第48話 副団長との談話
貯水池での作業二日目もトラブル無く終了し、冒険者ギルドに依頼達成報告の為に戻った。
受付カウンターに出来た行列に並ぶと、チラチラと俺を見る視線を感じる。
この辺りでは俺みたいな濃紺の髪をした人は珍しい。町中でもたまに「外国人だ!」と子供から興味の眼差しを向けられることもある。
だがここが冒険者ギルドであることを考えれば、他国からやって来た冒険者なんて珍しくもない。だから髪の毛以外で注目されていることになる。
一番強く感じる視線を辿って行くと、
「はい?」
とアホみたいな声を出してしまう。
そこに居たのは、何故か昨夜遭遇した赤い甲冑のスオーリー副団長その人だった。
「あの人、こんな所で何してんのよ?」
確かにそこは酒場なので誰が居てもおかしくない。おかしくないのだが、第三騎士団と言う名誉ある軍隊の副団長が一人、安酒を呷るような場所とは言えないだろう。
俺が彼の視線に気が付くとすぐに手を振ってくる。アンタと友達になったつもりは一ミリグラムも無いのだが。
今日並んだ一番右の列の先に座っていた受付嬢はエマさんだった。
依頼達成報告が終わると、
「クレストさん、聞きたいニュースと聞きたくないニュース、どちらから聞きたい?」
と訊くので、答えの分かっているバッドなニュースを先に聞く。
「そこの酒場に居るスオーリー副団長が話があるんだって。
また何かやったの?」
と心配そうな顔を見せる。
あの人に対しては骸骨さんも出て来なかったから、気に障ることは何もやっていない筈。
それよりさっさと『魔熊の森』だか『羆の森』だかに逝かなくて良いのかよ?
魔法の訓練がてら、かなりの魔物を狩っているから危険はそう無いと分かっているけど、軍は一日展開してるだけでも余分な費用が掛かるんだぞ。
今頃斥候部隊が平和な森を見て焦ってるだろうけど。
「次はグッドニュース。
一昨日行った『茜の空』の記事だけど。
ご領主様から合格点を戴いたわよ!」
「やったね! てことは、マップ制作の許可が下りたってことだね?」
「うん、クレストさんのお陰だね、ありがとっ!」
立ち上がったエマさんが俺の右手を取って上下に振る。
「あー、そう言うのはここでは禁止よ~他の人も見てるから。イチャつくなら応接室のソファでお願いね」
とエマさんの左隣に座るミランダさん。
「ついでに業務連絡。
明後日の夜十時から、コードネーム『クイダオーレ』の会合があるから、クレストさんは強制参加ね。
エマ、手を握るより前にそれを伝えなきゃ」
エマさんが慌てて手を離すと、顔を赤くしながら、
「あ、ごめんなさい!」
と俺とミランダさんに頭を下げる。
ミランダさんが、
「仲良しなのは良いことよ~少子高齢化対策に一役買いなょ」
と言うと、何事も無かったように自分の前に立つビビリの対応に当たるのだった。
俺もエマさんに「じゃあね」と言って小さく手で挨拶すると、気が向かない中、スオーリー副団長の元に向かう。
「今晩は、スオーリー副団長。昨日ぶりですね」
「呼んでスマンな。何やら楽しそうにやっておるな。あの娘と付き合っておるのか?」
「仕事の関係でのお付き合いですよ」
「そうなのか?
お前ぐらいの男なら、嫁の二人や三人は貰って当然。遠慮せんでも良い。儂からもお墨付きを与えてやりたいぐらいじゃ」
と言って豪快に笑う。
幾ら偉い人でもプライバシーの侵害は良くないのです!
と言うか、一体俺の何を評価して言ってるのか分からない。
冒険者としての実績は皆無。となると、やはり経済力? でもこの人が俺の財産のことを知っているのか?
