第63話 方針を話そうか
ガルラ親方と改築の打ち合わせも終わり、ベッドも設置出来た。最低限の家具と食器もある。
少し昼食の時間が遅くなったが、オリビアさん達が屋台で買った焼き物やスープなどで簡単な食事を済ませた。
リビングで皆と一息付くと、これからどうしようかと言う話になった。
「親方様からは私ブリュナーが資産管理をするように承っております。
親方様のご意向で、食事は基本的に私が作らせて頂きます。
シエルさんには補助をお願いします。
食事はその時に在宅する皆で採ることにします。余った食事も親方様のマジックバッグに保管しておけば、外に出ている時の食事になりますから問題ありません」
なるほど、食事は作りすぎても無駄にはならないのか。フードロスゼロの達成だね。
「それとお許しを戴けるなら、私もこの家に住まわせて戴きたいのですが。
なにぶん年寄りでして、毎日通うのは大変なので御座います」
とブリュナーさんが言うのだが、どう見ても後二十年ぐらいはピンピンしてそうだけど。
でも俺が数日間留守にする可能性もあるし、戦える人に留守を預かって貰えるのは有難い。
「俺としては有難いんだけど、家の方は?」
「訊きたいですか? 少々長くなりますが」
何やら訊かない方が良いよとオーラが発せられているので首を横に振る。
「私もお許しがあれば同じくここに住みたいです」
とシエルさん。
ルーチェが居るからこれも有難い話だ。断る理由が無いのですぐに了解する。
これで二階の四部屋が埋まるな。
オリビアさんは教育係であり、常駐の必要は無いので住むとは言い出さなかった。でも少し残念そうな表情を作ったように見える。
まさかと思うけど、オリビアさんまでここに住むつもりなの?
さすがに部屋が足りないから無理だよな。悪いけど、気が付かなかった振りをしよう。
「じゃあ、俺が考えている予定を聞いてくれ。
俺は平凡な冒険者を続けながら…」
誰かが咳払いをする。チラリとそちらに視線を向けると、
「親方様は平凡と言う型には嵌まりませんが」
とブリュナーさん。皆もうんうんと頷く。
「…なるべく平凡な冒険者になるよう努力するよ。
それで、冒険者をしながら自分が欲しいと思った物を作りたいんだ。
その件で、エメルダ雑貨店に協力してもらっている最中なんだ」
「商業ギルドでサンプル展示していた皮剥き器と薄切り器以外と言うことですか?
あれ、メイドなら皆が欲しがりますよ。私も欲しいです」
シエルさんが挙手をしてそう言う。
ギルドで実演したそうだ。確かに置いておくだけじゃ便利さは分からないか。テレビショッピングや実演販売と同じだね。
「あれは別件。
今は依頼で知り合った植物好きな人を仲間に入れて、と言うか彼をトップにして、固形化した洗浄剤と液体の洗浄剤を研究してるんだ」
「洗浄剤ですか。
泡の実は良く使われていますが、他には捩じ曲がったサヤの出来る長泡の実もありますね。使い勝手は良くありませんが。
あと、食器洗いには今でも多くの家庭では麦藁灰を使用しています。
やはり安価であることが一番ですから」
ムクロジ擬き以外にもあったのか。それは良い情報だな。さすがブリュナーさんだ。
「泡の実も灰も、使い勝手が悪くて俺は嫌いなんだよ。
だから扱いやすいように、拳大の大きさに固めた物を作ろうと思っているんだ。
それで手や体を洗うようにしたい。
その次は頭を洗う液体の洗浄剤に発展させるつもり。
それと同時に、食器洗い用の液体洗浄剤も作りたいんだ」
押したら液が出るプラスチックボトルが無いので、液体洗浄剤が受け入れられるか少々疑問は残る。
バネ一つでも高価だし、他の部品も手作業で作るとなるとプッシュポンプ式の容器一つで大銀貨が必要になりそうだし。
そうで無くても、どんな容器に入れて販売するかまでは考えていない。倒すと簡単に溢れる容器は論外だ。
なので説明しながら液体か固形かで悩んでいるのは内緒だ。
シエルさんが少し考えてから、
「泡の実と灰より使いやすいだけなら、それ程魅力的とは思えませんが」
と予想外に素っ気ない返事をしてくれる。
現代のボディーソープやシャンプー、リンスに牛のイラストの石鹸を知らないからそう言う反応になるのは仕方ない。
「基本形のままだとそうだよね。
でも、もしその洗浄剤を使ったら良い匂いがしたり、肌が潤ったらどうかな?
