第7話 ゴブリンか?それとも・・・
ゴブリン達が雑魚寝していた広場からは、まだ奥に続く道があった。そっちから明らかに強者特有のプレッシャーが放たれているのをスベスベの外皮がビンビンに感じ取る。
(この奥だよな?)
と俺達三人の誰からともなくそんな呟きを漏らす。
近くに居れば、特に意識をしなくても通話が出来るのはとても便利だな。
倒したゴブリン達の魔石は直ぐに体内に取り込む。
どうやらこの空間はダンジョン化をしているらしく、倒した順にゴブリンの遺体が地面へと吸収されていくので大急ぎの作業だった。
でも壁際はダンジョン化をしていないのかな?
そこに積まれている何かのゴミや骨等が取り残されているので、不思議に思う。
それともゴブリン達の遺体だけが吸収されるのには、何か理由があるのだろうか?
ひょっとしたら外部から持ち込まれた物は吸収されないとか?
それか、このダンジョンで発生した魔物の遺体しか吸収しない仕様だとか。
よく分からないので、奥に居る強そうな魔物を倒して暇が出来てから検証してみようかな。
一つだけ言えるのは、ダンジョンに該当する場所にゴブリンの遺体を置いておくと勝手に処理されるので、常にダンジョン部分だけは清潔に保てるってことだ。
今は不本意ながらスライムやってるけど、人間のままだったらこれはとても有難いことだよね。だってゴブリンの遺体なんて臭いし疫病の素だもんね。
そんな考察はすぐに終わらせ、奥へと進むことを決意する。
奥からは恐ろしそうな魔物の声が時々聞こえてるんだよね。通路は狭い洞窟になっているので反響が凄いから、無意味に叫ぶのは早くやめて欲しいものだ。
気の弱いスライムならオシッコちびるよ…そう言えばスライムになってから一回もオトイレに行ってない。
(まさかの便秘?)
とボソリと呟くと、すかさずケンとタクから
(んな訳ねぇよ!)
(ケツも無いだろ!)
と突っ込まれた。
(溶かして全部栄養になるんかな? スライムってエコだよな。エスジーデーズの最先端だよ)
(確かに!!)
こんな馬鹿話をしているのは、勿論この先に居る強敵からのプレッシャーに勝つ為だ。
黙っていると、すぐに回れ右して帰りたくなる。
今回は敵の姿を確認するだけでも良いと思う。見た目から判断出来ることもあるだろうし。
出来れば相手の強さを検証してみたいところだが、命の方が大事だから無理はしないつもりだ。
その方向で三人の俺達は意思統一を終わらせた。
悪い足場を気にせずポヨンポヨンと跳ねながら進んで行くと、唐突に目の前に先程ゴブリンと戦った場所よりも広く開けた広間へと躍り出た。
グルリと全周を見渡してみると、どうやらここで行き止まりらしく、ボスと思しき魔物が広間の中央に立ってこちらを睥睨している。
これがゲームなら、もう少しレベルアップなり進化なりしてからボスを出さないとバランスがおかしくなると思うけど、残念ながらこの世界にはレベルなんて概念は無いみたいだ。
体を鍛えればそれなりに能力は向上するみたいだから、訓練にはちゃんと意味があるけど。
スキルはあって、何度も同じスキルを使っているとスキルレベルか習熟度が上がるっぽい。
つまり強敵に対峙するには、体力、スキルを育てる必要があるってことだ。
残念ながら魔力や魔法については良く分からない。これはスライムだから基本の能力値が低いのだと思って諦めている。
魔法担当の俺としては、結構魔石から魔力を感じているのでそう悪い値ではないと思うのだけど。
目の前にステータスウィンドウでも開けば有難いんだけど、スライムにはそう言う機能が備わっていないようだ。
今のステータスでボス戦か…ダンジョンの外では既に二人の俺が消えてしまったように、死に戻りも無さそうだ。
もし能力不足なら全滅する前に撤退だな。いや、もし、なんてレベルは軽く通り越しているか。
それにしても、このゴブリン?の姿は毛深い人間のようでもあるが、四肢のバランスがかなりおかしい。
異様に長い両腕は前傾姿勢を取っている事も相まってか拳を地面に付けており、やたら分厚い胸板はゴムの塊のようにも見える。
(こりゃ、まるでゴブリンとゴリラのハーフって感じだな)
(だよな~っ)
俺の感想にケンとタクが即座に同意する。さすが俺達だな。意見はピッタリだ。
しかしこんなごっついゴブリンなんてありか?
あのイケメンで有名なゴリラと違うのは、どう見たところでハンサムな顔にはなれそうにないってことか。
頑張って過大な評価をしてもハーフゴリラ?
