第53話 幾つかの疑問は解消したけど
貯水池での浮草回収作業の三日目、ロイとルーチェが俺の仕事を見たいと言う要望を隠れ蓑にした『お外で遊びたい』と言う願いを叶える為、『紅のマーメイド』の二人を護衛として雇うことになった。
リミエンから五キロ程離れたこの場所は魔物が比較的少なく、貯水池には野性の動物が水を求めてお訪れることがある。
そんな長閑な景色の筈なのに、何故か今日に限って赤い甲冑を纏った強面のおっさん…スオーリー副団長が先に来ていたのだ。
「あんた、暇なの?」と言ってしまったが咎められることも無く、ホッとしながら随伴する二人の騎士に目礼をする。
「子供達、せっかく来たんだから、おじちゃんと遊ばないか!」
と顔面に傷のあるオッサンが迫る。
ルーチェが俺の後ろに隠れたところで、
「おじちゃんは怖い顔だけど、ホントは怖くないんだぞー」
と明るい声を出し、ロイを捕まえて高い高いと持ち上げる。
気のせいか、ロイが二回程空中に高く浮いていた気がするんだが。
「副団長殿、依頼の邪魔をしないようにお願いしたいのじゃが。
子供達の護衛に二人付けておるから、副団長は用が済めば帰還して欲しいのじゃ」
副団長を前にして、護衛と言う名目の子守役のアヤノさんとサーヤさんがガチガチに固まっている。
アンバーとビビリの二人も同様だ。
「管理人殿、そうつれないことを言わないでくれんか。
彼とは休憩時間に話をさせて貰おうか。
調査部隊が帰ってくるまで、まだ暫く時間はあるから、儂らの相手を頼む」
御者のお爺さんが仕方無い、と言った様子で渋々頷く。
その後は俺、アンバー、ビビリは昨日と同じく陸からフックが届く範囲の浮草を回収する。
積み上げられた浮草は乾かした後に焼却するので日当たりの良い場所に積み上げてある。
フックが届かない場所になるとボートに乗って引き揚げなければならない。
足場の悪い手漕ぎのボートなので、池の中に落ちないように気を付けないといけないな。
リーチの長いショベルカーでもあれば、この作業もラクになるのに。
それか、いっそ水面から出ている部分を全部燃やしてから根っ子部分を回収するか。
いや、燃やすと灰が水を汚すから駄目か。
ロイが何故こんな仕事をしてるのかと訊いてきた。
「ここからリミエンに向けてお水を流しているんだよ。畑に蒔く水にもなるけど、飲み水にもなるんだよ。
あの浮草があると、水の出口が塞がれてリミエンに水を送れなくなるんだ。
それと、水面を全部この浮草で埋め尽くされたら、水の中に光が入らなくなって、水の中にある植物とかお魚達が死んじゃうんだ。
そうなると、お水が腐ってしまって飲めなくなるんだよ。
だから、凄く地味な作業だけど、これって意外と重要な仕事なんだよ。
冒険者らしい仕事には見えなくてもね」
それを聞いた皆が感心するのだ。恐らく意味も分からず、浮草が出口に詰まるとマズい、それぐらいの感覚しかなかったのだろう。
副団長に随伴している騎士もその説明を聞いて、
「まさかそこまで重要な任務だったとは!」
と驚いていた。
俺だって外来種の問題がテレビで報じられていたのを見たから知ってるだけだ。
それにしても、もっと効率的な方法を考えないとこれは本気でマズいだろ。
牛や馬を使って一気に引っ張り上げるとか。
誰も見てなきゃ、一気に焼き払ってから浄化するとか、水面を凍らせて枯れさせるとか。
そんな大胆な技を使えるんだけど。俺が居なきゃ出来ない手法は当然却下だ。
何か良い案はないかと考えている間、ロイとルーチェは護衛の二人に遊んで楽しそうに笑っている。
休憩時間になって全員が集合した。
管理人小屋には人数分のコップが無かったので、子供達と遊び相手の分だけマジックバッグから取り出す。
このバッグの存在は、城門にカマキリを届ける為に使用したので既に知られてしまってる。
今更隠すことも出来ないのだ。
実はこの大きなバッグの正体は、ただの大きな革袋なんだけど。
何の皮を使っているのかサッパリ分からないけど、円筒に形を変えれば直径約七十センチ、高さ一メートル程になるので大型の魔物から採った皮だと思われる。
その特別感から、これはマジックバッグだと嘘をついてもそれ程おかしくは思われなかったのだ。
後はいかにもこの大袋から取り出しているように見せ掛けて、アイテムボックスから品物を取り出すのだ。
しかもマジックバッグは初めて使った人しかそれ以降も出し入れ出来なくなると言うセーフティ機能付き。故に誰にもこの嘘は見破られまい。
