第64話 革ジャンのデザインは…
同時刻にプロローグを投下しています。
異世界で夢のマイホームで遅めの昼食の後に俺の活動方針を家族皆に説明した。
今日一日はのんびりするのも良いが、革ジャンの試作は既に出来ているはずなので見に行くことにしようと思う。
鎧の装備無しで依頼に出るのもなんか違う気がするし。
ケルンさんにお勧めされ、着ても暑くならない特殊な革で俺専用の革ジャンを作ってくれるのはオーダーメイド専門の『ルシエン防具店』だ。
ルシエンさんは見た目より甲高い声の持ち主だが、声と腕は連動しない。リミエンでも腕利きの職人だと噂が流れるくらいの人物なのだ。
初めてこの店に来た時は、中に居たお客さんが開けたドアで頭を打つけそうになったから今度は慎重に…。
「大銀貨三十枚だとっ!
そんな高いの買える訳がねえだろっ!」
すまん、スライムイヤーで中の様子を探るまでも無かったわ。
こりゃ、突然ドアがバンッ!と開くシーンだわ。
三、二、一…?…ん? 開かないの?
おかしいな?
ちょっと様子を…バンッ! ゴツン!
「痛たた…」
目から星が飛び散ったぞ!
ドアはゆっくり開けてくれよ。それにここで時間差攻撃は無しだよっ!
「邪魔だ、ぼけっ!」
と悪態を付いて出て行くのは、袖なしの鎧下に胸回りだけの革鎧を纏ったヤンキー風アンチャンだった。
態度わるっ!
人にドアを打つけておいて、謝るどころかなんちゅう態度だ。
あんな奴が居るから、冒険者の評判が悪くなるんだよ。
で、なんで時間差攻撃してきたんだよ、腹立つわ!
顔はシッカリ覚えたからな!
いつか泣かせてやる!と低レベルな決意を固めた。
「大丈夫か?」
「痛いけど何とか」
「オマエもだけど、ドアは?」
「大将、それ酷いって!」
「お、元気そうで良かった。すまないな」
すまないな、と言いつつ笑ってるのはお約束みたいな遣り取りなのか。
「さっきの客は何を?」
「革装備の上下一式、ヘルメット付きで大銀貨三十枚がお気に召さなかったようだ」
相場が分からないけど、オーダーメイド専門店なら高くて当たり前だし。
「大将、壁に目安の値段でも貼っておいたらどう?
あと、どんな革があるとか、標準的な制作日数とか」
「なるほど…それもそうだな」
「あと、現在の作業状況なんかも書いとくと、わざわざ大将を呼ばなくても見たら分かるし」
「それもそうか。鉄板を貼り付けておくか」
あ、ここは羊皮紙か鉄板が当たり前だった。
コルクボードにメモを貼ったり、黒板にチョークで書くこともホワイトボードにマーカーで書くことも無かったわ。
やっぱり俺はまだこの世界に馴染んでないよな。
過去の転生者も苦労したんだろうね。でも、もう少し頑張ってアレコレ実用化しておいて欲しかったと思う。
魔道具が作れたんだから、石鹸ぐらいは作れた筈なのに…。
あ…魔法の勇者が魔道具を作れた…なんで?
現代人には魔道具の知識なんて無かったはずで、魔法の勇者は聞いた限りじゃ性格悪いし、魔道具の勉強なんてしそうに無いんだよ。
なのに、どうして魔道具が作れたんだ…まさか、魔道具制作系のスキル持ちだったとか?
「ルシエンさんって、鎧作りに関するスキルを持ってたからこのお店を始めたの?」
「そうだな、どこの店も基本はそうだ。
スキルの有無は修行期間にも影響するからな」
てことは、やっぱりスキルか。魔道具のお店もあるらしいし、これは早めに確認しに行くべきか。
「まさか、細工系のスキルがあるのか?
それなら雇っても」
「あ、そうじゃなくて。魔道具みたいに便利な物があるのに、泡の実や灰みたいな不便な物を使って洗うからさ」
「はぁ? よく分からんが、泡の実があれば良くないか?」
なる程、だいたいそう言う認識なのか。
シエルさんも最初はそんな感じだったし。
つまり、この世界の人達って今の生活に不便を感じていないから発展しないって訳だ。
エメルダ夫人があそこまで理解を示してくれたほうがイレギュラーなんだろうね。
先見の明があると言うべきか、臭覚が鋭いと言うべきか。
ぽっと出の俺が石鹸を広めようとするより、現地の人が広める方が絶対良いに決まってる。
こりゃ、あの人の方に足を向けては寝られないな。
それと、この店の為にドアクローザーを作ろう。主に俺の安全の為に。
「その内、俺の言ってることが分かるから」
「そうか? よく分からんが、期待しておく。
で、クレストさんの革鎧のデザイン確認だな。ちょっと待ってな」
奥に引っ込むルシエンさんを見て、まさかこの店は製造や全てをこの人だけでやってるのかと心配になってきた。
定休日も無いし、働き詰めなんじゃ?
