第66話 嵌められた! 油断した!
試作の革ジャンに木のボタンが使われていたのが気に入らず、一番腕利きの職人さんの下を訪れたのだが、骸骨さんがやってくれた!
職人のビステルさんの前で、何も無い空間から勇者の着ていたパーカーを出してしまったのだ。
これじゃマジックバッグから出したと言う嘘もつけない。どうすれば良い?
「さっき、何も無い所からそれが出て来た。
凄いわ、まるで本物の勇者みたいね!」
ビステルさんが手を無意識に合わせて感動したような様子を見せる。
「それに二つの人格を使い分けて、さっきの怖い人にしかあの手品が出来ないって設定にしてるのね。芸が細かいわ!」
芸でもないし、使い分けが出来ないから今とても困ったことになってんだけど。
「そんなの持っていたんだから、クレストンが勇者の末裔なのは決定ね!
髪も瞳も勇者と同じだし、当然だわね。
でもオーラが無いと言うか弱そう。修行していないの?」
それは余計なお世話と言うやつですよ。言わないけど。それと、
「クレストンじゃなくて、クレストです」
「コマカイコトハ気ニスルナ…。
で、さっきの秘密にしたいならこの服を頂戴!
…と言いたいところだけど、さすがにこんな国宝を持っているのはヤバすぎだわね。
国家機密級の秘密事項だよ、あのスキルは。
それを口止めして欲しければ…」
「欲しければ?」
さすがにアイテムボックスを披露するのは、マズ過ぎたよ。
これ使うと泥棒し放題な訳だしさ。物が無くなったら俺のせいにされてもおかしくないし。
「何でもかんでもってのはさすがに悪いから、三つお願いしようかしら」
「三つですか、出来る事ならやりますけど」
「言ったわね。
じゃあ、一つ目。漫画が読みたい!
アール十八指定の!とか言う贅沢は言わないから、この世界でも漫画を読めるようにして!
勇者大図鑑を見て、絶対欲しいって思ったのよ!
出来ればボーイズラブを普及させて!」
それで良いのか?
紙は作るつもりだし、漫画は俺も読みたいからこのお願いは問題ないね。
コミック専用の小さな印刷機を作っても良いかも。
でも文字は活版印刷出来るとして、絵はどうするかな。
手彫りで漫画の版を作るのは不可能だ。複写技術は無いだろうし。
「二つ目、勇者の好きな食べ物を再現して!
ハンバーガー、豚骨ラーメン、から揚げ、カルボナーラ、パエリア、カツ丼、牛丼、カレーライス、ハムカツサンド、フルーツサンド、羊羹、チョコレート、ココア、チーズケーキ、ブルーベリーパイ…ここに書いてあるやつ全部!」
「カルボナーラなら…黒胡椒が無くて良ければ出来そう。ブリュナーさん案件だな。
あとは材料を輸入するか探さなきゃ」
「…ねえ、どうして料理の名前やレシピを知ってるの?
それにボーイズラブも知ってるわね。」
「えっ…あっ!」
これって嵌められた?
異世界の料理を俺が知ってる方がおかしいだろ?
「良いのよ、男なんだから秘密の一つや二つがあっても。
クレストンは①最近召喚された勇者なのか、②過去の勇者の血筋なのか、それとも③勇者の世界から魂が呼ばれて産まれたのか、どれかなんでしょ?
この国で悪さしなければ誰にも言わないわ」
この人を相手にするのも難しいな。
ただの加工系スキル持ちのお姉さんだと思っていたら大怪我するだろう。
「三つ目…輸入の伝手があるなら、米と味噌と醤油をお願い。それで勘弁してあげる。
悪いようにはしないわ」
そんな物を欲しがるなんて、ビステルさんも転生者か?!
「アタイは三つ目の魂が呼ばれて来たパターンでさ。
転生すると黒髪にはならないから、クレストンは一つ目か二つ目の筈。
でもボーイズラブを知ってるってことは、転生者よね…これって新しい④のパターン?
実に興味深いわね」
やっぱりこの人、鋭いな。しかも転生や転移のことも某かは調べているみたいだし。
地球に未練があって調べたのか?
