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第57話 ブロックとお残しの結果

 浮草回収の依頼を開始して四日目のことだ。

 昨日まで一緒に作業していたアンバーとビリーが抜けた為に今日は一人かと思っていたが、植物に興味があると言う少年ルケイド君がこの依頼を請けていたのだ。


 彼もまた俺と同じく石鹸と紙を作るつもりだったようで、転生者なのではないかと思うのだが。

 プライバシーは保護せねばなるまい。


 ギルドに帰還後、彼を仲間に引き込むべく『エメルダ雑貨店』に連行…もとい同意の下に連れて行くことにしたのだが。

 しかし今夜は食べ歩きマップ制作の為の第一回目の打ち合わせがあることを完全に忘れていた。


 依頼達成報告を終了してから会議の開始まで、猶予は約八十分。

 これだけあれば間に合うと判断し、予定通り『エメルダ雑貨店』へと向かうことにしたのだ。


 雑貨店までの所要時間は徒歩で片道約二十五分だった。

 ガチャリとドアを開けると、

「お帰りなさい。久しぶりね」

とエリスちゃんが出迎えてくれた。

 うん、ここは俺の家じゃないんだけどね。


 エリスちゃんの声を聞いてか、すぐにバルドーさんとエメルダさんが奥から出てきた。


「おぅ、三日…四日ぶりか?

 珍しく依頼でも請けてたのか?」

「クレストさん、今晩わ。作業は進んでるわよ。

 あなた、クレストさん()()依頼を請けることはあるわよ。失礼ね」

と夫婦揃って失礼な挨拶してくれるぜ。


 俺が気にはしないと分かって(じゃ)れてるだけだ…よね?

 そう言えば、依頼を始めてから一度も来ていなかったな。


「はははっ、今晩は。

 今日は洗浄剤作りの仲間を連れて来たよ。

 冒険者のルケイド君です」

と彼を前に押し出す。


「初めまして。ルケイドと言います。

 クレスト兄が洗浄剤をこちらの工房と共同で開発していると聞いています。

 実は僕も以前から作ろうと思っていたのですが。何分、うちには資金が無くて」

「ほぉ、そうだったのか。

 リミエンにも見所のある奴が居たとは、嬉しい限りだな」

「幸いここには私の仲間と良い金蔓(クレストさん)が居るから、遠慮しないで良いわよ。

 ね、クレストさん?」


 エメルダさんのセリフが可笑しなニュアンスで聞こえたが、きっと気のせいだろう。


「エメルダ、エリス、ルケイド君を奥に案内してやってくれ。

 儂は先にクレスト君と話をする」

「あ、それならエメルダさん、お願いします。

 俺もバルドーさんの話の後で行きますから」

「了解! じゃあルケイド君、付いて来て!」


 新入りの登場が嬉しいのか、それとも自分より若そうな男の子が来てくれたのが嬉しいのか、エリスちゃんが裏庭にある作業小屋へとルケイドの手を引いて連行し、その後をエメルダさんがクスクス笑いながら付いて行く。


 バルドーさんは三人には特に触れずにカウンターの下から小さな革袋を取り出した。


「ついさっき、ブロックの試作が届いたぞ」

と言って、袋の中から白色のブロックを取り出して、数を数えながらカウンターに置いた。


 俺の記憶にあるのはツヤツヤの光沢があるブロックだが、並べられた十個のブロックは圧縮成形のお陰で表面はツルツルになっていた。

 色はツヤ消しホワイトと言った感じだ。

 形状は予定通りで、試しに幾つか繋げたり、離したりして感触を確かめてみた。


「中々良い出来ですね。抜き差しするときに適度な抵抗があって、持っただけで簡単に外れることもないです。

 ちなみにこのブラバ樹脂って、赤とか青とか顔料を混ぜ込むことは出来ます?」

「いや、それは儂も知らんな。そもそもブラバを何に使おうかと悩んでいたぐらいで研究も進んでおらんからな」


 ゴムみたいな材料だから可能だとは思うけど、顔料を混ぜることで表面がツルツルかザラザラになったり、硬くなったり柔らかくなったり、流動性が良くなったり悪くなったり、色々な可能性があるからな。