醜く卑屈そうな顔付きがゴリラのイメージを崩壊させつつ、残念ながら筋肉の量はゴリラの当社比三割増しってところだ。
そいつが時折両拳をその胸にドドンと殴り付けるたびに空気が振動してプルプルな外皮がビリビリと震えるような錯覚を覚える。
(あー、悪い。どう考えても俺はケンとタクのお荷物にしかなりそうにないわ)
(だよな。せいぜいスピードの速い攻撃で撹乱する程度にしとけ。タクは後方ですぐに離脱出来るようにな)
(りょ。ケンの攻撃が通じないなら、俺は即撤退するわ。お前らは安全第一でな)
そう打ち合わせ、まずは様子見とばかりにケンが頭の天辺を槍に変形させて突進。
意外と早いケンの速度にゴブリラ(今そう呼ぶと決めた)の防御が間に合わない。
無防備な腹にクリーンヒットし、貫いたと思われたケンの槍は分厚いゴムの塊にでもぶつかったかのように弾き返されて地面に転がった。
(ケン、大丈夫か?)
(ああ、なんとかな。だが今のでかすり傷にしかなってない。これ以上の攻撃技なんて俺はまだ持っていないぞ)
マジかよ…様子見の一撃じゃなくて、本気の一撃だったのか。
(武器化が出来るようになって強くなった気がしてたんだが。しょせんは丼の中のフロッグ大概は死なず、だったか)
(ケンの攻撃が効かないんじゃ、俺の触手なんてトイレットペーパーにしかならん。これは一旦引き返すしかなさそうだ)
(誰か丼に蛙を入れるな、って突っ込めよ…)
(さぁ、井戸に帰るか)
(だな。帰るべ。で井戸はどこよ?)
(オマエらなっ!)
主戦力のケンがお手上げ状態じゃ仕方ないか。無理して倒す必要なんて無いから今回は撤退しよう。
馬鹿な話は早々に打ち切り、全力で逃走に移行しようと思っていたのだが…。
タクが素早く出口から脱出するために触手を延ばして出口の向こうにある岩を掴もうとした。
ゴブリラはそれを視界に収めたのか、俺達の想像を遥かに超えた速度でタクを目指して突進した。
あの速度だとバックステップで逃げてもすぐに追い付いて踏み潰される!
俺もケンも同じ判断をした。だから想定を変えて左斜め前にタクがジャンプしたのは当然だった。
タクに突進を躱されたゴブリラは両手で勢い良く踏ん張って急制動を掛け、それからゆっくりとこちらに振り返る。
その様子はまるで俺達を逃がしてたまるかと言っているように見える。
俺達が警戒を強めながらゴブリラから少し距離を取ると、ゴブリラは元居た中央付近へとゆっくり戻っていく。
一体何のつもりだろう?
魔物の考えなんて俺達には分からないな。
え? スライムも魔物だよって…?
(ウィズ、馬鹿なことは考えるな)
(何でお前だけ緊張感無いんだろね?)
(ああ、わりぃ。でさ、これって撤退しかないだろ?)
ケンとタクが苦笑しながら俺に注意する。勿論怒っている訳ではない。
(俺が先に触手を延ばして脱出する。その後にお前らも逃げてくれ。
触手でお前らを掴んで引っ張り出すのもありか)
そう言うとタクが慎重に出口に向けて触手を延ばし始めた。
俺とケンはタクが脱出するまで時間稼ぎに徹する。
おちょくるようにゴブリラの前を二人でジャンプし、右に左にと視線を誘導してタクへの意識を妨害するのだ。
その成果でゴブリラは俺達二人に掛かりっきりとなり、タクの触手が出口に到達したのを俺の全方向丸見えカメラが捉えた。
後は向こうのあの岩を掴んで一気に触手を引っ込めるだけで、タクは岩のもとへと一瞬で移動出来る。なんて便利な触手なんだよ。
少し羨ましい能力だと思いつつタクの様子を視界に入れていたが、何か様子がおかしい。
出口に向けて延ばした触手が見えない何かにぶつかったようにピタっと動きが止まったのだ。
(ヤバいって! ここ、見えない壁があるっ!)
とタクが絶叫した。俺達二人はその意味を即座に悟り、
(マジかよっ!)
(嘘だろっ!)
と呆然とした。
(…なら良かったよ)
タクの言葉を最後に、三人の俺達に重苦しい空気が漂った。
つまりここはボスを倒すまで脱出不可能なゲームのような仕様のボス部屋って訳だ。
俺達三人の脳内会話が聞こえた訳では無いだろうが、ゴブリラの顔がニヤリと笑う。
(ここに入ったやつを逃がすつもりは無いって言ってるみたいだな)
(ああ、俺にもそう見える)
(腹立つな。で、どこが腹かな?)
(そんなこと言ってる余裕はねぇぞ!)