でも転生してるってことは、残念ながら地球ではお亡くなりになっている筈。未練があっても元の体には戻れない筈だ。
「と言う小説のプロットを考えてるのよ。
だって仕事が無くて、超暇なのよ。
さっきの話は勇者大図鑑を熟読すれば、誰でも思い付きそうな物語だから気にしないで。
出版局が印刷機を解禁すれば、私も薄い小説で稼げるのにメッチャ残念よ」
小説のって?
強引な話の持って行き方をしたよね。多分これは嘘だろう。
勇者大図鑑に勇者の好きな物が書いてあったとしても、さすがにボーイズラブが好きとか書かないと思うよ。
「さっきの手品みたいなスキル、勇者が使ってたスキルにあるやつよ。
だから、勇者の血筋なら発現してもおかしくないわ。
でも貴方は迂闊過ぎるわ、気を付けなさい。
私は大図鑑でスキルの存在を知っていたからこの程度で済んだけど、他の人じゃそうは行かないからね」
つまりビステルさんはアイテムボックスを持っていないのか。転生だと貰えないスキルなのかも。
ルケイドも持ってなさそうだからな。
「はい、肝に銘じます」
「それと二重人格って言うの?
早く治さないとヤバいんじゃない?」
「それも善処します。実際に苦労してるので」
「そう、なら言うこと無いわ」
おーい骸骨さん、今の聞いたか?
…やっぱり無視か。
「ジッパーとスナップボタンは美人加工技師のビステルが請け負ったから安心しなさい。
いつ完成するか分からないから、時々顔を出しな。
そうね、何か新しいデザートを持ってきてくれたら割引してあげるから」
「そこは無料にするとこでは?」
「アンタ、何言ってるの?
スキルを使って加工するにしても材料費は掛かるし、形をシッカリ認識したり、サイズを決めたりと頭を使うのよ。
あ、形と言えば、平べったいボタンにする訳じゃないでしょ?
ボタンのデザインは考えなさい。
刻印だけで済むように作っておくから」
飾りボタンにしてくれるのか。確かに真鍮でもただの丸いだけのボタンだとしたら見た目が良くないよね。
俺がパッと思い付いたのは、自動車メーカーの跳ね馬のヤツ。
でも俺のクレストって名前、三日月のクレセントをもじって付けたんだから三日月にしようかな。
それだけだとショボいから、自由の象徴は鳩だから無しだ、それなら…再生とかは?
骸骨さんも俺も再生…リサイクルとかいうなよ!…再生の象徴は蝶だったな。
てことで鉄板を借りてシンボル化した蝶のシルエットと、少しラップさせた三日月を書く。
「アンタ、イラスト書くの上手いじゃないか。
うちで雇ってやるよ」
絵が上手いのは骸骨さんが持っているスキルのお陰です。あの人、何気に器用なんだよね。性格はアレだけど。
「じゃあ、先にスナップボタンから作っておくから。
黒い革鎧用だから、渋い色にしといてやる。
蝶と月は着色しなくても良いんだな?」
「はい、無色のままでオーケーです」
「分かった。二、三日したら来てくれよな。
次は茶菓子も忘れんな」
客にタカるのはどうよ、と思うけどね。
アイテムボックスのことは口外しないと思うから助かったよ。
骸骨さん、まさかそこまで彼女の性格を読んでの行動だったのかな?
考えてみたら、ライエルさんの時も、衛兵隊長の時も途中で出て来たけど、最終的には丸く収まったんだよね。偶然なのか、狙ってのことか。
どっちも心臓に悪かったけど。俺が早死にしたら、多分骸骨さんのせいだろうな。
さて、ビステルさんとの交渉結果をライエルさんに伝えてから、フィッシングベストを見に行こう。
ビステルさんに別れを告げ、急ぎ足で『ルシエン防具店』に戻る。
念の為にスライムイヤーをオンラインにして中にお客さんが居ないか確認。
女性が数人中に居るようだね。すぐに出て来そうな感じはしないから大丈夫。
バンッ! ゴツッ!
「痛っ!」
…えっ? 誰かドアの前に無言で立っていたのか?
「邪魔よ、どきなさいっ!」
と目尻が吊り上がった女性が俺を睨んでから去って行く。何でドアバンが二連チャンなんだよ?
