第55話 驕りだと?!
解体場での話し合いが有耶無耶に終わり、お腹減ったの!とルーチェの一声からギルドの酒場で夕食を採ることに。
先にエールを頼んでいたアンバー、ビリーと合流して、俺と子供達、そこにアヤノさん、サーヤさん、何故かエマさんが混じって合計八名でテーブル二つを占拠した。
「今日はここに居るビリーが第三騎士団から騎士にスカウトを受けた目出度い日だ!」
アンバーがエールを差し上げ、そう大声で言った。
そうじゃなくて、騎士の従者としてスカウトされたんだと教えたのに、コイツは相変わらず理解出来てねぇ!
ま、ここで水を差すような空気読めない人間じゃないから、細かいことは無視しよう。
その紹介されたビリーに一斉に視線が注がれ、彼の体格に納得する者、羨望の念を抱く者、反応は様々だ。
気弱な面のあるビリーが騎士団なんかで上手くやっていけるか分からないけど、それは俺達が手を出せる事じゃない。
自らその道に進むことを選んだのだから、俺達はここから彼を応援していよう。
リミエン冒険者ギルド初の騎士の誕生を目にすることが出来るかもしれないのだから。
「そんな訳で!
騎士ビリー誕生の前祝いだ!
今日はここに居る全員、クレストの驕りだから、好きなだけ飲んでくれっ!
「おまっ! 汚ねぇぞ!」
「ヨッシャー! お前らただ酒だぞっ!」
酒場に居るのはざっと見て四十人か?
ここは単価が安いから、一人銀貨三枚もあれば腹は十分に太る。
高く見ても銀貨五枚か…きっとビリーに向けられた負の感情をこの騒ぎで消すつもりだったんだろうな。
一晩で大銀貨二十枚? それでビリーがイヤな思いをせずに過ごせるなら安いのか。
それを聞いて即座に一番高いお酒をオーダーした目の前の女性二人に、
「これが追加の報酬だからね」
と告げるのを忘れないでおこう。
その後、仕事上がりのギルド職員をミランダさんが引き連れて来たり、ライエルさんも幹部連中を連れて来たりと収拾の付かない状況になり、エマさん達が急遽ウェイトレスを勤めたのは俺へのちょっとしたサービスだったみたい。
ウェイトレスの制服でもデザインしてみようかと思ったのはナイショだ。
大騒ぎになっている酒場を離れて、おねむモードに入った子供達を救護室のベッドに運ぶ。
今日が貯水池の作業三日目で、明日は四日目…確か明日は夜に食べ歩きマップの会議があったな。
それ以外には特に変わったことはないけど、マイホームの受け渡し予定が明後日だから、何か準備を始めた方が良いのかな?
いやいや、何か買うにしても置く場所を決めてからの方が良いに決まっている。
そうだ、シエルさん、オリビアさんに制服でも支給しようかな?
シエルさんにはフリフリ付きのゴスロリ風メイド服、オリビアさんには秘書風のスーツとタイトスカート…だて眼鏡も付けようかな?
酒場に戻ってくると、隅っこの方で御者のお爺さんが別棟で作業しているベテラン鑑定士と酒を吞んでいた。
「君がクレスト君か。ご馳走になってるぞ」
と鑑定士さん。
「色々やらかしている君が孤立しないようにと思って、アンバーが気を利かしてこの騒ぎを起こしたんじゃろ」
と訳知り顔で俺の肩を叩く御者のお爺さん。
あのアンバーがそんなことを考えているかな?
「儂も久し振りに旨い酒を吞ませてもらったぞ、フォフォフォ、ゲフッゲフッ!」
笑うか咽せるか、どっちかにしろよ。相変わらず締まらない爺さんだな。
年取ったら嚥下障害には気を付けろよな。
爺さん二人の相手をしていると、ワイングラスを持ったライエルさんが歩いてきた。
「そうそう、スオーリー副団長から手紙を預かっていてね。忘れるところだったよ」
と小さな鞄からクルクルと巻かれた羊皮紙を取り出して手渡された。
それもマジックバッグみたいだね。
ありがとうございます、と簡単に御礼を述べ、気になったのですぐに読んでみる。
要約すると、
『クレストへ
今日はとても面白い時間を過ごせて感謝する。
もし王都に来る機会があれば、儂を頼ってくれ。
ビリーは儂が騎士に育て上げるから心配するな。
受付嬢もマーメイドの二人も良い子じゃないか。誰が本命か教えろ。
知っていると思うが、三人娶るつもりなら第三級市民権が必要だが、王都に住むつもりがあるならどんな手配でもしてやれるから安心しろ。
貯水池の浮草回収に関して、リミエン伯爵配下の文官共に話を付けてある。近日中にアイデアを募集する布告があるだろう。クレストの案は廃案だと思うがな』
とまあ、そんな感じで書かれていた。
王都に行く予定は無いし、三人に対してそう言うつもりも無いから余計なお節介だな。
ビリーを育ててくれるのはありがたい。全然顔見知りが居ない状況だし、ビリーもしんどいだろうからね。