 他にも混ぜる成分で性状の変化があるだろう。顔料メーカーさんにお願いして試作して貰おうか。


 とりあえず、今のままでも十分だと思うが、もっと沢山のブロックを繋げた時に強度不足で壊れないか心配なので、その確認の為に現在の金型でもう百個ぐらいのブロックを作ってもらおう。


 金型には問題が無ければ量産と行きたいが、商品化するなら高い材料費がネックになる。

 トレーラーも大型トラックもコンテナ船も無いこの世界では、どうしても原材料費プラス運送費の問題が付き纏う。


 俺が直接買い付けに行って、買えるだけ買ってアイテムボックスに収納すれば、輸送費は俺の日当だけになる。

 でも俺が居なくなった瞬間に破綻するような手段を使う訳にはいかない。


 物流コストの低減として可能なのは、道路の整備と馬車の改良か。

 高速鉄道網の整備や自動車の開発なんて俺にはどう逆立ちしても無理だ。


 ブロックを市販出来るようになるまでには、まだまだ時間とお金が掛かりそうだな。


「着色の件と百個追加は了解した。

 それと俺からなんだが、前にお前がアイデアを出していた動物や魔物の彫刻の話だ。

 あれも作ることにした。

 お前は六本指の岩蜥蜴を知らんだろ?」

「そもそも岩蜥蜴自体を知らないよ。

 見たことはあるかも知れないけど、魔物の名前が分からないから」


 俺の話にバルドーさんが大きく頷く。


「先日会った子供達もそうだった。

 荷馬車に載せて運んでいる魔物しか知られていない。

 知らんと思うが、岩蜥蜴のような生息数の多い魔物は稀に進化する個体が居てな。

 僅かな外観的特徴の違いでそれを見分けにゃならんのだ。

 その教材をブラバ樹脂で作らせる。

 それがあれば、弱点をピンポイントで教えることも出来るだろ?」


 やっぱりこう言うのは絵では駄目なんだよね。冒険者ギルドの解体場に剥製が置いてあったのも、そう言う理由なのかもね。

 博物館と違って大きな魔物の剥製なんて置ける場所も無いし。


「うん、それは良いことだと思うよ。

 冒険者ギルドに高く売り付けてやらないと!」


 決して高級酒を吞まれたことに対する腹いせなんかじゃないからねっ!

 あくまで冒険者の安全の為に必要な教材を提供すると言う、崇高な使命の為なんだから!


「なんか知らんが、悪い顔をしとるぞ?」


 そう呟くバルドーさん。俺にも事情があるんだよ!


「それとな、商業ギルドからの依頼で一つ考えて欲しい物があってな。

 おまえも商業ギルドに入って知っているだろうが、あそこは天井が高いだろ。

 照明の蝋燭、油、魔道具の交換や補充のたびに脚立を出さなきゃならん。

 天井は仕方ないとしても、中途半端な高さにあると脚立を出すのも面倒くさいと、椅子の上に立つ奴が居てな」

「それで転んで怪我をしたと?」

「そう言うことだ。なので、ちょっと高い位置にあるものを取れるような物を作って貰いたい」


 それならまずは、この店にも必要そうなマジックハンドだな。百均にもある、先端がクワガタの角みたいなやつだ。

 だが如何せん、今の俺にはタイムリミットがあるのだ。


「一つ、案があるけど明日で良い?

 今日はこの後、冒険者ギルドで打ち合わせがあるんだ」

「ギルドの打ち合わせにか?