このセーフティ機能は、アイテムボックスの存在を隠蔽する為に付けられた機能なのでは無いかと疑ってしまう。俺には好都合なので享受してるけどね。
人にマジックバッグの存在を教えるのは極力控えた方が良い、そう教えられているのだが。
衛兵達とこの場に居る人達には、このバッグの存在を他言無用だと念押ししている。
休憩時間に、櫓を建てて滑車でロープの向きを変え、馬にフックを牽かせて浮草を回収する装置のアイデアを披露する。
この浮草を馬が結構気に入って食べるので、これも一つのウィンーウィンの関係だな。
池の横幅が数百メートルなので、この櫓を幾つ建てれば足りるのか全然分からないけど。
恐らく廃案になるだろうけど、もっと良い案が出るならそれで構わない。
「なるほど。こう言う考え方があるとは面白い。
爺よ、この案に限らず良案を考えついた者には報奨金を出すと言うのはどうであろう?
勿論人力での作業は継続するが、こう言う案を考え付く者を育成する切っ掛にもなるだろう。
市中に布告を出し、人材を求めるのも良いと思うぞ」
赤い甲冑を鳴らしながら副団長が面白そうに目を細めた。それ、知らない人だと怖いから。
脳筋族かと思っていたけど、どこぞやの衛兵隊長よりよっぽと柔軟な考え方の持ち主だと評価を上方修正。
それでも怖いことに変わりは無い。
それにしてもこのオッサン、いつまでリミエンでのんびりしてるつもりだろう?
『魔熊の森』の件はどうなった?
まさかカマキリ一体で手を打つ積もりなのか?
(俺によって)破壊され(、多少は修繕し)た森と、いつも通りに平和な森。
予言では千体ものヤバい魔物が集結していたと言われていたそうだが、その遺体は(俺が回収したから)そこには無い。
こんなのをどうやって上に報告すれば良いのか、便秘になった時みたいに内心だけはウンウン唸っているのだろうか?
町の人の話から、この千体とゴブリラ討伐の為に治癒魔法使いを軍が囲い込んだと予想されるのだ。
それがビンゴなら、治癒魔法使いをどう扱うのか愉しみだな。
短い休憩を終えて、昼食まで三人が黙々と作業を続ける。アンバーとビビリは俺の中ではモブ扱いだが、疲れた様子を見せていれば話し掛けて休ませるぐらいのことはしてやる。
そうやって休憩しながらも陸から回収出来る範囲がだいぶ減ってきたので、昼からは俺がボートを出して回収することにした。
そうそう、子供達と遊びに行ってこの池の周りを一周してきたアヤノさんから聞いた話だが、浮草は今作業している辺りが一番密集していて、ここさえ何とかすれば全体を覆い尽くすことは無さそうだとのこと。
水の流れがあるから、出口付近に密集していた訳か。
そして昼食。名前は知らないが大きな魚の塩焼きがズラリと用意されていた。
マーメイドの二人は遊び呆けていた訳ではなく、釣りもしていたんだな。
それならと、屋台で買った黄色い果物を取り出し、切り分けて皆に配る。これで味の変化を楽しめる。
美味しくても同じ味で三匹食べるより、変化のあった方が楽しいに決まっている。
副団長は塩焼きを食べたが、随伴の騎士二人は手持ちの携帯食を食べるようだ。
全員が同じ物を食べて、仲良くお腹を壊さないようにと考えてのことだろう。
せっかく転生したのに、未だ俺の飯テロ弾は不発のままだ。元々それ程料理をしていないから当然なんだけど。何か思いだしたら作ってみようか。
食休み中に副団長が隣に来たので、
「幾つか訊いても?」
と俺から切り出す。威張り腐っている奴なら、これだけで「無礼者っ!」と言われるだろうね。
「あぁ、構わん。今は腹も太って幸せな気分じゃ」
と相変わらず怖い顔だけど、慣れてきたかな。
「お主が訊きたいのは、そうじゃな…
一つ、何故第三騎士団が一昨日からリミエンに駐留しているのか。
一つ、何故な軍が治癒魔法を使える者を囲っているのか。
一つ、何故格闘が馬鹿にされるのか。
そんなところであっているか?」
二つ目、三つ目は骸骨さんが衛兵隊長にやらかした話から推測したのか。副団長って地位に居るのは伊達じゃないってことか。
「お見事ですね、全くその通り」
「どれも簡単なことよ。
数年前にな、『近々リミエン近郊で魔物との戦争が始まる』『魔熊の森に千体の魔物が集結する』と巫女姫様にお告げが降りてな。
その為に治癒魔法使いを軍に確保しておいたと言う話よ」
へぇ、この世界にはお告げがあるのか。しかも軍を動かす程の影響力。
つまり残念系転生神ではなく、かなり信用される神様が実在する世界ってことか?
