(閑話)スラムからの脱出
俺の名前はロイ。十歳の男だ。自分のことを僕と言うと弱そうだから、最近は俺ということにしたんだ。強そうだよね?
妹のルーチェは俺より二つ下の八歳で、体力はあまり無いけど、頭は俺よりずっと良いみたい。
今は二人でこの汚い所で住んでいる。と言っても、ここに来たのはまだ何日か前だ。
それまでは俺達と同じ孤児が何人か集められて、孤児院って施設で暮らしてたんだ。
でもその孤児院が無くなった。
小さな村にあった孤児院なんだけど、時々冒険者のおじさんが食料を積んだ馬車で来てくれてたから何とか食べていけてたんだ。
でもそのおじさんがある日を境に来なくなったんだ。
院長が教えてくれたんだけど、その人は今まで善意で僕達に食料を分けてくれていたんだって。
でも魔物との戦いで亡くなったそうなんだ。
あの人は、岩蜥蜴と呼ばれる、とても数が多くて、そんなに強く無くて、それで食べても美味しい魔物を専門に倒していたんだ。
大銅貨級の冒険者には人気の魔物だと聞いてた。
でもあのおじさんは、銀貨級だと言ってたから岩蜥蜴ぐらいなら負けるはずが無いんだ。
後で院長が人から聞いた話では、少し離れた森に強い魔物がいっぱい現れて、魔物の生息域が一時的に変化した時期があったそうだ。
良く分からないけど、要はあのおじさんは普段は居ない筈の強い魔物に運悪く出会ってしまったんじゃないのか、だって。
院長は『巫女姫様が予言した魔物との戦争が関係しているかも』と難しい事を言ってたかな。
戦争になるのかどうかは分からないけど、それよりも、あのおじさんの支援が無いと院長だって僕達の面倒を見てくれることは出来ないんだって。
それで孤児院を閉めることになったんだ。
この村に僕達が居ても、食べて行くことは出来ないから、院長はリミエンと言う大きな町に僕達を連れて行くことにしたんだ。
でも院長に付いて行ったのは僕とルーチェの二人だけ。
他の皆はこの村に残って畑を耕すことにしたり、もっと良い暮らしをさせてあげるから!と言うおじさん達が現れて、その人に付いて行ったり。
ルーチェがそのおじさん達がイヤだと言って付いて行かなかったんだ。
リミエンに入るにはお金が必要だったみたいだけど、孤児院の子供には払えるお金なんて無いのが分かっているから無料で入らせてくれたんだ。
優しい衛兵さんだと思っていたのに、ここに住めと言われて、この汚い街に連れて来られたのに驚いたんだ。
ここには僕達みたいなお金を持っていない人が多く住んでいて、時々日雇いの仕事を貰って働いているみたい。
でも仕事の後にある人にあったら凄く臭かった。下水道の中で作業をしたんだって。
時々下水道の中に詰まりや破損が無いか確認しないといけないんだって。
他の人の所に行くと、馬糞の片付けをしたとか、トイレの掃除とか、高い場所の掃除とか、そんなのばっかりさせられているんだとか。
それでも仕事があるだけマシなんだって。
子供の僕達にはそんな仕事は回ってこない。
その代わりに、魔物や動物の皮や筋を大きな鍋で煮込んでニカワって言う変な液体を作ったり、蝋燭用の蝋を作ったり、油を絞ったりと結構大変な仕事をやらされた。
それでも働けばその分は食べる物は貰えたから、ルーチェの為に頑張ったんだ。
院長はこの街に来てからすぐに体を悪くして死んじゃった。
村に居た頃から咳き込むことが多かったから、きっと何処かが悪かったんだと思う。
院長の遺体は大人達が何処かに運んでくれた。ここに置いておくと、病気の元になるんだって。
院長とお別れをして、親代わりの人が居なくなった。寂しかったけど、泣いていてもご飯を貰うことは出来ないから頑張ってたんだ。
でもその日は何と言うか、つい魔が差したってやつかな?
通りを歩いていたら、腰に革袋を差した男の人を見付けたんだ。僕の目の前にそんな物をぶら下げていたら、これは持っていけって言ってるようなもんだよね?
