第52話 依頼三日目の騒動
今日は色々とあった濃い日だな。
スオーリー副団長が俺を待ち伏せしていたり…あれは完全に骸骨さんのせいだな。
骸骨さんの言動は、俺の意図せぬところで余計な人に影響を及ぼすようだ。誰かとの会話中にはあの人をなるべく出さないように制御出来ないとマズいかも。
戦闘中に出て来てくれるのなら大歓迎なんだけど、逆にあの人は俺に戦わせようとするんだ。
完全なる需要と供給のアンバランス…どうにかならんかね?
それからミレットさんに出会い、ホットケーキ擬きを食べることが出来た。
まだ会っていないけど、家令兼コックのブリュナーさんに卵や酪農製品の取引を任せようと思う。
朝食に卵なんて、この世界だとかなり贅沢かも知れないね。
それとメイドのシエルさん、家庭教師のオリビアさんと契約を結んだ。二人とも若くて美少女だ…メイベル部長が俺に色々言うのも理解出来るが、二人に手を出すつもりは無いからな!
子供達を簡易浴室で洗って二階の部屋に連れて行く。ルーチェは食後からおねむモードに入っていたが、今はしっかり目が覚めている。
「お兄ちゃん、明日もお池のお掃除行くの?」
「行くよ。どうかしたの?」
「お池まで馬車で送ってくれるんだよね?
ワタシも行ってみたい!」
「僕も! クレ兄、今の依頼は戦闘の無い安全な仕事だって言ってるし。
それなら大丈夫だよね?」
ルーチェのお強請りにロイも即座に便乗だ。この子達には今のところ単独行動しようって気が無いみたいで結構結構。でもそれもいつまで続くかだね。
それにしても、子供連れで作業現場に行っても良いものなのか?
この子達の言いたいことも分かるけど。
「ギルドの規定には何も書いて無かったかも。
どうしても行きたい?」
「行きたいっ!!」
二人が声を揃えて返事する。
まるで大好きな玩具を早く投げて!投げて!と激しく尻尾を振って催促する仔犬のようだ。
「分かった。じゃあ、明日の朝、ギルドに一緒に行こう。
俺じゃ判断出来ないから、ギルドの偉い人に聞いてみる」
もし駄目だと言われれば、護衛の依頼を発注して別の冒険者を雇えば済む、などと安易に考えてのことだ。
二人を寝かした後、宿屋のご主人にその事を話すと子供達のお昼ご飯を準備してやるからと快く返事をしてくれた。
そして翌日、まだ半分寝ているルーチェを背負い、あくびを連発するロイを連れて冒険者ギルドを訪れた。
ギルド前には既に貯水池行きの馬車が停めてあった。
御者のお爺さんは出発の時間まで酒場でのんびりしている筈だ。勿論朝から酒を吞んでいる訳ではない。ここでモーニングも食べれるからね。
ギルドに入ると、朝早くから大勢の真面目な冒険者達が掲示板の前に集まっていた。
受付カウンターの前の列はまばらで、一番左側の新人登録等をするカウンターにはミランダさんが座っていて、その隣にエマさんが居た。
「ここが冒険者ギルド!」
とロイが目を輝かせた。ルーチェはまだ睡魔と戦うのに忙しいらしい。
ミランダさんなら、貯水池の依頼の内容を知っているので話が早い。
子供連れで来た俺に好奇な視線が注がれるのを無視して、素早くミランダさんの前に座ると、隣の席からエマさんが軽く手を振ってくる。
「エマお母さん、おはよう!」
とロイが一部間違った…分かっててやっている…挨拶を元気にする。
「ロイ君、おはよう。でもお母さんじゃないわよ」
と、軽くあしらうスキルをエマさんも身に着けたようだ。
「うん、まだそうだけど、そのうちクレ兄とけっ」
とロイが言いかけた言葉の途中で、慌ててロイの口を塞ぎ、
「ローイ、後でグリグリの刑な」
と、目の前でグリグリする真似をして軽く脅しておく。
「仲が良いのね。で、朝から子連れで何しに来たのかしら?
