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第42話 ブロックだけじゃない

 おっと、ついでだから木と鉄以外にどんな素材があるのか教えてもらおう。


「ところでバルドーさん、洗浄剤とは別の案件で相談があるんですけど」

「あら、もう他の儲け話かしら?

 私はこれから忙しくなるから失礼するわね」


 エメルダさんが過去最高の笑顔を見せて店から出て行った。まさか今から援軍の元に動く気か?

 そんなエメルダさんをバルドーさんが笑って見送る。


「まあ、エメルダも悪いようにはせんじゃろう。

 で、相談とは?」

「うちの子供達用にオモチャを作ろうと思いまして。

 それで、どんな素材があるのか教えて欲しいんです。

 こんなオモチャを考えていて」


 レ○に代表されるような、組み立てて自由に好きな形を作っていくブロックの絵を鉄板に書いていく。

 二つの円筒を手前に書き、それが長方形に付いた様子を表した斜視図と、反対側の二つの丸い穴が直方体に明いていることが分かるように一部を断面図にした斜視図を書く。

 その様子を何故かバルドーさんが想像以上に食いついて見ている。


「よくそんな器用な書き方が一発で出来るな。

 これなら直方体の本体に丸い凸が二つ、その凸が入る凹が二つで合体させるものだと一目で分かる」


 図面を書くときには三角法を使うが、この程度の物なら斜視図の方が説明し易いと思って書いてみたのだが、その書き方にバルドーさんが目を丸くしていた。

 そんなに得意では無いけど、これぐらいのポンチ絵なら何とか書ける。


「これは木で作ると凸部分と凹部分の精度がかなり重要になり、玩具としては高価過ぎていかん。

 それに摩耗してすぐにガタが出る。

 弾力性のある素材を使う方がうまく出来るかもな」


 何か心当たりでもあるのか、一度店の奥に戻るとガサガサと音を立てて探し物を始めたようだ。

 それから少しして蜜柑箱ぐらいの大きさの木箱を抱えて出て来た。


「これは熱を加えると形を変えられるので面白いと思って少量を仕入れてみたんじゃが、見た目が悪くて細工物の材料にするには今一つじゃった。

 溶かしても金属より流動性が悪くてすぐに固まるから、使い道に困っておったんじゃ…」


 バルドーさんが取り出したのは、少しくすんだ白い樹脂のような物だった。

 まさか天然ゴム樹脂か?

 いや、思ったより硬いし、それにかなり見た目より軽いから違うと思う。これは恐らくこの異世界固有の素材だな。


「バルドーさん、鋳造じゃなくて、予め材料を少しだけ大きめの直方体にカットしておいて、大体七十度くらい加熱した状態で型に入れてギュッと押し込めば凸と凹を作ることが出来ませんかね?

 型も少し加熱しておくのが良いと思います」


 本当はペレットにしたプラスチックを熱で溶かしながら型に注入する射出成型が最適なんだけど、そんな機械は無いから手動加圧式だ。

 型が冷えていると材料がすぐに固まり、キチンと成形出来なくなる可能性があるから熱しておく必要がある。


 少し大きめの材料を圧縮することで、型の隅々まで材料が回り込み、表面もツルツルになると思う。はみ出た材料はニッパーでちょん切れば良い。


「キリアスの知識は想像以上だな。

 内戦で疲弊してくれているのが幸いか…それとも戦争のお陰で技術レベルが上がっているのか」


 え? まさかバルドーさんの中でキリアスの評価が急上昇したの?

 ヤバいな、どんな国が全然知らないから言い訳に使ってるだけなのに。


 このまま行ったら、キリアスの内戦が終わって国交が出来た時に、俺の言ってた事が全然違う!と言われるかも。

 どうしたら良い?

 超閉鎖的な国家が樹立されるのを祈るか。

 それか技術指導に行くか。


 一番良いのは内戦を終わらせないことだ…けど、こりゃ悪魔的発想過ぎて自分でも怖くて引くわ。

 こんな事を考えてたら、それこそ魔王認定されちまうかも。


 俺がアホな事を考えていた間、バルドーさんは俺の案をどうするか考え込んでるみたいだな。


「その遣り方も含め、考えさせるか。儂は専門じゃないからの。

 形自体は簡単だが、合体させるとなると、かなりの精度が必要じゃし、大量に作る製法とそれに合わせた型を作らにゃいかん。

 腕利きの職人に造らせるが、その辺も考えると三日じゃ難しいな」

「出来たら良いなってレベルなんで、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」


 プロの職人さんだと、そう言うスピード感があるんだよね。でも新しい素材を使うのだから、最初は失敗を繰り返して当然だろうし。

 当然、金型も手造りだよね?

