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第62話 改築の打ち合わせ

 今日は念願のマイホームに入居する日だ。

 普通なら『ここまで来るのは長かった』とか、そんな感慨に耽るのだろうが…俺は骸骨さんのお金を使ってラクしてるからそんなのは一切無い。


 でも、骸骨さん(あの人)自身がスライムとして転生した俺を自分の魂を宿していると認識しているのだ。

 『お前(骸骨さん)の物は(スライム)の物』として素直に受け取って然るべきだと思う。


 ま、その代償として時々骸骨さん(あの人)のやらかした後の処理をしなきゃならないけど。


 商業ギルドでブリュナーさん、シエルさん、オリビアさんの三人を子供達にも紹介して、ようやく我が家の全員が揃ったことになる。


 メイベル部長が職権乱用により新人メイド達を実地研修の名目で働かせると言う横暴に出たが、そこはスルーしてシエル班とブリュナー班に別れて行動することになった。


 メイド達はシエルさんに任せて、俺とブリュナーさんは秘書(風職員さん)の案内で改築を行ってもらう工務店に向かった。


 この辺りは職人達が集まる区域のようで、鍛冶の鉄を打つ音、トンカチで釘を打つ音等で賑やかだ。


 そんな場所に居ると、話し声も自然と大きくなるようで、職人さん達の声がデカい。怒っていないのに怒られているみたいで最初は驚いた。

 秘書さんはここに来るのは慣れたもののようで、そんなことは気にした素振りも見せなかったけど。


 秘書さんが入ったのは、この辺りでも大きな建物だった。

 大きな看板に『ガルラ工務店』と書かれていた。ガルダでもガルーダでもなく、ガルラなんだ。多分羽根は無いだろう。


「おう姉ちゃん、連れて来てくれてありがとよ。

 儂はバハナ・ガルラ。この工務店の責任者じゃ。ガルラか親方と呼んでくれ」


 資材や工具が置かれたスペースの脇にあるテーブルに座る大柄な男性が、俺達が入るなりそう挨拶してきた。


「じゃ、ガルラ親方で。

 俺は冒険者のクレストです。こちらがコック兼家令のブリュナーさん」

「ブリュナーです。

 事務処理は私が窓口となりますので」

「…こりゃまた大物を。

 あぁ、スマン、宜しく頼む」


 ブリュナーさんの名前はガルラさんも知っていたようで、そんな有名人に俺のサポートなんて役不足ではないかと思うのだが。


 ガルラ親方が俺達と握手を交わしている間に、秘書さんがテーブルに地図を広げて場所を示す。


「最近あの屋敷が売れたと聞いたが、お前さんか」

「俺は事件のことを知らないから平気ですよ。事件の痕跡も残っていませんし」

「そこで何があったとしても、建物は建物。

 それで良い物件を安く入手出来たからこそ、今回のご縁となったのです」


 ブリュナーさんは事故物件だったことを全然気にしていない。

 恐らく人の生き死になんて気にしない程の修羅場を潜って来ているのだろう。


 ご近所さんから幽霊屋敷なんて話も聞こえてこなかったし、事件のことなんて気にするだけ損だよ。


「それもそうだ。儂もそう思うぞ。

 ヨシ、すぐ現場を見に行くか」


 そう言うとガルラさんは何枚かの羊皮紙と大きな用箋ばさみ(クリップ付きの板。飲食店でオーダーを書く時に持ってるやつ)、ペンとインク、鉄板と蝋石等を大きなバッグに詰め込んで、

