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第56話 若き植物学者

 貯水池の浮草回収依頼の三日目の夜は、ビビリ改めビリーが騎士(従者)にスカウトされたお祝いとなり、俺の驕りとなった訳だが。

 明細を見ると、一番の高額商品を頼んだのはライエルさん、アヤノさん、サーヤさんの三人だけだった。


 女性二人の分はヨシとしても、ギルドマスターが新米冒険者に高級酒をたかるのは止してください!


 そして依頼の四日目。昨日までのメンバーは今日は居ない。

 アンバーは武器の修理が終わっている予定なので今日は武器屋に行くだろうし、ビリーは従者になるために王都に移動するのだ。


「今日は俺だけかな」


 ギルドに設置されている、時針しかない時計が出発時刻を指したので馬車に向かうと、十代中頃ぐらいに見える少年が馬車の前で待っていたのだ。


「この馬車は貯水池行きの馬車であっていますか?」

と彼が御者のお爺さんに訊ねる。


 体格的には初日に居た新人冒険者とそう変わらないが、この子の方が使い物になりそうだと身のこなしを見て判断する。

 強化系スキルが使えないとキツいけど大丈夫かな?と少しだけ心配するが、冒険者は全てが自己責任。選んだ仕事が想像以上にキツかろうが、誰にも文句を言えないのだ。


 浮草回収は日当が銀貨六枚では割に合わないハードワークなのだが、公共事業だから低予算なのは仕方ない。

 水道料金を毎月払っている訳でも無いし。


 そのキツさを知ってか知らずかこの依頼を受注するとは、興味本位か、何か訳ありなのか、それとも目的があるのか。


 因みにこの依頼、成果に応じて僅かだが報酬額が増額されるし、人手が足りなければ依頼の期間が伸びるので俺の損にはならない。

 長く続けたいかと聞かれれば、答えはノーサンキューだけど。


 今日の参加者は二人だけとなった。この依頼の不人気ぶりが良く分かる。


 依頼を探しに来たのか、『紅のマーメイド』の四人が馬車に乗り込む前に通り掛かり、アヤノさんが夕べの御礼を述べた。


 高級酒を開けたとサーヤさんが昨日居なかった二人にドヤ顔で言うものだから、朝っぱらから騒がしいことこの上ない。

 俺がこのパーティーに参加するのは無理だと改めて思う。


 御者のお爺さんもアヤノさんに挨拶して、またご一緒しませんかと誘っていた。やはり女性が居る方が爺さんだって嬉しいんだな。


 そりゃ、毎日一人で林の中の貯水池の管理をしているんだから、話し相手の一人は欲しいだろうね。

 と思ったら、単に釣り対決のお誘いだった。

 のほほんとした爺さんの割に、釣り上げた数で負けたのがよほど悔しかったらしい。


 馬車が出てから現地に到着するまでの間、自己紹介と雑談を行う。


 馬車に乗り込む前に少し見ただけだが、この少年と呼んでも良さそうな冒険者は恐らく剣の嗜みがあるのだろう。

 それにそこらの冒険者には無い品がある。上流階級の家系と見て間違えないだろう。


「俺はクレスト。宜しくね。君は?」

「僕はルケイド。大銅貨級です。宜しく!

 クレストさんの名前は聞いています。登録初日に大銀貨級の」

「あぁ、それは訳ありだから。

 ギルマスの指示だから、あまり言えないことがあるんだよ」


 あの件はライエルさんの特命で行動したことになっているからね。下手に喋るとボロが出る。

 ギルマスの…と言えば、冒険者ならそれ以上の追求はせずにクチを噤む。実に都合の良い口実だ。

 それでもまだしつこく聞くのは三流未満か、訳ありの人だけだろう。

 

「それでも凄いですね。僕なんか何年やっても剣の腕はそれ程は上がらないんです」

「やっぱりそれなりの訓練を受けているんだね」

「分かったんですか?」

「何となくね」


 分かったのは、勿論骸骨さんの持つスキルのお陰だ。俺自身の知識じゃ、そんなの分かる訳がない。


「浮草回収の依頼、最初は痛いって聞いたんですけど、本当ですか?」

 

 それを言ったのはミランダさんか?