 それを三日でやるなら神のレベルだよ。


 それにしても、熱で簡単に溶けるし、刃物で削ることも出来るなら、この樹脂でフィギュアとか食玩が作れるんじゃないの?

 細工師に動物とか魔物とか有名人の像を造ってもらおうかな。

 

「おい、何をニヤニヤしておる?

 そいつはそんなに良い素材か?」

「あのさ、動物とか魔物とかを職人さん…いや、職人さんの卵にこれで像を造って貰ってさ、型取りして大量生産したら安く像が出来ないかな?

 本格的なやつじゃ無くて、子供が乱暴に扱って壊しても良い価格の玩具を造るんだよ。

 それに弾力性があるから簡単には壊れないでしょ」


 バルドーさんが腕を組む。

「彫刻師の卵に低価格商品を作らせる、か。

 本職との棲み分けも出来るし、下積み時代の資金稼ぎにもなる良い案だな。

 誰かにサンプルを造らせるか、それとも皮剥き器が落ち着いてからエリスに作らせるか」


 アイデアは腐るもんじゃ無いけど、寝かせている間に誰かが気が付くかも知れないよ。

 フィギュアは便利グッズでも無いし、造型しただけの物だから占有販売権は発生しないだろう。早い者勝ちだね。


 それとその樹脂があれば、薄切り器を使う時の食材を掴むホルダーも作れそうなので鉄板にイラストを描いてバルドーさんに渡しておいた。

 これは型さえ出来れば大量に作るのは難しくないだろう。


 ブロックとホルダーの金型の製作費として、とりあえず金貨を五枚渡しておく。

 研究費、材料費、燃料費、工賃諸々込みのつもりだが、相場が全然分からないので、少ないより多い方が良いだろうと思っての額だが、足りるのかな?


 バルドーさんはその額を見て軽く頷いたので、きっと妥当なんだろう。

 これからすぐに鍛冶職人の工房に出掛けると言うことなので、俺は冒険者ギルドに向かうことにした。


 まだ冒険者登録して依頼を受けて無いから、新米冒険者らしくお手伝い系の簡単な依頼を受けようと思う。

 犬のお散歩の依頼があれば良いのにね。



 クレストが冒険者ギルドに向かっている頃、先に雑貨屋を出ていたエメルダは近所の八百屋の前で井戸端会議を開催していた。

 タイミングよく夕食の買い出しに出る時間だ。

 仲の良いご近所さんを捕まえては、洗浄剤の試作に乗ってみないかと誘うのだ。


「あら、新しい洗浄剤の開発ですって?

 油を使って逆に汚れが落とせて綺麗になるの?

 そんな材料で本当に出来るのかしら?

 それにお塩も試してみると良いなんて、料理みたいね」

「でもエメルダさんがそこまで食いついているってことは、確度は高いってことよね」

「うちは廃油の処理にも困ってるからちょうど良いわ。一口噛ませて貰おうかしら」

「そうね、料理に使った油の処理の手間が無くなるから、うちも助かるわ」

「うちはどうしようかしら?