「新しい客の屋敷を見に行って来るぞ」

と奥に声を掛けた。


 トンテンカンと作業していた音が止み、「承知しましたー!」と工員さん達から返事が来る。

 どちらも声が大きい。


 なお、秘書さんはここでお役御免となり、商業ギルドへ戻ることに。御礼にドライフルーツ盛り合わせを持たせて帰した。


 自動車も原付も自転車も無いので、徒歩は移動だ。徒歩で片道三十分の距離は、この世界の住人にとっては近い内に入る。

 しかも歩くのが早く、この世界の一時間は四十五分相当で地球の一時間より十五分も短いはずなのに進む距離は変わらない。単純計算で日本人の三割増しの速度にビックリ。


 家に到着した時には何台かの荷馬車が家の前に待機していて、家具の搬入や組立が既に始まっていた。

 メイドさん達も組立や力仕事をするようだ。


 彼女達の邪魔にならないよう、最初にブリュナーさんとガルラさんを厨房へ案内すると、ブリュナーさんがソワソワしているのが分かる。


「ここはコックのブリュナーさんの職場ですから、自由にしちゃってください」

「ほぉ、どのように改築しても宜しいので?」

「はい、俺には使い勝手が分からないのでブリュナーさんに一任しますよ」


 俺の言葉を聞き、目を光らせたブリュナーさん。

 物凄く良い笑顔でガルラさんに採寸を指示すると、かまど、流し台、ガチャポンプと水周り、作り付けの食器棚の点検を始めた。


 それから大きめの肩掛け鞄に手を突っこむと、木の板と鍋を幾つか取り出す。その鞄もマジックバッグだったのか。

 そして最後に見慣れぬ黒い鉄製?の箱が三個。


「薪置き場を潰して竃を撤去。

 替わりに調理にはこの魔道コンロを使用します。燃料に魔石を利用した最新調理器具です。

 これを三口、このように並べて…」


 出した木の上に魔道コンロを並べる。その板はコンロの大きさだったのか。用意が良すぎるよ。

 それより、照明以外で初めて家庭向けの魔道具を見たわ。

 ギルドカードを発行する魔道具は製造不能なので俺の中ではノーカンだし、あれは家庭向けじゃないし。


 魔道具店に行こうと思いつつ、自分で調理していなかったし、まだ大した依頼も受けていなかったから忘れてた。


 ちなみにブリュナーさんには俺が商業ギルドに預けている現有資産を開示してあり、その管理を頼み、運用する権限を与えてある。


 俺には金銭的なことは何も判断が付かないので、改築について大まかな要望だけ伝えてブリュナーさんに全投げだ。


 この家を買い取った後でも、宝くじの一等が二回は当たった以上の額が残っている。

 それから三人の給料と皆の生活費をどんぶり勘定で四十年間分を出してもまだ半分残る。

 その半分でこの改築や、今後何かを始める時の資金とするつもりだ。


「流し台周辺はシステムキッチンに変更します」


 笑みを浮かべ、キッチンの床と壁に容赦なく蝋石で線を引き始めた。

 きっとブリュナーさんの頭に理想のキッチンの姿が浮かんでいるのだろう。

 しきりに動線を確認しているようだが、対面キッチンになるのかな?


「お湯はポンプで汲み上げた水を魔道ボイラで沸かせます。

 汲み上げ後にボイラに投入する一手間が入りますが、親方様の一番のご要望にはボイラが欠かせませんから」

「ごめん、手間かけるね」


 お湯は大量に必要だ。だって元日本人だからお風呂は欲しいし。ラクにボイラに給水する方法を考えてみるよ。


 厨房の採寸を終えたガルラさんとブリュナーさんがメモに何やら書き込んで相談を始めた。

 改築費を概算してるのかな?