頭がスッキリしたり、髪の毛に艶を与えたり、サラサラにして指通りが滑らかになったら?」
改めてシエルさんに聞いてみると、
「女性なら絶対に飛び付きますね」
と予想通りの返事に満足する。
「試作品が出来たら、皆に試して貰うから。
肌に合う、合わないってテストを多くの人でやらないと販売出来ないと思うから、協力してください。
それともう一つは紙を作りたい。
羊皮紙は国内生産だけど分厚くて重たいし、ペンが引っ掛かって書きにくいからイヤなの。
だから、輸入している紙を作りたいの。
製法は秘匿されているけど、実は植物から作るんだよ。
あ、紙は外では誰にも言わないでね」
ルケイドに出会えてマジで良かったと思う。
植物学者みたいなものだから、植物で出来ている物は見て分かる!と誤魔化せば良いんだから。
ちょっと強引過ぎるかな?
「洗浄剤の実験はまだ初めたばかりだけど、固形化する材料が一つ見つかったから、近い内にサンプルが出来ると思う。
液体の洗浄剤は、まだまだだけど、成功させたいし、成功すると信じているんだ。
だから、依頼を請けていない時はその実験をしてると思ってて」
「実験については、金持ちのボンボンの道楽とでも思わせておけば良いでしょう。
実験に高額な商品を使用するのでなければ問題ありません。
資金の面からでは無く、悪目立ちすると言う意味です。資金的には親方様の財産なら十分でしょう」
なる程、高額商品を買い続けると変な噂が立つかも知れないのか。
油は大丈夫なのかな? 安くは無いけど。
ダミーの会社を作って販売するかな。
国内生産商品なら第二級市民権で取扱いが出来るし。
「ブリュナーさん、油は国内生産ですか?
洗浄剤作りに必要なんです」
「向日葵、オリーブ、菜種、この三種類の油は国内生産です。安価かと言われると、悩ましいところですかね」
「ありがとう。さすがだね。
それなら油を取り扱うダミー商店を設立して欲しい。儲けはいらない。大量確保が目的なんだ。
塩は専売かな?」
「岩塩が専売です。海水塩は品質が悪く、人気が無いのでリミエンでの流通は少量です」
多分それって海水の濃度を単純に上げただけの塩なんだね。苦汁の成分が混ざっているから雑味があるんだろう。
石鹸に使うならそれでも良いのかな?
「その塩工場と、やり取り出来るかな?
食用の塩にするための製法に問題があるんだと思う」
「親方様が新工場を設立するのではないのですか?」
「今も海水から塩を作っているところがあるなら、そこに任せる方が絶対にラクが出来る。
そこが悪どいことをして儲けているなら別だけど、そうでないのなら取引開始と製法の改善について話し合いたい。
ダミー商店で塩と油を扱おう」
「畏まりました。伝手を頼って商会を起ち上げます。
親方様に何枚かサインをお願いすることになりますね」
サインぐらいはお安い御用だ。儲けは度外視だから気楽なもんだよ。
「冒険者の依頼って、やはり魔物の退治をされるのでしょうか?」
とシエルさんが質問する。
「冒険者ギルドの依頼ってね、ソロ用、パーティー用に分けられていてね。
魔物の討伐依頼は基本的にパーティー用の依頼なんだ。
俺はパーティーを組んでいないから、街中で出来る仕事を中心にこなすつもりだよ」
「安心しました。ご主人様が討伐依頼に参加されるのかと心配しておりました」
「ありがとうね」
シエルさんは心配症だな。
怪我をして冒険者を引退する人は多いと聞くから、心配する気持ちは分かるけどね。
「しかし親方様。魔道具を使用するには魔石が必要でして。
私はてっきり親方様が魔物を狩って魔石を調達してくるものとばかり思っておりました。
魔道ボイラは特に…」
と思わせぶりに視線を逸らしてブリュナーさんが溜息をつく。
俺にはこんな性格の人の方が遣りやすいかな。心配されるのも疲れるからね。
「それなら、うちで使う魔道具の魔石ぐらいはパーティーを組んで狩りに行こうかな」
ルケイドは誘えば一緒に来てくれるかも。
でも二人のパーティーだと、良い依頼は受けられないかもな。
ところがここで意外な人が発言した。
「クレスト様。私は教育係としてのお役目を仰せつかっております。
ですが幸いにも魔法の心得がございますして、大銅貨級のギルドカードを所持致しております。
パーティーに私を加えてくださいませんか?」
意外にもオリビアさんが狩りに積極的だった。インテリ美少女は見せ掛けで、まさかの武闘派なのかな?
