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(閑話)たまには美味しい話がないとね

「二人が二日酔いとか信じられないわっ!」

「あれは完全にやけ酒だったからね」


 冒険者ギルド前で待ち合わせをしていた私達だけど、今日はメンバーの二人が二日酔いで仕事に出られないと聞いてびっくりしたわ。


 サーヤもその席に居たようだけど、この子は普段あまり飲まないからね。


 もっと稼ぎを増やさなきゃって言ってる傍から、二日酔いになる程に飲んで余計な出費をするなんて、と思うけど。


 どうしてヤケ酒になったのかは二人の名誉の為に黙っておくわよ。


「リーダー、どうする?」

「二人で安全に倒せる魔物の駆除。私の剣とサーヤの弓だけだと、オークは危険よね。

 岩蜥蜴狩りあたりかしらね」


 大銅貨級になるには、一人で岩蜥蜴を倒せるようにならなければ無理。

 数も多く、肉も美味しいこの魔物はこのあたりの冒険者の良い生活資金に早変わりしてくれる。

 大物になれば利益が大銀貨五枚を超すこともある。その分運ぶのに苦労するけど。


 そんな話をしながら冒険者ギルドのドアを開けると、いつもと違う雰囲気だったわ。


 冒険者ギルドは入り口のドアを開けると、ほぼ真正面に新人登録や依頼人の対応をするカウンターになっているの。

 そこに緊急依頼の掲示板と、その前に立っているのはクレストさんね。

 何をやっているのかしら? あの緊急依頼を請けるにしては様子がおかしいわね。


 緊急依頼の内容は、貯水池の日帰りで子供二人の護衛…子供が何をしに行くのかしら?


 護衛人数は二人から四人か。これなら私とサーヤでも行けるわ。希望者多数の場合は先着…でもまだこの掲示板があるってことは、まだ集まっていないってことね。

 問題は報酬だけど…はい?…あぁ、なる程、クレストさんと打ち合わせだから、ここに立っていたのね。納得したわ。


 時計をチラっと見たら、あら、もう出発直前じゃないのよ。

 そう言うことか、他の奴らは直前になって報酬を吊り上げる作戦に出ているわけね。


「サーヤ、これ請けるわよ。どうせ今日は二人だし」

「了解、異議無し。出来れば六枚で…豪華ディナー付きなら、なおヨシ」

「…この依頼は『紅のマーメイド』のアヤノとサーヤが請け負ったわ」


 さぁて、どんな報酬を彼にお強請りしようかしら。内容的には子供の引率だから、新人冒険者に銀貨四枚でやらせるのが妥当なところね。


 ミランダさんが他の連中なら大銀貨三枚と言うのは、私達にそれぐらいは要求しろってことなのかしら?

 でもそれってぼったくりイケメンバーみたいで酷くない? そこそこにしとかなきゃね。


「後で依頼人と報酬の交渉をジックリしっぽりねっとりしといてね。子供の護衛依頼、受付時間終了だよー」


 よし、無事に受注できたわね。

 執務室から釣り竿を持って麦わら帽子を被った男の子と女の子が噂の子供達ね。

 釣り道具を貸してくれたのなら、お昼は焼き魚に決定ね。


「では、皆さん、出発しましょうかな。

 護衛のお二方は、徒歩での警戒をお願いするのでよろしく頼むのじゃ」

と言うこのお爺さん、確か昔は騎士団に居たんだってね。


 ドコにでもいる孫を連れて散歩してる爺さんみたいだけど、かなり強いって聞いたわ。

 だってこのお爺さんが一人で貯水池周りの魔物を掃除して、あの近辺が安全になったなんて話があるぐらいだし。


 何故かクレストさんが衛兵詰め所に入って行ったけど、何をしてるのかしら?

 悲鳴みたいなのが聞こえたけど。

 あの人のことだから、おかしな物を置いていったのかも。


 私達が疲れないように気遣ってくれてるのか分からないけど、馬車はゆっくり進んで目的達成に到着。

 管理人小屋には先客が居て、出て来た真っ赤な鎧にびっくりしたわ。


 彼は第三騎士団のスオーリー副団長…最も恐ろしい(顔をした)騎士と呼ばれている。

 そんな人がどうしてこんな場所に居るのよ?


