第32話 家を借りる方が安いらしい
リミエンに到着して二日目の夜はケルンとバルドーさんと一緒に楽しく外食。
昨日は宿で夕食にしてから町に出ていないので、夜歩きは初めてだね。
防犯の為に、通りの所々に街灯が設置されているので、星明かりだけよりか明るくなっている。
ランプの燃料は恐らく獣脂か植物油だろう。
まさか街灯が魔道具なんてことは無いだろう。
通りは夜でも人通りはそれなりにある。
出ている飲食店の屋台も数が多く、自宅で調理をしない人達向けのお店なんだと想像する。
ランプを使うにも燃料代が掛かるだろうから、その分少し割高にしているのかと思いきや、店仕舞い前だと売れ残りを処分するために値引きしている屋台もあった。
見たことの無い食べ物だけど、話のネタになるならと適当に買って帰る。
アイテムボックスのお陰でいつでも出来たて熱々だからね。
それにもし俺の口に合わなくても、うちには何でも食べてくれるスライム達が居るからゴミにもならない。包み紙ごと綺麗に処理してくれる。
ゴミの処分にお金の掛かる国で生活していたから、本当このスライム達は便利で手放せないね。
宿泊している宿屋は『南風のリュート亭』と言って、大通りから一本外れた通りにある三階建て。
その三階だが、一泊銀貨十四枚と少しお高め。出来れば明日から半額の二階の部屋を使いたい。
連泊するつもりなので、宿屋の人と話してみるか。
「あの、お客様。二階の部屋が明日から空く予定なのですが、まだリミエンに滞在されるのなら、うちに泊まりませんか?」
と宿屋に到着すると、受付に立っていた女の子がおどおどとした様子で提案してきた。
「食事の時間が過ぎて、父が帰宅しておりますので詳細は明日となりますが」
ご主人は朝に仕込みをするので早起きなのだろう。早起きの苦手な俺には無理な生活だね。
『笑う子豚亭』を出てから一人でウロウロしていて、帰って来たのは夜の十三時過ぎだった。
この宿屋は門限があるから、もう少し遅かったら入れなくなるところだったよ。
なるべく夜間の外出はしないようにと。
「そうなんだ。じゃあ、ちょうど良かった。
明日からの宿屋を探すつもりだったから、しばらくお世話になるよ」
「そうだったんですね。お声掛けして良かったです!」
嬉しそうな女の子から部屋の鍵を受け取り、お休みなさいと声を掛けて三階に上がる。
「あっ! お湯をもらうの忘れてた…」
そう、各室に風呂の付いたホテルしか使ったことが無いから、その感覚で過ごしていたら今夜のお風呂が入れなくなってしまった。
簡易浴室を借りれば行水は出来るけど、温かいお湯が欲しかったので却下だな。
下着姿になってから原理不明の謎魔法『洗浄』で体をスッキリ綺麗にする。衣服は洗濯に出すので、敢えて魔法で綺麗にはしない。
汚れていない服を洗濯に出すのもおかしな話だからね。焼けた肉の匂いが付いているからよく分かる。
下着は綺麗になったのかって?
魔法の効果範囲を体に限定することも出来るけど、そんなこどもする理由は無いから綺麗にしてるよ。
スライム達には森の中で狩った魔物を与える。この小さな三匹が何故鹿を丸々一頭食べ尽くせるのか謎だな。
食べ終わったら勝手にバッグに戻るから世話もいらない。可愛い色が付いていたら、絶対ペットとして人気出るよな。
翌朝、少し遅めの朝ご飯を摂る。部屋を移るから、先に移動先の部屋の準備が必要だよね、と配慮をしたつもりだ。
俺の荷物は基本的にバッグに全部しまってある態で行動しているから、準備は特に無い。
洗濯してもらう服を下働きの娘さんが取りに来て、二階の部屋が準備出来たので受付に来てくれて伝言を受ける。
受付に立っていた女の子が、
「おはようございます。延泊ありがとうございます。
何泊のご予定でしょうか?