 それともあのギルドの受付嬢のお約束?

 お約束なのはイヤなので、彼に聞くのはやめておこう。


「筋肉痛になるって意味なんだけどね」

「なんだ、そう言う意味だったんですか。それなら…って、そんなに重労働?!」

「あー、それは行ったら分かる」


 三日間の作業で少しは回収出来ているけど、全体からすれば一割ほどか?

 それにすぐ増殖するらしいからね。

 一度は一掃してから、オイルフェンスみたいな物で繁殖域を囲って制限してやるのが良さそうなんだよね。


 でもせっかくの綺麗な池に、オイルフェンスなんて風情をぶち壊すような物を浮かべるのも何だか違う気がする。

 今後どうするのかは文官達の考えることだし。


 アンバーやビリーと違ってルケイド君は社交的で、しかも知識欲がある。家のことは話さないが、しっかり教育を受けているのは間違いなさそうだ。


「それにしても、よくこんな依頼を請ける気になったね」

「ちょっとやりたいことがあって、色々な植物を調べているんです。

 この依頼がてら、サンプルも持って帰ろうかと思って」


 若いのに植物に興味か。結構枯れてるな…と言うのは冗談だけど、盆栽とかやってたら末期症状かも。

 苔球のミニ盆栽とかなら、意外と貴族階級に受けるかもな。


 それから現地に向かうまでの時間で、浮草の情報を教えてくれと頼まれたのだが、やたら増殖しまくること、太い茎を切ったら糊みたいな粘々が出ること、馬が好んで葉を食べることぐらいしか俺も知らない。

 浮草なんてメダカを飼っている人ぐらいにしか需要は無かったと思うし。


「植物を調べているって言ってたけど、何か目的でもあるのか?」

「勿論目的はありますよ。大きな目的は二つ。

 聞きたいですか?」


 随分と勿体ぶるな。僕の秘密を知りたいの?ってノリなんだろうね。


「それを聞く前に。

 食料、衣類以外にも植物が役に立つのは俺も知ってる。

 で、実際のところ、既に研究を始めているものがあるんだ。

 聞きたい?

「そうなの? それは生活に役立つ物?」


 石鹸を研究していることを、初めて会ったばかりのこの子に教えて良いものか。

 悪い子じゃなさそうなんだけど。


「ルケイド君は、実験とかはしていないのか?」

「ウチはお金が無いですからね。

 研究資金に回す余裕が無くて」

「それなら俺が噛んでる研究に参加してみるのはどう?」


 研究に参加するなんて、普通の人なら断るだろうな。でも知識欲のある人なら話は別だ。

 独特な価値観を持っている人が多いからね。


「何の研究を?」

「当然、守秘義務が発生するけど。守れるかな?」

「非人道的な研究で無ければ、守りますよ」

「なるほど、そうきたか。

 そう言われたのなら教えるしか無いか。

 第一弾は、泡の実に変わる洗浄剤だ」


 それを聞いて突然ルケイド君が俺の手を取った。そう言う方向の趣味は無いのだが。


「僕もそれを作る為の研究をしたかったんです! 是非ともお手伝いさせてください!」

「そうなのか? それなら願ったり叶ったりだけど」


 石鹸を欲しがるなんて、ルケイド君も転生者なのか?

 それだと今後の付き合い方が変わってくるな。でもどうやって確認すりゃいいんだろ?


