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第41話 伏兵現る

 皮剥き器と薄切り器の販売による利益の一部をバルドーさんが俺に渡そうと言ってくれたのだが、百円均一ショップで売っていたような物でお金を稼ぐようなみみっちい真似はしたくないので断りを入れる。


 もしスラム街で暮らしているのなら話は変わってくるが、今は普通以上の暮らしが出来るんだから。

 それならバルドーさんには徹底的に協力してもらう方が良いと思う。


「大量生産したい物だと?」


 俺の言葉にバルドーさんが難しそうな顔をする。


「昨日ライエルさんに頼んでみようと言っていた件か?

 泡の実より優れた商品と、切り傷の応急処置の」

「ええ、絆創膏は作るのがとても難しいと思うけど、泡の実の代用品の方は勝算があるんで。

 こちらを早く開発して、普及させようと思います」


 今朝、起きて顔を洗うのに洗顔フォームが欲しいと思ったんだよ。

 この世界の泡の実は意外と高性能で慣れれば悪くないけど、スッキリサッパリな爽快感が足りないんだよね。


 だからバルドーさんに石鹸工場の相談をすることにした。

 これは本当に利益目的ではなく、石鹸を普及させるのが目的だから早めに取り組んだ方が良いよね?

 その後のシャンプーの材料にもなるんだけど。


「それなら人と工場建設が必要と言う訳か。前も言ったか知らんが、それは大事になるのぉ…あれは絆創膏の研究所の件だったか。

 工場を建設するには資金…はそこそこクレストが持っているとして、市民権は第三級が必要じゃな。

 なので第三級を持っている奴に頼むか、クレストが十倍払って第三級を購入するかだ」


 第三級市民権は購入予定が無いので、誰かに頼むしかない。出来れば物分かりの良い商人が良いな。


「それで製造する商品の安全性が確認されれば工場建設の着工許可が出る。

 もし危険な薬品を使用する必要があるなら、取扱い上の注意点を作業員に教える手段を明確にすることだな。

 匂いの出る物なら民家から離れた場所に建設しなければならないなど、思い付いたからと言って金さえ出せば実現出来るものではない」

「結構ハードルが高いんですね」

「過去に大失敗をやらかした経緯があるからこその決まりごとじゃな。

 それに工場にしろ研究所にしろ、それを建てた者は誰だ?と話題になる。

 それだけのことを目立たずやるのはまず無理じゃ」

「ええ、そこでバルドーさんかケルンさんかの名前を借りようかと。

 第三級を持っている人で頼れそうな人は居ない?」


 第三級市民権は、商店で言えば量販店を経営する規模に相当するだろう。個人経営のお店のバルドーさんと行商人のケルンさんには伝手が無いかもな。

 腕組みをしたままバルドーさんが固まってしまったようだ。

 それなら攻め方を変えてみよう。


「あの、それなら販売目的でなければ作っても良いんだよね?」

「どう言う意味だ?」

「サンプルを作って、それを試しに使ってもらいます。

 それで儲けが出ると思った人に自由に作ってもらうんですよ。

 俺が欲しいのは商品だけだから、実際には誰が作って売っても問題ないんですよ」


 つまりプレゼン資料としての手作り石鹸を用意して、プレゼンを見て、欲しい!売りたい!作りたいって人を探してもらう訳だ。

 至極当然の事だよね。


 出来れば悪徳業者には作らせたくないけど、ここでは言わない分別はあるつもりだ。

 それぐらいはバルドーさんも考えているだろうし。


「サンプルの製造だけなら許可はいらんと思うが…。

 その洗浄剤の製法をどうやって知ったのか分からんが、それは何かをやろうとして偶然に出来るような物か?」


 獣脂で出来る事は知っていても、何故それを思い付いたのかまでは知らない人が多いだろう。

 ネットにあった記事が嘘が本当かは俺も知らないけど、

「外でお肉を丸焼きにしたときにさ、肉の脂が落ちるでしょ?

 その脂が灰に落ちて焼けた後に固まってることがあってね。

 意外にも、それに洗浄効果があるんだよ。

 まあ、それには不純物が多いから、そのままでは使えないけど」

と見て知った知識を披露する。


「儂もそんな物は使いたくないぞ」

「うん、そうだね。

 じゃあ、植物を燃やした灰を溶かした水で汚れが落ちるのは知ってるよね?」

「それは知っておる。何故そうなるのか分からんが」


 多分アルカリ成分が有効なんだろうけど、俺も詳しくないから説明出来ない。

 ただ昔は日本でも実際に使用していたと言う事実を知っているだけだ。


「その灰汁に油を混ぜて加熱すると、次第に固まるんだ。これがさっきの肉の脂と同じ原理だって。

 油と灰の量は当然だけど、油と灰の種類でも性質が変わると思うから色々試行錯誤をしないと行けないけど」


 化学反応なんて言葉は理解されないだろうから、マジで説明に困る。結果だけ見て教えるしかないんだよね。


「肉の脂は試そうと思わんが、子供が悪さをして灰に油を溢すことはあるかもな。

 それでイタズラしようとして布に付けたら逆に布が綺麗になった…そう言う事が過去にあったのかも知れんな。

 狙ってやるような馬鹿はおらんじゃろうが」


 原理は不明でも、行為の可能性があると思ってくれるだけで良いや。

 

「しかしのぉ、それで汚れの落ちる物が出来るのが分かれば、普通はそれで儲けようと考える。

 いくら生活には困っとらんと言っても、確実に儲かると分かっているなら普通は儲けようとするじゃろ?」

「詳しくは言えないけど、コンラッドに来る前に、碌でもない儲け方をしていた奴からマジックバッグを受け継いで、それに沢山の金銀銅を詰め込んで来たてってた感じかな。

 小心者の俺にはこれ以上のお金は必要ないわけ。

 でも誰にでもホイホイと分け与える訳にも行かないでしょ?

