第33話 骸骨さんは大泥棒?
『南風のリュート亭』のご主人から一年間の長期滞在をするなら家を借りる方が安くなると聞き、商業ギルドを訪れた。
そして紹介してもらったレイドルなる人物に会ってみたのだが、一言で言うとプロレスラー公務員だった。
日本に居る某議員さんとは、覆面をしているかしていないかの違いぐらいか?
そんなレイドルさんの、
「…希望価格の十ぱ…五パーセント割引に致しますが」
と言う悪魔の囁きに俺の心は大きく揺さぶられて、彼の前に陥落してしまったのだ。
「俺ですっ!
たった今、予定は全部キャンセルしましたっ!」
その返事に満足げにレイドルさんがニヤリと笑った。
この人、あかんてっ!
余所様の人事に口を出したくないけどさ、商業ギルドで前世は悪魔だっと思えるような奴を雇うなよ!
怖くてお客様が裸足で逃げ出すから!
「冗談はさて置くとして」
「冗談かいっ!」
ぐぬぬ…何食わぬ顔で部下の運んだお茶に口を付けるレイドルさんの真意が分からない。
不良債権を押し付けようと考えているのか?
でも副部長だし、評判を落とすようなあくどいことはしないと思いたい。
相手の出方が分からない以上、紹介された物件で判断するしか無さそうだな。
「プランは街の中にあって、安全に暮らせる場所。
それだけでは絞りきれないので、まずは大きく分けましょう。
将来的に買取可能の物件と、買い取り不可の物件、どちらになさいます?」
買取可能? リミエンに定住するかどうかも分からないのに、買取を考えるのは気が早過ぎるよね?
それに一年ぐらいしか住まないかも知れないんだし。買うのはちょっとなぁ…。
「一応聞きますけど、買取可能と不可、どんな違いがあります?」
「一番大きな違いは、買取不可の物件は返却時に原状復帰をお願いするので改築には向いていない、逆に買取可能の物件なら改築も可能です。
キリアスの住宅事情は分かりかねますが、文化の違いでお困り事があるのなら買取可能をお勧めします」
へぇ、改築可能なのか…夕べうっかりしてて、タライ風呂にも入れなかったしなぁ。
この国の市民向けの家屋にはお風呂が無いんだよ。
だから浴槽を設置するには改築が必須だよね…うん、悪魔みたいなんて思ってゴメンね、副部長さん、ナイスアドバイス!
この際、少々高くても目を瞑るからさ!
「改築オッケーの物件にします!」
「それではこちらで何軒かピックアップします。
価格帯は仲介手数料込みで年間賃料が大銀貨四百枚前後ですかね。
十五パーセントの割引なら年間で三百四十枚になりますからね」
一年間の宿代が年間で三百六十枚としたら、借りた方が確かに安い。気に入れば買い取りすれば良いんだしさ。宿屋のご主人さん、ありがとうね!
「当然ですが、改築費用はクレスト様持ちですから。
施工業者は一流どころを紹介致します。
あぁ、そうですね。どうしても事故物件がエヌジーと仰られるなら、予め選択肢から外しておきますが」
おーぃ、それってその物件を売る気マンマンじゃねえの?
俺も骸骨さんも本人自体が事故物件だから、そんなの気にしないけどね。
それより借家を決める方針は、浴槽を設置出来るスペースがあることを第一条件としよう。
次にトイレを使い慣れた洋式便座タイプの水洗式に改造出来ること。街の地下には下水道があるそうで、浄化した排水を流せるように出来れば良い。
この世界にどんな技術があるのか分からないけど、極力臭いのしないトイレにしたいからね。
けど、それだけの事をしようとすると、旧キリアス貨幣を交換して支払うのは面倒だな。
せっかくだからレイドルさんに聞いてみるか。
「あの、レイドルさん。支払いは旧貨幣でも可能ですか?
実は大量に持っていまして」
そう聞いてみると、レイドルさんの眉がピクッと動き、少し考える素振りを見せてから、
「物によりますが」
と短く答えた。
うん、レイドルさんの目が鋭く光った気がする。古い貨幣ってやっぱり価値があるんだね。
マジックバッグ隠蔽の為に肩掛け鞄から一枚の旧金貨を出して、
「旧キリアス王国のなんだけど」
とチラリと上目遣いでレイドルさんを見る。
「犯人確保…」
なんですとっ! 僕は無罪だ!って何の罪?
