第8話 絶体絶命?
ゴブリラが支配するボス部屋に俺達三人は閉じ込められてしまった。
脱出するにはゴブリラを斃すしかないのだろう。
それとも何処かに脱出するためのアイテムとか仕掛けが隠されているのか? そうであったとしても、ゴブリラが探す時間を与えてくれると思えないよな。
ゴブリラが軽く踏ん張る姿勢を取ったかと思えば、俺に向かって思いのほか素早い突進で移動してきたので右にジャンプして躱す。
振り返ったゴブリラがまるで掛かって来いよと言わんばかりに胸を叩く。
今のが全力疾走なら、俺なら躱すのはそれ程は難しくないか。
仕方ない、と言うのは言葉が悪いが、脱出が出来ないとなるとどうにかしてゴブリラを倒すしかない。
上手く躱し続けて奴のスタミナ切れが狙えるかも知れないしな。それより先に俺達のスタミナ切れになったら笑えないけど。
俺達は数の優位を活かし、無理せずタイミングをずらしながら攻撃を繰り出すことにした。
俺はゴブリラの前に位置取り、回避を優先する。
ケンとタクが背後又は左右から剣と触手でガツガツ、ペチペチと余り効いているとは思えない攻撃を繰り返す。
唯一効果的な攻撃は膝の裏へのケンの突撃ぐらいだが、ゴブリラも馬鹿ではないようで俺よりケンの攻撃を喰らわないように気を付けている節がある。
(コイツ、思ったより厄介だぞ)
と少し焦れてきたケンがそう呟く。
(ケン、絶対に早まるなよ!)
俺はケンにそう返して攻撃頻度を少しずつ増やしていくが、いかんせんバレーボールのアタック程度の攻撃だ。ゴブリラも俺の攻撃は防御をする素振りさえしなくなってきた。
(ムキッ!)
(こら、ウィズ! お前こそ早まるな!)
(俺の触手もぜーんぜん効いてないし)
俺の動きが荒くなったところで二人が声を掛けてくる。
ゴブリラの左右のパンチを躱して油断していたところ、短い足を延ばして放たれた蹴りが体に掠ったばかりだから素直に反省するしかない。
掠っただけだが外皮にダメージを受けて驚く。少し強いゴブリンの剣を受けても無傷だったのに。
外皮だけなら時間が立てば少しずつ回復するけど、あの蹴りをまともに受けたら即退場になるかもな。
改めてゴブリラの脅威判定を一段階引き上げるしかない。
そんな状況で攻撃を続けていたのだが、ケンの攻撃がゴブリラに読まれていたのか、狙い澄ましたようにクルリと回転しながらの右フックで大きく弾かれてしまった。
ケンはメジャーリーガーのホームランボール並の速度で壁へと叩きつけられ、バーンッと激しい衝突音を立てる。そして短く悲鳴を上げたケンがドサッと地面に落ちた。
(ケン! 無事か?)
(…すまん、暫く休ませてくれ。今のは効いた…。
回復したら全身を剣に変形する。
タク、俺が剣に変身したら触手で俺を振り回せ!)
(オッケー。なるべく早めの復帰を求む)
余裕の無さそうな声でタクが返事をした。
それからは俺も集中のレベルを上げてタクの援護に専念する。胴体への攻撃は全く意味が無いから、狙うのは顔だな。運良く片目でも潰せれば御の字ってところかな。
でもケンの攻撃が無くなった瞬間から、俺への圧がドンと跳ね上がってんだよね。でもやるしか無いんだよ。
タクとは以心伝心、俺の狙いをタクに伝えるとタクは慎重に動き出した。
(ヘイヘイヘーイ、ピーチャン、ビビってる?)
と何となく独り言を呟きながら必死でゴブリラの前を動き回る。ゴブリラの雑な攻撃なら、外皮をメタル化すればほぼノーダメージのようだが、切り替えが瞬時に出来る訳では無い。
紙一重の攻防を、いや防戦一方なんだけど、なんとかタクの触手がゴブリラの首を捉えて一気に巻き付けて締め上げ始めた。
ゴブリンを一撃で仕留められるタクの触手だ。いかにゴブリラと言えどノーダメージとは言わないだろう。
突然頸を絞められて慌てた様子のゴブリラだったが、突然しゃがむとその場で軽くジャンプを始めた。
(ゲッ! それはやめろ!)
