表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/199

第35話 メイドさんを雇おう

 商業ギルドの不動産部を訪れた俺は、とりあえず一年間の借家暮らしのつもりだったのだが、前世は悪魔だったと思えるようなレイドル副部長の売り文句『改築可能』と言う甘い誘惑に負けて借家を買い取ることにした。


 土地と建屋で大銀貨一万枚、単純計算で約一億円だ…高いか安いか全然分からない。


 分からないのだが、確か一年間宿屋に泊まるより安くなるから、と言う理由で安い借家を借りる予定だった。

 一年が三百六十日として、三十年間宿泊すると大銀貨一万八百枚だから八百枚の得をした。それは間違いない。


 敷地の広さが縦横共に三十メートルとして九百㎡。

 建屋を大銀貨二千枚、土地が大銀貨八千枚と仮定すると、平米あたり大銀貨九枚弱。あきる野市や箱根町辺りの平均地価に相当するので、わりと現実的なお値段か。

 どうやらレイドル副部長にぼったくられた訳では無さそうだな。


 だが、それって三十年間は毎日この宿屋に居るってのが前提だ。


 冒険者だから依頼で長期間町から出ていることもあるはず。

 それを考えたら、年間三百三十日ほどは宿屋に泊まる計算で、俺ってあまり外泊しないとレイドル副部長に思われていたのか?


 俺の思考傾向を完全に見抜かれていないか?

 あの人、一体どこまで先を読んで行動していたのかと考えると恐ろしくなる。

 だからこそ見た目がプロレスラーなのに、副部長の地位にあるのだろう。


 もし結婚して子供が出来れば、三十年と言う数字の意味は無くなるけど。その予定は今のところ無い。


 商業ギルドが扱っている商品の目録を見ながら、損得勘定をした結果がこうなったのだ。


 ちなみに何故それを見ていたかと言うと、どんな金属があるのかも知りたかったからだ。

 一番欲しいのはステンレス鋼だ。これがあるとないとで作れる物に雲底の差が出る。

 ステンレス鋼と思われる物は無いが、クロムらしき物質は書いてあった。

 主にメッキに利用される鉱物だね。地球の物性と同じかどうかは不明だが、ステンレス鋼が製造出来る可能性がある。


 ただし、そのメッキの現場が安全かどうかは不明だ。この世界で鉱物による中毒とかは認識されているのか、甚だ疑問である。

 もし認識がされていないのなら、それとなく知らせる方法を考えなければならないかな。


 ちなみにメッキは支配者・権力者階級の使用する物品にのみ利用されており、一般的にはほぼ出回っていないらしい。


 支払い段階になって、モブ夫ことカルーネさんが俺のギルドカードを見て、「マジか?」的な顔をした。さすがにこの反応にも慣れてきた。

 支払いにカード読み取り端末のような魔道具を使用するのだが、商業ギルドにある端末なら残金まで確認可能なのだろう。


 俺も立ち会ったが、カルーネさんが端末の魔道具を見て固まっていたので間違いない。

 俺も金額を見たらそうなる自信があるからね。


 売買契約が無事に終わり、バッグに契約書を収納する。

 契約書は正と副があって、内容は全く同じで商業ギルドと契約者がそれぞれを保管する。

 そうだ、大事な物はバッグじゃなくてアイテムボックスに移動しておこう。


 脳内でアイテムボックスの整理をしていると、書類入れに契約書をしまったレイドル副部長が、

「これで売買契約は完了しました。

 一度屋敷の清掃及び点検を行いますので、引き渡しは五日後となります。五日目以降の午前中であれば、いつここにいらっしゃっても問題ありません。

 ただし、点検中に何らかの不具合を発見した場合には予定がずれる事もありますので、予めご了承願います」

と連絡事項を書いた紙を見せてくれた。

 今日見た感じでは、何処にも不具合は無かったから多分大丈夫だと思う。


 それに続けて、

「ところでクレストさん、あの屋敷に一人でお住まいになられますよね?」

とレイドル副部長が聞いてきた。


「はい、独り者ですからね。

 誰にも気を使わなくて良いから、宿屋より落ち着けると思いますよ。

 かなり値引きして頂いて申し訳ないぐらいです。何かお役に立てれば良いんですけどね」

と何も考えずにリップサービスも少々付け加える。


 カルーネさん曰く、あの屋敷は元所有者の親族からの買取額が大銀貨一万飛んで五百枚だったらしいから、実に大銀貨五百枚の赤字になる。

 レイドル副部長はそんなに値引きする権限を持っていたんだね。

 ちょっと怖いところもあるけど、少し見直したよ。


「冒険者として活動していれば、依頼で長期間留守にすることもあると思います。

 立派な建物ですから、空き巣の恐れもあります。

 それに、普段日頃からあれだけの家や庭の掃除や手入れをご自分でなさるのは大変だと思います」


 確かにまぁ、大変と言えば大変かな、とは思う。

 冷静になって考えれば、何故か変なテンションで爆買いしたようなもんだからね。

 一人であの家に住むのもちょっと寂しいよね。ペットでも飼おうかな。

 大きな家では番犬を飼っている所もあるらしく、犬を散歩させているのを見たことがある。


「なので、あの屋敷の管理や食事の世話を、専門のスタッフに任せてみてはいかがでしょう?」

「専門のスタッフですか?」


 レイドル副部長が言っているのは、お手伝いとか家事代行サービスのことかな。

 そう言う業者も日本にあったな。

 「見たわよ」なんて言う家政婦が実在するかどうかは分からないけど。


「はい。ハウスキーパー若しくはメイドですね。

 クレストさんクラスなら、募集すればすぐに集まるでしょう。

 部屋にも余裕がありますから、何かあったときにすぐに役に立つように住み込みにされると良いですね。

 クレストさんはまだ土地勘も無いでしょうし。

 オプションで、夜の運動会については同意の上であれば可能と言う契約を結ぶことも出来ます。その分、お高くなりますが」


 最後にとんでもない事を言うが、これは遠回しに早く結婚しろと言っているのだろうか?

