第46話 スオーリー副団長
冒険者になって、今日は初めての依頼に行ってきた。稼ぎはたったの銀貨六枚と決して多くはないけど、初めてこの世界で得たお金だ。
六枚か…三途の川の渡し賃には十分だろう。本当にそんなのがあるのならね。
子供達が心配だから、寄り道無しの最短ルートで宿屋に戻ろう。
通りを歩いていると、何だか町の雰囲気が違う気がする。何かあったのか?
違和感の素を辿ってみると、見慣れない甲冑を身に付けた兵士が三人組で歩いていたり、他にもちらほらと見掛けるのだ。
「今晩は、あの甲冑着てるのは?」
すぐ近くの屋台のおばさんに声を掛けてみると、
「あー、あの人達は王都から派遣されてきた軍の人らしいよ。
なんでも、ここからちょっと行ったところの森へ軍事演習に行くらしいよ」
と教えてくれた。
おでんのような煮物を六本と、それを入れる為の別売りの手提げ袋を情報の御礼として買い、今日の給料の銀貨の中から一枚をおばちゃんに握らせた。
おばちゃんが良い笑顔で煮物を袋に入れてくれる。
マジックバッグを使わないので、早く宿屋に戻らないと冷えちゃうな。
あ、一つ閃いた。使い捨てカイロみたいな物に保温機能を持たせたてやれば、料理を保温しながらお持ち帰りできる。そこまで高い温度じゃなくても、冷めるスピードが落とせるな。
この世界に使い捨ての習慣は無いから、繰り返し使える素材が必要だ。
だから鉄の酸化反応を利用するのは無理。
当然充電式のカイロは知識も無く技術的にも作れない。
仮に吸湿発熱素材があったとしても、料理の保温に使える程は温かくならないだろうし。
あー、せっかく新商品のアイデアを閃いたけど、使い捨てないカイロの実現は無理ぽいか。
もし出来るとすれば、保温バッグ的なやつかな。
これも素材頼みになりそうだけど、空気を多く含む天然素材ならコルクがお手軽だな。
コルクは冒険者ギルドの掲示板にも使われていたから入手可能だし。
お洒落な外装、コルク、洗える内袋の三層構造のトートバッグみたいなやつでも提案してみようか。
これなら『マーカス服飾店』にお願いすれば作ってもらえるだろう。
でも、この程度の品物なら意外と誰かが既に作ってるかも知れないけどね。
コルクの他にも、もっと良い異世界植物があるかも知れないけど、植物に詳しい人ってどこに居るんだろ?
植物に限らず、摩訶不思議な魔物素材もありそうだから、そう言うのを調べるのも楽しそうだ。
せっかく異世界に来たんだから、楽しまなくちゃ損だよね。
おでん風の煮物を右手に宿屋に向かっていると、衛兵の隊長さんが少し偉そうな人を連れて歩いているのに遭遇した。
甲冑は色違いで頭のてっぺんに飾り羽…通常タイプの一.三倍の速さで走れそうなカラーリングなので、恐らく隊長格なのだろう。
見ない振りして通り過ぎよう…。
「ちょうど良いところに。あそこの彼がさっきの話の人物です」
「ここらに居ない濃紺の髪、希少な貨幣の大量所持、確かにキリアスの勇者の血筋かも知れんな」
と聞きたくない声がスライムイヤーを通して聞こえた。
うちの子の地獄耳なら雑踏の先での会話も拾えるのだ。ノイズキャンセラーは未実装なので、雑音が多いのが難点だが。
さて突然ですが問題です。この場合の最適な行動は?
①無視して通過する ②隊長に会釈 ③速攻で逃走
向こうさんの対応次第だが、顔をバッチリ覚えられているし、既にこちらを認識されている。
それならここは、先方に良い印象を与えるのが最適解だろう。
二メートル程手前に達したところで立ち止まり、正解は②と言わんばかりに隊長に向けて頭を下げる。
日本で言うところの会釈だが、こちらではもう少し上のランクの挨拶になる。
こちらで会釈と言えば、首を軽く傾けるだけだからね。
「聞いていた話とは違うな。もっと粗忽な乱暴者かと思っていたが。礼儀正しいじゃないか」
「副団長の甲冑の威力と思われますが」
「権威に弓引くような奴が、鎧で態度を変える訳が無かろう。
どぉもお主は偏見が過ぎる」
赤い甲冑の偉そうな人、偉そうじゃなくて本気で偉い人だったのか。しかも衛兵隊長より物分かりが良さそう。
治癒魔法が使える人を囲い込んでいるせいで、軍のイメージってかなり悪かったんだけど。
それもこの副団長の言う、俺の偏見だったのかも。
「お初にお目に掛かる。王都に駐留する第三騎士団、副団長のスオーリー・デュランだ」
身長二メートル近い大男が俺の前に立ち、そう挨拶する。背が高いだけでも結構威圧感があるのに、顔に幾つもの傷跡があるから余計に怖そうなのだが、俺の常時発動スキルがその威圧感を撥ね除けた。
「リミエン冒険者ギルド所属のクレストです。
ご丁寧な挨拶を頂戴し、誠に痛み入ります」
心に思ってもいないが、そういう挨拶を返すとスオーリー副団長が満足げに頷いた。
「その若さで儂の威圧に耐えるとは感心感心。良く精進しておると言う事だ。
聞くところによれば、その腕一本で大銀貨級パーティーを退けたとか」
