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第60話 マイホームの前に商談を

 クイダオーレの会議に参加する為に冒険者ギルドへと向かう途中、隣の伯爵領の名家の女の子を保護するイベントが発生。

 会議には遅刻したが、そんな事情のためにお咎め無しとなる。しかしその会議に参加していた幹部二人がポンコツだったのだ。

 ライエルさんも含めた幹部三人に御退場を願い、何とか話を進めることが出来たのだが、そこはかとなく不安が残る。


 宿に戻ると、一階の階段前でルーチェが睡魔と闘いながらもお出迎えをしてくれた。

 ロイはウェイターと皿洗いのバイトらしい。若いのに感心だな。


「パパ! 明日から、おうちだよね?!」

と期待のこもった表情だ。

 宿の方にも商業ギルドから『予定通りなので明日の朝に来て欲しい』と伝言が届いていたので間違いない。


「そうだよ。明日からおうちに入れるんだよ!

 楽しみにしてね」

「うんっ! やったー!」


 ルーチェの披露する喜びの舞に、食堂で寛いでいたお客さん達からホッコリした視線が注がれる。

 ロイも洗ったばかりのお皿を手に、小さくポーズを取るのだった。



 翌朝、この宿での最後の朝食になるかもな、と言う思いで朝食をとる。

 食後にお茶を飲んでゆったりしていると、宿屋のご主人がテーブルにやって来た。


「今までご贔屓にして頂き、ありがとうございます。

 もし宿屋の必要な人が居れば、うちを紹介してください。

 クレストさんからの紹介の方には割引致しますから」

と言ってくれた。

 口約束だけど、こうやってサービスの輪を広げていくんだね。


 でも俺に客を紹介する機会があるのか分からないが、

「機会があれば是非とも。

 なんたってご主人の料理は絶品だからね」

と安請け合いをする。


 宿代は一週間分を前払いをしてある。

 きっちり清算すると幾らか戻ってくると思うが、何泊したのか思い出すのも面倒だから、ケチケチせずに去ることにする。


 それもあってか、ご主人が気を効かせてくれてランチの食事券を何枚か譲ってくれた。

 断る理由も無いので有難く頂戴しよう。誰かに譲っても良いと言われたし。


 受付の女の子をはじめ、従業員達が手を振って見送りしてくれたので気持ち良く笑顔で別れることが出来た。

 良い宿屋だったと思う。吟遊詩人のチョイスはイマイチだったけどね。


「ロイ、お皿は割らなかったか?」

「僕が運ぶのは木で出来たお皿のやつだから。

 信用されてないよなぁ」

とぼやいているが、ロイもやはり良い笑顔だった。


 少しおねむモードに入ったルーチェをおんぶして商業ギルドへ。

 スライムと偽装用のマジックバッグ入りの肩掛け鞄はロイに持たせている。

 中はほぼ空っぽなのでとても軽い。


 時刻は十一時過ぎ(八時半頃)、一階のロビーには意外と多くの人が集まっていて活気があったが、子供を二人連れ来る人は珍しいのか、やたら注目を集めている。

 別に悪い事をしている訳でも無いのに、針の筵に座っているような気分だ。


 総合受付に寄って受付嬢に用向きを伝えると、不動産部は朝のミーティング中なのでベンチに座って暫く待って欲しいとのことだった。

 この世界にも朝礼があるんだと驚きつつ、ルーチェを降ろしてベンチに座らせた。


 ロイもすぐその隣に座ると、宿屋の娘さんに貰ったと言うお手玉をポケットから四つ取り出した。

 まさかそんな物が入っていたとは予想外だ。


 二つをルーチェに渡し、二人で仲良く遊び始めた。

 将来のジャグリング兄妹ペアの誕生かも知れないな、と少しだけ親バカになっていると、

「あーっ、肩車のお兄ちゃん!」

と突然子供の叫ぶ声が玄関の方から聞こえた。


 そちらを向くと、昨夜の母娘と父親、それと息子と覚しき四人がこちらを見ていた。

 ウィンスト家は海運業で財を成した家だと聞いているから、商業ギルドに来ることはおかしくないが、リミエンに商売関連で来たと考えるのなら子連れで来る必要があるとは思えないけど。


「昨日は娘を助けて頂きありがとうございました」

と婦人が前に来て頭を下げる。

 だが隣の旦那の目は俺を疑っているように見える。

 連れ去ろうとしていた男に金貨を渡したと女の子から聞いて、俺が共犯なのではないかと疑っているのだろうか?