とタクが慌てたが時既に遅し。飼い犬が首輪に繋いだリードを持つ飼い主を引っ張るのと同じ状況になり、タクが振り回され始めたのだ。
圧倒的な重量差の前では、スライムなんて水風船のような物だと思い知らされる。
タクが頸に巻き付けた触手を解いた瞬間、ゴブリラがその触手を両手で掴むと、それをベリッと簡単に引き千切った。
(ちっ! くそったれ!)
(タク、大丈夫かっ?!)
(心配するな! 触手が切れても痛みは無い。
だが新たに触手を作るのに時間が掛かる。
時間を稼いで欲しい。ケンの復活もまだみたいだからな)
(…無茶を言われてるけど…了解しかないか。
スピードを上げて逃げ回ってやるよ。タクは避難してろ)
タクの返事を待たずにゴブリラの前に移動すると、ポヨンポヨンと小さくジャンプする。
ゴブリラにはあの長い腕を生かしたパンチがやはり要注意だ。蹴りと突進の前には大きなモーションが入るから、避けるのは難しくないだろう。
と言ってもフットワークが意外と軽い敵だから油断は出来ないけどな。
とにかく今は二人が動けるようになるまでの時間を稼ぐことに集中だ。一撃でも喰らうと即あの世に直行ってくらいの覚悟で臨むことが必要だ。
それにしても、まだ新しい魔石にどの機能を制御させるか決めていなかったのは幸いかも知れないな。
この際だから、戦いながら魔石を防御特化に調整していこう。
しかしこうやって一対一でゴブリラの前に立つと、これが格の差なんだと改めて思い知らされる。
それでもゴブリラの攻撃を回避出来ているのは、知らぬ間にレベルアップしていたと言うことだろうか?
それとも実は俺には秘められた才能があったとか…いや、それは寝言だよな。
唸りをあげて振りぬかれた正拳突きぽい拳を紙一重で躱し、次の大振りになった攻撃の後に出来たスキに顔面に体当たりをペチッとお見舞いしてやった。
当然この程度じゃダメージなんて入らない。
嫌がらせに過ぎない、攻撃とも言えない攻撃だ。
だが俺が狙うのは流血による視界の妨げだ。額を切って目に血が入れば多少は視界が悪くなる筈。
ただし、ずっと同じ場所を狙い続けていると攻撃を読まれてしまうから、時々違う場所に体当たりをする。
こちらは一撃でノックアウトされるって可能性があるんだ。リアルに逃げ場の無い無理ゲーにハマって最悪な気分だ。
そんな綱渡りの状態で攻撃と回避をしながら、新しい魔石の調整を同時に行う。
幸いなことに回避に徹すればゴブリラの攻撃はほぼ見切ることが出来る。スライムの視覚神経は想像より優秀のようだ。目の数が多いってことが有効に機能しているのかもな。
ゴブリラの行動パターンと筋肉の動きをセットで記憶し、常に先読みして最適な回避行動を取ることを心掛ける。
そして蚊が刺した程度でも顔面に体当たり攻撃を繰り返した成果がやっと現れて、パクリとゴブリラの額から血を流させることに成功した。
それに気が付いたのか、それとも目に血が入ったのか?
ゴブリラが攻撃の手を止め、立ち止まると血を拭った。不思議そうに赤く染まった右手を眺めていたが、おもむろにペロリと手に付いた血を嘗め取った。
そして暫く俯いたかと思うと、突然大音量で絶叫したのだ。
この空間に響き渡るゴブリラの絶叫は物理攻撃として有効だったようで、洞窟の石壁に細かなヒビが幾つか入った。
更に激しく両拳で厚い胸板をドンドンと何度も叩き、暫くしてから閉じていた目を開くとまるで別ゴブリラのような目付きに変貌していた。
白目は真っ赤に充血し、凶暴さを増した口元からは牙が覗いている。その姿に思わずブルってしまった。
ゴブリラが一度雄叫びをあげると、突然ショルダータックルの姿勢で俺を目掛けて突進!
今まで見てきた突進よりズッと速い!
いきなりのことに回避は間に合わないと判断し、外皮を鋼鉄化して防御姿勢を取る。
だがゴブリラと俺の身長差を考えてみれば肩がぶつかる訳もなく、俺は突進したゴブリラの右脚で豪快なシュートを決められたサッカーボールの如く石壁へと激突したのだ。