「実際には銀貨級程度の腕前でしたし、こちらに大怪我をさせぬようにと手加減していた筈ですから。
そうでなければ、一人で対処出来なかったと考えております」
「ふぅむ、奢ることなく良く物事を見ておるな。
リミエンに置いておくのは惜しい…我が軍に来ぬか?」
「生憎ですが、私の性格は組織向けではありません。故に」
「良い良い、皆まで言うな。只の戯れ言よ。
其方に野心があるなら、とうの昔に軍の門を叩いておろう。違うか?」
「その通りかと。では、家族が待っておりますので」
右手に提げたおでん風お惣菜の袋を少し持ち上げると、スープの匂いが漂った。
「それはいかんな。早く帰らねば冷えてしまう。
では、機会があればまた会おう」
「はい、その時はぜひ。では失礼致します」
ふぅ、何とか切り抜けられたか。
衛兵隊長の視線が険しかったけどね。よし、さっさと帰ろうか。
◇
スオーリー副団長以下三名は、とあるレストランの個室にて夕食を共にしていた。
レストランに入るのに甲冑を着たまま、と言うのも信じがたいのだが。
「中々の見込みがある男だったな。あれでまだ十八歳か。
剣を仕込めば三十迄には大隊長クラスには上がれるだろうな」
「そうでしょうか? 私には見えませんでしたが」
「軍に否定的な考えの持ち主が、儂のような軍人相手にあれ程堂々と対応出来ると思うかね。
儂が放った威圧にも全く動揺せん。自信を無くすぞ」
赤色甲冑の男が大きな肉の塊を両手に持って齧り付く様はまるで野獣のようだ。
随伴する二人の騎士は自分の皿に取り分けてある料理を行儀良く食べているので、スオーリーだけがおかしいのだと衛兵隊長は認識する。
第三騎士団が近々リミエンの東北に位置する『魔熊の森』に部隊を展開すると言う連絡は、リミエン伯爵のもとに数日前に届いていた。
副団長以下、幹部達の受け入れ準備も整えられていたのだが、食事と宿は城下で勝手にとると言われ、発注した食材のキャンセルに大わらわになったのは別の話。
せめてその食材を城下の食事処で消費してもらえることを祈るばかりだ。
そしてスオーリー副団長達だが、偵察部隊のもたらした『既に目的は何者かによって達成されているとしか思えない状況にある』と言う報告に頭を悩ませる以外に無かったのだ。
「成果が出せんな…」
スオーリー副団長はそう呟き、ヤケ食いを続けるのだった。
この報告を知らされていない衛兵隊長は、何故これ程副団長が荒れているのか分からず、やはりあの濃紺の男のせいなのだと勝手な勘違いを強めるのだった。
◇
宿屋『南風のリュート亭』をランクで表せば、言えば中の中であろうか。
宿泊料は二階が銀貨七枚、三階が十四枚。建物は新しくはないがしっかりとした作りで、常に清潔に保たれている。
トイレと簡易の湯浴み場もこまめな手入れがなされているので不満は無い。
だが子供達を連れて食堂に降りてみれば、吟遊詩人が魔王セラドンの唄を歌い、リュートをつま弾いているではないか。これは俺的にはNGなのだ。
だがセラドンが多くの魔物を従え、勇者と激戦を繰り広げる、子供達にも人気の演目でもある。ここでテーブルを離れる訳にもいくまい。
ふと思う、セラドンはボッチだったのか…と。
セラドンのピンチ♪ 巨虎が身を張って~♪
渾身の右ストレート♪ 勇者の鳩尾に~♪
いやさ、吟遊詩人ってもっとこう、叙情的な歌詞の唄を歌うものだと思ってたよ。
何だよ、右ストレートって? そんなの歌詞に入れるかょ。確かに分かり易いけどさ。
ロイなんかノリノリで左左右とかやってるし。
まずいぜ 顔は~♪ ボディにしなよ~♪
やばいよ 顔は~♪ ボディ~♪ ボディ~♪
腫れた顔だと~勇者か誰だか 分からな~い♪
観客の声援が大きくなる。良いのか、そんなラストで締めてさ。
多分ロイとルーチェを見て子供向けの演目に変更したんだろうけど、これじゃ情操教育にも悪そうだな。
やっぱりちゃんとしたアイドルグループのプロデュースが必要かな。
けど俺の知る楽曲とこの世界の楽曲がかなり違うし、五線譜とかあるのかも判らない。
鼻歌を聴いて楽譜に書き起こせる人が欲しいし。異世界アレンジが入るのは仕方ないけど、楽器の違いに俺が納得出来るかどうかだ。
リュートがあるんだからアコースティックギターは製造可能だろう。
でも鍵盤楽器は難しそう。
見たことないけど、太鼓ぐらいはあるだろうし。
あとは吹奏楽器か。何があるのか全然判らないね。
それに楽器があったとしても高価だろうし。
こう言う俗っぽい吟遊詩人を除けば、市民が音楽に触れる機会はないだろう。
遣りたいことがまたは一つ増えたけど、これは優先順位が低いだろう。
生活を豊かにすると言う意味では音楽や芸術はアリだけど。無くても生きていける。それに実現可能性も低すぎるし。
貴族階級の人がどんなの音楽に触れているのか。
知りたいけど、その為に踏むべき過程を考えると、やっぱり知らなくても良いかと思うのだ。