一ヶ月単位の長期滞在も可能ですよ」
と聞いてきた。
一泊と夕食、朝食で大銀貨一枚は駆け出し冒険者にとっては高いだろうけど、骸骨さんが生前に貯め込んだ資産のお陰で全然高いとは思わない。
大銀貨一枚は日本の貨幣価値にすると約一万円だと思うから金持ちなのは間違いない。
なので深く考えずに、
「えーと、とりあえず一年」
と軽く答えた。
すると、
「なっ、なんですってぇーっ!」
と受付の女の子が大声を出したので、
「何があった?」
と慌てて宿のご主人が出て来た。
「ごめんなさい。
お客様が、とりあえず一年宿泊なさると仰られたので、つい叫んでしまいました」
と女の子が謝る。
俺もなぜか釣られて頭を下げる。これが俗に言う連帯責任と言うやつか。
「うちとしては長期のお客様はとても有難いけどな。
しかし一年か…それなら小さな借家を借りた方が安くつくかも知れませんよ。
お一人暮らしなら、家賃が月に大銀貨二十枚も掛からない物件がある筈です。
うちはお湯のサービスぐらいしか出来ませんからね。
お客様、リミエンに定住をお考えでしょうか?」
そう言われると困る。先のことなんて全然考えていないからね。仕方ない、魔法の言葉で誤魔化そう。
「うーん、キリアスから出て来て、まだこの街しか知らないからなぁ」
「あぁ、キリアスでしたか」
超ヤバい大国、キリアスの効果は抜群だ。
この言葉を出せば大抵のことが『それじゃあ仕方ないなぁ』で納得してもらえるのだ。
冗談はさて置き、この街に定住するかと聞かれると、返答に困るな。もっと住みやすい街があるかも知れないし。
でも『エメルダ雑貨店』、『マーカス服飾店』、『ルシエン防具店』との取引があるし、ケルンさんとの繋がりも出来たし。
特にどこかに急いで行く必要性は感じていないから、暫くリミエンに住んでみようか。
「家を借りるのは何処に行けば?」
「商業ギルドの不動産部が一番確実ですね。
レイドルさんを訪ねると良くしてくれます」
「なるほど。それならそこに行ってみようかな。
じゃあ、とりあえず一週間だけ先に部屋を借ります。
あっ、たまに外食するかも知れないけど、その時は吟遊詩人さんと他のお客さんに分けてあげて」
「畏まりました」
ふぅ、宿の確保に成功っと。ささっと家を借りに行きますか。七枚の大銀貨を受け取り、あれ?と少し困惑した様子のご主人。一週間だから七枚であってるよね。
ゴブリン♪ゴブリン♪ ゴゴゴブリン♪
鼻歌混じりに教えて貰った商業ギルドに到着。
流石に商業関係の調整をしているだけあって一等地に建っている。それに白い石材が高級感を引き立てている。
ドアを開けると、まだ早い時間なのか窓口に並ぶ人はまばらだった。不動産部は何処だろう?
総合受付なんてあるのか。よし、聞いてみよう。
「おはようございます。不動産部ってどこですか?」
受付のお姉さんはスッキリした美人さんだった。
俺をチラリと見てから笑顔を浮かべると二階に上がってすぐ右側の部屋だと教えてくれた。
みすぼらしい身なりだと追い返されたとか?
ちゃんと服は洗濯してもらっているし、体も魔法で綺麗にしたから匂いもそんなに無いはず。
不動産部と書かれた看板を確認して、開けっぱなしのドアからひょこっと中に入る。
中は洗練されたオフィスそのものだった。
よく見る会社の風景と違うのは、パソコンモニターと電話機が机に無いことぐらいか。
職員さんの数はパッと見で十人弱。男性と女性の割合が半々とは、男女雇用機会均等法が進んでいるな。
一番手前の席に座っているのは若い男性だ。受付は女性の仕事って考えが無いのも素晴らしい。
って何を上から目線で評価してんだろ?
