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第61話 マイホーム!

 商業ギルドで貿易商を営むウィンストさんと出会う。

 椰子の実が有効利用されていないことを知り、彼を巻き込むべく商談を進めているとレイドル副部長がやってきた。


「ウィンストさん、おはようございます。

 ついでにクレストさんもおはよう」

「ついでですか? つれないなぁ」


 家格で言えばジョルジュさんの方が圧倒的に上だし、一緒に居れば俺は確かに刺身のツマ程度だよ。

 でもレイドル副部長が今から相手をするのは俺なんだよ。分かってる?


「レイドルさん、おはようございます。

 今からお出かけですか?」


 レイドル副部長は肩掛け鞄を提げて、お出掛けスタイルなのだ。


「ええ、そこにいらっしゃる冒険者の方に屋敷を購入して頂きまして。

 これから引き渡しに」

「副部長が自ら、ですか?」

「ハハハ、何せ彼が購入されたのは事故物件ですからね。

 部下が誰も動いてくれないんで仕方なく」


 ひでぇ言われようだな。でも同条件の物件と比べたら半額近いんだから、これはお買得でしょ。

 それに勧めてきたのは貴方でしょうが。


「そんな事は無いでしょう。クレストさんはかなり商業ギルドに気に入られているようですね。

 私も先程面白い話を教えて頂いたところです」

「ほぉ、それは…クレストさん、教えて貰えますかね?」

「今は企業秘密ですよ。貿易商相手ですから、全ては風次第ですよ」

「…ふぅむ、分かりました。良い風が吹くことを期待しています」


 ジョルジュさんとの話が終わったと見て、婦人と子供達が集まってくる。

 ロイとルーチェはレイドル副部長よりもっと怖いスオーリー副団長のお蔭で耐性が出来たのか、レイドル副部長を見ても怖がっていないが、ジョルジュさんの子供達は怖がっているようだ。

 ざまぁ、と軽く内心で笑う。


「では、私達も手続きがあるのでこれで失礼します」

とジョルジュさんが頭を軽く下げる。


 四人の子供達が「または遊ぼうね!」と手を振り合う。気が合う相手が出来て何よりだ。


 ウィンスト家の四人が応接室に入るのを見届けると、

「皆さんお揃いですね。こうして見ると、まるで家族みたいですな。

 では馬車に乗りましょう」

と、俺と二人だけの時とは全然違う態度を見せる。

 壮年の男性に優しくされても嬉しくないから別に良いんだけど。


 でもルーチェが居るので馬車のサービスは有難い。

 商業ギルドの広告を付けた少し恥ずかしい馬車で、借家だった訳あり物件…俺が気に入って買い取ったマイホームへと向かう。


 子供達二人がソワソワしているのは仕方ないだろう。

 過去に何があったか詳しくは聞いていないが、スラムに暮らすようになり、それが今度は一軒家に住むことになるのだから。

 浮き沈みが激しいと思うが、せっかく浮く力を得たのだから今度は波に流されることなく前を向いて進んで欲しい。


 窓から流れて行く景色を見ると、やはり町の中だと歩く方が早く到着すると思うのだが。


 暫くして我が家の前に馬車が停車した。

 直ぐに目に入る、グルリと敷地を囲う木製の柵は焦げ茶色のペンキで綺麗に塗装され直されていた。

 白は汚れが目立つから、色を指定しておいたのだ。


 馬車から降りたロイとルーチェが屋敷を目にして驚いている。


「どうした? ここが今日から住む家だぞ~」

「凄い、大きい!」

「家…じゃなくてこれは御屋敷だよ」


 家と屋敷の違いは日本語より英語の方が理解し易い。ロイはハウスではなく、この建物を見てレジデンスだと言っているのだ。

 小さな家でも猫をいっぱい飼ってりゃネコ屋敷、ゴミに埋もれたらゴミ屋敷って言うだろ?


 それに日本人は直ぐに和製英語を作るし、誤用もしてる。日本人の言うマンションも実は誤用だし、ドラッグだって本来はやばいヤクの意味なのだ。


 ま、そんな事はどうでも良くて、俺にとってはこの建物はまだ家と呼べるサイズなので家と呼ぶ。

 俺のイメージする屋敷とは、武家屋敷や庄屋や豪商、豪農が住むような白壁で囲まれたやつが該当するのだ。


 因みにこの世界の市民感覚だと、四畳半の個室でもかなり広い、六畳一間なら御大臣かよって認識だから。

 貴族の感覚は知らないよ。


「お兄ちゃん、これならいっぱい遊べる!

 今度エカテリーヌちゃんを呼んでも良い?」

「良いぞー!」

「じゃあ、僕もジェファーソンを呼ぶよ!」


 ミシェルちゃんとジェファーソン君がジョルジュさんの子供達の名前なのか。

 覚えておかなきゃ。

 多分そのうちジェフと呼ぶだろうね。


 で、君達はあの子達がどこに住んで居るのか知っているのかな?