それとロイ君、エマお母さんは今は仕事中だから邪魔はしないこと。いい?」
「はーい、ごめんなさい」
素直に謝るけど、多分次回も同じことをやりそうだな。
「で、ミランダさん、二人が貯水池に行きたいんだって。連れて行って良いのか悪いのか判断付かなくてさ」
「普通は連れて行かないわよ。でも、確かに小さな子供を連れて出る人も居ないことは無いわね。自己責任の世界だから。
でも今請け負っているのは、クレストさん一人でやっている訳じゃないからね…ギルドマスターに確認してみるから、ちょっと待ってて」
話を聞いて執務室に入ったミランダさんが、すぐにライエルさんを連れて出て来る。
冒険者達がライエルさんの姿に気が付くとビシッと姿勢を正し、
「おはようございます!」
と朝の挨拶をする。
それに対して軽く
「おはよう。気楽にしてて構わないよ」
と返事をする様子が凄くサマになっていた。これがカリスマってやつなのか、俺には出来ないなと格差を実感した。
その後、予想外にもライエルさんが受付カウンターの前に出て来ると、ロイとルーチェの前で少し腰を屈めた。
「クレスト君の家族だね。お名前は?」
とロイと起きたばかりのルーチェに聞くと二人が、
「ロイです。十歳です!」
「ルーチェ!八歳!」
と嬉しそうに答え、それを聞いて満足そうに頷く。
「クレスト君は、今はとっても地味な、面白くないお仕事を請けているんだけど、それでも行きたい?
見ててもぜっんぜん楽しくないから、すぐに飽きるよ」
その言い方、事実だけどなんか刺があるよね。何か俺に恨みある?
「安全な場所らしいから、ルーと遊んでる!」
「なるほど、でも魔物はいつどこに出てくるか分からないからね。
クレスト君のことだから、駄目なら適当に誰か護衛に雇うつもりだったんだろ?」
と言ってちらりと俺に視線を送る。
さすがライエルさんだ、しっかりバレてら。
ま、二人を連れて来てる時点で、宿屋に帰らせるつもりが無いって俺の考えなんか丸分かりか。
「ミランダ君、クレスト君からの緊急依頼を受け付けてくれ。
依頼内容:子供二人の護衛
目的地:リミエン北西の貯水池
期間:本日夕方、冒険者ギルドに帰還するまで
人数:二~四名。希望者多数の場合は先着順とする。
報酬:最低額は一人銀貨四枚。詳細はクレスト君と各自打ち合わせのこと
受注資格:銀貨級以上
この条件で馬車の出発前までに二人以上の受注者が居た場合には、ロイ君、ルーチェちゃんの同行を認めよう」
決めるの早っ!と言うより、これは完全に楽しんでいるな。
馬車が出るまでの猶予は二十分弱か。これはライエルさんから俺に対する一種の挑戦状かも知れないな。
俺に人望があるかどうかを試してるんだろう。
それに報酬の最低額だけ提示して、あとで俺と話を付けさせようとか、やり方が汚いわ。
仕事の内容は銅貨級でも出来る子守なんだよね。それなのに資格を銀貨級以上にするあたりが嫌らしい。
一人銀貨四枚だと誰も請けないだろうから、当然交渉が発生する。幾らで妥結するかを見てみたいと考えているのか?
