第54話 帰還、そして解体場での話し合い
昼休みは一時間程で、焼き魚を食べてからスオーリー副団長と長話をしていたら大半が潰れた。
昼からは俺は一人でボートに乗っての作業に移行した。
ロイ達レクリエーション組も、俺の真似をしてもう一隻のボートに乗り込むらしい。船着場は二ヶ所あり、そちら側は浮草の密集しておらず舟遊びに適しているとのこと。
だから沢山の魚が釣れた訳か。
昼からの作業に入って間もなく、近辺の調査に出ていた偵察部隊が集合してきた。
副団長は報告を受け、やっと撤収の運びとなった。
この頃には怖い顔のオッサンでも人畜無害と分かったのか、ロイは普通に接するようになっていた。
多分偉い人だと理解していない模様。
ルーチェは女の子だけあって、強面のオッサンはまだ怖いらしい。
護衛のアヤノさん、サーヤさん、アンバーはオッサンの近くには寄らないので分からない。
と言うより上手く避けている感じ。
ビビリはマイペース。ひたすらダブルでフックを操る豪快な働きぷりを見た騎士が彼に声を掛けた。
スライムイヤーで偶々聞こえた会話で、従者にスカウトされているのを知った。
体格は恵まれているが、コミュ症気味で弱気なところがあるから難しいと思うけどね。
でも冒険者を続けるより、そっちに付いて行く方が将来的に良いと思う。
性格は問題だが、本人がどう決断するのかとても楽しみだ。
「では、儂らはこれで失礼する。
今日は旨い魚が食えて、面白いアイデアを聞くことも出来た。実に有意義な時間を送れたと思う。
クレスト、感謝するぞ」
そう言って俺に手を振る副団長。ボートに乗っていなければ、俺の肩をバンバン叩いて骨折させていたかもな。
その言葉に作業の手を止め、腰を折って頭を下げる。
副団長が満足げに頷き、騎士達を引き連れてこの場から去っていくと、ようやく俺達の周りにいつもの通りの雰囲気が漂う。
多分、この辺りの調査をするのは口実で、俺と話をするためにここに来たんじゃないのかな?
この場所は水の供給施設であるから軍事的にも重要施設と言えるけど、副団長ご本人が視察に来る程の事では無いだろう。
訊いても本当のことは教えてくれないだろうから、敢えて訊かなかったけど。
騎士団が撤収してからは作業に集中出来たが、慣れないボートの上での作業に苦戦した。
端に寄れば船は傾く。上手くバランスを取るのは体幹を鍛えるトレーニングにも使えると思うのは、俺が脳筋族に片足を突っ込み掛けている証拠かも知れない。
脱脳筋と念じながらボートの上に浮草をてんこ盛りにする。船の重量が増えれば安定するから調子こいで盛りすぎた。
そして、てんこ盛りにしてから座ってオールが動かせないねえ!と気が付き、マジックバッグに偽装した革袋経由でアイテムボックスに収納する。
それを何度か繰り返すうちに、最初からマジックバッグに入れたように見せ掛ければ良かったのだと気が付いた。
気が付いたのは、本日の作業終了間際だったけどね。
作業を終えて管理人小屋に子供達を迎えに行くと、ロイとルーチェが近くで採取した木の実や果物を嬉しそうに披露してくれた。
サーヤさんがこう言う森の中での採取系作業が得意らしく、食べられる物を教えてくれたんだとか。
二人の笑顔を見ると、連れて来て良かったなとホッコリする。
アヤノさんとサーヤさんも、害獣指定されている鹿の魔物を一頭狩って満足げだ。
お爺さんが荷車を出して、ここまで運ぶのを手伝ってくれたとか。
リミエンに持って帰るのに俺のマジックバッグを使わせてね!と可愛くお願いされたのは仕方が無い。
魔物は狩るのも大変だが、運ぶのだって大変だからね。
帰りの馬車で、アンバーがビビリに騎士への誘いをどうするのかと訊いている。
騎士じゃなくて、最初は下働きをする従者になるんだけど、その辺を理解出来ていない残念な中年だ。
「それより、アンバーの武器はいつ修理が終わるんだ?」
「今日帰ったら出来ている予定だ。見たいのか?」
この話題を振ったら案の定、嬉しそうにしやがるな。ま、男ならそんなもんだろう。
「俺は武器に興味無いから。
単にアンバーがいつまでこの依頼を続けるのか気になっただけ」
「相変わらずつれない奴だねぇ。他のメンバーの都合だけどよ、さすがにこの依頼を続けたてら、体中ガタガタだぜ。
明日は休ませてもらうぞ」
強化系スキルが無ければ、ここの作業はそうなるのか。
ビビリは二日目だけど、まだまだ余裕はありそうだ。
「僕も…今日で終わりにしようと思う。
せっかく騎士の人から誘ってもらった。
これが最後のチャンス…かも知れない」
おっと、初めてビビリが長文を喋った!
