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第45話 依頼は楽しい!

 昨夜はエマさんと子供達と一緒に外食をした。

 商業ギルドのメイベル部長も時々利用すると言っていたので名店の一つなのだろう。

 ロイもルーチェも最初は大人しかったが、途中からは賑やかになり、そして最後はお腹いっぱいになって眠ってしまった。


 エマさんは記事に書きたいことばかりなのに、スペースを考えると殆ど削らないといけないわ、そう嘆いていたけど。

 もし領主様から認可が下りれば、俺も制作メンバーの一人として編集会議に呼ばれるらしい。

 そんなに詳しい訳じゃないけど、俺しか完成形を知らないんだから仕方ないか。

 それに、また一緒に外食出来るかも知れないし。


 翌朝、早めの朝食をとって宿屋のご主人にロイとルーチェの世話をお願いした。

 中庭で遊ばせてくれることになったので、まだ眠たそうなロイに、

「仕事に行くから、ご主人の言うことを守って遊んでてくれな」

と伝えた。


 まだ独身なのに、子育て世代の悩み事『保育園不足問題』に直面するとは予想外だ。

 この町では基本的には隣近所で助け合いながら子育てするそうなのだが、俺には知り合いも居ない。

 勢いだけで二人を保護して、その後の事は何も考えていなかった。呆れられて当然か。


 託児所、必要だよな…運営資金に骸骨さんのお金、使ってみようか…いや、直接そう言うのやると目立っちまう。やるなら俺の名前が出ないように工作してからだ。


 とは言え、俺の伝手なんてお世話になっている個人経営の商店かケルンさんだけだ。

 いくらケルンさんでも、託児所の設立が出来るような人との繋がりは無いだろう。

 と言うか、それって恐らく領主様案件だよね?

 さすがにこれは無理だわ。ベビーシッターやメイドを雇うのと次元が違う。諦めるしか無いや。


 マイホームに入居出来るまでの我慢だな。

 引越後は常にメイドさんが居てくれるし、家庭教師も二人と遊んでくれるようにお願いしよう。

 そう結論付けて冒険者ギルドへと向かった。


 今日から数日に掛けて浮草回収の仕事に入る。

 期間が数日なのは、完了までに何日掛かるか分からないからだ。そう聞くと不安になるが、その間は仕事があるのだから逆にラッキーと考えよう。


 今回の依頼は送迎付き、かつ昼の軽食付きで日当が銀貨六枚だ。

 かなりの重労働の割には賃金が安いらしいが、街中での作業は建設業を除くと良くて一日に銀貨五枚なので、それに比べて二割も余分に稼げるのだから良い仕事だろ?


 疲れるだけで危険性も無さそう、気楽に出来ると言うところが気に入ってこれに決めたのだ。


 この依頼を受けたのは俺以外に三人。

 まだパーティーを組んでいない初心者、戦闘で怪我をして現在リハビリ中の大銅貨級、武器を修理に出して活動休業中の銀貨級だ。

 こいつらは自己紹介もしないので、これからは新人、リハビリ、修理中と呼んでやるよ。


 冒険者に登録したからと言って、全員が全員、戦闘の発生する依頼を受ける訳ではない。

 何らかの理由で戦闘に参加出来ない者も一定数は存在する。身体的理由の者、戦闘に忌避感のある者、武器を修理に出している間の繋ぎの者など…。


 戦闘を避ける冒険者は大成しないと言われ、冒険者仲間からは馬鹿にされることもある。

 だが将来的にはこちらを選択した者の方が体にダメージを負わない分、より長く活動を続けられる。

 コツコツと小さな依頼を積み重ねることで住民との信頼が醸成出来るので、結果的に得になる可能性もある。


 凶悪な魔物を多く退治し続けることが出来る者などほんの一握り。それなら無理せず安全第一で活動するのは利口なやり方だと思う。


 小一時間掛けて馬車が貯水池に到着する。

 御者(兼監視員)を務めるお爺さんはこの貯水池周辺の管理人で、ご領主様の掌握する組織の一番下の職員らしい。

 本人は「超が三つは付く閑職ですよ」と笑っているけど、体付きを見るに元は軍でブイブイ言わせていたんじゃないかな。


 そしてその仕事場となる貯水池だが、サイズはどうやって測れば良いのか分からないが、縦横が予測で五百から六百メートル程の天然の湖だった。

 深さは目の前の水面が殆どが緑色一色に染められているので予想も着けられない。


「池の一面が緑色…これを四人でやるのか…」

とリハビリがぼやく。


「フォッフォッフォッ。

 この浮草はのぉ、水の上に出とる部分を焼いても再生するでの。引き上げてから焼却せんといかんのよ。

 増殖も早いんでな、早ぉ回収せんとすぐ増えて終わらんぞ」

と宇宙忍者的な笑い方のお爺さんが何故か嬉しそうにそう告げる。


 それって期間が数日どころの話じゃねぇぞ。


「この浮草はのぉ、水を綺麗にするんで半分は残すからラクじゃろ」

「へぇ、役に立つんですね」

「何が『へぇ、役に立つ』だよ! 思ったよりこれは厄介だろうが!」


 お爺さんの補足に、あー、水草って確かそんな働きがあったなぁと相槌を打ったら、何故か修理中に怒られた。

 全部じゃなくて半分近くなんだからなんとか行けるでしょ?