突然発生した緊急依頼にその場に居た冒険者達がざわついたが、それもすぐに収まった。
男性だけのパーティーは子守なんてやってられるか、と素通りだ。
男女混成パーティーは男性が渋るので見送りとなる。女性陣としては、これって危険の無いラクな依頼で高額報酬ゲットの機会なのに!と思っていることだろう。
ソロ活動の女性の銀貨級冒険者は居ない訳ではないが、彼女達は臨時のパーティーメンバーとして何処かのパーティーに一時的に参加し、参加したパーティーの行動方針に従うしかないのだ。
残り時間は十分、九分、八分…と刻一刻と過ぎて行く。
ロイとルーチェはライエルさんが執務室に連れて入り、遊んでもらっているようで笑い声が聞こえてくる。
俺の苦労を知らずに気楽なもんだぜ。
何人かの冒険者は時間切れの直前になって法外な報酬額を提示しようと待ち構えているのがモロバレだ。
逆の立場なら、俺もそうしたかもね。
御者のお爺さんもこのイベントの結末を楽しみに待っている。時針しか無い時計が十時を示すと出発だ。
誰もがギルドの壁に取り付けられた時計に注目する中、ガチャリとドアが開いた。
「二人が二日酔いとか信じられないわっ!」
「あれは完全にやけ酒だったからね~」
と聞いたことのある女性の声。
視線をやると女性四人のパーティー『紅のマーメイド』のリーダーとサーヤさんだ。
「あれっ?」
と驚いた声を出して、いつもと違うギルド内の雰囲気と、正面に緊急依頼が張り出された特設掲示板と、その前に居る俺に二人が気付く。
緊急依頼が気になったのか、掲示板を確認してから俺の顔を見る。
不思議そうな顔をしたのも一瞬で、時計を見ると迷った様子も見せずに、
「サーヤ、これ請けるわよ。どうせ今日は二人だし」
「了解、異議無し。出来れば六枚で交渉よろしく。あと豪華ディナー付きなら、なおヨシ」
「と言う事で、ミランダさん、この依頼は『紅のマーメイド』のアヤノとサーヤが請け負ったわ。
急いで手続きして」
残り時間二分で女神様が現れた。
受注者が二人居れば子供達を連れて行くことが許される。
事の成り行きを心配そうに見ていたエマさんがホッとしたような、それでいて何故かガッカリしたような表情を見せる。
ミランダさんは、
「運が良かったねー。これ、そこらでスタンバイしてる連中なら大銀貨三枚は堅かった案件よ」
と近くに居た冒険者達を指で示す。
吊り上げられた場合の金額ってそんなになるのか。
コンサートチケットの転売屋と同類だな。
「じゃ、アヤノさんとサーヤさんは、後で依頼人と報酬の交渉をジックリしっぽりねっとりしといてね」
「はいっ!」
「子供の護衛依頼、受付時間終了だよー。」
ミランダさんが緊急依頼の掲示板を片付け始めると、釣り竿を持ち、麦わら帽子を被ったロイが執務室から出て来た。一体どこのサンペイだよ?
「二人決まったようだね。
釣り道具を貸し出すので、餌は自分で見つけてもらおうか。それも訓練だね」
とライエルさんが笑う。
「では、皆さん、出発しましょうかな。
護衛のお二方は、徒歩での警戒をお願いするのでよろしく頼むのじゃ」
とお爺さんがご機嫌な顔でアヤノさん、サーヤさんに告げ、子供達の手を引く。
まるで孫を連れて散歩してる爺さんだな。
今日の貯水池の依頼を請けていたのは昨日と同じメンバーだ。修理中改めてアンバーとビビリと俺の三人。
恐らくアンバーは力の抜き加減を良く知っているのだろう。
ビビリは持ち前のパワーに物言わせるタイプだ。実に勿体ない能力の使い方だ。これだけ恵まれた体なら、精神を鍛えれば良い盾持ちになれるだろうに。
城門を通る時に、昨日スオーリー副団長に約束したカマキリの遺体を置いていく。
これはリミエンでは解体せず、王都に運ぶのだと思う。
初めて見る一メートルクラスのカマキリに衛兵達が軽くパニック状態になっていたが、苦情なら副団長に言ってくれ。
それから一時間掛けて目的地に到着した。護衛の二人に気を遣ったのか、それとも子供達を揺らさないようにとの配慮なのか、いつもより馬車の進むペースが遅かったと思う。
貯水池脇にある管理人小屋に馬車寄せがあるのだが、今日に限って何故か先客が居るようで馬車が停めてある。
煙突からも僅かに煙が立ち上っているので、誰かがお湯でも沸かしているのだろう。
管理人小屋と言っても鍵を掛けているわけではなく、簡単な煮炊きが出来て、おトイレがある程度のシンプルなものだ。
なお、このおトイレは電源不要の完全なバイオ方式…スライム式ポットン便所であるが、これは誰にも言ってはいけない。
そんなトイレの話はどうでもよくて、小屋から出て来た人物に俺は呆れた。
「スオーリー副団長…どうしてこんな場所に?」
「昨日、『では、明日はよろしく頼むな』と言っただろう?
お主も、はい、と答えたではないか」
「それはカマキリのことでしょ?」
「見苦しいのぉ、言い訳などするな。
それより可愛いお客様をお連れのようじゃ」
しゃがんで『おいでおいで』と二人に手招きする強面のおっさんに、ルーチェどころかロイまでもドン引きするだった。
「あんた、ひ…ま?」
あまりの予想外の出来事に、そんな言葉が出てしまっても俺は悪くないと思う。