「昨日、『では、明日はよろしく頼むな』と言っただろう?

 お主も、はい、と答えたではないか」

「それはカマキリのことでしょ?」


 …犯人はクレストさんね?

 一体何したのかしら。それにカマキリ?

 カマキリってあの大きな虫のやつ?

 出会ったら死ぬと言われる程に恐ろしい昆虫型の魔物よ…衛兵詰め所での悲鳴って、まさかそう言う事?


「あんた、ひ…ま?」

 クレストさんっ! 貴方、それを言うの?

 死にたいの?

 え、副団長、殺らないの? まさか友達?

 この二人の関係が気になるんだけど!


 クレストさんの暴言は聞き流して、ロイ君を捕まえた副団長が『高い!高い!』ってやってるけど、どうみても一メトルは空中に浮いちゃってるじゃない!

 それ、間違ったら即、他界!他界!だから!


 どうしてクレストさんってこう言う厄介な人を引き寄せるのかしら?

 私なんか怖くてガチガチに固まってたのに。

 お爺さんが上手く副団長を小屋に誘導してくれたから良かったけど、心臓に悪かったわよ。


 さて、ここからは私達も自由に遊べるのね。

 この辺りには危険な魔物は居ないから、小動物や鹿が増えてきてるらしいわ。

 サーヤが池の周りの回って、罠を仕掛けてくるそうだから、私はロイ君の持っている竿を借りようかしら。


 浮草は取水口近辺には密集しているけど、他の場所はそうでもないわね。

 これなら釣りも出来そうね。ミミズを掘って…腐葉土の下に沢山いるわ。何が釣れるか分からないけど、釣り餌には困りそうに無いわね。


 午前中の釣果は大満足!

 一人で二匹は食べられるわ。


 この池の魚は全然すれていないのね。殆ど入れ食いじゃないの。私はもっとスリリングな釣りをしたいのに。

 お昼からはボート釣りに挑戦してみようかしら。良い具合に船も二隻あるし。

 それとサーヤが猟師の娘で本当助かるわ。器用に罠を作れるから、山に入ればあの子の独壇場だもの。

 それ以外だと、オッチョコチョイな所もあるけど。


 お昼を食べてから、皆でボート遊びを堪能して、それから木の実を採取していた時のことね。


 突然大きな音が聞こえたわ。


「リーダー、罠に何か掛かったみたいよ!」

「行くわよ!」


 サーヤを先頭にして音のしている方向へと進むと、そこそこの大きさの魔鹿が足をロープに巻き付けて藻掻いていた。


「雌の中型ね。恨みは無いけど、その命を頂くわ」


 サーヤがそう言うと弓に矢を番える。サーヤの矢では一撃で仕留めることは無理。トドメは私が差しに行くわ。

 でもその前に、付いてきた子供達にこれから行う事を言っておかなければならない。


「ロイ君、ルーチェちゃん。

 私とサーヤお姉さんは、今からあの鹿を…殺さないといけないの。

 見ていて気持ちの良いものじゃないから、向こうを向いて耳を塞いでいて」

「ううん、僕もルーチェも村で見た事あるから大丈夫。殺さないと食べれないの分かっているから」

「そうなの…でも見なくて良いから、終わるまで向こうを見ててね」


 二人とも知っていたのね。食べる為に殺すことを。

 とても当たり前のことだけど、とても大切なことを。


 出来ればなるべく苦しませずにラクにしてあげたい。


「サーヤッ! やって!」


 私は剣を抜き、両手に構える。非力な私が片手剣を使っても中途半端なダメージしか与えられないもの。

 罠は即席で作った物だから、あまり暴れられるとすぐに切れるわ。手負いの敵程怖い物はない…。


 サーヤがシュッと音を立てて矢を放った。

 動き回る魔鹿の体が木の幹にぶつかるタイミングを狙ったのはさすがね。

 矢は太い首に見事に命中し、魔鹿が痛みで悲鳴を上げた。


 私はもう一発矢が命中するのを待つ。次のサーヤの狙いは腿だ。罠が切れなければ腹か前脚にも欲しいところだけど、それは多分欲張りすぎね。


 予想通り、魔鹿が暴れ回ったせいでロープはすぐに切れてしまったわ。だけど敵はまだその事には気が付いていない。

 冷静に放たれた二発目は、予定通りに左の腿に突き刺さる。


「出るわよっ!」


 ここからは魔鹿と私の真剣勝負。既に痛手を受けた魔鹿は気の振れた狂人と同じ。

 どんな行動に出るか分からないから油断はしない。

 そして、その筋力は人間より遥かに強い!


