、それは間違いなく気のせいですね。

 ブンブン首を横に振ってるし。

 サーヤさんの勘違いも含めて、彼女達の相手はルシエンさんに任せよう。


 仮縫いが出来たら家の方に連絡を入れてもらうことにして店を出ることにした。

 こう言う時に、家があって誰かがいつも居てくれると便利だね。


 店を出る前に、カーラさんが

「胸フェチさん、鹿狩りの件忘れないでね!」

と言ってアヤノさんに拳骨を貰っていたように見えたけど気にしない。

 そんなこと言う人にはいつか罰ゲームでミニスカ穿かせてやるぞ。

 いや、そんなことしたらセクハラ大魔王と呼ばれるようになったりしてね。


 それにしても思わぬ時間を食ってしまった。『マーカス服飾店』に到着したのは夕方の七時前(五時頃)だよ。


 前に来た時には、奥さんが特にがま口と傘を欲しがってたな。でもどちらもそう簡単には出来ないだろうな。

 俺もがま口なんて使って無いから、教えた構造に自信が持てないし。


 傘は細かい細工になるだろうから、最初の一つを完成させるまでにとても苦労すると思う。

 開発費を出してあげるのを忘れてたけど、あの鍛冶師さん達の懐具合は大丈夫だったかな?


 いや、あれは俺が発注した訳じゃないから、俺が資金提供するのはおかしいのか。

 ブロックは資金提供したけど、皮剥き器と薄切り器は試作の費用を出して無かったな。

 今更試作の費用を出しても受け取ってくれないだろうし、お菓子でも渡すか。そうしよう。


 考えの纏まったところで、

「こんにちはー。クレストです」

とガチャリとドアを開け、カランカランとドアベルを鳴らす。


「あー、クレストさん!」


 ドタバタと奥さんが奥から走って出て来た。そんなに慌てなくても逃げないからさ。


「あのポケットの服、作るのは簡単だったので試しにデザイン違いで何種類か作ってみました。

 いかがですか?」


 そう言って差し出された奥さんの両手には、カーキ色の革をベースにしたベストでポケットの数サイズ、生地のカット形状を変えた試作品が十パターンも乗っていた。


 お願いしてから作業期間はまだ数日しか経っていないのに、もうそんなに作ったんだ。


 この商品は多くのポケットが欲しい人とか、バッグを持つのが好きじゃ無い人が着るものだよね。

 服としての機能は無いに等しく、年取った釣り人が来てるダサいイメージしか無かったんだよね。

 でも渡された試作品の一つを着てみると意外と悪く無い。


「思ったより良いですね。

 思い付きで言っただけなんだけど、ちょっとお洒落なフィールドワーカーが喜んで着そうですよ」


 今着ている服はシンプルな薄い茶色の長袖シャツで、その上から少し濃いめの枯れ葉色のベストのようなものを合わせているから色的にはおかしく無い。


 デザインの中には当たり外れがあるけど、それは個人の好みの問題だ。

 意外とこれはありか、と思える成果に満足である。


 ポケットがボタン留めかダッフルコートに使うトグルボタンしか無いと思っていたんだけど、バッグで使うひねり金具をポケットに使っていたのでビックリした。


「ボタンじゃなくてひねり金具にしたのは良いアイデアですね。ボタンはちょっぴり面倒くさいと思ってたんで」

「そうですよね。がま口を教えて頂いて、バッグの工房と話す機会がありましてね。

 ボタンに比べると少し値段は高くなりますけど、見た目もお洒落な感じになりますし、自信作ですよ」

と言って奥さんがオホホと笑った。


 でも俺の希望は片手でワンタッチオープン、ワンタッチクローズなんだよ。

 ひねり金具だと穴に雄側の金具を差し込む必要があるから、目で見て確認しないといけないのが少し手間かな。


 あと、うっかり閉め忘れて中のモノを落とす可能性もあるから要注意。でもそれはジッパーでも同じことか。


 やっぱり面テープが一番便利だな。でもあれを作るには石油を精製してビニールかそれに似たような材料を作る必要がある。

 石油なんて使って欲しく無いから、かなり作れる物が制限されるんだよね。


 だから次点でバネ式のノーマルクローズの蓋を付けようと思う。これは針金をクルクルッと巻いて作るバネを付ければ実現出来そう。ダブルクリップみたいな感じ。


 そこで一着だけ手に取り羽織ってみる。そこだはたと困った。自分の姿が自分で確認出来ないのだ。


「鏡ってあります? それと、試着室」


 ルシエンさんの所は採寸室と言う部屋があって、そこは鎧も装着出来る広さがあった。

 でもこの店は?