 職員でも無いのに、そりゃ珍しいな。

 まさか…何かやらかした後始末についてか?」


 何故か俺はアチコチで何かやらかす男と認識されているらしい。

 やらかしてるのは、俺じゃなくて骸骨さんなんだけど。それ、説明できないからなぁ…。


「あ、明日は家の引き渡しなんだよ」

「ほぉ、明日か。エリスを手伝いに行かそうか? 喜んで行くと思うが」

「気持ちだけで良いよ。

 宿もあと三泊分は前払いしてあるし、メイドさん達も居るから」

「そりゃ豪勢だな。詳しいことは落ち着いてから聞かせて貰おうか。

 子供達もおるんじゃから、早く安心させてやれよな。

 儂の方の話は終わった。

 洗浄剤の方を見に行ってこい。ウチのも毎日頑張ってやっとるようだぞ」

「有難いことです。じゃあ、ちょっとだけ見てきます。

 明日は適当な時間に一度来ますね」

「無理せんで良いぞ。洗浄剤の研究は自分の手から離してルケイドに任せるつもりで連れてきたんじゃろ?」

「バレてましたか、敵わないな」


 手で早く行けと合図をされたので、頭を下げてから奥に入る。

 石鹸の研究を行っているのは、二階建ての小さな物置小屋だ。

 その一階の半分が植物や植物灰の置き場になっていて、何種類もの灰が水に浸けられていた。


 協力してくれている奥様方が煮炊きで薪を燃やす際に一緒に燃やして灰を作っているそうだ。


 どの植物の灰汁でも石鹸の原料になるのかも知れないが、問題は性能だけでなく、安定供給可能でかつ安価なことだ。


 そこでルケイドがある灰汁に油を混ぜた物を手にして驚いていた。


「どうした? 凄く驚いた顔をしてるけど」


 手元を見てみると僅かだが白く変化を起こしていた。

「この灰は?」

「あー、なんでそれをピンポイントで言うかな…もぅ」


 エリスちゃんがチラリとエメルダさんを見る。

 どうやら訳ありのようだぞ。楽しみだな!


「その灰…はぁ、海藻サラダを残したやつよ。

 私あれ嫌いなの。パパも残したけど」

とエリスちゃん。然り気無くバルドーさんも道連れにするとはな。


 少しエメルダさんのコメカミがピクピクしていらっしゃる。

 きっと全部食べたと嘘を言って、こそっと燃やしたパターンなんだろう。

 そんなこととはつゆ知らずか、ルケイドがサンプルを棚に戻してエリスちゃんの手を掴むと上下に振り始めた。

 君、それ好きなんだな。


「これですよ!

 エリスちゃん、グッジョブですよ!

 固まり始めてます! これなら固形石鹸が作れます!」


 エリスちゃんは既に固まってるけどね。

 突然のことでエリスちゃんが驚いているのが良く分かる。自分からアタックするのは平気なのに、アタックされるのは極端に弱いパターンだな。


 それより気になることが一つあるけど、そっちはまぁ後にするか。


「エメルダさん、リミエンは海に近くない筈ですよね?

 海藻はどうやって?」

「それね、海藻と呼ばれてるけど、海じゃなくてその辺の池や川に生えてる藻なのよ。

 見た目と食感が海藻と変わらないらしくて、この辺りじゃ海藻と呼んでるの。

 味自体はあまり無いけど、低カロリーでお通じにも良いヘルシーメニューなのよ」


 性能的にも海藻そのものだな。

 地球にもそんなのあったような、なかったような…海と繋がっている湖に生えてたんだっけ?

 そんな事より、大事なことを聞かないと!


「その海藻擬きって、大量に取れるんですか?」

「ええ、幾らでも生えてくるそうよ。

 これが生えると景観は悪くなるし、舟の往来の邪魔にもなるから、定期的に採取依頼が出てる筈よ」


 あかもく的な感じのヤツだな。スクリューに絡まる厄介なヤツなんだけど、最近は健康食品になってんだよね。


「なる程。それなら安定した材料供給も可能そうだし、捨てる物だからコストも抑えられるね。

 商売として充分に成り立ちそうです」


 まさか好き嫌いがこんなの形で功を奏するとは。これならエメルダさんもエリスちゃんを怒ることは出来ないよね。


「それはそれとして、複数の製法があった方が良いのと、頭髪用洗浄剤には固形タイプより液体タイプが適するので、これらの草木の灰汁も捨てずにサンプル作りをお願いします」

「勿論よ! ルケイドさん、液体タイプの洗浄剤も早めに願いしますわ!」


 そりゃシャンプーが欲しいのは俺も分かるよ。ある程度の性能なら、最初のはぶっちゃけどれでも良いんだよね。

 シャンプーよりリンス、トリートメントの方が作るのは難しいんだろうね。


「まさかこんなに早く見つけることが出来るなんて」


 ルケイド、感動するのは分かるけど、良いから早くエリスちゃんからその手を離せよ。

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