これまでズッと、はい、いいえ、行きます、やります、食べます、ぐらいしか喋ってなかったから、録音されたサンプリングを使って意思疎通してる人かと思ってただけに驚きだ。
いやいや、冒険者も何が幸いするか分かったもんじゃ無いってことか。
「このメンバーでの依頼は今日で最後だね。
よし、アンバーの驕りで何か食べに行こう!」
「アンバーさん、ありがとう!」
「アンバーおじさん、ありがとうございます」
俺の言葉に即座にロイとルーチェが反応を示したが、これは仕込んだ訳じゃないからね。ただ飯センサー標準装備のせいだ。
「何言ってんだ!
クレストが一番金持ってんだろ!
なんで俺の驕りだよ!」
「年長者の威厳を見せるところだけど?」
とアンバーが怒ったところで、コクンと小首を傾げて、なんで?って顔を作る。
「割り勘だからなっ!」
俺に驕れと言わないだけマシか。俺と子供二人で飲み食いする量を、アンバーとビビリは一人で飲み食いするだろうな。
そうだな、ずっとビビリと呼ぶのも可哀想だな。これから大出世するかも知れない男だから、名前を聞いとくか。
「こっちのオッサンがアンバー、俺がクレスト、お前は?」
「僕は、ビリー・ファロス」
なんと苗字持ちでしたか。
つまり貴族かかなりの大店、地主なんかの息子ってことだな。
そりゃこれだけの体格を維持してるんだから、しっかり食べられる経済力があって当然だよな。
「ファロス? 武器店のファロスか?」
「アーバン、知ってんの?」
「冒険者やってて知らねぇ方がどうかしてんだが。
ファロスって言や、リミエンで一番の武器店だ…お前な、そこまで武器に興味無いのか?」
「剣とか槍とかは好みじゃないからさ」
看板の絵だけ見て武器屋に入ったから、お店の名前は覚えていないんだよね。二軒入って、二軒とも買わずに出ていったもんな。
「本格的な狩りをする前には考えておくよ。
それに食べ物のお店の方が好きだし」
「食べ物より装備の方が大事なんだがな。
けどギルドの酒場の飯じゃ、ビリーさんの口には合わないよな」
アンバーがビビリ改めてビリーさんと呼ぶのでプッと噴き出す。
家柄で態度を変えるとかコイツにも出来たんだと意外に思うけど、冒険者相手にどうなんだろ?
「アンバー、僕のことはビリーで良いから。
それにギルドの酒場の食事も美味しいし」
「そうか? 呼び捨てしたら後で家の人になんか言われねえだろうな? 店に出入り禁止になったら困るんだ」
コイツ、どれだけファロス家を恐れているんだよ。
息子を呼び捨てしたぐらいじゃ、出入り禁止にはならないだろ。
「アンバー、ビリーって呼んでくれって言ってんだ。そうしろよ」
「お前は適応早ぇな。さすが怖い物知らずだよ」
さすがと言われる程、俺のことを知っているのかと思うがスルー。怖い物がパッと思い付かないが、ゴブリラは怖かったな。
子供二人は遊び疲れてウトウトしているので、三人で馬鹿話をしながら時間を過ごした。
そしてギルドに到着すれば、女性二人が請けてくれた護衛の任務は終了となる。
「アヤノさん、サーヤさん、今日はありがとうございました」
「ありがとうございました!!」
子供二人も声を揃えて護衛の二人に御礼を述べて頭を下げる。
「いいのよ、私達も今日はとても楽しかったし、獲物まで運んでもらったし」
「本当ならポーターを雇うか荷馬車を借りたぐらいの費用を、こっちが支わなきゃいけないのにね」
「じゃあ、提出カウンターに出して下さいね」
▽
二人が仕留めた魔鹿を売却するとして。
鹿の体重を百キロ、六割を肉と仮定すれば、肉は約銀貨三枚/キロなので大銀貨十八枚。
鹿皮は人気商品なので多少買取価格が高くなるが、それでも肉と皮等を合わせて大銀貨二十五枚程度。
魔物の希少性に応じて肉、皮の価値は変動する。
また、牡鹿の角もサイズ、形状によって買取価格が変化する。
徒歩で荷物を運ぶポーターを一日雇えば、一人で大銀貨一枚~。ポーターの能力により利用料が変化する。
荷馬車を一日レンタルすれば、馬の飼料代など込みで大銀貨三枚~。荷台のサイズで価格が異なる。
町中での時間貸しなら一時間銀貨二枚程度とお手軽な値段で借りられる。
ポーターも荷馬車も、城門から外に出ると危険手当てが必要になる分、割高となるのだ。
