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(閑話)客は香りと口コミで呼ぶのが定番とか

 私はラゴン村のミレット。取り立てて美人と言う程でもないし、もう三十歳までのカウントダウンが始まってるわ。


 リミエンから少し離れた山間の村で牧場を営む一家に嫁いで、子供を二人生んで、下の子がやっと手が離せるようになったところよ。


 でも子供が居ると、やっぱり色々とお金が出ていくものよね。

 鶏の面倒を見てくれるのはありがたいけど、育ち盛りで良く食べる。


 ウチは牛と鶏をたくさん飼育していて、獲れた卵で出荷出来ないものは自分たちで食べたり、飼料を運んでくる業者さんにお裾分けしたり。


 私が氷を作る魔法が使えるので、生乳や牛乳からバターを作っているの。

 本当はチーズも作りたいけど、今は資金的にも手を出す余裕が無いのよね。

 悔しいわね。チーズは作るのに特殊な材料が必要だから、簡単には作れないのよ。


 そうそう、ウチの旦那が最近養蜂にも手を出していて、蜂蜜も手に入るようになったのはグッジョブだったわね。

 初めてあの蜂蜜を食べさせて貰った日は、私も興奮して…あ、アンタ何を言わすのよ!


 まあ、それぐらいうちは夫婦仲も良いわよ。でもやっぱり飼料を買うと中々儲けが出せないのよね。


 だから家族会議の結果、私のスペシャル鉄板焼きパンをリミエンで売ることにしてみたの。

 材料は小麦、膨らし粉(詳細不明)、バター、蜂蜜、塩よ。


 これを良く混ぜ合わせて鉄板で焼けば、バターと蜂蜜の香る美味しいパンが出来るのよ。

 

 屋台でパンを焼いているのは見たことがないから、これなら絶対に儲かるだろうと思って意気揚々と町に行ったのよ。


 商業ギルドで屋台の申請手続きに銀貨五枚…手数料がいるとは知らなかったわ。


 担当者は三人だったけど、一人はゴミの処理について話をしたらすぐに居なくなった。

 残りの二人は『交通事業部』と『外食産業部』と言ったわね。


 『交通事業部』の人が地図を広げて、何ヵ所か屋台を出しても良い場所を示して、と『外食産業部』の人がその中からあそこはどう、ここはなんだと色々と意見を出して。


 話を聞いていると、どうも私の市民権のレベルだと良い場所を選ぶことは出来ないぽいのよね。

 なんかガッカリしたわ。

 私が若くて美人だったら違う結果になったような気もするけど。


 多分、この人にそっとお金を渡せば配慮してくれそうな雰囲気は感じたんだけど、屋台をレンタルするのと材料、燃料の購入、それに宿泊費…考えると私のお小遣い程度も渡せないからそれは止しといたの。


 私がそうしない判断したのが理由かは知らないけど、後は素っ気なかったわね。


 それでも夕食の時間に間に合わせる為には急いで準備しなきゃいけないから、すぐに屋台を借りて材料を揃えて…一人でやるのは本当大変だったけど、なんとか間に合ったわ。


 どう計算しても一枚大銅貨六枚にしないと儲けが出そうにないから、周りの屋台より高いけど看板を出して呼び込みを始めたの。


 焼けたパンはバターと蜂蜜の良い香りですぐに若い女性を店の前に連れて来たわ。


「ゲッ、六枚なの…高い…」


 ガッカリした様子で帰って行ったわ。それからも何人か前に来るのに、同じように値段を見て買わずに去ってくのよ。


 材料は氷で冷やしているから何とかなっても、このままだと燃料代の分は完全に赤字…と泣きそうになりかけてた時に、

「今晩わ。ちょっと見せてもらって良い?」

と黒い髪の青年が来てくれたの。


 看板を見て高いと言わずに声を掛けてくれたのは、この人が初めてよ。


「いらっしゃい。良いわよ。幾つか買ってくれるのなら、有難いんだけどね」


 この機会を逃していなるものか!と意気込んで返事をすると、

「小麦に卵とバターを混ぜて、屋台でも提供出来るように薄く焼いて…」

とまるで私の造り方を見ていたように言うのには驚いたわ。

 この子は料理人なのかしら? まさかどこかで見られた? スパイなの?