 無実だと主張するにしても、確かに俺の行動は怪し過ぎるだろう。


「レイア、彼が何か芝居を打ったという可能性もまだ残っている。

 そう簡単に信じてはいかん」


 冷静に判断するのは良いが、俺に聞こえるように言うなと思う。

 見知らぬ相手を警戒するのは当然だし、信じていないと立場をハッキリさせるのも一つの手法ではあるが。

 さてどう対応しようか。


「先に一つだけ種明かしをしておきますよ」

と思わせぶりに言うと、肩掛け鞄から二枚の金貨を取り出す。


「昨夜、エカテリーヌちゃんを誘拐しようとした男に渡したのはこれです」


 父親の前にわざと左右にちらつかせてから手渡し、反応を見る。

 彼は手の上に置かれた二枚に違和感を覚えたのか僅かに眉をひそめた。


「偽物か」

「いえ、それ以下の玩具ですよ。

 金貨なんて普通は目にしないでしょ?

 色さえ似せれば騙せますよ。しかも現場は薄暗い路地でしたから。

 こんな玩具で騙せてラッキーですよ」


 アイテムボックスに入っていた物なので、過去に転生者の誰かがコインチョコのノリで作ったのだろう。

 金色の紙の方が中の鉄より高価な気がするけどね。


「それでもまだ疑惑は完全には晴れない」

「でしょうね」


 まぁ、それは何とも出来ないね。

 疑おうと思えば幾らでも疑えるような行動を取った訳だし。


「そこは信じてください、としか言えませんが、無理に信じてくれとは言いません。

 急いでいたとは言え、疑わしい行動を取ったのは事実ですから」


 父親が俺を疑っているにも関わらず、年齢が近そうなこともあってエカテリーヌちゃんとルーチェは意気投合していた。

 

 最後に人差し指同士を合わせる某龍球の合体ポーズで遊んでいるのだから、既にマブダチと言っても良いだろう。

 なんて文化を伝えてくれたんだよ!と、マジで過去の転生者達に説教したくなるが、『○○に代わっておしおきよ!』なんて言わないだけマシなのかも知れない。


 それを見たロイと父親の手を持っている男の子も、合体ポーズをやりたいのかソワソワしているけど。


「ロイも二人で遊んでな。

 ちょっとこの人とお仕事の話をしてるから」


 オラの言葉を聞いた二人が嬉しそうに笑顔を見せたので、父親も仕方ないなと二人で遊ぶ許可を出す。


「そうだ、自己紹介もせずにすみません。

 リミエン冒険者ギルド所属のクレストと言います。堅苦しいのは苦手で、こんな喋り方で失礼します」

とギルドカードを出して見せる。


「これは失礼。

 『シャリア伯爵領バレオの町』で海運業を営んでいるジョルジュ・ウィンストだ」


 名刺代わりに彼が出したのは金色のギルドカードだった。

 冒険者ギルドと同じく、各ギルドは金銀銅のカードでランク分けをされている。

 商業ギルドで見たレイドル副部長とメイベル部長も金色のギルドカードだった。だから金色のカードを見ても驚かないのだが、所属するギルドに興味を持った。 


「海運業ギルド…貿易専門のギルドですか?」

「河川を使った輸送も含むが、概ね貿易関連だな」


 ほほぉ、これは良い伝手になるかも知れないな。熱帯地方から取り寄せたい物が色々あるんだよ。


「それなら、椰子の実が大量に欲しいと御願いしたら、取り扱ってもらえます?」

「椰子の実ですか?

 商売ですから代金さえ頂ければ可能です。

 ですが、大して美味しい物でもないので価値はありませんが」


 椰子の実は人気が無いのか。それなら安く購入出来るかも。

 殻は燃料になるけど、地産地消の方が良いと思う。

 ナタデココも作れるけど、冷蔵輸送が不可能だから現地生産は諦めるしかない。殻付きでの輸送は嬉しくないな。


 俺が商売の話を始めると、長くなりそうと感じとったのか婦人がスッと離れて受付嬢と話を始めた。気を遣わせて悪いね。


 それより今は椰子の実の扱いをどうするかだ。ジョルジュさんとは確実にパイプを繋いでおきたい。ある程度の秘密情報を開示するか。


「椰子の実から油が採れますよね?」

「そうなんですか? それは存じませんね」


 マジかよ、勿体ない。可能性として現地の人だけしか知らないか、口に合わなかったか、品質が悪かったか…そんなところか。


 椰子の実から洗剤を作る大チャンスかも!

 貿易船に乗って、どんな植物があるのか見に行くのも面白そうだ。


「あの、貿易船に乗ることは出来ます?」

「いや、船の旅は危険が付き物です。

 それに風任せなところが多く、食料、水の問題もあって余計な人員を乗せることは出来ません」


 それ、アイテムボックスと風の魔法で解決しないか? 風属性、すぐに訓練しなきゃ。


「食料と水を俺がマジックバッグで運ぶとしたらどうです?