 逆にこの我が家は聞けば何処にあるかすぐに分かるらしいので、ウィンスト一家が訪ねてくるのは簡単だろう。


 子供達の感動は軽くスルーして、

「屋敷全体、綺麗に掃除してありますから。

 では参りましょう」

とレイドル副部長が門を開ける。


 両スライド式の門の開閉を確かめるとスムーズに動く。ローラーが門の下に付いていて、石を削って作った溝の底に金属板が敷いてある。

 恐らくローラーを摩耗させないように、この板の方をローラーより少しだけ柔らかい素材にしているのだろう。

 板なら磨り減っても交換出来るからね。ローラーの交換になると、門を倒して外さなきゃならないから大変だよ。


 細かい作りに感心しながら敷地の中へ。

 既に子供達は嬉しそうに前庭を走っている。下は芝生が青く繁っているので転んでも怪我はしないだろう。


 壁の近くに庭木として高さ二メートル程の木が並んで植えてあるのは目隠しのためだ。


「その木はカルミアと言う常緑樹で、目隠しとしてよく利用されていますね。

 ちょうど花の蕾が膨らんでいるでしょ?

 薄いピンク色の花が咲きますよ」


 それは楽しみだね。でも何かフルーツの木も植えたいよね。そこまで広くはないからブルーベリーやサクランボの鉢植えでも置いてみるか。

 もう少し庭が広ければ葡萄棚が出来たのにな。


 あれ? それなら最初から郊外に家を建てればいいじゃん。

 わざわざ借家を買う意味は無かった…けど、そう言うのは定住したい場所を見付けてからの話かな。


 切石を敷いた通路を通り過ぎ、家の玄関を開ける。軋む音は無し。メンテは完璧だ。

 ドアノッカーは蹄鉄の形だった。いつかライオンの頭のオブジェみたいなやつに変えてみようかな。

 

 レイドル副部長を先頭に、一階から順に各部屋を見て回る。

 リビングには商業ギルドがサービスしてくれた、テーブルセット一式が置いてあった。

 見習い職人の作品らしいが、文句の付けどころは無い。見込みのある職人の卵を、こうやって宣伝をするのだとか。


 二階の一番奥の部屋をロイとルーチェが二人で使うことに決めたらしい。

 今は良いけど、そのうち別の部屋になるだろうけど。そう言うのは黙っておくけどね。


 三階は俺の部屋と物置と物干し場だけなのでシンプルだ。

 物干しに使うなら、風で飛ばされないようにフェンスを付けなきゃ。

 それに他の人に見られるから目隠しは必要だ。屋根には芝でも敷こうか。


 リビングに戻ると、レイドル副部長がテーブルの上に受け渡しの確認書を広げる。


「建物に異常が無かったとお認め頂けるなら、サインをお願いします」


 勿論スラスラとサインをする。お金も先払いしているし、これでこの家が俺の物になった。


「では次に家具屋に参りましょう。

 今日中にベッドを運ばないと、宿屋に逆戻りですからね」


 神妙に話を聞いていた子供達を連れて馬車に乗る。どうやらそこまでサービスしてくれるらしい。

 子供連れには優しい心配りだな。


 家具屋に到着すると、レイドル副部長の部下が待っていた。どうやらここで交代らしい。

 この後の細かな事や改築に関しては、この職員さんが対応するそうだ。

 まだ若手だが、上下のスーツがピシッと決まった秘書風の女性だ。


 ベッドで遊ぶ子供達をベッドから引き剥がし、部屋数だけのベッドと寝具を購入した。

 優先して運ぶのは俺と子供達の分だけにして、残りは適宜とお願いする。

 すぐに荷馬車で運んで貰えるように秘書さんによって手配がされていたのが有難い。


 でも俺がこの店に決めなかったらどうするつもりだったのか?

 それとも絶対にここで買わせる自信があったのか?