「その為に第三騎士団を先遣隊として送り込んでみれば、昨日言ったように強力な魔法で荒らされた形跡があり、死神をも討伐出来る実力者が我々より先に対応していたのだ。
戦争は回避出来たようなので、本体を分けて半数を残存勢力の掃討に当て、半数をリミエン周辺の偵察に動かしたのだ」
そこで新たな疑問が出てくる。俺が既にやっちまったのに、神様はどうしてお告げを修正しなかったのか?だ。
それ、本当にお告げなの?って俺が疑ってもおかしくは無いよね?
実は巫女姫様とやらが何かのスキルで魔物の大量発生を見たレベルなのに、その人が言えばお告げとして扱われる、そんな話じゃないのか?
で、今回のお告げが完全な空振りだと言われないようにするため、カマキリの遺体が欲しかったって訳じゃないのかな。
多分間違えて無いだろう。
ゴブリラの遺体があれば、もっと説得力があるだろうね。でも、あんなのがリポップするとは考えたく無い。
そもそも魔物のリポップなんて、ゲームだからシステム的に必要な訳よ。
リアルで離脱不可能なボスキャラのリポップなんて嬉しくないよね。離脱可能ならまだ一考の余地はあるけど。
「最後に格闘についてだが、格闘は二百年程前に実在した魔王の特技でな。
長いことタブー視されていた経緯がある。
それだけのことよ。
寧ろ儂らは兵士には推奨したいぐらいだと思うが、中々意識改革が進まん訳だ」
なるほど、格闘が馬鹿にされてるのは結局骸骨さんのせいかよ!
「何者かの働きによって魔物との戦争は今回は回避されたと考えて宜しいので?」
「もう少しの間は森の監視を行うがな。
魔法を行使した現場付近には、年代物の靴と思われる靴跡が残っておったそうじゃ。
かなり長寿の者が人知れず対処したと予想される」
ブーツも証拠隠滅しなきゃならんのか。結構気に入ってたのに。
「エルフですかね?」
「その可能性は高い」
「それで、今後治癒魔法の使い手はどうなるのでしょうか?
市井に出て人々の役に立ってもらいたいのですが」
俺が一番気にしているのはそれだ。
ぶっちゃけ、治癒魔法の使い手さえ町に返してくれれば何も文句は無い。
アンバーのダチの話とか過去に起きたことは不幸な出来事だけど、それを巫女姫とやらに責任取らせるのも違うし。
「そこは儂の権限では何とも出来ん。
が、一日数回程度の治癒魔法の為に、高額の給料を出し続けることを考えれば、何かの動きがあるだろう。
残りたい者だけ残らせて、また必要になれば招集と言うのが現実路線だと思うがな」
早急にそうなることを期待しよう。
このオッサンを突いても仕方無い。それより今後お付き合いの無いことを期待する。
「良くわかりました。教えてくださり、ありがとうございます」
「なぁに、これぐらいなら構わんよ。
それより、機会があればお主の技を一度見せてもらいたいものだな」
「あいにく見せびらかすための技は持っておりません。
私は単に殴ることしか出来ませんから」
俺レベルだと多分、いや絶対このオッサンと戦って勝てる訳が無い。副団長相手には骸骨さんも反応してないから、力を貸してくれそうに無いし。
あの骸骨さんの技は俺もマスターしてみたいけど、どんな訓練をすれば良いのか分からない。功夫映画みたいな特訓は俺には無理っ!