 俺がめちゃくちゃ金持ちだって知ってるしね。


 言われてみればそうだよな、骸骨さんが前世で貯め込んだ遺産(彼が本当に泥棒したかは不明としよう。それに時効成立だよね?)…遺産と言うのもおかしいけど、現有財産は俺が普通に使っても使い切れない金額だし。

 スローライフを送るなら、うん、確かにメイドさんは必須だよなぁ…二人くらいなら雇ってもいいかな。


 まだこの世界ではメイドさんなんて見てないから、どんな格好をしているのか凄く興味がある。

 もし衣装が気に入らなければ、俺の妄想力を活かして新しく作ってもらえば済む。

 オムライスにハートを書くサービスなんていらないから、普通に食べられる食事を作ってもらって、普通に掃除してもらって、洗濯は…パンツを洗わせるのは心苦しいけど、ここは我慢かな。


 そう深く考えずに、

「じゃあメイドさんを二人…かな」

と返事をすると、強面のレイドル副部長がニコリと微笑んだ。


 笑っているのに逆に怖いのは何故だろう。

 彼にはそう言う特殊なスキルが備わっているのかも知れないね。さすがに前世は悪魔かも知れない疑惑の持ち主だ。

 凄い勢いで立ち上がった彼が、事務室に居た職員に、

「クレストさんを案内してくる」

と何処へとは言わずに俺の手を引いて部屋を出た。


 そして二つ隣の部屋の前、連れて来られた部屋の看板には『人材派遣部』と書かれていた。


 レイドル副部長がガチャリとドアを開けて中に入ると、彼に気が付いた何人かが挨拶をした。

 それに軽く手で応えてから奥の部屋に勝手に入り、何か勝ち誇ったような声で話していた。


 壁には部長室と書いたプレートが貼ってある。

 ここで高性能スライムイヤーをオンラインにしてみた。部屋のドアを開けっ放しにされているから、断じて盗聴ではない、あくまで漏れ聞こえただけなのだょ。

 『貸し一つ』とか言っているのが聞こえたけど、どうやらレイドル副部長とは仲の良い相手らしい。


 部屋から出てきたのは四十代と覚しきキャリアウーマン。女性の派遣が多いので、必然的に役職にも女性が就くのだろう、と勝手に想像する。


「初めまして、人材派遣部の部長を務めるメイベルと申します」

「初めまして、冒険者のクレストです」


 今度は部長さんか…でも少し性格に問題のある副部長で慣れたからか、緊張はしない。

 いや、一度あの人とお話ししたら、誰だってそうなると思うんだよね…商業ギルド、この人事で本当に良いのか?


 お互いギルドカードを見せ合いながら初対面の挨拶を交わす。紙が安くなれば名刺も作れるのにね。

 木を削って繊維を取り出すのが洋紙の製造方法だっけ?

 紙の製造も誰かにやらせたいな。どうせなら風合いのある手漉き和紙と効率重視で洋紙の両方にチャレンジしてみようかな。


 おっと余計な事を考えてたよ。今は雇うメイドさんのことに集中しなきゃ。


 部長室の隣の応接室に入り、レイドル副部長がここに来た経緯を説明してくれた。この人、多少強引だけどこの辺りの遣り方はとても要領が良い。


 メイベル部長がふむふむと頷くと、リストを持ってくるから少し待ってと言い残して応接室を一度出た。

 それから五分程して一冊の分厚いファイルを持って戻ってきた。


 どうやらそのファイルはメイドとして登録している人材のリストらしい。

 メイベル部長が見せてくれたそのリストには、氏名、年齢、容姿の特徴(写真が無いので言葉で書いてある)、所持する技能が記載されていた。


 多分別のファイルにはもっと詳しく記載されたファイルがあるか、または美人だけを集めた極秘ファイルがあるんだろうな。

 美少女メイドコレクションとかあったら買うよ。


 でもね、正直言うと見せてくれたファイルではどの人も同じような技能で、誰にしようか判断が付かないんだ。

 考えるのも面倒だから、メイベル部長のお勧めを二人お願いすることにした。

 面接試験はやらないのかって?

 面倒だからそんなのやらないよ。クーリングオフ期間があるらしいからね。


 費用は一人に付き月に大銀貨十八枚。

 二人で月に大銀貨三十六枚。二人を雇うと年十二ヶ月で…大銀貨四百三十二枚。

 あれ…? それに対して家賃は大銀貨三百四十枚…。

 これって家賃より人件費の方が高く付かないか?

 人件費は割引が効かないだろうし。


 ニュースのインタビューで人件費が高いとかなんちゃらって聞いたことがあるけど、まさか俺がそう思う日が来ようとは。それもまさかの異世界で。


 払える金額だから全然問題ないけど、おかしいな。

 宿泊費を削る予定が、逆に倍以上払うことになっているょ。なる程、これが商業ギルドの儲かりの秘訣なのかも。


 でも冒険者としてまだ全然活動してないのに、もう家を買ってメイドさんを雇って…明らかに順序が違う気がする。


 こんなことじゃ名を上げてライエルさんにお願いして研究所を設立しようなんて実現不可能だろうな。

 よし、明日からは少しでも依頼をこなそう。

 いやいや、依頼を見るのは今日でも出来る。今日出来ることは今日やっておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