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第65話 腕利き職人とヤバいブツ

 教えてもらった職人さんの工房は、職人さん達が多く集まる区域の端っこにあった。

 柵で囲われ、低い庭木が植えられた敷地は他の職人さんの工房より広い。それだけ儲かっているってことかな。


 その柵に精緻な彫刻が施されたように見えるが、真鍮の鋳造だろうか。これだけでも技術の高さを知ることが出来る。


 玄関ドアのドアノッカーは蹄鉄の形だ。

 何処かで見たような…それもごく最近。

 コンコンとノックしてから、我が家のドアノッカーと同じ形だと気が付いた。

 ただし、こちらの蹄鉄の方がより細かな飾りが掘られていて細工物としての価値は高そうに見える。


 ドアには丸い穴に磨りガラス?が嵌めてある。辛うじて誰かがやって来るのが磨りガラス越しにも分かる。


「はいよー、なんか用かい?」


 ガチャとドアを開けたのは、二十代中頃に見える女性だった。


「こんにちは。冒険者のクレストと言います。ボタンを作って貰いたくて来ました。

 ビステルさんをお願いしたいのですが」


 受付にしては雑な対応だな。家族の人だと思うけど、頑固爺さんにはこう言うタイプの人じゃないと付き合いきれないのかも。


「アタイがお探しのビステルさんだけど。

 私のことを知らないの?

 アンタ、モグラ? モグリ? モグル?

 てか、濃紺の髪に瞳…アンタ、勇者か魔王?」


 この人が凄腕職人さんなの? まじ?

 てっきりお爺さんかと思ってたからビックリ仰天。


「リミエンに来てまだ一週間なんで。

 それに思ったより若くて…おどろい」

「いやー、分かってんね、まぁ入んなょ。

 若くて美人なんて、クチが上手いねぇ」

「いぇ、そこまでは」

「じゃあ、ゴーホームっ!」


 フレンドリーな対応だったのが、うっかり出た一言で一瞬にして反転する。

 これは付き合いにくい人だね。


「なに、その塩対応っ!

 言わなくても美人だと思ってるから」


 手揉みしながらお世辞を言う気分だよ。こう言う事なら先に教えておいてよ…トホホ。


「そう言うのはねぇ、言わなきゃ伝わらないっしょ!

 ビステルさん、今日も素敵です。

 はい、ここ、リピートーアフターミー!」


 言わなきゃ先に進めない強制イベントか?

 これはキッツイわ…


「…そう言うのは」

「そこじゃない! その後その後!」

「…ビステルさん、今日も素敵です」


 こんなノリの人、リアルで初めて見たよ。ライフゲージにゴリゴリと防御無効のダメージが…。

 ルシエンさんが紹介を躊躇っていた理由はこれかよ。


 それでも合格したのか、通されたのは綺麗に整理され、細かな装飾の施された棚や照明器具が設置されている応接室だ。


「ここにある家具なんかもビステルさんの作品ですか?」

「装飾品だけだよ。

 アタイのスキルは『メタルフォーミング』。

 金属限定、大量には出来ないけど、割と自由に加工が出来るの。凄いでしょ?」

「ええ、羨ましいスキルですね!」


 金属を自由に加工出来るなんて、凄いなんてレベルじゃないよ。

 見たところ、装飾品の製作に注力してる感じがするけど、この人なら傘の部品でも楽勝だろうな。


「けど、詰まらない仕事は請けないことにしてんのさ。

 町には多くの鍛冶職人が生活してんだろ。そいつらにも出来るような仕事を取るような真似はしたく無いんだ。

 これはビステルさんにしかお願い出来ませんっ! そう言う仕事が欲しいんだよね」


 天才肌の職人さんだったのか。有難いな。

 確かに別の人にも出来るような仕事なら、皆がビステルさんにお願いに来てしまうかもね…いや、どうだろう?

 腕よりもっと大事なこともあるんじゃ?