「おはようございます。
借家を考えていまして。レイドルさんをお願いしたいのですが」
「レイドル副部長ですね」
副部長かよ! 偉い人じゃん。まじかぁ…。
「副部長ーっ、お客様ですっ!」
あっ、ここは叫んで上司を呼び出すシステムなのね。てっきり席の前まで行って呼ぶのかと思ってたわ。
で、手をあげたのがレイドルさん?
「すぐに行く。お茶を用意して!」
想像以上にデカイ声にびっくりだ。ついでに言うと、体格も本当にデスクワークしている人ですか?と聞きたくなるくらいガッチリ。
「何かスポーツをされていますか?」と聞いたら恐らく「趣味で戦闘を少々」とか答えてくれそうだ。
「お待たせしました。奥へどうぞ」
と打ち合わせ室へ案内されて、さっきの男性職員がお茶を運んで来た。
これじゃ街の不動産屋にアパートを契約しに来たって感じじゃなくて、お役所の応接室でプロレスラーと対面しているような気がするよ。
「初めまして。不動産部のレイドルです」
と言って胸ポケットから金色のギルドカードを取り出して見せてくれた。
商業ギルドにもギルドカードがあったんだな。
あ、ケルンさんが城門で出してたっけ。そりゃ、このカードが身分証明書になるもんね。
「初めまして。冒険者のクレストと申します」
肩掛けバッグのポケットに手を入れ、冒険者のギルドカードを取り出してレイドルさんに見せると、当然驚いたようだ。
「ほぉ、まだお若いのにもう銀貨級ですか。
リミエンにも優秀な冒険者が現れたようですね」
昨日作ったばっかりです、とは言わないよ。
最終更新日は記載されているけど、登録年月日は書いてな…裏面に書いてあったよ、ちくせう。
だから現れたようだ、と言ったんだね。
そう言えば、今世の俺は目立たず暮らすつもりだったけど、これってやっちまったぜ!ってやつ?
これからでも大人しく生けて行けば、モブ人生への道にリカバリー出来るよね?
「借家をご希望とのことですが、具体的なプランとご予算をお聞かせ下さい」
「プランは…街の中にあって、安全に暮らせる場所?
期間はとりあえず一年。
予算と言うか、『南風のリュート亭』の二階を一年予約しようとしたら、宿のご主人に借家の方が安いからって。それでレイドルさんを紹介してもらいました」
「ほぉ…それはつまり、ノープランですね」
そりゃ、そうでしょう?
だってここにどんな物件があるか全然分からないんだからさ。
でもレイドルさんの目が獲物を見付けて旋回を始めた鷹の目のように見えるのは気のせいか?
「ところで昨日、冒険者ギルドに登録した新人が居るそうで。
なんでも、素手で大銀貨級のパーティーを制圧したと言うとんでもない噂を耳にしましたが。
クレストさんに心当たりは?」
ええっと、さっき俺のギルドカードを繁々と見てたよね?
ちゃんとカードに主な戦闘手段まで書いてあるけど。それ見て何でか驚いてたよね?
「へえ、そんな人が居るんですねーっ。
って、あの?」
レイドルさん、顔は和やかなのに鷹のような目は全然笑っていない!
「いえ、聞いてみただけですよ。
そんな人が居るのなら、お会いしたときに是非一度手合わせをしてみたいと…」
「予定がいっぱいでして」
「勿論その御礼として…希望価格の十ぱ…五パーセント割引に致しますが」
「俺ですっ!
たった今、予定は全部キャンセルしましたっ!」
「でしょうね」
仕方ないよ、借家を十五パーセント割引にしてくれるって言ってるんだから、普通は飛び付くでしょ!
手合わせって一体何のことだか知らんけど!