冒険者ギルドの解体場では、重量で解体費が決まる。百キロの四つ脚動物は約大銀貨二枚。
アヤノとサーヤの二人で魔鹿を討伐出来たのは、サーヤが仕掛けた罠に掛かった魔鹿を矢で弱らせてから討伐したためだ。
野山を駆ける魔鹿を二人で仕留めるのは困難である。
アヤノは軽戦士であり、敵の攻撃を掻い潜りながら攻撃をするスタイルであるため、時速六十キロを越えて突進する魔鹿を正面から攻撃するのはかなり危険を伴うからだ。
銀貨級の前衛はオークを一人で相手取る能力を持つとされているが、鹿や馬など四つ脚動物はオーク以上の脅威となる。
総じて今回の魔鹿討伐、運搬は彼女達に護衛の依頼料金以上の儲けをもたらしている。
△
「それで、朝、ライエルさんが交渉しろって言ってた報酬なんだけど」
解体場で魔鹿を売却してホクホク顔のアヤノさんが真面目な顔をする。
「週一回と言いたいのを我慢して、月に一回、今日みたいな機会を用意して貰うってのはどう?」
「えっ?! リーダー、そんなこと考えてたの?」
「えへへ、ダメ?」
月一回の野外活動か。合同自主トレみたいなもんかな?
冒険者としては彼女達の方が先輩だから、俺に取ってもメリットがある。ロイとルーチェも懐いているし。
オッケーを出そうとしたところで、
「ダメっ!」
と後ろから声を掛けられた。
「エマさん?」
「今回の措置は、スオーリー副団長達が居たのを知っていたから、ライエルさんが面白がって許可してくれたのよ。
外に子供達を連れ出すのは、ギルドとしては安易に許可を出せないわ」
「ギルドとして?
エマ個人として、じゃない?」
エマさんの後からミランダさんも場に割って入ってきた。
今日は二人とも受付カウンターの業務は離れているのか。受付嬢が何人居るのか知らないけど、シフトを組んで回しているんだろう。
ここに来たのは、アンバーとビリーから俺達がここに来ていると聞いたからだろう。
因みにロイとルーチェの二人は、壁一面に展示されている各種魔物の剥製を見てキャッキャ喜んでいる。
「むーっ、ミランダさん酷いですっ!」
「そう言いなさんな。
まだ子供連れの冒険者の対応について正式な決定が出ていないのに、ギルドとして許可出来ないって言うのもダメよ。
そう言う場合は『ギルド職員が立ち合うなら可能』にすれば、エマも堂々と一緒に行けるじゃない」
…えーと、朝エマさんがガッカリしてたのは一緒に行きたかったからなんだね。
エマさんにもロイとルーチェは良く懐いているから、来てくれる分にも俺として問題ないか。
「そうだね。
とは言え、ギルドとして一人の冒険者に対して職員を派遣するのは不公平感が生じるよ」
と言うのは、ミランダさんの後から付いて来たライエルさん。
解体場の職員達がビシッと敬礼してる。手に解体ナイフを持ってて危ないけど。
「たまには親睦を深める意味でも、ギルド主催でそう言う機会を設けるのも良さそうだね。
君達が個人で集まるのは自己責任の範囲だから、ギルドとして規制しない。
事前に予定を連絡してくれれば、遊ばせている荷馬車を貸し出せるかも知れないし」
つまり、今回アヤノさんとサーヤさんが魔鹿を狩って来たが、これは彼女達だけでなくギルドの儲けにもなる。
しかも冒険者ギルドが所用している荷馬車は、使わなければ収益を生まない。
それなら遊びに行ってる時でもバンバン魔物を狩って、一頭でも多く持ち帰ってもらおうと言う訳か。
子連れで遊び感覚で行ける場所は限られるだろうけど、町の中から出て羽を伸ばせるのなら、これって需要があるよね?
まさかそれを金持ち相手に事業化しようと企んでいるのか?
『一日野外体験』とか銘打って…場所を限定して、事前に周囲の危険な魔物を排除しておけば…ライエルさんよ、お主も悪よのぉ。
「ミランダ、クレスト君の意見を聞いて事業化案を立ててくれ。既に彼の頭の中にプランが立ったようだ」
「了解しましたっ!」
「任せる」
それだけ言うと、ライエルさんは解体場の職員の方に歩いて行った。元々用事があったか、急遽用事を作ったんだろう。
「で、私の提案は?」
とアヤノさんが漏らすと、
「一旦保留でっ!!」
とエマさんとミランダさんが声を揃えて答えるのだった。