「で、アンタはクチが上手いから入れてやったんだけど、もし詰まらない仕事を持って来たんなら蹴っ飛ばすからね」


 そう言うビステルさんが手で早く仕事を教えろと合図する。


「それなら、このボタンをお願いします。

 その辺の職人さんが作ったら、固過ぎるか緩過ぎるかで使い物にならないらしいので」


 ルシエンさんから使えないからやるよ、と渡してくれたスナップボタンをビステルさんに手渡す。


「そのボタンを、パチッと手で留めてもシッカリ留めらるように作って欲しいんです」


 渡されたボタンを繁々と眺めると、

「勇者ボタンか。

 確かにここらの職人じゃ、そいつは上手く再現出来ないな」

と聞き慣れない単語を使う。


「勇者ボタンって何?」

「何もなんも、そのまんまだよ。

 召喚された勇者が向こうの世界から持ち込んだボタンだから勇者ボタンだ。

 でも良いのか?」

「良いとは? 言い値で買いますよ」

「それは有難い…じゃなくて、屑・ゲス・外道な勇者がもたらしたボタンだぞ。

 そんなの使った服を着てみろ。白い目で見られちまう」


 何その理屈は?

 坊主憎けりゃ何まで憎いって言うけど、そこまで酷いのか?

 一部の生臭坊主が着てる、ぼったくったお金で作った豪華な袈裟なら憎いかも。


 でもその考え方は好きじゃないな。


「勇者が持ち込んだからと言って、その技術まで否定するのはおかしな話です。

 職業に貴賎無しって言うでしょ。それと同じで、そのボタンを作る技術まで否定するのはどうなんですかね?」

「そりゃ、まぁそぅかも知れないけどさぁ」

 

 誰が勇者として召喚されたのか知らないけど、召喚された時に豪華な服を着ていたとも思えない…から…いや、馬鹿か俺は。


 召喚された奴が、その辺の中流階級の人とは限らないだろ。

 それこそ金ぴかのブランド品で身を固めたセンス無しの成金野郎かも知れないし、ヤクザや逃走中の強盗殺人犯かも知れないし。


 寧ろそう言うギラギラした奴が召喚されたと思えば、その後の勇者の評価も凄い納得できるだろ。


「勇者の服には、それ以外にもスライド式の留め具とか、不思議な仕掛けがあったらしい。

 勇者大図鑑は…」


 席を立ち、本棚を探し始めたビステルさんだが、勇者大図鑑だと?

 毎月集めるコレクター向けのアレか?

 初回だけ安いやつだよ。


 異世界の進んだ技術で作られたアイテムだから、当時の人にはさぞかし眩しく見えたことだろうな。


「言っとくが、この本のことは内緒だぞ。発禁本だからな」


 見せてくれた本の表紙には学ランとセーラー服の高校生、スーツ姿のサラリーマンにOL、ヤクザにスケバン、ヤンキー、ナースにメイド、あとパンクロックの人のイラストが書かれていた。


 これだけで十人の召喚者かよ…まさかパンクロックの人が俺とか言わないよね?

 どう見てもこれが一番魔王っぽいんですけど?

 それともヤクザ?


 口外無用と念押しされてコクコクと頷く。


「勇者の世界の髪型や衣装は洗練された物からダサい物まで様々なんだが、時代が違うのか国が違うのか」


 恐らく単に職業の違いでしょうね。

 写真じゃないから微妙だけど、平成の一桁台頃の人達じゃないのかな。


 それが二百年以上前に召喚されてるってことは、時間軸がそれだけズレているってことだ。

 異世界にアクセスしてるんだから、そう言う事が有っても不思議じゃないけどさ。


 でも俺としては有難いな。江戸時代の人が召喚されていたらジッパーもスナップボタンも無くて参考にならなかった訳だしさ。


 ビステルさんが開いて見せたのは、各勇者が着ていた服を解説したページだった。

 そこに使われている部品についての考察も書かれている。


 スライド式の留め具とは、やはりジッパーのことだった。

 さすがにこのイラストじゃ再現するのは難しそうだけど。


 でもこの図鑑を見ていると、異世界召喚って勇者が欲しかったんじゃ無くて、こう言う物品が欲しくて始めたことなんじゃないかな?

