第6話 合流
(よし、訓練がてらにゴブリンでも狩りに行きますか)
そう決めると早速ゴブリンを探しながら森の中をポヨーンポヨーンと彷徨ってみる。ズルズルと地べたを這うのは好きじゃない。だってナメクジみたいじゃん。それにスライムって視線の高さが低いから、やたら地面が大きく見えるんだよね。
気持ち的にも跳ねる方が早く移動出来るし、視界も確保出来る。
実際には無駄な上下移動が発生している分だけ遅くなってる可能性はあるんだけど、跳ねることで明らかな視界の変化があるから、速く進んでいる気になれる。
その反面、宙に浮くから敵からも見つかりやすいってデメリットがあるけどね。だからその時は黒いお目々を元通りに体全体に分散させているんだ。
でもこれ、慣れないうちは上下の視界の揺れによって酔いそうになるから、スライム初心者は要注意だな。
(ゴッブリンゴッブリ~ン♪ ゴゴゴブリ~ン♪)
そんな緩い感じの鼻歌?を唄いながら、ポヨーンと進む。俺には声帯が無いから脳内完結だ。
もし人と出会ってもこれじゃコミュニケーションが取れないなぁ。せめて『ピキーッ』くらいは喋れたらいいのにさ。
うーん、やっぱり声帯が欲しいわ。後付けでそう言う機能が付けられないもんかな?
いざとなったら筆談でコミュニケーションを…あー、手も無いから字が書けないんだわ。
仕方ないから尻文字で…グスン、その尻も…無かったよ。て言うか、スライムって見た目もプニプニした触感も全身が尻みたいなもんじゃない?
こうなったら全身で地面に文字を書く以外に手段が無さそうだな。面倒くさいな…。
ん? いや、待てよ。この世界の人間の言葉が理解出来るのか?
知らない言語だと聞き取りだって出来ないじゃん。
おう、こりゃまいったね。やっぱり人前に出るのはやめておこう。うん、そうしよう。
幸いにもこの森で人なんて見たこと無いし。多分この森は人の生活圏から物凄く離れているに違いない。
(気楽に行こうぜっ! ケセラセラ~ってね)
そう考えると不思議と不安など綺麗に消え去り、俺の心は驚く程に軽くなった。元々が超お気楽な人間だったのだろう。どうせなるようにしかならないんだからね。
脳内完結の鼻歌を歌いながら、出くわした魔物達を作業ゲームのように狩っていく。
カナブンみたいな虫の魔物や小動物系の魔物なら体当たりの一撃でグシャッといける。
虫は退治しても何も思わないけど、さすがに兎やリスの外観をした可愛い魔物を退治するのに最初は躊躇したもんだ。
でもこちらから攻撃しなくても、相手の方から突進して来るんだから反撃するしかないんだよね。案外好戦的な小動物だこと。
それから何日か掛けて二つ目の魔石の同調が済むまで狩りを続けたが、意外と言うかゴブリンにはそれ程は出くわさなかった。
俺が塒にしてた辺りは危険だと通達でも出てたのか?
そう言えば一匹逃がしたゴブリンが居たな。アイツが仲間に知らせたのかも。
そんなこんなで数日後のことだ。木々の合間を抜け、切り立った岩山みたいな場所が目の前に現れた。実際にはそんな大袈裟なもんじゃないんだろうけど、スライムから見れば何だって大きく見えるんだよ。
で、その岩山に出来てた切れ目と、そこから出入りするゴブリン達を発見したんだ。
どうやらこの切れ目から岩山の中に入れるらしい。
入り口はゴブリンの背の高さより僅かに高く、横幅はゴブリンが二体並んで出入りするには狭そうだ。
これなら入り口から出さなければ俺一人でも…。
このまま突入するか?
それとも…何か別の手を考えてみるか。何となく無策で突入するのはマズイ気がするんだよ。
奥から微かに漏れ出る気配が、剣を持っていた少し強いゴブリンのそれとはレベルがまるで違うんだ。
意識してその気配を感じ取っていると、突然岩山の中から反響した叫び声に、全身がブルブルと震えた。
まさか俺の存在を感じ取ったのか?
本能的な恐怖が刺激されることがあるとすれば、これは間違いなくそれに該当するだろう。
ついさっきまでのお気楽モードが一転し、俺の苦手なシリアスモードに突入する。
感じる恐怖レベルは、この森から引っ越ししていった師匠の熊と同程度か?
熊師匠は大型の鹿を右手の薙ぎ払い一発で仕留めることが出来たんだ。俺にはそんな馬鹿力なんて無い。魔物の格がまるで違うのだ。
安全を考えれば、ここは回避するのが正解だろう。
だけどさ、強い魔物程大きな魔石を体内に有しているんだよね。目の前にお宝があるのに、ここで確かめもせずに逃げ帰って良いのか?
