第39話 お金は使ってこそ価値があるから、あれこれ作ろう
スラムで保護した二人の為に家庭教師を付けることを思い付くと、すぐに人材派遣部のメイベル部長の下を訪れた。
そこで初めて市民権を持たないと商売が出来ないことを知ったのだ。
理不尽とも思えるこのシステムに呆れつつ、家庭教師の件を承諾してもらい商業ギルドを出る。
宿屋への帰り道、屋台で買ったドライフルーツを食べながら道を歩く。屋台によって入っている果物が違っていて、当たりも外れもあるんだよね。
当たりは干しぶどう系だな。意外とマスカットみたいな奴が糖度が高くて薫りも良くて旨いんだ。
外れは酸味がキツく、甘みが少ない…これはザクロか? あ、一緒に食うと爽やかになって美味いわ。新発見だな。
異世界に来て、『鑑定』のスキルが無いのは地味に不便だな。
美味しい食べ物があっても気が付かずに通り越す可能性があるわけだからね。
宿屋に戻ると、二人は二階の部屋で大人しくしていた。体も洗ったし服も清潔だ。これなら買い物や食事に連れて行っても見た目では文句は言われないだろう。
後は常識があるかどうかだが…俺にもこの世界の常識が足りていないから何とも言えねぇ。
木の葉に包まれたドライフルーツを取り出す。
マジックバッグの存在はまだ二人には明かすつもりは無い。うっかりバッグより大きな荷物をこの擬装用バッグから出さないかと、手を突っ込むたびにヒヤヒヤするぜ。
ドライフルーツをロイに渡すと、食べようかどうしようか悩んでいるようだ。
もうすぐ夕食の時間だし、すぐに傷む物でも無いから部屋に置いておけば良いだろう。
「今は宿屋暮らしで退屈だと思うけど我慢してくれ。
あと何日かしたら俺の家に住めるようになるから、良ければ一緒に暮らそう」
このセリフは子供達にではなく、好きになった女性に言いたかった…残念ながら居ないんだよね。
リミエンで会話をしたことのある、同じぐらいの年齢の女性って『エメルダ雑貨店』のエリスちゃんと冒険者ギルドのエマさんだけか。
エリスちゃんは『嫁にして』とか言ってた気がするけど、あれは冗談だろう。
エマさんは話していて楽しかったけど、リタの後だったからなぁ、今になって思えばかなり補正が掛かっている気がするんだ。
変に勘違いして告白したら、それこそ『ごめんなさい!』と言われてショックを受けるパターンだと思う。
「いいのか?」
「一緒に暮らすの? 迷惑じゃないの?」
ロイは遠慮の無いタイプ、ルーチェは思慮深いタイプか。まだチビのうちは遠慮しなくて良いのにね。大人の顔色を窺って生きてきたのかもね。
そう言うとロイが単純な子に見えてきた…多分間違って無い評価だと思う。
「俺もこの街じゃ一人だったし、全然問題ないぞ。
お前達がイヤなら」
「そんなことない!」
「捨てないでっ!」
「だよね。捨てないから!
俺達は今日から家族だぞ!」
二人が俺に縋り付くので、頭を撫でながらそんなことはしないからと必死で謝った。
子供を泣かすなんて凄い罪悪感に苛まされるな。
うん、一人で暮らすには大きすぎる家を借りたけど、三人で暮らすならちょうど良いか。
それでも部屋はまだ余るけどね。
改めて考えてみると、俺はこの世界で共に暮らす家族が欲しかったんだと今更にして思う。
今世ではまだ銅貨の一枚も自力では稼いでいない。前世で魔王だった骸骨さんが貯め込んだ遺産に胡坐を掻いている状態だ。
だからオレには働く理由が必要だったんだと思う。
そりゃそうだろう。
額に汗水垂らして働かなくても使えるお金が山ほどあるんだから、理由が無いとやる気も出ないってもんだょ。
そして思ったのが、あの世にお金は持ち込めないってことだ。
アイテムボックスと言う原理不明のスキルは骸骨さんの死後も機能を維持していた訳だが、骸骨さんの魂の一部がこの世界に残っていたから機能が維持されていたのだろう。
他に召喚された人達の情報が無いから、アイテムボックスが彼らにとってレアスキルなのか、それともデフォルトのスキルなのか分からない。
それと重要な問題だけど、アイテムボックスにお宝を入れたままで完全に亡くなったらどうなるんだろ?
入れた物が消滅するのか、それともその場に全部ぶちまけるのか…そう、俺自身もそう言う危険性があったことを全然考えて居なかったな。
便利だから何でもホイホイと入れているけど、運用方法を考え直さなきゃいけないかも。
千体以上の魔物の遺体、どうしよう?
こいつらだけでマジックバッグの容量なんて完全にオーバーしてるわ。
それで仮定の話ではなく骸骨さんの話だけど。
たまたま骸骨さんは復活することが出来た訳だが、あのまま死んだきりだったら、持ち逃げしてきた(可能性がある)大量の貨幣やその他のアイテムは、この世からアクセス出来ない空間に宙ぶらりんになったままだ。
金銀銅は貴重だ。
単に貴金属としての価値だけでなく、沢山の労働者がそれこそ死ぬ思いで掘り出したと言う意味での貴重さがあるのだ。
そして貴金属は動かさなければ価値は無い。
金山に眠ったままの金が利用出来ないのと同じで、俺が現在データに変換して持っているお金は使わなければ意味が無いのだ。
だから俺は次に死ぬ迄にこの財産を全て使い切ろうと思ったのだ。
しかし、ただ漠然と贅沢な暮らしをするなんて俺には無理だ。
高級住宅に高級馬車、金の装飾品?