 それに浮草だから、水中に生えてるやつに比べたら遥かに回収がラクじゃん。


 早速馬車の天井に乗っけていたフックを使って、岸に近い浮草を引き寄せ…あぁ、根が絡まってて動かしにくいのか。


 陸の上からなら楽勝と思っていたら全然違ってた。ま、これぐらいなら強化スキルを使えば簡単だ。


 ボートを出すにも、ボートの近くの浮草から回収していかなきゃダメか。今日は陸の上から取れるだけ取ろう。


 新人とリハビリの二人は、フックの扱いに手こずっているな。

 修理中はさすがに銀貨級だ、二人よりかマシだな…そう言えば俺も銀貨級だっけ。


 適当にフックを伸ばして浮草に引っ掛け、ブチブチと根を切りながら引き寄せる。

 実に単純明快な作業だ。天気も良いし、空気も綺麗。時間があれば釣りでもしたい気分だな。


 あ、そう言えばフィッシングベスト擬きと革ジャンの打ち合わせがあるし、家の引き渡しもあるからその日は来れないってお爺さんに教えとこうか。


ゴブリン♪ゴブリン♪ゴゴゴ~ブリン♪


 いつものエンドレスリピート鼻歌じゃ芸が無いから、たまには違うのも…よし、

ゴーブリン ゴーブリン おー顔が酷いのね♪

そーよ 母ちゃんも ひーどいのょ~♪


 フォフォフォフォッフォ!


 あー、お爺さんにメッチャ受けてら。


「気が抜けるから、歌うのやめてくれーっ!」


 ちっ、修理中から文句が来たぜ。

 新人とリハビリは…まだ三十分ぐらいなのに、もう死にそうだ。


 俺が綺麗に浮草を浚って水面が見えるようになったところで、お爺さんが竿を持ちだした。


「何が釣れます?」

「さあの。釣れんかったらお主らの軽食は無いからのぉ」

「そう言うことね。期待してるょ」


 お爺さんの邪魔にならないように少し場所をずらして作業を続ける。

 これは結構良いトレーニングになるな。ロイが体作りを始めたら連れて来ようか、と心のメモ帳に書き込んでおく。

 勿論本当にそんな機能がある訳ではない。何となくそう言っているだけだ。

 ステータスとか謎なシステムがあるんだから、心のメモ帳機能があっても不思議じゃないのにね。


 それにしても、他の三人はかなりキツそうな顔をしてるね。

 戦士を目指す人には毎日続けて欲しいトレーニングだと思ったのは内緒だけど。


 一時間ばかりこの作業を繰り返してお爺さんが休憩を告げた。

 お爺さんが釣りを一時中断してお茶を淹れてくれた。水を出す魔法が使えるようだ。やっぱり便利な魔法だよね。


「この作業に来て、歌うような奴は初めて見たぞ」

「そうなんですか?

 単純作業だから、何か暇つぶしにと思って。

 依頼中は歌っちゃダメなんですか?」

「ダメとかダメじゃないとか、そう言う問題ではないんじゃが…連れの三人みたいになるからのぉ」


 そう言われて指を差された方を見れば、お茶も飲まずに這いつくばる二人と、辛うじて座ってカップを持つ修理中。


「なるほど。強化系スキルがあればラクなのにね」

「スキルがあっても普通は長時間使い続けるの難しいんじゃ。

 特に強化系スキルは切り札みたいなもんじゃ。

 いざと言うときに使うように出来ておる…筈なんじゃが」

「そうなんですか?」

「お主がスキル持ちとしても…フォッフォ、詮索せんのがマナーじゃな。すまんな」


 なるほど、筋力強化のスキルは普通は短時間しか使えないのか。

 骸骨さんのスキルは時間制限とか無さそうなんだけど。特種なスキルなのかな?