 厨房の次は二つあるトイレで、ここも最新式の魔道具に交換する。


 その次に湯浴み場と洗濯場に入ると、見た瞬間にブリュナーさんが「狭いな」と言い捨てた。

 一度建物の外に出てグルリと一周し、ガルラさんに何かの確認をしたようだ。


「親方様、この壁をぶち抜いても宜しいか?」

と俺にいきなり大胆な提案をしてきた。

 俺が親方様か…凄く偉くなった気分だ。まるで戦国武将みたいだな。


 ブリュナーさんが何か面白そうな顔をしているから、

「ブリュナーさんの裁量で最高の物を創って下さい」

とあっさり許可した。


 俺はこの世界では赤ん坊並の時間しか生きていないからね。どんな事が出来るのが分からないんだ。

 だから素直に先輩に任せた方が確実だと判断した。


「それはありがたい。

 では最高の仕事をお約束します」

と頭を下げられた。

 自分より年上の人にそんなことされた経験が無いから、どんな返事をすれば良いのか分からない。


「うん、頼むよ。

 モデルルームにしても良いくらいの部屋にしてください」

と言って脳内でモデルルームのコマーシャルを再生する。


「モデルルームは何じゃ?」

と聞き慣れない言葉にガルラ親方とブリュナーさんが不思議な顔を見せた。

 しまった、この世界にモデルルームは無かったのか。


 本来モデルルームとは分譲マンションの販売促進用に住居の間取りと設備を見せる為に作るような物だから、我が家はこれに該当しない。

 最新の技術と設備を導入して作った現物と言う意味で、これから家を建てたり改築する人に参考として見せても良いよ、と言うレベルで出た言葉だ。


「そうだなぁ…簡単に言えばお客様に見せる為に創った家をモデルハウス、集合住宅の一室がモデルルームになるかな。

 家を建てたい人って、どんな家を建てたらいいか悩むでしょ。だから工務店が予め幾つかサンプルの家を建てておくんだ。

 それを見せて、気に入った家と同じ家を建てるんだ。

 図面は既に出来ているから設計不要。その分納期が短縮できるでしょ。

 欠点は同じ家が幾つも出来ること。

 お客様の細かい要望には別費用での対応になるかな。


 で、俺はモデルルームの範囲を拡大して、改築したらこんな素敵な部屋になりますよって完成形をお客様に見せるのもありかなと思った訳。


 工事をお願いする前に実物を見られてお客様もイメージが湧くでしょ。

 それに一度試作してるから、不具合の確認も出来てるし。

 お客様の家の工事中に不具合が起きたり、こんな予定じゃなかったって言うトラブル防止になると思うよ。


 もしガルラ親方が自信を持って人に勧められるような部屋が出来たのなら、お客さんにこの部屋を見せても良いよ」


 現代日本と環境が異なるし、大量生産するわけじゃないから効果の程は分からないけどね。


「事前に完成形を見せるなら、後から窓が無かっただの、思ったより狭いだの収納が少ないなどと文句を言われるのを防げるな。

 未使用地にサンプルを建ててみるか。

 大工の実地修行にも使えそうだな」

「新しく出来た街ならモデルハウスの効果が高いでしょうな。

 この街で新築があとどれくらいの需要があるか分かりませんが。

 ここをモデルルームにするとこについては、私どもは常に清潔に屋敷を保つのが仕事ですので、調理中でなければ見学に来られるのは問題無いですな」


 ガルラ親方はどちらかと言えば乗り気、ブリュナーさんはこの街でのモデルハウスは懐疑的のようだ。

 決めるのはガルラ親方だ。判断は任せよう。


 それにしても、俺はついついこの世界に無い物を言ってしまうな。新しい物を産み出すのは簡単なことじゃない。だから俺のアイデアを頼りにしようと人が群がるかも知れない。

 今後は注意しないといけないな。


 俺がそう決意している間にもガルラ親方が床や壁に何か書いてブリュナーさんに確認している。

 二階の屋根の目隠しも追加でお願いごとしてから、この場から離れることにした。


 三階の自室に入る。当然ながら何も無い。急ぎでベッドは配達される。他にも家具は必要になるのは分かっているが、お店に行ってじっくり探してみるのも良いだろう。


 物干し場に出る。周りには三階建ての建物が殆ど無いので、街の様子が良く分かる。

 大きな荷物を積んだ荷馬車が近付いているのが見え、恐らくこの家にベッドを運んでいるのだろうと思って一階に降りる。


 門の前で待っていると、すぐに荷馬車が到着した。

 俺が痺れを切らしていたのかと勘違いした業者さんが物凄く謝って来たので、どうやら門で待っているのは遅いとクレーム付けるのと同じ行為なんだと理解して謝った。


 それから屋根の上を指差して、あそこから見えたから降りてきたんだと説明して、それで納得してもらう。


 門から玄関までは石を敷き詰めてあるが、庭には馬車が方向転換できるスペースは無いし、そもそも自動車と違って馬車にはハンドルが無いから、直角に曲がるのは不可能だ。

 不便だな、と思いつつ玄関ドアを開けてベッドを家に入れてもらう。

 階段でベッドを上げるのは重労働だ。


 さて、これからと言うところでガルラ親方との打ち合わせが終わったようで、ブリュナーさんと親方が仲良く話しながら玄関にやって来た。


「良い仕事を任せてくれて感謝する!

 帰ってすぐに材料の手配を始める。

 厨房とトイレは二、三日後から作業に取り掛かれるが、湯浴み場は特注品なので最短で一週間を見て欲しい。

 屋根の目隠しは木材があればすぐにでも。

 後日、見積書を作って持ってくる」

とのことだった。

 面白い仕事が出来ると嬉しそうに帰って行く親方を見送る。


 ベッドはその間にシエルさんの指揮の下、メイベルメイド部隊が餌を運ぶ蟻のように集まり、あっと言う間に運んでしまった。

 まさに『戦いは数』だった。


 オリビアさんと子供達が帰った来たのはそのタイミングだった。

 買ってきた物はリヤカーのような物に乗せて運んでいた。これなら馬車と違って玄関まで荷物を運べる。ゴムタイヤでは無いので、割れ物を運ぶ気にはならないが。


 メイド部隊は買ってきた家具を組み立て、それを設置すると、もう頼む事も無さそうなので撤収してもらった。

 彼女達にもおやつのドライフルーツ盛り合わせを持たせてやると、嬉しそうに帰っていった。


 地球産のスイーツだと問題が大きくなるけど、この世界産のドライフルーツならご褒美にあげても問題無いだろう。

 間違っても定番のプリンなんて作っちゃいけない。モブとして生きる為に安全運行を心掛けねば。

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