 後ろめたさがあるお金だけど、お金に罪は無いから世の中に戻したいわけ」

「苦しい言い訳にも聞こえるが…出身地がキリアスだからな。あの国は変に知識や技術が進んでいることがあるだけに、嘘とも断言出来んか」


 バルドーさんが腕を組む。


「確実に売れると思っておるのか?」

「勿論だよ」


 おや、キリアスが出身だとそう言う事があってもおかしくないのか?

 それって召喚された人達の残した知識かな?


 どちらにせよ、お陰で助かるよ。

 それに知識が残っているのなら、一度キリアスに行ってみたくなってきた。


「どれくらい売れそうだ?」

「食事前、作業や遊んだ後とかに使う習慣が出来ればとんでもなく。まずは手洗い用の固形洗浄剤を作る。

 これは衛生習慣を付けることが目的なんだ。


 次に肌に潤いを与えたり良い香りを付けた体用の洗浄剤。これは固形でも液体でも構わない。


 さらに手洗い用をベースにするか若しくは別の材料を使って、頭の地肌を清潔にして髪の毛に艶を与え指通りを滑らかにする頭用洗浄剤。

 これは確実に女性が欲しがるよ。


 手洗い用と体用は開発過程で逆になる可能性もあるけど、どっちが先になっても構わない。


 それと泡の実の成分をギュッと濃縮した食器用洗浄剤も。油汚れが劇的に落ちやすくなる物を作るつもり」


 バルドーさんが顎に手を当て、真剣に考え込んでいる。手洗いの習慣に引っ掛かっているのかな?


「貴方、市民権の商業関連項目には例外規定があるのよ。

 共同出資、共同経営と言う方法よ」

と奥さんのエメルダさんがタオルで手を拭きながら出て来た。

 どうやら途中から話を聞いてたみたいだね。


「直ぐに人を手配します。

 クレスト君、すぐに各洗浄剤の製法を教えなさい」


 やば、これはボディーソープとシャンプーに食いついてきたな。

 それと泡の実の改良版は界面活性剤の知識が完璧じゃないから可能性でしかないんだよね。

 シャンプーは髪に良い成分探しが必要だから、かなり後回しになると思うよ。


「でも実験して材料を決めないと行けないし」

「そんな時こそ人海戦術です。主婦のネットワークを信じなさい」

「特殊な薬品を扱うかも知れないし」

「商業ギルドにはね、『製品開発部』って言う閑職があるのよ。

 新製品なんて滅多に出る物じゃないでしょ。

 皮剥き器と薄切り器を持ち込まれて、あの部門は今ピンチの筈よ。何故こんな簡単な物を先に思い付かなかったのかって叱責されてる頃ね。

 だから、その新しい洗浄剤の開発に協力を求めると必ず飛び付いてくるわよ」


 それって俺がダメージを与えて俺が助けるってことに…開発部の人に恨まれてない?

 いや、マッチポンプと考えず、製品開発部救済のために前向きに考えようか。


 エメルダさんが言うには、ある程度の試験を『製品開発部』に任せて、製造・販売を共同出資、共同経営の工場と店舗で行うようにすれば第三級市民権の問題は解決するらしい。


 商業ギルドが一枚噛んでくれるのなら、この工場は認定工場とかに出来ないのかな?

 それなら俺は陰に隠れていられそうだね。


 恐らくこの『製品開発部』って、民間企業が新製品を開発する際に専門家にアドバイスをさせたり、商品になりそうなら資金援助をするのが本来の役割なんじゃないかな?


 だけど肝心の新製品の開発が無いから閑職となっている…どこの企業も新製品開発ってプロジェクトを立ち上げる割には物にならずにいつの間にか立ち消えになることが多いんだよね。


「その為にも未完成で良いので、材料と製法を教えて下さい。物があったが方が確実に商業ギルドを動かせますからね」


 エメルダさんが今までに無いくらい積極的になってるよ。俺の前に無言で鉄板と蝋石を差し出して、腕がプルプルしてて可愛いこと。


 とりあえずインターネットによくある異世界石鹸の製法を書いて渡す。攪拌が大変かも知れないね。

 それに物性が地球と違うかも知れないから、化学反応が全く同様かどうかも分からない。

 乾燥や撹拌作業に魔法を使う人が居ても良いわけだし。


 食器用洗浄剤は手掛かりが無いので泡の実の濃縮実験からスタートすることに。


 物性や危険性が正直分からないから『製造途中の物体は直接手に触れないこと』と最後にメモを書いて完了か。

 しかしまさかエメルダさんが援軍を連れて参戦してくるとは…有難い限りだよ。

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