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(閑話)銀貨六枚の価値

 この冒険者ギルドは変わったことを考えるもんじゃ。

 依頼の名を借りた訓練を行うと言うのじゃ。

 それに気が付く者が居るかどうかは分からんがな。


 儂は御者を務める老いぼれのローグ・トレス。五年ほど前まで元第二騎士団に所属しておったが、実家のあるリミエンに戻ってきたんじゃよ。

 今はリミエン伯爵に雇われて、重要施設であるこの貯水池の管理を行っておる。


 ここは森の中にあり、儂が仕事を始めた頃には周囲にも肉食獣や危険な魔物が多く棲息しておったが、引退したといえ御前試合で準優勝をしたこともある儂の手に掛かれば仔猫も同然。


 三年も経過した頃には人を襲うような獣も魔物もこのような近辺には出なくなったのじゃ。

 今では大人しい草食動物が棲む平和な森に様変わりしておる。


 じゃがここ最近の儂の悩みは、あの浮草の異常繁殖なんじゃ。

 この貯水池はリミエンの広大な農地に水を送る重要な拠点の一つでな。

 増えすぎた浮草が取水口を塞ぐと農業に大ダメージを与えることになる。


 そのような事態を引き起こさんよう、一人で少しずつ浮草を回収しておったんじゃが。

 

 寄る波には勝てぬと言うじゃろ。


 うっかり腰を痛めてしまい、二週間程ここを放置したことがあったんじゃが、久しぶりに訪れてみれば取水口の周りは浮草で溢れかえり、川に流す水量が著しく減っておったんじゃ。


 慌てて浮草を引き上げて流れ出る水を確保したんじゃが、このまま放置しておく訳にはいかん。

 伯爵に報告し、一度は伯爵の私兵団を使って回収したものの、私兵団をこの作業に当て続ける訳にもいかん。


 リミエンには常設の領軍として歩兵、騎兵など合わせて千程が確保されておる。

 この中には当然素行の悪い輩も居るから、悪さをしたものにはこの貯水池に来させて浮草の回収をさせるようになったのじゃ。


 じゃがそれだけでは人手が足りぬ。そこで伯爵の許可を得て、冒険者ギルドに依頼を出すことにしたんじゃ。


 そこでギルドマスターを務めるライエル…王都に拠点を置いて活動していた冒険者パーティー『青嵐』の元リーダーであり、儂も何度か顔を合わせたことがある…が、こんなことを言う。


「今はローグさんのお陰で貯水池の周辺は安全が確保されていますからね。

 領軍兵でも音を上げるような作業なら、トレーニングにちょうど良いと思いませんか?

 いやー、ローグさんには監視…引率をお願いして、うちの若い奴らに筋トレをさせてください。

 魚が釣れれば無料で昼飯も出せますし」


 なるほどのぉ、危険な魔物もおらん。

 帰りはくたびれてロクに歩けんじゃろうから、儂が馬車で送り迎えをしてやれば良い。

 馬車馬の調整にもなるし、馬車の慣らし運転にもなるの。

 何より釣りに没頭出来るのが有難いわい。


「戦闘はないですが重労働。

 日当は…銀貨六枚の出来高で調整としますか。

 生活の為には最低四枚必要でしょう。

 後はローグさんの気持ちで上乗せするなり減らすなり、お任せしますよ」


 こんな感じで浮草の繁殖状況を見ながら冒険者ギルドで不定期に依頼を出すことが決まったんじゃ。

 それから一年。主に新人冒険者がやってくるが、どいつもこいつも根性が足りん。

 すぐに手を休めてサボリよる。半年でもここで作業を続ければ、バランスの取れた筋肉がつくのが分からんとはな。


 ロクに体作りもせんうちに魔物を狩りに出るなど、自殺したいのかと呆れるんじゃよ。


 今日は四人か。二人は全く役に立ちそうに無いの。

 一人は銀貨級の剣士か。それなりに鍛えておる。武器の修理が終わるまでのトレーニングにきたようじゃ。

 で、最後の一人も銀貨級で…戦闘手段が格闘じゃと?

 これまた面白い奴が来たもんじゃ。見た目には厳しいトレーニングを積んだようには全く見えん。のほほんとしたボンボンなんじゃが。

 ライエルが気に入ったと言う新人らしいが、どれ程のものか見せて貰おうかの。


 浮草の回収は、儂が用意したフック付の棒を使う。

 最初は岸に近い浮草にフックを引っ掛け、絡まった根を千切るように一気に引っ張り上げるんじゃ。

 これが慣れないうちは大変な作業でな。これが一番得意なのは、よく働く農家の者じゃないかと思っておる。ひたすら下を向いて水面にフックを突っ込むんじゃからな。


ゴブリン♪ゴブリン♪ゴゴゴ~ブリン♪


 ライエルのお気に入りの青年が、歌を歌い始めた。サボっておる訳ではなく、手もシッカリ動かしておる。


ゴーブリン ゴーブリン おー顔が酷いのね♪

そーよ 母ちゃんも ひーどいのょ~♪


 音痴なのは仕方ないが、まさかこの作業をしながら歌う余裕があるような奴は初めて見たぞ。

 それにその歌詞はなんじゃよ?

 儂を笑い死にさせたいのか?


 話を聞くと、どうやらこの青年も強化系のスキル持ちのようじゃが、あのスキルは体に大きな負担を与える危険なスキルじゃ。

 本来の肉体の能力を越えた力を引き出す訳じゃから、それが当然だと思うのじゃ。


 それなのに、この青年は作業開始からずっとスキルを使い続けておるようなんじゃ。

 あり得んよ。優れた騎士でも強化系スキルは切り札としてとっておくものじゃ。

 不意を突く為に、一撃で仕留める為に、膠着した状況を打開する為に。

 増加した筋力は相応のエネルギーを消費し、筋肉にダメージを与える。故に多用は禁物。

 それが常識じゃ。


 それなのに、こいつは歌いながらスキルを使う離れ業を披露するのじゃ。

 これはもう化け物としか言えんな。


 しかし予想以上にこいつは理知的でもある。かなりのレベルの教育を受けてきたのじゃろうな。

 この貯水池の重要性を良く理解しており、この浮草が引き起こす最悪の事態を知っておる。

 ラクに浮草を回収するための装置を考え付く発想力。

 浮草回収をトレーニングに組み込む発想もあるようじゃし、子供二人に女性冒険者を同伴させてピクニックと来たもんじゃ。


 それに最も怖い顔の騎士と揶揄されるスオーリー副団長にも臆することなく接する胆力。

 

 全部引っくるめての規格外を体現したようなこの青年が、これからも儂らの味方を続けてくれるように見守り続けて行かねばならん。


 いや、それよりも次の釣り対決に勝利にせねば、儂の太公望の称号が廃ると言うもんじゃ。

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