「評価して頂けるのはありがたいのですか、俺の何がそんなに?」
「そう警戒するな。昨日は邪魔なのがおったから、ろくに話が出来んかったが。
あの衛兵隊長にビシッと物言うその度胸、儂は大変気に入っておる」
城門での骸骨さん絡みが理由か。あの人が出てくると、良くも悪くも注目浴びるんだよな。
「それに初対面で臆せずに儂と普通に話せる奴など、そうおらん。
大抵の男はブルブル震えて縮こまるぞ」
それも骸骨さんの精神系スキルのお陰。俺の実力じゃないんだよね。
そう考えると、俺って自力じゃ何も出来てない。全部骸骨さんから貰ったものだ。
あたかも自分で獲たように振る舞っているけど、そうじゃない。
「まぁ、そう言う体質なんだと思います。
それで、どのようなご用件で?」
「そう急かすな。
君が持ってきた旧キリアス貨幣、あれは勇者本人か身近な者しか持ち得ないと言うのは理解しているかね?」
レイドル副部長に渡した分か、それとも両替商で換金した各種百枚のことかで話が変わってくるな。
あのプロレスラー副部長が人に喋るようなことはしないと思うし、聞いていればもっと違った反応を示していると思う。
恐らく、百枚程度だったから俺が何処かで運良く手に入れた、そんな感じに思われているのだろう。
「はい、商業ギルドでその話を教えていただいております」
「やはり向こうも動いたのか。
で、どのようにして手に入れたのかを答えられるか?」
「私はキリアスの出身で、当時のことは過酷な環境にあったせいなのか、実は覚えていない事が多いのです。
マジックバッグを所持していますが、なぜそれを持っていたのかも理由が明らかでないのです。
ひょっとしたら向こうで何か犯罪行為を犯してきた可能性も捨てきれません。」
ケルンさんに話した設定と違うけど、これなら嘘はついていないはず。骸骨さんの記憶は歯抜けだし、俺自身もステータスにキリアス出身とある理由が分からない。
恐らく骸骨さんのステータスに合わせて設定されただけだろう。
この体でキリアスに居たわけでも無いので、キリアス時代の記憶が無いのも当然だ。
マジックバッグは骸骨さんのスキル『アイテムボックス』経由でゲットしたのだが、骸骨さんが何故複数のマジックバッグを持っていたのか、骸骨さん自身も覚えていない。
嘘を見抜くスキルを副団長が持っている可能性もある。
嘘にはならないように気を付けて答えているのだが、ようは分からない、と言うことで逃げる。
「ハハハ、マジックバッグはな、未使用の状態で初めて使った者しかそれ以降は出し入れ出来ぬ物なんじゃよ。
そして裏技を使えば他の者がまた使えるようになるが、それまでに入れた物は取り出せなくなる。
つまり君は勇者の隠し持っていた貨幣を発見し、自分でマジックバッグに詰めた筈。まさに強運、いや豪運としか言えんな。
儂的には勇者の家系に繋がっておると考えておるが」
マジか、危なかった。元から入っていたマジックバッグを手に入れた、なんて言い訳しなくて良かった。
まさかマジックバッグにそんな制限があったなんて知らないぞ。
で、俺がなんで勇者の家系だよ?
残念ながら魔王の家系、と言うか本人?
「確かに運は良いと思います。家系については物証になるものが手元にないので分かりません。
実はどう言う経緯でリミエン近くに来ていたのかさえ分からないんです。
気が付いた時には森の中に居たので。
命があっただけでも運が強かったと言えますね」
「キリアスでの記憶が無く、何故こちらに居たのか分からない?
ふぅむ、それだとアレがもっと欲しいと言われても取りには行けない訳か。
それと、君の言うような者が保護されたケースが何件かある。
聞いた例では、出身地を含め過去のことは殆ど覚えていないが、強力なスキル持ちだったと記録されておる」
…それって転移してきた人じゃないのか?
ヘタなこと言うと頭がおかしいと思われるから、転移したのを隠してんだろうな。
「へぇ、俺もそのパターンなのかな?
