第47話 作業二日目。軽い雑談のつもりなのに
保育園であったり、アイドルグループのプロデュースであったり、楽器の製造であったり。
遣りたいことが幾らでも増えてくる。
最優先は変わらず石鹸と植物紙であり、製法は把握しているので問題は材料の選定と供給体制の確立、工場の建設だけだ。
高濃度アルコールはケルンさんが酒造ギルドを動かしてくれるそうだから、完成したも同然だ。
これも材料の確保が問題だ。
食器用の中性洗剤は、泡の実などサポニンを多く含む植物の収集と有効成分の抽出方法の研究から始めなければならない。
単に実を搾って油を集めるだけで済むのか、それとも遠心分離機で成分を分ける必要があるのか。
魔道具なんて贅沢は言わない、手動式の遠心分離機を早めに作らねば。
これなら蜂蜜作りにも利用出来るし。
ギヤを幾つか咬ませて、ラクに高速回転が可能な装置を作ってもらおうか。
特に集めるのが困難なのはパーム油、ヤシ油、シアバターあたりか。熱帯地方でしか栽培出来ないだろう。
安く油を確保する為には、森を二、三個更地に変えることもしなきゃならないか。
地球だと、そんなことしたら大問題になるんだけど、こっちだと開発の手が入っていない土地ばかりだから気にしなくて良いかも知れない。
他にも何種類かの油は畑を作って沢山集めないといけないし。
あれ? 何かおかしい。
改めて考えると、材料集めだけでも思ったより大変そうだ。
もう少し簡単に出来る予定だったのに。
百キロ単位かトン単位の取引…俺一人じゃそんなの無理に決まってる。
誰かにそう言う事務作業を丸投げしないと、『製法は確立しました、ですが製造は出来ません、キリッ』てなる。
それだと俺はエメルダさん達に八つ裂きにされる恐れがあるな…。
そうならないように何か手を打たないと。
でもプロレスラーみたいなギルド幹部に頼むのはイヤだし。
当然だけど『やりたい事リスト』より『やらなければならない事リスト』の方が重要なんだよね。
うーん、困った…。
そんな事を取り留めもなく考えながら、貯水池での依頼を今日も淡々とこなす。
今日の戦力は三人。
俺、修理中、もう一人は大柄だけど気の小さな大銅貨級の冒険者。力自慢なのは良いけど、不器用で戦闘も苦手な男の子。ビビリと呼ぼうか。
町の中の建設現場で働いていたけど、どうも対人関係の問題があったらしい。
昨日来ていた新人とリハビリの二人は欠席だ。
横目にビビリを見ていると、見た目に負けぬパワフルさに目を疑う。
両手にフックを持ってグイッと引っ張り、浮草を寄せ集めては強引に引き揚げる。欠席した二人分を十分満たしそうな勢いだ。
でもこう言うのってスタミナ管理をしないとバテる筈。
その点、修理中は長期間の作業に備えて無理をしないようにセーブしている感じがする。
それとも既にバテてるだけかも。
何となく夕べ聞いた吟遊詩人のサビメロが頭に流れてきた。
まずいぜ 顔は~♪ ボディにしなよ~♪
やばいよ 顔は~♪ ボディ~♪ ボディ~♪
フォフォフォフォッフォとお爺さんにメッチャ受けてるし、
ギャハハ、ギャハハッ!
とビビリにも受けてた。
「だーかーらー、お前の歌はヤル気無くすって言っただろうが!」
と修理中だけが怒るんだよね。
お爺さんは今日は早くから釣りをしていて、沢山連れたら持って帰ってご近所さんに配るんだと張り切っている。
今のところはボウズだけど。
「そう言えばさ、夕べは町の中に騎士団が居たろ?」
と修理中。やっぱり仕事、少しサボリ気味だ。
「『魔熊の森』での演習とか何とかって聞いたけど」
「『魔熊』を狩るのか、それとも他の目的があるのか気にならねえか?」
『魔熊』とは多分俺がスライムやってた初期に世話になった熊のことだろうな。
熊のくせにブレスを吐くんだよ。それが火山弾みたいでさ。
あー、それでマグマなのか。確かに体毛も赤っぽかったし。
あいつは結構平和主義熊だったから、下手に手を出さなきゃいいのに。
それに場所を移動してるし…。
え? 待てよ。
魔熊が場所を変えたのって、まさかゴブリラと関係があるのか?
もっと強くなると言って修行の旅に出たんだけど、ゴブリラに敵わなかったから強くなろうと思った?
いや、あのダンジョンはゴブリラを倒さなきゃ出られなかったから、ゴブリラと戦わずに負けを認めたってことか?
魔物の考えることは分からないけど、そんなゴブリラをたった二発でKOした骸骨さん、マジぱねえっす!
ついでに性格もぱねえっす!
迷惑してるので、少しでも良いから治してください、お願いします!
「て、聞いてんのか?」
「あ、『魔熊』のことだろ?」
「違う、軍の目的だよ。
『魔熊』は手を出さなきゃ襲わないんだよ。
だから今まで放置してきた。それを今更どうにかしようなんて、おかしいだろ?」
「どうだろうね。
たまには目に見える成果を出さないと、治癒魔法使いを囲い込んでる理由が立たないってことで、魔熊をスケープゴートにするのかも」
そうならない事を祈るばかりだけどね。
片手で大木をへし折る『魔熊』に人間が敵うのかな?