貯水池の浮草対策は、どんな案が出てくるのか楽しみだな。
審査のポイントは実現可能性、イニシャルコスト、ランニングコスト、必要人員と言ったところか。
市民にアイデアを募集すると言っても、こう言う公募、コンペティションみたいなやり方はリミエンでは例を見ないそうだから、市民も布告を見て『なんだコレ?』ってなるだろうし。
文官の人達だって、面倒な手間を掛けさせんじゃねえ!って思ってるだろうね。
酒場の騒ぎもだいぶ引けてきたところでウェイトレスをしていたエマさん、アヤノさん、サーヤさんがエプロンを置いてやって来た。
どうやら酒場のマスターに銀貨五枚で臨時雇用されていたようだ。
臨時ボーナスにホクホク顔の三人が帰宅を告げ、じゃあ自分も、と酒場に目をやると酔い潰れたビリーとアンバーが目に入った。
二人を起こす振りをしながら『治癒』を最小威力で掛けて目を覚まさせる。
「ぼちぼち帰るぞ」
「今何時…もう十二時半を過ぎてんのか」
「食べ過ぎた…」
ビリーの食べ過ぎは俺の懐にもダメージを与えるからな。
体がデカいだけあって良く食ってたよ。見てる方が胸焼けしそうだった。
「クレスト、今までありがとう」
とビリーが俺の手を取る。
「俺はなーんもしてないぞ?」
謙遜でもなく、これは事実だ。ビリーはビビリと呼ばれている間、一人で黙々と作業を続けていたのだ。
アンバーに『ビリーを見習え』と言いたいぐらいにね。
「口べたな僕を邪険にせず、笑って受け入れてくれた。
それに僕が疲れていたら何かと声を掛けて、手を休めさせたりしてたよね」
普通それぐらいはするだろ?
鞭持ってビシビシやる趣味は無いし、御者のお爺さんも適当にやってて良いよって感じだったし。
「それに、今日の驕りも僕に注目が集まるのを避けるために、アンバーと仕込んでいたんでしょ?」
馬車の上でアンバーの驕りだと言ったのがフリだと思ってたのか。
悪いけど、あれは本気だったんだけど。
「アンバーにそんなお金が無いのは誰でも見たら分かるし」
「ちっ、貧乏でスマンな」
とアンバーがばつが悪そうだけだね。
「久し振りにこんな楽しい時間が過ごせたよ!」
ビリーが両手で俺の手を握るもんだから、痛いのなんのって。ちょっと涙目になったぞ?
仕返しに俺も握りかえしてやったけど、コイツには全然効いてねえし。
やっぱりコイツ、普通の人とは体の作りが違うのかもな…てっ、もと骸骨さんの体の俺に、それを言う資格があるのかな?
ビリーにブンブン上下に振られるので、自分の手に『治癒』を流し続けて耐えたけど。
これ、下手な相手にやったら絶対痛いじゃ済まねえからね!
スオーリー副団長に手紙で教えとくか。
そんな事を考えていた俺の隣にスッとライエルさんがやって来る。
この人、音も立てずに来るから怖いんだよね。
「ビリー君、今までリミエンの為に尽くしてくれたことに感謝の意を表す」
そう言って右手で握手し、左手を心臓の辺りに当てて軽くお辞儀するのがその作法なのか。
ダンディな壮年がやると絵になるな。
「さぁ、一次会はこれでお開きだ!
今日の主賓ビリー君と主催者クレスト君に皆で拍手をっ!」
まだ酒場で意識を保っていた二十人ぐらいの冒険者達が立ち上がってパチパチパチパチと拍手を始めた。
「まだ吞み足りないか?!
吞める奴は倉庫の酒を吞み尽くすつもりで吞んでいけ!
その代わり、明日二日酔いでサボった奴は、問答無用でランクを一段階落とすからな!」
ライエルさんの冒険者ジョークで会場を笑わせ、俺達はやっと酒場から離れることが出来た。
ルーチェを背負い、ロイの手を引いて帰ろうとする俺に、同じテーブルを囲んだ七人がそれぞれ声を掛けてくる。
たまにはこう言うのも悪くは無いな、
◇
翌日はロイとルーチェも大人しく宿で過ごすと言ってくれたので一人で冒険者ギルドを訪れた。
真っ先に向かった酒場で渡された請求書には、大銀貨五十三枚と書かれていて目を疑ったけど。
「マジですか?」
と酒場の人に訊く。マスターは昼から出てくるのだが、マスターの書き置きを元に清算した結果らしい。
「驕りだと言われたら、こんなもんですかね。
普段出ない高級酒の在庫が捌けて助かりましたよ」
「支払いはカード一括で」
学生だった頃には言えないセリフを初めて言ったのだが、嬉しくないぞ。
チャリーンと音がして支払いが終わる。何ともチグハグなハイテクぶりに苦笑する。
それより、今日から一人であそこの作業をやるのかな? それなら試しに俺の考えた馬に牽かせる櫓を作ってみようかな。
多分材料や工具もアイテムボックスに入っているし。
出発の時刻になるまで、廃案でも良いのでペンを借りて構造を詰めていくのだった。