 まあ、レイドル副部長に連れて来られたんだから、この店で買わない選択肢は無かったけどね。


 家具屋を出ると、次はすぐに必要となる雑貨類を買おうと思ったが、このまま秘書風職員さんに商業ギルドへと連行された。


 『人材派遣部』の応接室に入ると、メイベル部長、先日顔合わせをしたシエルさん、オリビアさんと、如何にも執事です!という感じの壮年の男性が待っていた。


 ブリュナーさんとは俺も初対面だ。

 和やかな表情からは、とても『早贄』の二つ名を持つ程の凄腕には見えないな。


 子供達は初対面の三人に少し緊張しているようだ。当然だろう。

 俺もマジもんの執事とか目にして緊張してるし。


「では全員が揃ったところで、簡単に自己紹介をして貰いましょうか」

とメイベル部長。


「ルーチェです!八歳です!」

「ロイ、十歳です。よろしく」


 ルーチェは変わらずだけど、ロイは宿屋で仕込まれたのか少し落ち着いた感じの挨拶が出来るようになったね。


「銀貨級冒険者のクレスト、十八歳です。

 キリアスから来たばかりで、リミエンの事はまだ良く解っていないので、御迷惑を掛けるかも知れません」

「メイドのシエルです」

「ロイ君とルーチェちゃんの家庭教師を務めるオリビアです。よろしくね」

「私はコック兼執事のブリュナーと申します。

 この度は私目をお雇い頂きありがとうございます」

「あはは、コック兼なんですね。楽しみにしてます」

「ええ、胃袋を掴んでご覧に差し上げます。

 それと卵とバターの件、ありがとうございます。

 昨日牧場の視察をしてまいりました。

 卵とバターと牛乳も購入していますよ。定期的に運んで貰うように契約も済ませております」


 ブリュナーさんが自信満々にウインクする。これは期待できそうだね!

 それにもう仕事を済ませてるなんて、サービス良すぎるよ。


「じゃあ、ロイ、ルーチェ、今日からこの三人も一緒に居てくれるから。

 言うことを聞いてあげてね」

「うん、分かった! 宜しくお願いします!」

「みんな家族?

 お姉様達も、お兄ちゃんのお嫁さん?」


 こらこら、恐ろしいボケを突っこんで来ないの!

 ルーチェにはメイドや家庭教師が分からなかったか。またロイが余計なことを言い出しそうだけど、釘を刺しておくか。


「この三人は、クレストお兄ちゃんの家来みたいな人よ。

 料理を作ってくれたり、お掃除、洗濯をしてくれたり。

 ルーチェちゃんにお勉強も教えてくれるわよ」

とメイベル部長がルーチェに教える。


「ルー、クレ兄にはエマお母さんが居るから、他の人はお嫁さんになれないんだよ」

「そうなんだ。でも、かいしょーのある人はお嫁さんが何人も居るんだって!

 お兄ちゃん、かいしょー無し?」


 どこの誰がそんな言葉をルーチェに教えたんだよ?

 まさか宿にいたお客さんか?

 言葉の意味も分かってもいないだろうけど、腹立つわ。


「ルーチェちゃん、クレストお兄ちゃんはとっても甲斐性があるからルーチェちゃん、ロイ君を家族にしてくれたのよ。

 それにエマお母さんも居るんでしょ?

 お兄ちゃんに甲斐性が無かったら、ルーチェちゃんはお家も無くて、お腹を空かしていないといけなかったのよ。

 お兄ちゃんに甲斐性無しなんて言ったらダメよ。メッ!」


 オリビアさんがルーチェを諭してくれる。さすが家庭教師だ。頼りになるわ。


「オリビアさんのやり方が分からないから、二人の教育は全部任せていい?」

「はい、そのつもりです」

「任せました。俺も外出してる時が多い筈なので目が届かなくて心配だったんですよ。

 変な言葉を覚えられると困りますし」


 さっきみたいにね。甲斐性無しなんて言われるのはキツいよね~。


「じゃあ、挨拶も終わったことだし、お家に住むための準備に行きましょうか。

 今日は実地での新人研修を兼ねて、お手伝いをさせてもらいます。

 メイド部隊の指揮をシエルさんに取らせます。まずは住環境を整えるのが優先ですね。

 買い物にオリビアさん、ロイ君、ルーチェちゃんも行ってもらいます。

 購入はこれを使ってください」


 メイベル部長がシエルさんに渡したのは、商業ギルドが運用している信用取引票。

 一部の大手企業でしか利用出来ないが、買い物の際に現金を持ち歩かずに済む優れ物だ。

 所謂小切手だね。これを利用出来るのは商業ギルドが一定以上の資産を持つと認めた者のみだ。

 一度の利用可能額とひと月の利用回数も十回に制限されているが、週二回の買い出しでちょうど使い切る。


 恐らくこれも転生者の考えたものだろう。シエルさん達に貨幣の詰まった革袋を持たせるのは防犯上宜しくないと思えば、小切手の存在は有難い。


 ちなみにこの大陸では一週間は六日、一ヶ月は五週、一年は十二ヶ月だ。

 年末には5日ほど休み期間がある。

 このことを今日初めて知って驚いたけど。

 過去の転生者よ、何故一週間を七日にしなかったのだ?

 五日間働いて、二日休む習慣を植え付けるべきだったのに。


「ではブリュナーさんはクレストさんと工務店の対応を願います。

 改築をされると伺っておりますので、先方にも準備させておりますので」

と秘書さんが手帳を見ながら言う。

 もうこの人は秘書と呼んでも差し支え無いだろう。


 さて、ここからは二手に別れての行動か。

 実地研修とか言ってお手伝いしてくれるなんて、メイベル部長、メッチャ良い人だね。

 ちょっと残念要素があったけど、評価を上方修正しなきゃね。

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