マジックバッグを持っていたお陰で生活出来ているんですが、キリアスで犯罪行為を犯していないのか不安ですね」
「キリアスでは国際法も通用しない。あの国の中で君がどんな悪さをしていようが、この国で罪に問うことは出来ん。
そもそもあの国は去る者を逃さず、だ。国外逃亡についてはかなり厳重な防止策が採られている。
それを考えれば、生きて国境を越えられた君はかなりの実力者だと考えるのが普通だろうな」
厳重な国境警備を掻い潜って来たか、実力行使で突破したかってことか。
監視カメラとか赤外線センサーとか無ければ、国境全部を監視するのは不可能だと思うが。
「あの、コンラッド王国との国境って、どんな感じなんですか? 全体に壁があるとか?」
「壁が建設出来る場所はそうじゃが、大きな川や森を国境や干渉地域にしている箇所も多い。
『魔熊の森』も干渉地域だ。恐らく君はそこから来たのだろう」
「気が付いたら森の中で、そこからは無我夢中で。場所は…よく覚えていませんが。
魔物は何体かは倒してきましたね」
副団長が頷きながら聞いている。この人、強面のくせに聞き上手だ。
「君が通った場所で…やたら破壊されたような場所は無かったか?」
「破壊、ですか。
ありましたね。不自然に木が倒れていたり、土が盛り上がってて…爆発の跡みたいでしたね」
「そうか。君が通る前には有ったのか」
「何か森であったのですか?」
「気にしなくてよい。恐らく儂の元に来た報告と君の見た状況は一致する。
普通の人間に為せる状況ではないそうだから、君が破壊したと疑うものではない。
いや、逆に君がやったと言うなら、寧ろ歓迎したいぐらいだ」
あー、あの痕跡はこの人達からすればそうなるんだ。普通の人には出来ない破壊規模ね。
制御出来ない魔法って怖いな、気を付けなきゃ。
「その森の中では強い魔物は見なかったか?」
「基準にもよりますが。私が見た中で大きなカマキリ…一メトルぐらいのが一番強そうでした。
死体が転がっていたので、素材が役に立つかと思って回収してあります」
嘘は言っていない。誰がやったかを言っていないだけで。
「一メトルのカマキリ…それが死体で転がっていたと?
そんなのを相手にすれば、儂ら騎士団は希望的観測でも半壊だな…誰か知らんが、名乗り出て来て欲しいものだ」
へぇ、あのカマキリ、そんなに強かったんだ。いきなり飛んで来て焦ったから、鎌鼬の(つもりの)魔法で迎撃したんだけど。
何回か防御されてイラッとしたから、石の柱(の予定)の魔法に閉じ込めてから超冷却したんだよな。虫だけあって寒さには弱かったんだろうな。
でもそんなに強いのなら、まさか仮死状態とか言わないよな?
「死神の遺体、引き取らせてもらうことは可能か?」
「死神の? あのカマキリのこと?」
「知らんのか? グリムリーパーマンティス。
奴の鎌はまさに死神の持つ鎌であり、この鋼の甲冑でさえ容易に切り裂くと言われている。
そして共食いさえ行う凶暴さ。生きている間に会いたい相手では無いな」
「そうなんですか。じゃあ、どこで出します? ここだと目立ちますし」
「今持っている肩掛け鞄がマジックバッグなのか?」
「いえ、偽装してますよ。中に畳んで入れてます」
「それもそうか。マジックバッグの口より大きな物は入らないからな」
げっ! そうだったのか。某猫型に見えないロボットが装備している四次元に通じるポケットみたいに、口より大きな物でもスポンと入るもんだと思ってたよ。
体高一メトルのカマキリが入るなんて、マジックバッグじゃなくてマジック特大革袋って言わなきゃ変だな。三十キロの米袋よりデカい革袋が必要か。
足踏み式旋盤を出した時にケルンさんは何も突っ込まなかったのは、変だと思っていても敢えて突っ込まなかったと思うべきか。
こりゃ、口の大きな革袋を容易しなきゃ怪しまれるな。
アイテムボックスの中にある、一番大きな袋に入れ替えておくか。
アイテムボックスを使えば、肩掛け鞄に仕込んであるバッグの中で入れ替え作業が出来る。
これは地味に便利。
「明日も貯水池の依頼に行くのだろ?
その時に衛兵に渡してくれたらよい。儂から部隊に伝えておく」
「はい、ではそのように。
他には何かありますか?」
「無いこともないが、また会った時で良かろう」
もうアンタと会いたくない、と素直に言えればラクなのに。大人だから言わないけどさ。
「宿屋で家族が待っておりますので、帰ります」
「ちょっと待て。
君は知らないうちにこちらに来たと言っていたが。
それは家族と一緒に、なのか?」
「家族とは、こちらに来てから保護した子供達のことです。何となく放っておけなくて」
「それは良いことをしたな。子は国の宝じゃ。大事にせねばならん。
では、明日はよろしく頼むな」
「はい、確実に届けておきます。では、失礼します」
依頼の最中より副団長の相手の方が疲れたかも。
さっさと帰って、飯食って寝るか…じゃ無くて、今日は商業ギルドに行く予定があったんだよ。
副団長に会ったせいで忘れるとこだった。