遠距離の魔法攻撃で削ってからの突撃か、それか攻城兵器みたいなのを使うか。
落とし穴って手もある。
強いと言っても所詮は一匹の魔物だ。数の暴力に敵う訳が無い。
ま、俺が手を出すなら倒す方向じゃなくてペットにするかな。
で、まさかり担いで馬の代わりにすると。
「それ、軍人には言うなよ。消されるぞ」
と修理中が言うが、恐らく御者のお爺さんは軍人だろう。
現役でなくても、パイプは健在だろう。
「そうかな?
国民を守る為に軍はあるんだよね。
それなのに、その原則を蔑ろにして治癒魔法使いを囲い込んでる。それは国民を守るどころか国民の不利益になっているんだよ。
治癒魔法使いを一人も渡さない、と言ってるんじゃなくて、バランスを見て採用して欲しいってこと」
「てめえ、ガキのくせに原則だのバランスだの、難しそうなことを」
なるほど、原則は難しいのか。他の言葉ね…思いつかないな。
「じゃあ、修理中さん、なぜ国王は国民から敬われるの?」
「修理中て呼ぶな、アンバーって名前があるんだ」
「じゃあアンバー、何故国王は」
「いきなり呼び捨てかよ」
冒険者同士なら呼び捨てが普通だろ?
それとも年下には『さん』付け強要派?
「じゃ、アンバー様。俺はクレスト」
「知ってら。鳴り物入りの超有望株、又は超危険人物ってな。
様を付けるぐらいなら呼び捨てにしろ」
超危険人物って、どんだけ尾鰭背鰭が付いたんだろうね?
そのうち鰭の付きすぎで半魚人扱いになるぞ。
「俺は穏健派のつもりなんだけどね。
で、国王がどうして敬われるのかってこと」
「偉いからだろ?」
「どうして偉いの?」
「どうしてって? そりゃ…どうしてだ?」
ここなんだよね。国王に限らず、総理大臣だってそうだ。ちゃんと理由があるんだけど、本人は分かってんのかな?
自分の利益、息子の利益なんか考えてんじゃねえよ。そうなりゃ国は衰退しかねえ。
「国王は国民を守るからじゃな。
しかしの、国王一人では手が足らん。だから自分の代わりに軍を編成する。
軍を持てば金が必要になるから金を集める、税金じゃな。
税金を効率良く集めるにはどうするか、税率は幾らがよいか、不公平はないか、脱税の対策は。
これらを国王一人で決めるのは無理じゃろ、だから宰相、大臣、官僚、家臣を雇い、政治を行うんじゃ。
これは軍が在りきで極端に言うたがな。
これは国王だけじゃのぅて、各地の伯爵、子爵、男爵も同様じゃろ。
規模と対象範囲が違うだけじゃわい。
貴族共の中にはその領民を守るという原則をすっぽり抜かした馬鹿も沢山おる。
嘆かわしいのぉ」
お爺さんが丁寧に説明してくれた。肉体派の割にかなりインテリなんだろうね。
「で、なんで国王の原則みたいな難しい話になったんだ?」
「アンバー、お爺さんの話を理解出来てないだろ? あとでもう一回教えてもらいな。
で、現状って治癒魔法使いを軍が独占してるだろ?」
「そうだな。治癒魔法使いが教会に居てくれたら、命が助かったはずのダチも居るしな」
「そうなのか…それはすまんことを」
「ん? 爺さんは関係ねぇぞ」
やっぱりこのお爺さん、現役の軍人だな。
この水源地だって軍事施設の一つで、多分水路の先は基地にも繋がってんだろう。
「今の軍のやり方はね、国民を守るはずが、手段の為に目的を置き去りにしてる、って俺は言いたいんだよ」
「手段と目的とか、小難しいこと言う奴だな」
「…確かに…のぉ」
「な、爺さんもそう思うだろ」
「そっちじゃない、軍のやり方じゃょ」
「チッ、俺の味方は無しか」
三人で話をしている間も、ビビリは我関せずと作業を続けていたのだった。
顔は まずいぜ~♪ やばいぜ 顔は~♪
とアレンジした歌詞を歌いながら。
ビビリのお陰で昨日と違って終始明るい雰囲気での作業となった。
確かに頭を使う作業現場でこんなノリで働かれたんじゃ頭に来るわ。
幸いここは単純作業の繰り返しだ。頭に使うエネルギーがあるなら体に回せって思う。
午後のおやつの時間には、お爺さんが用意してくれた焼き菓子のサービス付きだ。生地にドライフルーツを混ぜて焼いてあるので甘みもある。
後でお爺さんが教えてくれたのだが、この作業は伯爵軍の中で罰として与えるものなんだって。
お爺さんはこの辺りの管理を委託されてるんだと言ってる。
元気な退役軍人の有効活用ぐらいのつもりで発注してるんだろうけど、老人一人で大丈夫かよ?と思わないでもないが、ここの見回りに、二人も回すような予算は無いだろう。
お爺さんも毎日疲れない程度に浮草を回収、焼却しているんだと。
「俺達の知らない場所で、人知れず人々の生活を支えてくれている人が居るってことに感謝だね」
と呟くと、
「魔物を殺しても感謝されんかったのに、浮草を燃やして感謝されるとはのぉ。
フォフォフォ、ゲフッ」
と最後に咽せるのだった。しまらない爺さんだぜ。