(閑話)荒れる商業ギルド(総合受付嬢ver.)
皆様、初めまして。私は商業ギルドが誇る完全無欠の総合受付嬢のユーリです。
まだ名前すら出ていない可哀想な女です。
ですが、総合受付とはまさに商業ギルドの玄関口とも言える場所ですわ。
つまり私は商業ギルドを護る番人であり、迷える利用者の道標でもあるのです。
商業ギルドの一般利用者向けの表門が開けられるのは午前十一時。職員はこれより二十分も前に来て制服に着替えて準備作業をしなければいけません。
朝の弱い私にこれはとても厳しい仕打ちですが、商業ギルドの総合受付嬢と言うプライドを護る為に遅刻は許されないのです。
そんなある日のこと。まだ表門が開いて間もなしの頃、ひょこりと一人の青年がやって来ました。
シンプルながら高級品のシャツを無造作に着込んだ濃い紺色の髪と瞳、かなり目立ちました。
彼がキョロキョロとした後、私の前に歩いて来ました。そして、
「不動産部ってどこですか?
家を借りるのなら、レイドルさんを頼りなさいと教えて貰って来たんです」
と聞くのです。
まだ二十歳にも満たないと思える若さで不動産部に用事があるのね?
衣服と言い、レイドル副部長を勧められたことと言い、彼は将来有望かも知れませんね。
新人研修の際に指導員から教わってマル秘テクニック、男性に一番好まれる笑顔を作って不動産部の場所を教えて差し上げました。
恐らくこの子はまだどうて…ゲフン、私のこのテクニックに掛かれば魔蜘蛛の糸に絡めとられた蝶のように動けなくなる筈。
ところが予想外にも彼は「ありがとう」とあっさりとお礼を言って二階に上がって行きました。
そんな馬鹿な…私のマル秘テクニックにかかれば、どんな男だってイチコロになる筈なのに。
解せませんわ。
まさかっ!
彼は女性に興味を示さないタイプの特殊な生き物なのでしょうか?
それか犯罪とも言われるのロリコ…言えません!
そんなことは許されませんわ!
私のプライドにかけて、きっといつか私の魅力の虜にしてやりますわ!
そんな野望を胸に秘めて業務を熟す…聞こえは良いですが、来客が無ければ受付嬢など花瓶の花と同じ物です。
受付席に座り、花のように静かにお客様をお待ちしていました。
そうしていると、二階からレイドル副部長と先程のホモ疑惑、またはロリコ…疑惑のある青年が降りて来ました。
まさか彼はレイドル副部長が直接対応しなければならない程の重要人物であったのですか!
『絶対零度のレイドル』と呼ばれる程の冷たい視線を武器にする彼は、その目を合わせるだけで相手をガクガクブルブルさせると言う必殺技の持ち主なのよ。
ところで何処の誰ですか?
そんなダジャレじみた二つ名を考えた暇人は?
そんな危険人物と言われる副部長は、ブイアイピーと呼ばれる重要人物しか対応しないのです。
これはマズいですわね。恐らく既に他の女性職員達もあの青年に目を付けていることでしょう。
私が知るだけでも、このような良からぬ野心…いえ、素敵な男性との出会いを求めているライバルは三人は居ますからね。
レイドル副部長と彼が借家を決めてギルドに戻って来たのはお昼を過ぎてから。昼食も外で食べてきたようですね。
街の中の移動にあの恥ずかしい看板付きの馬車を使うと、歩くよりも遅くなるのですが。
後で金融部のカルーネに聞いたんだけど、あの殺害事件のあった一軒家を彼が買い取ったらしいわ。
金額は教えてはくれないけど、レイドル副部長がかなり値引きをしろと脅してきたそうね。
物件的には確かにかなりの上物だけど、私達の感覚では事故物件って忌避されるものなのよ。
それでも商業区画のはずれにあってアクセスは良いし、建物もまだ新しいから当時の担当者が大金貨百枚少しで買い取ったらしいわ。
それから五年は経つと思うけど、ちゃんと定期的に手入れをしているから価値はそんなに落ちていない筈。つまり彼は若いのにそんなに大金を持っているってわけよ。
見た感じは粗野な冒険者でも無いし、何処かのボンボンなのかしら?
貴族や大商会の息子なら大抵は私の脳味噌にインプットされているけど、該当者は居ないわ。
新しく養子にでもなったのかしら?
でもそんな家の人なら一人で来る訳も無いわね。これはやはり要チェック人物よ!
それからメイドを二人雇うと言うことも分かり、にわかにメイドに転職を考える同僚まで出始めたわ。
浅ましいにも程があるわよ。
『きっと貴女もなれる、スーパーメイド入門』と言う本の予約をしたことは知られてはいけないわね。
そんな彼がこの日にもう一度やって来た。今度は私に軽く会釈をして、さっと二階に上がって行ったわ。
一体何があったのかしらと気を揉んでいたのだけど、帰宅の為に着替えていると人材派遣部の女の子が噂をしていたのよ。
「聞いた?『黒髪の君』がスラムで子供を保護したんだって。それも二人よ!
それで教育係に若い女性を探しているって!」
なんですって!
未婚でそんな事をするなんて信じられないわ。
貴族の中にはごく稀にそうやってスラムの中から子供を連れ出す人が居るそうだけど、奴隷のような扱いをすると聞いたことがあるわ。
まさか彼も?
でもメイドを二人、教育係を一人雇う程の財産があって、それ以上何をするつもりかしら?
やはり子供にしか発情しない特殊な性癖の持ち主、ロリコ…なの?
モヤモヤする気持ちを抑えながら翌日を迎えると、信じられない話を聞いたわ。
「ねえっ!『黒髪の君』が夕べ、デートをしていたのよ!
それも昨日保護した子供を二人連れて、名店『茜の空』に入って行ったわ!」
「嘘っ! 相手は誰よ?」
「確かあれは冒険者ギルドの受付嬢ね。
毎日領主館に出入りしている人よ」
「えーっ、そんなの勝ち目が無いじゃない!
あんなお店に入るなんて本命間違いないし…」
超優良物件と思えたあの青年には、既に恋人が居たのね。それなら私のマル秘テクニックが通じなかったのも仕方ないわね。
領主館に毎日手紙を運ぶ冒険者ギルドの受付嬢は、家柄も良い筈だし。
それで家を買い取った…ああ、つまりはその受付嬢と結婚すると言うことね。
「あー、それ、私も見たわよ。
子供達と手を繋いで、凄く幸せそうな顔で歩いてたわよ。あれはもうウチらの付け入る隙は無いわ~」
最後にそう言ったのは、私の恋のライバルの一人よ。
彼の回りを見張っていたのかもね。コイツのこう言う行動力だけは見習わないとね。
でもやってることは立派なストーカーよ。
『黒髪の君』のメイド、家令、教育係は人材派遣部のメイベル部長が面接をして決めたらしいわ。
メイドの応募には噂を聞き付けたメス共が押し寄せてきたわ。どいつもこいつも目が血走っていた中、一人だけ悠然としていた地味な女が選ばれたそうね。
そして家令には『早贄のブリュナー』と『豪腕のラスティ』と言う二人の二つ名持ちが候補に残ったそうよ。
どちらもとんでもない伝説を持っているわ。
片や投げたナイフで暗殺者を壁に貼り付けにし、片や片手で敵の頭蓋骨を握り潰したとか。
まさかそんな有名人がリミエンに住んでいるとは知らなかったわ。私のデータベースには三十を過ぎた男の情報なんて入っていないから当然か。