 そんな不安がよぎったわ。でもそれをわざわざ教えにくるのもおかしな話よね。


「これと同じような食べ物が故郷にもあったからさ。このパンとは少し違うけどね」


 そう言ってやっと一枚目を買ってくれたの。

 大きく口を開けてガブリといって、感想を期待していると、

「うん、これは美味しいよ」

と嬉しいことを言ってくれる。


 でも問題はその後よ。

 スライスした果物を乗せたり、ドライフルーツを混ぜて焼くデザート系と、薄く焼いて焼き肉とかオカズを巻く食事系へのアレンジをすぐに思いついたのよね。


 この人、料理研究してる人かしらね?

 でもそんな人が評価してくれたのは自信になるわ。

 でも褒めすぎていない?

 まさか上手いこと言って、何処かに連れ込んで、薄い本に書いてあるようなあれやこれやをするつもりなんじゃ?


 勿論冗談よ。

 二十歳ぐらいの子が三十のおばさんを口説く訳がないものね。


「お姉さん、卵とバターの保存はどうやってる? 冷やさないと傷んで使えなくなるよ」


 本当クチが上手いわね。でも嫌らしさが無いのは何故かしら。言い慣れてるのかしらね?

 この歳でそれはどうなのよ、と思うけど。 


 食材の扱い良く知ってるようだし、嘘を付いてる訳じゃなさそうね。それなら私の秘密を教えてあげましょうか。


「実は私、氷を作る魔法が使えるのだっ!」

「凄いっ! ソレなら納得!」


 どんなもんだいっ!

 ここで氷を出すパフォーマンスをして…


「他の魔法は?」


 …びっくりさせてやろうと…、貴方ねぇ、それは聞かなくて良かったのよ!

 他の魔法が使えるのなら、軍なり冒険者なり、需要のあるところに行ってたわよ。

 もっと魔法の才能があれば良かったのに。


 愚痴のついでに、

「もっと客層の良い場所に屋台を出すには、市民権のグレードが足りないんだってよ」

と商業ギルドのやり方も愚痴ってやったわ。


 それを聞いてか、どうもこの子は今とても急いでいるみたいだったけど、私がいつまで居るのか聞いてきたのよ。

 明日の昼には帰る予定だと告げると、何を考えているのか、焼けるだけ焼いてと言って大銀貨を七枚も置いて行ったわ。


 それから商業ギルドの偉い人に話をしてくるとか言ってたけど、銀貨級冒険者のクレストね、何処のボンボンなのかしら?


 焼けるだけ焼いてと言われて、私はそれから鉄板の全体を使ってパンを焼き始めたのよ。

 一列に六枚並べて、それを二列で。そうしたら当然だけど、今まで一枚だけ焼いて置いていたのと違って物凄く良い香りが漂い出したのよね。

 バターと蜂蜜の波の中に居るみたいな? 


 これはちょっとやり過ぎかしら?と思っていたら、

「姉ちゃん、旨そうなもん焼いてんな」

ってちょっと怖そうなおじさんが来たの。文句を言いに来たのかと思ったら、

「それ、一枚くれ」

って。顔に似合わず甘い物好き?


 一口パクリといくと、

「旨いっ! 姉ちゃん、そこの焼けてるやって、四枚くれ!」

「毎度あり~」


 その人が近くに居た仲間に渡してからよね。徐々にお客さんが集まり始めたのは。


 これがクチコミの力なのね。それから串焼きの屋台と、ドライフルーツとジュースの屋台のおじさんも来て。

 二人ともクレストさんのご贔屓の屋台らしく、アレンジレシピの話をしたら、すぐにお店を畳んで材料を持ってきたのには笑ったわ。


 結局二人が協力してくれて、クレストさんに焼くための材料は無くなってしまったわ。完売ね。


 後からクレストさんがメイベル部長を紹介してくれて、クレストさんの家の家令…若いのにそんな人を雇っているのも驚いたけど、家令の人と契約を結ぶことになって。


 最初は場所が悪くて売れないんだと思っていたけど、私がお客様を呼び込むために工夫をしなかったのがいけなかったのね。


 だからクレストさんは一度にいっぱい焼かせて多くの人に匂いを嗅がせる作戦を取ったのね。

 ありがとう、とても勉強になったわ!

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