ガバッと凄い勢いで俺の手をレイドルさんが掴んだのだ。
「昨日、一昨日と二回に渡り、旧キリアス貨幣を各種大量に現貨幣と交換した者が現れたと情報がありまして…。
無事にギルドカードが作成出来ているので、クレストさんが犯罪を犯していないことは分かっておりますが」
今、しれっと凄いことを言ったよね?
犯罪を犯していたら、ギルドカードって作れなかったんだ…てっきりどんな人でも作れると思ってたよ。
で、そのチェックってどうやって?
あのタイプライター魔道具が犯罪歴まで調べてる?
どんな原理で?
まぁ、ファンタジーワールドにリアルを持ち込んで解析しても意味は無いか。『洗浄』も『治癒』も、原理が不明なんだし。
自分のステータスが見られることだって非現実的だし。
だからロストテクノロジーで作られた魔道具には何があっても不思議じゃないのか。
よし、こう言う時こそ『考えるな、感じろ!』だっ!
「ですがね…確かに両替商では貨幣の交換レートは一対一ですが、実際の価値は一割増し以上なんですよ!
貴方のお陰であの憎たらしい両替商が、レート差益と手数料でどれだけの暴利をむさぼったか!
羨ましいですよっ!
ですがね、あの旧キリアス貨幣の骨董的価値、貴重品としての価値がお陰で大暴落ですよっ!」
そこまで力説することかな?
どうせ大量生産品なんだから、材質の善し悪しぐらいしか違わないと思うけど。
それに、各貨幣を百枚ずつだから、そんなに大した枚数じゃないよね。
「貴方、なんで?って顔してますけどね。
調べて分かったんですがね、貴方の持ち込んだ貨幣、キリアスがある勇者を使って侵攻を強めていた時期に、記念コイン的な感じで期間限定で作られた物なんですよ。
しかも市民への配布はされていない。
それは何故か。勇者が全額持ち逃げしたからなんです!」
はい?…ちょっと待って!
勇者が記念コインを全数持ち逃げってどう言う状況よ?
「旧キリアス王国には、禁忌とされる召喚ゲートがあったんです。勿論現在は封じてますがね。
お伽話のような話ですが、どこからか召喚された勇者は通常の人には無い能力があるそうです」
「それって、キリアスが勇者を御せないと大変な目に遭いそうだね」
「ええ、その通り、勇者が好き放題やってたそうですよ。
だから勇者を倒す為に別の勇者を召喚して…はぁ、最初から召喚なんてしなければ良かったものを。
今のキリアスの内乱も、その勇者が切っ掛けで始まったものですから」
…まさか骸骨さんって勇者召喚の被害者?
あの性格だから、その可能性が高いわ…。
「それで、何故そんな物を貴方が持っていたのか。
恐らく勇者本人か、近しい者が隠し持っていたに違いないでしょうね。理由は分かりませんが、無傷で残っていますから使う積もりは無かったのでしょうね。それか使う前に亡くなったか」
骸骨さん、何やってくれてんの。すぐに返してきなさい!…とは言えないか。
そのお陰で俺がラクをさせてもらっている訳だし、骸骨さんも被害者ぽいからな。
「そんなウルトラレアクラスの貨幣を、どこかのアホがあっさりと百枚も放出してくれちゃって、古銭商が泣いていますから!
商業ギルドとしても動かざるを得ないでしょ!」
なるほど、そりゃ悪かったな。
暫くの生活費と身なりを整える為の資金ぐらいしか交換していないけど。
でも両替商にはまだまだ大量にありますって言った気がする。
「あ、ルシエンさんとこ、大銀貨百枚の支払い、どうしよう?」
「百枚ですか?
その程度なら商業ギルドでも換金出来ますよ。問題ありませんね」
「それなら良かった。ありがとうございます。
けど百枚ね…どうしよう、溶かすかな?」
その程度なら、と言うことは上限があるってことか。大銀貨だけでもその何倍かはまだ残るし。
「ピクリ。溶かす、とは?」
「口でピクリとか言う人、見たの初めて」
「そこはお構いなく。で、溶かすとは?