あ、採寸にはお姉さん二人が担当だったから、何人かスタッフが居るんだった。
それから少しして、俺より少しだけ年上に見える男性が見るからに薄そうな革で作った革ジャンを持って来た。
遅れてルシエンさんも布を掛けた四角い板のような何かを持って戻ってきた。
「息子のコロルだ。で、クレストさんのデザインを見て、自分に作らせてくれとしつこく言われてな。
新しいデザインなんで、まあ多少の手直しは当然だからやらせてみたんだ」
「コ、コロルですっ! この度は当店をお選びいただき」
「そこはいい、本題に入れ」
初めて接客をするのか、とても緊張していて見てる分には面白いね。でも問題は革ジャンの方だからね。
コロルさんから手渡された試作品を羽織っていると、ルシエンさんが布を外して持っていた物を俺に見せる。
それはピカピカに磨きあげた金属板のようで、俺の姿がくっきりと映っていた。
五十センチ四方ぐらいだから、姿見にしては小さいけどね。
「鏡ですね」
「はい、昨年の見本市で初出展されたメッキミラーです。
お値段なんと、大銀貨五」
「オヤジっ!恥ずかしいからやめてくれ!」
五? イヤイヤイヤ!
その後が気になるんだけど。五枚なのか、五十枚なのか知りたいよっ!
そこまで言って途中でやめる方が、俺にとっては蛇の生殺しってやつだからね!
後でルシエンさんに聞いてみよっと。このままだと気になって今夜は眠れないからさ。
とりあえず鏡の値段は置いといて、着付けを済ませる。
そう言えばコロルさん、商品説明とかはしなくても良いの?
ルシエンさんが本題って言ってたよね?
ま、着れば大体は分かるけどね。
廃棄する革って言ってたけど、厚みにムラがあるみたいだね。確かにこれじゃ製品は作れないか。
「サイズは合っていると思います。デザイン的にはいかがでしょうか?」
「うん、全体的なイメージは良いね。
強いて言えば、留め具なんだよね。
ボタン留めなのがネックかな」
ジッパーが無いのでボタンにしたけど、黒革に木のボタンだと、さすがに合わないね。
「あの、こう言うパチッと嵌め込むタイプの留め具は無いの?」
とスナップボタンの絵を鉄板に書く。
「そのタイプのボタンも、無いことは無いんですが、やたら固いか緩いかなのでお勧めは出来ませんね。
ちょうど良い塩梅のボタンを作れる職人さんに頼むと、ボタン一組だけでも大銀貨が必要になりますし、それに」
「あ、あるんだ。じゃ、そっちにするわ」
「ボタンに大銀貨ですか?!」
ルシエンさんとコロルさんに驚かれた。
ダサいボタンより、高くても格好いいボタンが存在するなら普通そっちを使うよね?
「その職人さんには会える?」
「…どうでしょうか。気に入った仕事しかしないタイプの人で…」
「頑固者なのか。仕方ないね」
「ええ、諦めてください」
「え? なんで? 説得しに行くけど?
住所教えて」
おかしい。なんでこの人達って、そんなに簡単に諦められるんだろ?
欲しい物があれば、相手が頑固な爺さんだろうが、交渉して当たり前でしょ?
相手も知らずに降参するのは無しだよ。
「クレストさん、ボタン以外のところは問題ありませんか?
少し動いて確認してみてください。
後、ズボンもお願いします」
コロルさんが呆れた顔をしながらズボンを手渡すので、奥に入って着替えをする。
「製品では関節部分は伸縮性のある革にしますから、その確認用の物より動けると思いますよ」
屈伸運動したり両腕を掲げたりと大きな動作で確認してみて、問題無さそうだったのでオーケーを出す。
鎧だからいつか修理もするだろうし、モデルチェンジもするだろうし、それに早めに作って貰いたいからね。
ホッとしたルシエンさんに、手先の器用さは業界ナンバーワンと呼び声が高い職人さんの居場所を教えてもらう。
どんな頑固爺さんか楽しみだね。
ちなみに鏡のお値段は五十枚だった。これで安心して寝られるわ。