「第二弾は何ですか?」

「その洗浄剤をベースにした頭髪用の洗浄剤。

 それと手荒れをしない食器用の洗浄剤だね」

「頭髪用洗浄剤と食器用洗浄剤は、少し原料とか方向性が違いそうですね。

 うーん、まずは洗浄剤の開発が最優先か。

 コレを教えるってことは、クレストさんの中では完成までの道筋は出来ているんですね?」

「かなりの確度で出来ると踏んでるよ。

 一番の問題は採算性と原材料の確保だと思う」


 作り方は元々知っているんだから、後は材料の選定だけの問題なのだ。低コスト、かつ安定的な供給可能な植物を見付けるのが大変だろう。


「ついでに第三弾は羊皮紙に変わる紙だ。

 質を問わなければ割と簡単に出来ると思うけど、これも材料が問題な」

「盛りだくさんじゃないですか!

 でも当てはあるんですか?

 手当たり次第にやっても。それにお金も」

「洗浄剤はおおよその方向性を決めてある。

 今は奥様ネットワークを使って、色々な種類の植物で試してもらってる。

 紙は植物から繊維を取り出す方法の確立と、利用する植物の選定さえ出来れば何とかなるんじゃないかな?

 変な事故さえ起こさなきゃ、資金は大丈夫だと思う」

「羨ましいです!

 そんな好条件なら、参加しないなんて有り得ないです!

 是非僕も参加させてください!」


 俺の右手を両方の手で包み、上下にブンブン振るのはリミエンの人の習性なのか?

 ビリーと違って痛くないのは有難いけど…それが普通だよな?


「今日の依頼が終わったら、秘密基地に連れて行ってやるよ。

 だからバテないように気を付けろよ?」

「それなら、強化スキルを使いますよ」

「そう言うのって、普通の人は長時間は使えないんじゃ?」

「そうらしいですけど。僕は割と平気に使えますから」


 ルケイド君も時間制限無しの強化系スキル持ちか。それならこの依頼でもやっていける。

 それから石鹸、紙の製法等について話をしているうちに現場に到着し、水面に漂う浮草を見てゲンナリするルケイド君だった。


 その日一日の彼の活躍ぶりはアンバーよりマシ、ビリーに少し劣るぐらいか。

 まだ十五歳だということを考えれば、これは素直に褒めても良いだろう。

 そして予定通り回収したばかりの浮草を持ち帰るのだが、俺のマジックバッグを利用したのは言うまでもない。



 今日も仕事後の達成報告に並んだ受付カウンターは行列が出来ていて、受付嬢の顔が確認出来なかった。

 それで何も考えずに一番右の列に並んだら、

「あ、君はこっちの列。エマさん対応案件だろ」

と名前も顔も知らない冒険者に場所を変わられた。

 エマさん対応案件とかあるの?


 良く分からないけど、確かに並んだ先にはエマさんが座っていた。ニッコリと笑って、

「この浮草の依頼って、報酬額の割にかなり重労働らしいですね。

 陸の上からだけじゃなくて、ボートの上で網を入れたり引き上げたりの繰り返しでしょ?

 それに岸までの往復。よく続きますね」

とエマさんに感心してもらえた。

 うん、それだけでも満足だよ!


 エマさんのくれたプライスレスのサービスで、よし明日も頑張ろう!と思ったら、明日は依頼はお休みなのだ。


 その事を告げたら、

「明日なのね、いいな~。でも明日は休めないか。いつか遊びに行くからね!」

と嬉しそうだ。いつでも来てくれて構わないからね!


 それから思い出したように、

「あっ、クレストさん、今日はクイダオーレの打ち合わせがあるからね!

 貴方は絶対参加ですから!」

と念押しされた。


 おっと、それを完全に忘れてたよ。


 でもルケイドを秘密基地に連れて行ってやるって言った手前「ごめん、明日!」なんて言うのはかっこ悪いだろ。


 今が夕方の八時だから二時間はある。それなら往復出来るだろうから、

「ちょっとルケイドを『エメルダ雑貨店』に案内してくる。それから来るよ」

と忘れていないような態を装う。


「クレスト兄、用事あったの忘れてたの?

 明日でも良いよ」


 敵は背後に居たのか…。


「あー、忘れてたのね。駄目な人ね」

とクスクス笑うエマさんが可愛いからヨシとしよう。

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