だから本当に悪いとは思ったけど、手が出てしまったんだ。
でもやっぱり悪いことは出来ないもんだよね。すぐに後ろからその革袋を取られちゃったよ。
「あっ! ばか、返せ! それは俺のだ!」
そう言って奪い返そうとしたけど、その革袋を取ったお兄さんは俺を怒る訳でもなく、
「足りないかも知れないけど…」
と言って逆に申し訳なさそうにお金の入った革袋を渡してくれたんだ。
それからドライフルーツも食べさせてくれた。
あの村に暮らすようになってから、ドライフルーツなんて食べたことが無かった。
甘いのと酸っぱいのと、少し固いのとグニャグニャしたのと色々入ってた。
それを食べながら、
「衛兵に突き出さないの?」
と聞いてみると、
「面倒くさい」
と本当に面倒くさそうに言って笑ってた。
「この革袋は俺があのおっさんに返してやるょ」
と俺が盗んだ革袋を見せて言うんだ。
どうしてそんなに親切にしてくれるのか分からなくて不審に思っていたら、このお兄さんはいつか工場を建てるつもりらしくて、そこで働かせたいって考えてたみたい。
それから家族のことを聞かれて、父さんも母さんも居ないことを話したら、ルーチェの分の食べ物をくれたんだ。
それでお兄さんが革袋を持って街に戻って行った間にルーチェを呼んでパンとドライフルーツを食べさせた。
久しぶりにまともな食べ物を食べれたとルーチェも喜んでたよ。
でも革袋を渡しに行くと言いながら、本当は衛兵を呼びに行ったんじゃないかとビクビクしてた。
でもそんなことはなくて、お兄さんは一人で帰ってきた。
それから宿屋に行くから、と言うと魔法を掛けて俺達を綺麗にしてくれたんだ。体も服も一瞬で臭わなくなったからびっくりしたよ。
お店では綺麗な服や靴を買ってくれたし、宿屋で俺とルーチェをお湯で洗ってくれたんだ。
いつもは水だったから、温かいお湯に浸かるのが気持ち良いなんて知らなかった。
それから部屋に入り、綺麗なベッドで少し寝て。起きてから一つだけドライフルーツを食べて。
あのお兄さんって何者なんだろうと考えてた。
まだあのお兄さんを本当に信じて良いのか分からないんだ。
俺達みたいに何も出来ない子供を二人、スラムから助けてどうしたいんだろうって。
工場で働かせるって言ってたけど、それなら大人を雇うのが普通だと思うし。
この世の中には、味方の振りをして騙す奴も居るそうだからね。
でも僕達を騙したところで、お金なんて持っていないし、何の得にもならないんだけどね。
今になって思えば、ルーチェにイヤと言われたおじさんは奴隷を売り買いしてる人だったんじゃないかな。
ルーチェは頭も良いけど勘も鋭いから、悪い大人を見分けられたんだと思う。
だからルーチェがこのお兄さんには警戒していないから、悪い人ではないと思って良いんだろう。
「あと何日かしたら俺の家に住めるようになるから、良ければ一緒に暮らそう」
何処かに行ってたお兄さんが帰って来るなりそんなことを言ったんだ。
「いいのか?」
と俺は乗り気になってたら、ルーチェは
「一緒に暮らすの? 迷惑じゃないの?」
と、少し遠慮してるみたいだった。そんなことを言ったら、このお人好しのお兄さんの気が変わるかも知れないだろ!
「俺もこの街じゃ一人だったし、全然問題ないぞ。お前達がイヤなら」
…イヤなら? 別々に暮らそう、と言うのか?
それはダメだ!
お兄さんに助けて貰わないと、俺達みたいな子供だけじゃまともには生きていけないから!
「そんなことない!」
「捨てないでっ!」
俺もルーチェも必死になって叫んだんだ。
絶対にこの人から離れちゃいけないって!
「だよね。捨てないから!
俺達は今日から家族だぞ!」
俺達二人はお兄さんに抱き着いた。恥ずかしくなんてないよ。今はもう家族なんだから。
そうか、このお兄さんもボッチだったんだ。
だから子供の俺達を保護して…苦労してたんだな、ウンウン。
冒険者か…僕もあの村に食料を運んでくれてた冒険者みたいに、子供達を救える人になれるかな?
クレストお兄さんみたいに、じゃないのかって?
…うーん、このお兄さんはお金持ちかも知れないけど、あまり強くなさそうだし。
目標にするのとはちょっと違うかな…本人には言えないけどね。