そんな成金丸出しのやることは恥ずかしくて出来ないだろ?
何処かの施設にポンと大金を寄付する、これも良いように思えるが、一部は有効利用されたとしても、そこに群がってくる善人面したハイエナやごみ虫共の餌になる可能性が高い。
ロイやルーチェみたいな子供達を全員救う?
いやいや、それこそ目立ってしまう。
目立つってことは、この金の出所を探られるってことだ。そんなの説明のしようが無い。
『前世で貯めたお金です』なんて誰が信じる?
商業ギルドに渡した金額は、日本円換算だと十二~三億円だろう。
いわく付きの貨幣と知りながら受け取ったレイドル副部長も、内心では頭を抱えているだろう。
実際、市場に影響を与えないように小出しに処理するように手配を終えた担当部署の面々は、恨み節を言いながら胃に痛みを感じて明日は仕事を休もうかと思っているのだから。
ゲームと違って金の埋蔵量は有限だ。幾らでも出てくる訳では無い。
いや、ゲームだっていつかはカンストするかも知れないが。
ロイとルーチェが独り立ちする時に幾らかは渡してやるつもりだ。
どう使うかは本人が考えれば良い。
あまり変な使い方はしないように教育はしておくつもりだが、俺がそれを言うのもおかしな話だ。
しっかりした金庫番を雇うべきか?
しばらく子供達二人は体力を取り戻すのが仕事だが、一日中部屋に閉じこもっているのも良く無いだろう。
宿屋の裏庭で遊ばせて貰えるように交渉するか。
連れて歩くと俺の仕事…なんか仕事してたっけ?と思われるかも知れないが、いずれ依頼を受ける予定だ。その時には邪魔になるだろう…自信は無いけど。
そうだ、子供用の玩具でもあれば良いんだけど。
俺が子供の頃にはブロックで何かを作って遊んだものだ。長方形の本体に丸い凸が二つ出ているやつな。赤、青、黄、緑、白の五色くらいあったかな。
でもプラスチックが無いと作れないか。
何かの樹液とかで作れないかな?
他にも代用が出来る異世界素材があるかも知れないし。材料さえあれば、型を作って貰えれば自分でガチャンガチャンとプレスして作れそうな気がする。
お絵描き帳も色鉛筆も無いよな。
コンテ、パステル、クレヨンとかは天然顔料があれば作れそうだ。クレヨンはロウソクの溶けた蝋と顔料で出来ると思う。
顔料は岩とかを粉末状にして作るが、煤と蝋だけでも黒色のクレヨンが作れそうだ。
鉛筆の芯は、木炭か煤と粘土を混ぜて丸く成形、焼き固めてから揚げて作るんだっけ?
それを先に溝を掘った木で挟んで接着するんだよね。
鉛筆の芯を通す為の丸い溝を掘るのは自宅では難しい。木材加工工場にお願いしなきゃ無理だな。
それでも鉛筆専用の加工ビットと機械を用意しないと大量生産なんて無理。
芯を効率良く作るにはどうするんだろ?
圧力を掛けて押し出し成形する機械を作る技術力なんて恐らく無いぞ。
半円の溝を切った鉄板に材料を乗せて、鯛焼きみたいに押さえて成形するか…効率を無視したらこれでも行けるか。
消しゴムはゴムの木があれば、なんとでもなるよね?
最初に作るのはお手軽なクレヨンかな。
問題は紙だよね。
質に拘らなければ、ノートサイズ程度の紙なら自分で漉くことも出来るんじゃないかな?
簀桁擬きを手作り…いや、誰かに作ってもらおう。
材料の手配が面倒だけど、ミツマタやコウゾじゃ無くて、ケナフみたいな代用が出来る植物があればラッキーかな。藁でも紙は出来るんだし。
でも繊維にする工程が手間か。確かアルカリの液で煮るので…石鹸もアルカリ水溶液を使うから、同じ場所で作ればいいか。
薪の換わりに煮炊き出来る魔道具を使えば煙も出ないしさ。
ランニングコストは知らないけど。
糊は市販されているもので試してみるか。オクラみたいな植物のネバネバを使う筈。魔物にもネバネバしたのが居そうだし。
紙さえ出来れば折り紙が出来るし、紙で何か作らせても良い。リングを何個も連ねてネックレスとか作れるし。
女の子向けにはお人形さんだろう。裁縫スキルが何故かあるから、フェルトや端布でも集めて何か作ってみるか…。
でも男の俺がお人形さん作りって…これは見た目にも却下だな。
ホワイトボードとフェルトペンが作れるならお絵描きに最適なんだけど、ホワイトボードは薄い鉄板に表面加工を施した物だから、今の技術では再現出来ないだろう。
ペンに使うインキの材料は顔料、アルコール、剥離剤なんだよね。アルコールは消毒液として大量生産させるつもりだし、顔料はプロの絵描きの使っている絵の具の材料でもあるから手に入る。
でも剥離剤の原料が全く分からないから、これはお手上げだね。
今まで当たり前のように使っていた物が無い世界に来て、再現しようにも全く手掛かりが無い。
昔の人って鑑定スキルも無いのに、よくあんなに色々な物質を発見したり生み出したり出来たよね。
ホント尊敬するしかないわ。
でもいつかホワイトボードやマーカーを作り出してやろう。
こっちには魔法があれば不思議な魔物も居るんだから、違うアプローチでも擬きは出来ると思うんだ。
勿論俺は出資するだけだ。研究員を応援しながら遊んで暮らすさ!
クレストの妄想回です。
あれやこれやと本当に研究を始めれば、彼の現有資産程度では底を突きます。
物品を取り寄せるだけでも、輸送費が馬鹿にならないし、人件費やら施設やらで幾ら必要か想像出来ません。