 私を敵と認識した彼女は、痛む足を無視して私に頭から突っ込んできた。

 牝鹿の頭には角が無いから大した攻撃力はない! いや、誰がそんなことを言ったのよ!


 体重百キロの鹿の突撃よ、傷を負ったからと言って甘く見てはいけないわ。

 首を下げて突っ込んで来る牝鹿の、更に下から掬い上げるように、

「ェヤャャャーッ!」

と気合いを入れながら、擦れ違いざまに剣を斬り上げる。


 狙ったのは防御力の一番弱い喉。

 私の力でも唯一彼女を一撃でラクにしてあげられる場所。

 両手に感じる何かを絶つ感触と、硬い何かにぶつかる衝撃。それに前に進む威力はまだ衰えず、余りの反動に剣を手離さなければ私の腕が壊れてしまう。


 そして私の剣を喉の半ばから生やした彼女の体が走り過ぎ…それから一秒、二秒、三秒…走ったところでドサリと倒れた。


 まだまだ精進が足りないわね。

 一撃であの頸を断ち切れるぐらいに成らないと、大銀貨級には手が届かないわ。


「リーダー、お疲れ」

とサーヤが寄ってくる。

「うん、相変わらず矢は正確ね。助かったわ。

 さて、問題はここからどうやって運ぶかよ」


 そんな会話にしている私達に、ロイ君とルーチェちゃんがサーヤが矢を放った時と私が斬り上げた時の様子を再現してくれたのだ。

 私達の戦いをしっかりと見ていたのね…。

 で、コレは何かの罰ゲームかしら? 自分のモノマネを見せられるのは恥ずかしいものね。


 サーヤに鹿の見張りを頼み、管理人小屋に行くとお爺さんが台車を出してくれた。

 台車に鹿を載せて小屋まで運び、リミエンまではクレストさんの持つ大きなマジックバッグで運んで貰えることになったわ。

 この牝鹿一頭で大銀貨二十何枚行くかしら?


 予想外の収穫もあって、ホクホク顔でギルドに帰還。

 依頼主のクレストさんと子供達が御礼を述べてくれるけど、私達こそ御礼を言わなきゃ。


 釣りをして、ボートに乗って、木の実を食べて遊んだ後に獲物を無料で運んで貰ったんだから。

 でもそれはそれ、と謂うのが冒険者の流儀。


 私から考えたのは、月に一回、今日みたいな日を設けること。これならまた子供達と遊べるし、クレストさんとの交流の機会にもなるもの。

 でもその案には待ったが掛ける。

『子供連れの冒険者の対応について正式な決定が出ていない』のがその理由。


 ライエルさんはギルドとしては規制しないと言ってくれたし、ギルド主催でクレストさんとミランダさんが事業化することになったの。


 エマさん、ミランダさんが私達にクレストさんを独占させたくないようで、私の案は保留になったわ。ちくせう!


 でもその後、ギルドの酒場でクレストさん達がお祝いの会を開くことになったので、私達も便乗したわ。

 何故かエマさんまで。

 でも彼女はギルドからクレストさんのガールフレンドに公認されているから、仕方ないわ。


 そう少し諦めかけていた矢先、

「そんな訳で!

 騎士ビリー誕生の前祝いだ!

 今日はここに居る全員、クレストの驕りだから、好きなだけ飲んでくれっ!」

と浮草回収仲間のアンバーが音頭を取ったの。


 私はサーヤに目配せすると、同時にこの酒場で一番高いお酒『ドンペーニャ』をボトルでオーダー。

 確か一本で大銀貨二枚…。


「これが追加の報酬だからね」


 ええ、たまにはこんなの美味しい話しがあっても良いわよね!

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