「鏡は高くて買えなかったんです。試着は奥の作業部屋でお願いしています」


 マジですか。それじゃ自分の姿が確認出来ないし。試着室と鏡は一点物も扱うお店なら必須アイテムでしょ。


 あの顔が分かる程に磨きあげる手間ひまを考えると、五十センチ角で大銀貨五十枚も仕方ないかも知れないけど。

 あの金属にガラスを貼ればそのまま本物の鏡になりそうだ。


 あの鏡は欲しいよな。

 王都なら買えるのなら、誰かに頼んでみようか…いやいや、そんなことでスオーリー副団長を使うのダメでしょ。

 それにあの人ならダース単位で鏡を送って来そうで逆に怖いわ。


 でも王都に他の知り合いは居ないし…あ、ビリーが行ってる途中かな。


 金属製だし…金属…? ビステルさんだっ!

 無理かも知れないけど、彼女に試して貰おうか。

 でも他の職人さんにも作れる物は作らないって言ってたし、やっぱり無理かも。

 明日行ってみるか。


 仕方ないから試着して多分オーケーだろうなってことで幾つかにゴーサインを出す。

 完全なる不完全燃焼だよ。


 少し不機嫌になったところで店の奥からフィッシングベストを着たご主人が出て来た。


「クレストさん、いらっしゃいませ。

 このベストは中々便利ですね。バッグを持ち歩かなくても小物が色々と収納出来て助かります。どうしてこんな単純な事を思い付かなかったのか不思議ですよ。

 調子に乗ってポケットを沢山付けると、何処に何を入れたか忘れますけど」


 ご主人のベストには恐らくメジャーや糸や針が沢山入っているんだろうね。


「それでこのベストの名前を付けようと思いまして。何か良い案はありませんか?

 無ければクレストベストか、マーカスベストか」


 名前か…この世界でフィッシングベストなんて言っても通じないだろうな。クレストベストだけは絶対にやめて欲しい。


 ポケットが沢山なので、ポケットベスト?

 めちゃくちゃかっこ悪い名前だな。

 多収納ベスト…もっとダメだ。収納、格納…ハンガー、ストア、ストレージ…うん、これだな。


「ストレージベストですね。

 正式名称はマーカス・ストレージ・ベストにしましょう。

 略してMSV。通称ストレージベストで」

「あら、ポケットベストじゃないんですね。残念です」

と奥さん。


 まさか、俺がポケットベストって名前にするかどうかで賭けてたのか?

 案外この国の人達ってなんでも賭けの対象にするんだね。


「通称はストレストにはしないのね」


 その名前、かなりストレス溜めた人みたいで絶対却下!


「それで、ちょっとポケットの改造をしたいと思うので…鉄板借りますよ」


 バネで閉じる蓋のアイデアを鉄板に書き、試作の中から一着を選んで購入し、代金の大銀貨一枚をお支払い。

 これからある程度の数を作るつもりのマーカス夫妻だけど、これはそんなに大ヒットする物では無いからあまり作らないように釘を刺しておいた。

 こんなベストを売るより、ウールかダウンかを入れた暖かいベストの方がよっぽど売れるに決まっているので、そちらもついでに教えておいた。

 だって自分が欲しいから。


 それと、これならカスタムメイドも可能なのでベースの生地とポケットを選択して作ってあげれば良いんじゃないかと提案しておく。


 それとセラドボタンの話も教えておいた。


 この店はルシエンさんと繋がりがあるから、勝手に情報交換してくれるだろうな。


 それとバリエーションが色々と出来そうなので、型番を付けることにした。

 例えばMSV00101とかMSV01Aみたいなやつね。

 そうしないと同じタイプのストレージベストが二度と出来なくなるから…あぁ、だからこの店は一点物を中心に扱ってたのかよ!


 一点物しか作れないのと一点物しか作らないのじゃ、意味が大きく違うよね!

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