 それで都合が悪くなったら勇者を悪者にして次の勇者を召喚して…みたいな事をやってたのかも。

 それで偶々マジもんの勇者を引き当てて、そいつがトンデモ勇者だった…とか。

 遥か過去のことだから検証のしようも無い。これは妄想だけで楽しむのが吉だろうな。


 でも絵だけじゃなくて、現物が残っていればジッパーも複製出来そうなだけに残念だ。


 …あれ? なんか骸骨さんが呼んで…ってここで交代か?…意識が消え…る


「あー、その勇者の持ってたアレコレだがな」

「え? 急に雰囲気が変わってない?」

「こんな服もあるんじゃないのか?」

「無視かいっ!」


 煩い女だな。せっかく出してやったのに。

 何故俺が持っているのか分からないが、過去の転生者達が着ていたパーカーをテーブルに置いてやる。


 クレストにはアクセス出来ない、アイテムボックスのシークレットエリアにあった奴だ。

 他には電池切れの折り畳み式の携帯電話、デジカメもある。


 キチンとカテゴリー分けはされている。

 こっちには、メイド喫茶の名刺とメイド服。

 隣はセーラー服にスク水に体操服にブルまぁ…。

 OLスーツとナース服の一式、魔改造されたスケバン装束…表紙のイラストの女性勇者の姿と合致するのだが。


 金ラメのスーツ、バイブにピンロー、手錠、ボンデージスーツ、レースクイーンのレオタード…これも勇者の持ち物か…?


 どうやらここには『星砕き(スターブレーカー)』以上にヤバいブツが収めてあるようだ。

 クレストには絶対にアクセスさせてやらんからな。

 かなりヤバい奴が召喚されたようだ…俺が持ち込んだものではないことを祈るしかない。


「なんでそんな物を持ってんだよ!」

「当然の質問だが、俺も知らん。

 記憶がかなり飛んでいるからな。

 その服にはジッパーとスナップボタンが使われている。再現してくれ。

 使い方はここに差し込んで…それから上に引き上げる」


 ジッパーを上げ下げして使い方をビステルとやらに教えてやる。

 俺も随分と人が良いみたいだな。

 だが、俺にも木のボタンの革ジャンを着る趣味は無いから、今回は特別サービスだ。


「まさか勇者の服が現存してたなんて信じられない。

 クレストンはやっぱり勇者か魔王の子孫だね。でなきゃ、こんなの持ってる訳がない」

「キリアスから来たらしいから、ひょっとしたら遠い子孫かも知れんが、このことで余り騒いでくれるな。

 案外、気にするタイプでな」


 パーカーだけなら無くしても惜しくない。

 それにドクロのバックプリントなんて趣味が違うからな。

 用事は済んだから戻るか。クレストと入れ替わっていられる時間は長くないしな。


 …目の前にドクロのパーカーを持って嬉々としているビステルさん。ジッパーを上げ下げしたり、顔を近付けて確認している。


 それで納得が行ったのか、袖口のスナップボタンをパチンパチンと確かめる。


「これは凄いな。国宝級のお宝だよ」


 ただのパーカーだが、異世界の人から見ればそうなるか。

 自衛隊や医者や料理人が戦国時代にタイムスリップするのは定番ネタだが、それが本当にあったら現地の人はさぞかしパニック状態に陥るだろうな。


「いつ、とは言えないけど、こんな物を貰ったんだからなる早で作ってやるよ」

「え? あげないよ!

 それは回収します!

 それはこの世界にあったらダメなヤツ!」


 初めてジッパーを触る子供みたいに上下して楽しんでいたビステルさんが頬を膨らませた。


「ウワッ! 思ったよりケチ臭いな。貰えるなら一回抱かせてあげるから!

 脱童貞のチャンスだよ!

 え? 元に戻ってる?」


 そう言う交渉はノーサンキュー!

 それと骸骨さん…パーカーを出してくれたのは有難いけど、人格が変わるから会話中の交代は無しにしてよね。


「だけじゃなくて、その服、どっから出したの? 嘘、手品?」


 やべえ、これは完全にアウトだろっ!

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