その百枚以外にも、レアコインを持っていると言うことですね?」
「まぁ、何と言うか、そのコインしか持っていなくて」
俺だって他の貨幣を持っているなら、そっちを使うよ。持ってないから仕方ないだけでさ。
今から無一文になって稼げと言われても困る。
もし人の姿で転移してたなら…そうしなきゃならなかったのかも知れないけど。
よし、スライムの姿で暮らすアルバイトを自給大銀貨一枚でやってたと思うことにしよう。
それなら自分で稼いだことになる!
「分かりました。全て出しなさい。
ここは商業ギルドですから、適正なレートで取り引きします。
例え旧貨幣であれ、貨幣の密造、溶解は犯罪ですから。
両替商にこれ以上美味し…ゴホン、両替商に持っていって交換するのはお手間でしょうから、うちで手配致します」
「今、一瞬本音が見えたよね?」
「いえ、見えたのではなく、見せたのですよ。
これはこちらの精一杯の誠意ですから。
貴方、マジックバッグ持ちですよね?
ネタは上がっていますから。ケルンさんの荷馬車に乗ってやって来た身元不明の濃紺の髪の青年。所持品は背負い袋と肩掛けのバッグのみ。
そんな旅人がどうやって大量の貨幣を持ち込んだのか、興味があってもおかしくないですよね?
それともちょっとそこでジャンプしてみるか?」
俺の個人情報、どこ行った? この国こえーよ!
てか、レイドルさんの目がマジで怖い。
でも考えてみたら、どっちみち宿屋一年分の大銀貨なんて両替しないと出せなかったわ。
宿屋のご主人とレイドルさんが気を利かせてくれたから逆に助かったのかもね。
「で、どれだけ持っている?」
と耳元でレイドルさんに、マジックバッグの中身を確認して、
「およそ白金貨百枚、大金貨三百枚、金貨五百枚、大銀貨五百枚、銀貨以下多数」
と小声で呟くと、
「多過ぎるだろっ!」
と速攻で突っ込まれた。そして額に手をやり悩み込んでしまった。
「これでも自粛して白金貨、大金貨、金貨の換金はしなかったんだから許してよ」
「そう言う問題じゃないっ!
まいった…流通ルートに乗せるのは両替商に持ち込んだ分だけにして…後はこっちから造幣工場に直接持ち込んで交渉だな」
詳しいことは分からないけど、市中に出回る古銭の量は経済に影響の出ない程度の量なら問題ないけど、一度に多数出回るとその貨幣を手に入れようと金持ち間での揉め事が起こるらしい。
旧貨幣を実際に買い物で使うのではなく、見て楽しむのがステータスなんだとか。悪いけど金持ちの考えに付いて行けない。
これは古い貨幣の方が金、銀の質が現在の物より良い為らしく、この国独自の価値観の問題かも知れない。
そうでなくても、旧キリアス王国貨幣はその製造技術の高さとデザイン性からマニアには絶大な人気を誇っているらしい。
しかも悪いことにクレストの持ち込んだ貨幣はウルトラレアコインだ。
実際、両替商はクレストから入手した貨幣をマニアに販売することで利益を得ている事を指して、レイドルが美味しいと漏らしたのだ。
レイドルとしてはマジックバッグの中で金銀銅を腐らせるのでなく、新たに貨幣の素材として市場に流出させることを選択した訳だ。
単純に言うと、金銀銅の流通量がその国の経済力な訳だから。
そしてクレストの持つ旧キリアス王国貨幣は、商業ギルドで古銭と言う商品として処理するには量が多すぎて不可能とレイドルは判断したのだ。
後日、泣く泣く貨幣鋳造の素材として造幣工場に持ち込まれる事になるだろう。
旧キリアス貨幣と現コンラッド貨幣との交換に関する記載は作者の創作です。
紙幣の無い経済体系の世界で他国の古銭が使えるのか、と言うのは調べても分かりませんでした。
キリアスの造幣局は記念コインを発行したつもりなんて無いでしょう。勇者が持ち逃げしたから、それ以降その貨幣が発行されなくなっただけです。事実が多少歪んで伝わっています。
骸骨さんが勇者だったとか持ち逃げしたとかは、あくまでクレストの想像です。事実かどうかはいずれ…出てくるかも。