 あと、風を吹かせる魔法も使えます。訓練が必要ですけど」

「そこまでして欲しいのですか?」


 ジョルジュさんがめっちゃ不審そうな顔になった。それは単に貴方が椰子の実の有用性を知らないからですよ。


「ええ、まだ他人には言わないでくださいね」

と彼の耳もとに手を近付ける。ここからは小声での会話だ。


「実は椰子から採れる油を使って洗浄剤を作るつもりなんです。

 灰や泡の実より使い勝手が良くて、汚れ落ちの良い物が出来る筈。製法はまだ確立出来ていないので、とにかく大量に確保して実験したいんです。

 マジックバッグも幾つか持っているからお貸し出来ますし、料金は前払いします。

 損はさせません」


 嵩張るくせに単価の安い椰子の実を輸送しても、利益は知れている。だがマジックバッグに入れて運ぶのなら、彼のリスクは限りなくゼロに近くなるし、その分プラスで儲けになるのだ。


 恐らく彼が悩んでいるのは、俺に対する信用なのだろう。


「必要とするのは、椰子の実だけですか?」

「いえ、実は欲しいのは他にも沢山あります。

 ブラバ樹脂、サトウキビ、キャッサバ、カカオ、チアの種、ザクロ、キヌア、マカ、アマランサス、シアバター…後は珍しい食べ物や植物。

 何が何に使えるか分からないので、一度見てみたいんです」


 ブロックの材料となるブラバは当然として、カカオとサトウキビは絶対に欲しい。牛乳が手に入るならココアとチョコが欲しくなっても仕方ないだろ?


 タピオカの材料のキャッサバ、女性の味方のスーパーフードの数々。特に熱帯地方は夢の世界だよ。


「あの…貴方、冒険者ですよね?

 どうしてそんな商売を?」

「冒険者は身分証明書が欲しくてなっただけですから。

 それに、後は俺が欲しいと思った物を誰かに作って貰って、それが買えるようになれば満足なので、商売で儲けるつもりは無いんです」

「変わった考えですね。俄には信じがたいですが」


 そりゃ、そうだろね。儲けるチャンスがあるなら、更にお金を増やすのが常識だ。

 お金持ちは幾らお金を持っても満足しない。更にお金を増やそうとする性質があるからね。


「あの世にお金は持って行けませんから。

 お金は世の中で回ってこそ価値があるんです」

「確かにそうですね」

「勿論、儲けゼロとは言いません。

 洗浄剤の研究が成功して商品が完成したら、次の商品の研究資金を確保しないといけませんから」

「なるほど。

 そこまで仰るのなら、椰子の実の輸送は請け負いますよ。

 手続きの為に、海運業ギルドに出向いて頂く必要がありますが」


 やったね、交渉成功!

 これで食器用洗浄剤の研究が出来そうだ。


「で、海運業ギルドはリミエンにありますか?」

「ええ、その支部の設立の為に出張して来たのですよ。

 暫くはこのギルドに仮設の窓口を開設する予定です」


 それは願ったり叶ったりだね。

 価格次第だけど、これならリミエンに居ながらにして色々手に入りそうだ。

 でも海運って帆船だよね?

 まさか、奴隷がズラリと並んだガレー船?


「でも風任せだと、安定供給って難しいですよね?」

「船を動かせるだけの風が出せる魔法使いなんて、そうは居ませんからね。ギャンブル性はありますよ」

「ちなみ船は漕ぎ手も必要なタイプで?」

「昔は併用でしたが、現在建造中の船は風任せですよ。船員が多いと食料と水が大変でね」

「ちなみに、往復の日数は?」

「椰子の実の辺りですと早くても往復で一ヶ月半ですね。季節と海流次第ですが」


 片道二十日として、帆船が一日何キロ進むのか知らないけど、二千キロぐらいの場所か?


「結構掛かるなぁ。もう少し近い場所に、椰子の実農園でも作ろうかな。

 片道一週間ぐらいの場所で栽培出来ないかな?

 栽培可能なら、現地に工場を作って雇用するし」

「あの、工場とは?」


 いかんいかん、勝手に妄想が膨らんで独り言を言ってたみたいだ。気を付けねば。


「椰子の実から油を採って、食品にして、燃料にも出来ると思いますよ。

 燃やした灰は水や空気を綺麗にする事も…ガスマスクが作れるかも」


 指折り用途を数えていくと、椰子の実ってスーパーフードどころの話じゃない気がしてきた。

 この世界なら宝の実になるかも知れないね。


「とまあ、そんな感じで有効利用を考えているんですよ。

 と言っても、まだ一つも試していないので妄想に終わるかも知れませんよ」

「もし、どれか一つでも成功すれば、農園と工場を本気で作りますか?」


 もしかして、ジョルジュさんもヤル気になってきた?


「そうですね…油は確実に成功するとして、後もう一つ上手く行けば、ですね。

 多分椰子の実は捨てる所が無くなると思います。

 そうだ、もしどれかが完成したら試してもらって、気に入れば一口乗ります?」

「たらればでそこまで言いますか。

 凄い自信ですね」

「済みません、ちょっと気が早過ぎましたね。

 ですが」

「いえ、楽しみにしていますよ。

 …どうやらお迎えの方がいらっしゃったようですょ」


 レイドル副部長がまっすぐこちらを目指して歩いてくるのに、ジョルジュさんが気が付いたようだ。

 商談は一時停止して、マイホームに集中だね。

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