「大将~、どうなってんのょ?」
カウンターの中にルシエンさんが居たので聞いて見る。
「大丈夫か、ドアは?」
「俺の心配してよ」
「お約束だろ。ちょっと待ってな」
そう話をしている間、三人の女性達からずっと視線が注がれていた。
「クレストさん、こんにちは」
とアヤノさん。残りの二人も口々に挨拶してくる。
「こんにちは。誰か鎧を作るの?」
『紅のマーメイド』はアヤノさんともう一人が軽鎧の剣士でセリカさん、サーヤさんが射手で、四人目は魔法使いのカーラさんだ。
そのセリカさんが居ないから採寸中だろう。
「修理しながら使ってたんだけどね。
そろそろ更新も考えないといけないかなって来てみたの。
クレストさんのお陰で臨時ボーナスが入ったからね」
とアヤノさん。
「四人とも?」
「ううん、先にセリカのね。
リーダーのはまだそれ程傷んでし、カーラも私も後ろから弓と魔法で攻撃するだけだから、防具は必要無いわ」
「そうですか?
後衛だって狙われますよ。むしろ俺なら防御が薄くて厄介な後衛から潰しに行きたいですけど。
それに背後から奇襲されたらアウトです。
後衛だからって甘いこと言ってちゃ駄目です。死にますよ」
サーヤさんの言い分に危機感の無さを感じてそう説教すると、
「クレストさん、良く分かってるじゃないか。
その通りよ。切った貼ったの前衛ばかりが防具を揃えるが、後衛も防具は大事よ」
とルシエンさんが嬉しそうに同調する。
その時、店の奥からセリカさんが服を着ながら出て来た。中々の破壊力に目が行ってしまう。何処に?とは訊かないように。
俺の視線が気になったのか、セリカさんが顔を赤らめ、サーヤさんがわざとらしく咳払いをする。
「あ、クレストさん…直接お話しするのは初めてですね」
「はは、すみません。セリカさん、サーヤさんにも防具を」
とセリカさんの胸をガン見したことを誤魔化すように即座に話題転換をする。
「私も言ってるんだけど、中々聞いてくれないのよ。
うちはパーティー資金でそう言うのは作ってるから、遠慮してるみたいなのよ」
「そうなんですか。でも遠慮のせいで怪我をするのは違うと思います。
全員ちゃんと装備を調えるまでは、討伐の依頼は極力請けない方が良いですよ」
「…忠告は受け取っておくわ。
でも私の防具を買ったから、また貯めないといけないのよね」
冒険者も経営者の設備投資とおなじみ悩みを持つのか。
お金が先か、設備が先か…世知辛いな。
「また鹿狩りにでも行きますかね…あ、ミランダさんと話をしなきゃいけなかったんだ」
ギルド主催のイベントの事業化案をライエルさんが俺の頭の中に案があるとか言ったからね。
団塊の世代に流行ったと言われる合同ハイキングとかどう?
俺も詳細は知らないし、どこの山でやるんだよ?
やっぱり貯水池周辺で遊ぶのが一番安全だよな。
もう少し広範囲の安全確保をして、森を使った運動会的なやつ…フィールドアスレチック!
それとジップライン!はワイヤーロープが必要か。
金属製の部品はビステルさんに作ってもらって、ロープに木材があれば作れるよね。
あとはツリーハウスか。
そう言えば、ロープって天然素材だったけど、どれぐらいの力に耐えられるんだろ?
映画だと剣でスパッと斬られて雑魚が落ちていくシーンがあるけど。
で、そう言う施設を作れば、周囲の安全確保の為に冒険者にも仕事が出せるな。これなら行けるっ!
施設のメンテナンスも必要になるけど、それはなんとかなるでしょ!(丸投げと言うやつだ)
「クレトンがなんか怪しい事を考えてる気配。まさかカーラは身の危険?」
「クレストさんはお子様体形には興味無いって。ねっ、セリカ!」
セリカさんの胸に目が行ってたの、こりゃ暫くネタにされそうだ…。
「とにかく!
後衛だからって防具を疎かにはしないこと!
いいですね!」
これは早急に話題を変えねば!
「クレトンがそう言うなら、少しは考えてみる。
でも力技でお話題を変えてるのはズルい」
「後衛二人の防具って幾らになるかしら?
確かに視線はロックオンしてたけど」
「それで、鹿狩りとミランダさんの話がどうなるの?
何カップ以上が対象なのかな?」
「私が二日酔いの時にリーダーとサーヤだけで楽しんで来たのはやっぱりズルい。
なるべく胸に視線を向けないで…恥ずかしいから」
結局こうなるのか…。