いや、そんなことをすれば多分後悔に繋がるに違いない。ちょっと正体を確認して、もし倒せそうなら倒せば良いし、無理そうなら逃げれば良い。
今すぐ倒さなきゃならないって訳では無いからね。
だから俺は俺達を呼ぶことにした。
俺一人だけじゃ無理だとしても、俺にはまだ別の俺が居る! それぞれ目的を持って別れた俺達が。
俺の意識を辿ってみる。
やる気になれば、他の俺が何処に居るのか大体分かる。余りにも離れすぎると無理みたいだけど。
ここから一番近いのは…触手の俺か。
次は体の一部を剣みたいに硬化する俺だな。
体内に溜めた角を噴出する俺と、外皮に角を固定する俺は連絡が取れない。やられたみたいだな。
一番最初に別れた俺は、早い段階でずっと遠くへ行ってしまった。今頃何をしているんだろ?
無事にやってるのかな?
二人の俺が倒されてたってことは、この森も思っていたより安全じゃなかったってことだな。防御は結構なレベルに達してると思ってたのにビックリだよ。
それか油断してたかだな。
自分で言うのもアレだけど、俺って結構抜けてるからなぁ…。多分スライムになったせいで知能指数が下がってるんだろう。
とりあえず剣と触手の二人と合流するまで、ここで待機だ。無理する必要は無い。一人の俺では勝てなくても、三人の俺ならきっと勝てる。
それにしても俺と俺の間ならテレパシーってのか以心伝心ってのか分からないけど、意外と分かるもんなんだね。
触手の俺はそれなりに触手が使えるようになったようだし、剣の俺もなんちゃって武器化が出来たみたいだし。
魔法担当の俺だけが成果無し…いや、デュアルコア化してるから成果は出てるぜ。予定とは違うけどな。
その日の夜、二人の俺達と久し振りに合流を果たした。
自分に会うって経験なんて、普通は出来ないよ。自分そっくりの人間は世界に三人居るとか言うけど、そんなレベルじゃない。自分そのものだからね。
そもそもスライムだから、見た目の区別なんて付かないか。
(よぉ、久し振り?)
と同じタイミングで三人の俺。触手の俺だけが、右手を上げるような仕草をするので少し腹が立つ。
剣の俺は尖ったナイフのような目付き?になっている。夜中に見知らぬ人をバサッと斬ったりしていないだろうな?
すぐにこの二人にもデュアルコア化を教えて魔石を取り込ませた。元が同じ俺だから、教えるのは超簡単だよ。ただ、元からある魔石に当てることが中々出来なくて、かなりの魔石を無駄食いしてしまったが。
二人共がデュアルコアスライムに進化してから、小動物やらはぐれゴブリンやらの狩りをさせて慣らし運転を終わらせる。
途中からは倒してもすぐに補充され、洞窟前にたむろしているゴブリンどもを倒すだけの簡単スピーディーな訓練だった。
ここまで準備が出来れば、後は野となれ山となれ!
お宝目指して突入するだけだ!
触手使いの俺、なんちゃって武器の俺、そして俺…え?
俺だけがただの俺でお終いだよ。
予定なら既に魔法の俺って呼べてる筈だったのに。
まあ魔物には適性みたいなものがあるに違いない。スライムは魔法の適性が一番低いのだと思う。よし、諦めた!
何度目の諦めかは内緒だぜ。
なんちゃって武器の俺…呼びにくいから『ケン』と呼ぶか。
ついでに触手の俺のことは、触手のテンタクルから『タク』と呼ぶ。
テンにしなかったのは、勿論ケンとめちゃくちゃ発音が似てるからだ。
で、魔法予定の俺は『ウィズ』と呼ぶことにした。
分かっていると思うが、基本ウィズ視点で話を進めるからな。
入口前のゴブリンは三人で軽く倒してからケン、タク、俺の順番で岩山の中に突入した。
この中は真っ暗ではなく、壁自体がほんのり発光しているようだ。不自然だが気にしてはいけない。
自然に出来た裂け目なのか中は岩でごつごしている。人間だったら足場が悪くてさぞや歩きにくいだろうな。
スライムの俺達には全然関係ないけどな。
ポヨーン、ポヨーン、ポヨーンと進んで行くと、少し広くなっている空間があって数匹のゴブリン達がゴロ寝していた。壁際には何かの魔物の骨が大量に投げ捨ててある。ちょっとは掃除しろよと思うが、ゴブリンだから仕方ないか。
ぱっと見て人間のものらしき骨は無さそうだ。
だからと言って、見逃すつもりは無いけど。
ケンが体の一部を刃のように変形してゴブリンに突進! 先制攻撃を喰らったゴブリンは大きな悲鳴を上げて崩れ落ちた。
続けてテンが器用に触手を伸ばすとゴブリンの体を拘束して締め上げている。
ボキッと腕の骨が折れたような音がした。触手を外すとそのゴブリンは既に絶命していたらしく、ドサリと地面に倒れた。折れたのは背骨だったのか。
そして俺。近寄ってきたゴブリンの胸に体当たりして軽くダメージを与え、お約束の上空からの落下攻撃で留めを刺すべく勢いを付けて大ジャンプ!
バコーンッ!
いててて、ここは天井が低かったの忘れてたよ。思いっきり頭を天井にぶつけて痛くは無いけど涙目です!
落下した俺を指差して笑うゴブリン達を、ケンとタクがあっさり全滅させたので、
(よし!計画通り!)
と俺は脳内Vサインを出す。
(どこがだよ!)
(ゴブリン達に笑われてたぞ!)
とケン、タクが白い目で俺を見る。
同じ俺なのにこの違い…何故だ?
ちょっとしたお茶目じゃん。