 実は使った時間に応じてリバウンドがあるとか、だったらイヤだな。


 休憩している間に大きな魚が二匹釣れたので、今日はお昼ご飯抜きの刑を免れそうだ。


「昼飯を作っておるから、お前らサボるなょ!」

と言いながらお爺さんが嬉しそうにしてたから、何か美味しい料理を作ってくれるんだろう。

 すぐ傍に管理人用の小屋があって、そこで調理するそうだ。


 休憩の後も、フックを使って陸に浮草をドンドンと積み上げていく。

 骸骨さんの筋力強化系スキルのお陰でそれ程の疲れも感じないまま、お昼ご飯になる。


 料理は焼き立てのパンとつみれ汁みたいなスープだった。味付けは適当だと言ってたけど、確かに塩が多い気がする。

 汗をかいた人用に味付けしたんだろう。三人の同行者は美味い美味いと食べているから。


 それから適宜休憩を挟みながら作業を続け、何度目かの休憩中、回収したばかりの浮草を興味本位に指で突いてみる。


 葉はしっかり肉厚。茎も一部が膨れている。これは布袋草とかホテイアオイとか呼ばれる物に形が似ている。

 お店でも売っているけど、川や池に捨ててはいけない奴だね。条件が合えばすぐに殖えるらしい。


 さてこの異世界の布袋草だが…茎を切ってみるとオクラのようなネバネバが溢れてくる。適度な粘性だ。


「この粘液は天然の糊でな。水分を飛ばしてつかうんじゃ」


 お爺さんが教えてくれた。確かに糊…と言うかローションぽいな。保湿効果は期待出来ないのかな?

 肌に付けると被れる恐れがあるから簡単には試さない方が良さそうだけど。

 自分一人しか居ないのなら治癒魔法で治すけど、人の目があるからやめておこう。


 新鮮なうちに葉を摘み取れば、草食動物の餌にもなるらしいけど、面倒だからやらないとか。

 時期になると薄紫色の可憐な花を咲かせるので、適度な量を維持出来れば綺麗な池に見えるんだって。

 でも今はその花も咲いていないし、とにかくその量がヤバい。

 変な考えは起こさず、依頼を請けている間は浮草の排除に専念しなければ。


 リミエンに到着してから考えることばかりだったから、こう言う単純作業はリフレッシュになる。

 うん、自分がどれだけ脳筋なのか心配になってきたよ。


 この日の作業が終わり、夕方前に冒険者ギルドに辿り着いた時には馬車の上では仲良く三体の屍が…こいつら、初日でリタイアするかも知れないな。


 今日の作業の報酬を貰う為にカウンターにできていた行列に並ぶ。

 受付嬢は毎日席が変わるらしいので、前が見えない程行列が出来ている場合、目当ての受付嬢が居る人は誰が何処に座っているか一度確認してから並ぶそうだ。

 そこまでやらなくても良いのにな、と思うけど。

 それもその日暮らしの冒険者の楽しみ方なのだとか。


 並んだ列の先には顔は知っているけど、まだ名前を知らない受付嬢が座っていた。

 その隣がミランダさんで、視線が合うとウインクをされた。誰か勘違いするかも知れないから、そう言うのはやめてくれと思う。


 やっと俺の番になったところで、

「済みません、三番に行きます。

 誰か受付お願いっ!」

と慌てて名も知らない受付嬢が席を立った。


 えっ! 俺、まさかこの人に避けられてる?

 話したことも無いのになんで?


 彼女の代わりに奥から出てきたのはエマさんだった。

「はい、お待たせ…しました」

と俺と目が合ってしばらくフリーズ。

 何故か少し顔を赤らめた。いや、夕べの記憶があるからこちらも恥ずかしい。

 必死に冷静さを装うのが丸見えだ。頼むから夕べの記憶は捨ててくれ!


「クレストさん、夕べは子連れだったって?」

とミランダさんが俺の願いをぶち壊しに来る。

「男性目線と女性目線プラス子供目線の記事、良かったって領主様から高評価だったって」


 あ、今はその情報いらないです。貴女は自分の列に集中しなさいって。俺が隣の人に睨まれてるから。

 それにどうせならエマさん本人から聞きたかったよ。


「次は二人で行ってきな」

と言うと視線を冒険者に戻し、

「ごめんね、うちの後輩の…」

とか笑いながら受付対応してやがる。


 それ以上やったら一回泣かすぞって思うギリギリのラインで真面目モードに変わるのは熟練の技か。絶対別件で似たような事をやってるだろ?


 無事にエマさんが処理を終えると、さっきの受付嬢が何食わぬ顔をして戻って来た。

 これはわざとだな。エマさんを困らせるとはけしからんと思いつつも、笑顔のエマさんに挨拶出来たので良かったとも思う。


「あ、そう言えばミランダさん、昨日言ってた『最初は痛いかも知れないけど、ガンバって。そのうち痛くなくなるから。でも明後日には腰が立たないかもね』って、まさか筋肉痛のこと?」

「そうよ…で、なんでアンタ平気な顔してんの?

 まさか若く見えても実は年寄り?なわけ無いか…あの依頼の次の日って普通は動けなくなるのよ。

 そっちも鈍感系だったとは」


 何故かミランダさんに呆れられてしまった。

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