リミエンにはケルンさん見たいに見掛けによらないってパターンの人が多いのかも。
「オリビア姉ちゃんは魔法使いなんだ!
かっこいい!」
「わたし、魔法を教えてほしい!」
と無邪気に喜ぶロイと魔法少女を目指すルーチェ。
この二人の教育係なんだけど…契約書には魔法の使い方を教えるように書いてないからなぁ。
後でメイベル部長のとこに確認しに行くか。
それで問題無ければ、狩りに行く時は子供達には宿題を出しておけば大丈夫だろうし。
でもオリビアさんはどの程度の体力なんだろう?
あまり鍛えているようには見えないけど。
「ゴブリンには遅れを取りません。二泊三日の合同合宿でも優良判定を貰いました。
魔法職としては体力はあると自負しております」
「分かった。パーティーとして迎えます。
えっと、ブリュナーさんはパーティーに入るつもりは無いよね?」
本当は戦力として欲しい。
でも商会を任せたいし、留守番にはシエルさんよりブリュナーさんの方が適しているだろう。
「お誘いは大変有難いのですが、私のメインはコックですので。
ロイ君、ルーチェさんの食事を作る大切な役目でございます。
それと先ほど親方様の仰られた商会の運営もありますから」
模範的な解答をありがとう。ブリュナーさんは期待を裏切らないね。
「クレスト兄、ルーチェが魔法を習うなら、俺は剣を習いたい!」
とロイが訴える。
それを聞いてブリュナーさんの目が光った。
「親方様。その役目、私ブリュナーが引き受けさせて頂きます。
必ずや一流の戦士に鍛えあげてみせます」
ちょっと気合いが入りすぎてないか?
ロイにそこまでのレベルは求めないんだけど。
子供に剣を教えるのが好きなのか、それとも指導に入ると変なスイッチも入るような人なのか…。
「わかった!
ブリュナー師匠、宜しくお願いします!」
「よろしい。私の指導は厳しいぞ。だが諦めなければ必ず騎士団レベルに育ててみせる」
「はいっ! 死ぬ気でがんばりますっ!」
ロイ、それで良いのか? めちゃくちゃしごかれそうで、俺には無理だわ。
「お前ら、程々にしてくれよな。
それと怪我はするなよ…あ、しても良いけど、俺の居るときに限るぞ」
「はい? それは?」
ブリュナーさんが俺のうっかりに気が付いた。ちょっと気が緩んでいたみたいだ。
でも、俺が家族と同じだと思っているこの人達には、治癒魔法の使えることを教えておく方が良いかもね。
いざという時に躊躇するより、知らせておいた方が安心出来る。
まだ彼らを信頼しきるには早いと分かっているが、この事でこの街に居られなくなったら何処かに移住すれば良いし。
俺の人を見る目が曇っていた、それだけの事だ。
その為に、と言う訳ではないが特注の馬車のアイデアを練りつつある。
信頼できる馬車工房を探して、少しずつ作り上げててもらおうかな。
「それと、空き時間で親方様にも剣の修行を付けとうございますが」
「俺はパスで」
「では木剣と防具を買いに行きましょう。
あ、今日の夕食のご要望はございませんか?
メインは肉か魚か…」
「俺の話は無視かぁ!」
「虫料理もレパートリーにございますが…見た目が少々」
「…じゃあ肉で。
まあ、修行は置いといて、大体今の俺の考えは言ったと思う。
皆を振り回しちゃうかも知れないけど、宜しく頼む」
軽く頭を下げると全員が快く返事を返してくれた。
そしてすぐにブリュナーさんは外出した。恐らく木剣でも買いに行ったのだろう。
シエルさんは買い求めた小物などを整理し始めた。棚が足りないから買い足しに出るようだ。
オリビアさんは蝋板を取り出した。早速子供達に文字を教えるつもりのようだ。まだそんなに急がなくても良いのにね。
子供達はオリビアさんの前で何するの?と興味深そうだけど。
でも、リミエンに来てまだ一週間なのにマイホームは出来たし、頼りになる仲間も出来た。
スライムになってた時はどうしようと思ってたけど、何とかなるもんだね。
勿論どれも骸骨さんのお陰なんだけど…あの性格だけは、どうにかならないかな…。
第4章はこれで終わりです。予定外に長くなりました。
次回は閑話を六話、プラスαを挟んでから第5章に入ります。