 洗い物みたいに植物の灰を使うのよね?」

「焚きつけに使える物があったらなんでも分けて下さいね」

「それなら大工のとおちゃんにおが屑でも木切れでも持って行かすわ。

 一体どんな物が出来るのか楽しみね」

「本当よね。

 うちの裏の倉庫を片付けて試作用の小屋にするから店に持って来て下さいね」

「分かったわ。灰は何の植物を燃やしたのか分かるようにしておけば良いのね」

「助かるわ。じゃあ近いうちに『製品開発部』に殴り込みに行くわね。

 ふふ、必ず成功させてうちの人を驚かせてやるんだから」


 男性達の知らないうちに、石鹸プロジェクトは静かに、そして熱を帯びて進行していくのであった。



 そしてバルドーがある鍛冶師の工房へ向かう途中のことだ。

 子供達が喧嘩をしているところに遭遇した。


「こらこらこら、喧嘩をやめろ、とは言わんが。

 何が原因だ?」

「こいつ、岩蜥蜴の後ろ脚の爪が六本だと言うんだ! 五本しか無いのに!」

「違う!六本の個体も居るって言ってるんだ!」


 なるほど、魔物の姿が正確に伝わっておらんからそうなるのか、とバルドーは納得した。


「儂も昔は冒険者をやっていてな。

 冒険者の格言に『冒険者は岩蜥蜴に始まり岩蜥蜴に終わる』と言うのがある」

「おじさん、冒険者だったんだ」

「その格言が何?」

「岩蜥蜴はな、生息数が多くて比較的に倒しやすく肉も美味い。お前らも好きじゃろ?」

「うん、岩蜥蜴は安くて美味しー!」

「そう、普通の岩蜥蜴は銅貨級から大銅貨級にランクアップする時の目安にされる魔物だ。これを安定して狩れるようになったら大銅貨級になれる。

 これが岩蜥蜴に始まり、と言う意味だな」

「じゃあ、岩蜥蜴に終わるってのは?」

「岩蜥蜴は数が多い。それはな、魔物が進化する可能性も高いと言うことなんでな。

 魔物は進化すると強さがドドンと跳ね上がる。

 進化した岩蜥蜴を普通の岩蜥蜴と見誤って油断した冒険者は、その岩蜥蜴に殺されてしまう」

「魔物の進化は、ゴブリンがゴブリンソルジャーになるみたいなやつだよね?」

「そうだな。生まれつきソルジャーなのかどうかは儂ら人間には分からんがな。

 それで岩蜥蜴はな、進化すると脚の爪が増えることがある。

 儂の脚をへし折って引退させたのも、六本爪の岩蜥蜴だった」

「へぇー、そうなんだ」

「疑って悪かったな」

「良いよ。謝ってくれたから。おじさん、ありがとう!」

「ありがとう!


 バルドーは自分の経験が役に立ったことを素直に喜んだ。

 仲間が何人か犠牲になった苦い思い出でもあるが、当時ポーターをしていたケルンが全身傷だらけになりながらも、あの岩蜥蜴の目を潰してくれたお陰で窮地を脱することが出来たのだ。


 そしてケルンが戦うポーターとして注目を浴びるようになり、荷物を背負ったままでオークを斃す離れ業まで披露するようになったのだが、詳しい話は機会があればだ。


「クレストが言うように、魔物の模型をブラバ樹脂で作ってみるか。

 注意すべき見分け方や戦い方を教える時に、模型を使うと理解しやすそうだ」

と脳天気な青年の発想力を評価するのだった。


 それから彼が向かった先では。


「おっ、ガバス居たか。調子はどうよ」

「バルドーか。こないだぶりじゃないか。何か用か?

 工具の研ぎにはまだ早いだろ?」

「ちょいと急ぎで頼まれて欲しいもんがあってな。

 これを見てくれ」


 バルドーが持ってきた鉄板を食い入るように眺めるのはガバス。歳は三十代後半か。角刈りのような髪型に少し背は低いが筋骨隆々とした体つきはまさに鍛冶屋だ。


 ガバスがブロックとホルダーの絵を繁々と眺める。

「バルのくせに随分絵が上手くなったじゃないか。

 で、なんだこれは?」


 試作の薄切り器を取り出すと、

「こいつは野菜を薄く切る道具でな。

 このホルダーで野菜を押さえると手を切らずにすむ、安全装置だ」

「商業ギルドの新製品じゃな。バルが作ったらしいが」

「まあ、偶々な。

 で、こっちの丸い凸と凹のあるのは、知り合いに頼まれた新しい玩具だ。」

「知り合いに?

 で、凸に凹を入れて、くっ付くて遊ぶのか?」

「あぁ、それを幾つも合体させて、何かの形を作り上げる、ブロックと言う玩具じゃ。

 ブロックは四角に、ホルダーは円筒の形に予め切り分けたブラバ樹脂を加熱し、温めた型に押し込んで成形して貰おうと思ってな。

 その試験も兼ねておる。

 それと量産したいので、生産性も考えて欲しいんじゃ」

「ブラバか。低い温度で溶けるから冷えて固まりやすいのを、型を温めてから使うのか。良く思いついたな。悪いもんでも食ったか?

 まあその玩具が面白いかは分からんが」

「それを思い付いたのは、ブロックを持ってきた客じゃ。

 ホルダーは特に精度は必要無いが、ブロックはかなり精度が必要だろ?」

「抜き差しするならそうなるの。それに沢山並べても歪まんようにせにゃならん」

「ホルダーは薄切り器に合わせた大きさにな。

 ブロックは儂の親指ぐらい…か」

「どちらも結構な額になる。

 両方で金貨四枚は貰うぞ」

「四枚は安すぎだろ。技術の安売りは俺以外にはするなよ。

 金貨五枚渡すから、このブラバ樹脂でホルダーを十個、ブロックは出来るだけ多くサンプルを作ってくれ。急ぎはせんぞ」

「そいつは売れるのか?」

「こればっかりは分からんが。

 商品名はガバスのブロックで…『ガバロック』だな。

 試作が出来たら、商業ギルドで占有権契約をしておけよ」

「わかった。ボロ儲けさせて貰おうか」


 二人の男達が声を上げて笑うのだった。


「うるさい、静かにしろーっ!」


 くれぐれもご近所トラブルには気を付けようと改めて思う二人だったとか。


 その後で二人は静かにブロックのバリエーション展開と薄切り器用食材ホルダーの打ち合わせを行うのであった。

 こそこそ隠れて打ち合わせする様は、まるで怪しい取引のようだったとガバスの弟子が懐述するのだった。

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