第31話 嫁はどうだ?
腰に提げておく武器を求めて武器屋に入ってみたものの、好みに合う物は置いてなさそうだ。
リタが格闘を馬鹿にしていたのを不思議に思っていたが、衛兵隊長も同類だった。
そして武器屋も格闘用の武器は揃えていない。
こうなると、地球の文化の方がおかしかったのだ、と考えを改める方が正しいでは?と思えてきた。
そしてハタと気が付く。
地球には魔物が居ない。銃もある。だからスポーツとしての格闘技が今も存続しているんだ、と。
日本で考えてみれば、年に数回熊に襲われたと言うニュースが流れる程度で、基本的に野生の生き物に命を脅かされることなんて無いのだ。
好き好んで動物と戦おうなんて言うのは、芸能人一人だけで充分だ。
そうは言った物の、今から自分のスタイルを変えるのもなぁ。
これと言った収穫が無いまま、気が付けばエメルダ雑貨店の前まで来ていた。
「くらえっ魔王セラドンっ!
大悪党勇者地獄斬りっ!」
「こしゃくな! セラドンバリアーっ!
返り討ちじゃ!」
今日も子供達は元気に勇者ゴッコだ…で、セラドンて何よ?
怪獣みたいじゃん。
で、そのセラドンバリアーの性能について詳しくっ!
リフレクターなんだよなっ!
「クレストさん、お帰りなさーい!
どうしたの、なんかお疲れみたいだけど」
と店番しながら皮剥き器の本体を加工しているエリスちゃん。
見事な家内制手工業だな。
カウンターには既に出来た本体が十個ずつ束ねて置いてある。もうそんなに作ったのか…随分と早えな。
ひょっとしたら、この子、木工スキルがあるのか?
「…セラドン…じゃなくて、あちこち見て歩いたんだけど、これと言った武器が無くてね」
「ふーん、どんな武器が欲しいのか知らないけど、うちじゃ扱ってないわ。
それに主婦の武器は料理だからね」
「…さようですか」
誰が主婦じゃい?
って、まさかの嫁にしろアピールなのか?
「セラドンって人気あるのよね。悪く言う国もあるけど、コンラッド王国じゃ割りと肯定的。
そう言えば、セラドンも武器は使わないのよね」
あー、それは多分威力があり過ぎる武器か、頭のおかしな武器しか無かったからですよ。
『星砕き』とか、誰がそんなモン使うかよっ!
『鬼降ろし』なら、まだギリギリセーフかも、だけどね。
「冒険者登録は済んだのね?
ギルドカード見せてよ!」
と無邪気にお強請り。
見せても困るわけじゃないし。
「はい、これね」
肩掛けのバッグからギルドカードを取り出してテーブルに置く。
「えっ! うそ、なんで銀貨級…」
手に取ったギルドカードを裏表隈無く眺め、エリスちゃんが感心したように俺を見ると、ニコリと笑い、
「嫁にして」
早っ! 今までそんな素振りは見せて無かったよね?
一瞬でそんなに気が変わるものなの?
でも頼むから、君もナイフを置いてからそう言う事を言おうね。じゃないと脅迫だから。
銀貨級冒険者って、そんなに優良物件か?
治癒魔法の使い手が仲間に居なきゃ、すぐに怪我して引退しそうなイメージなんだけど。
「嫁に行くのは、安全、安心、安定した収入のある仕事をしてる人にしなさい。
冒険者なんていつ魔物に喰われるか分からないよ」
「ふーん、クレストって冒険するの?
てっきり物を作って暮らすんだと思ってた。
離れた場所に研究所を建てて、指示だけしてノンビリ暮らすんでしょ?」
しっかりバレてる。
ライエルさんにお強請りするために、どうアプローチしていくか、それだけなんだよね。
今は骸骨さんがやらかしてくれたお陰で、俺の評価がかなり不安だからリカバリーしなきゃならないぽいけど。
あの人、武力だけを見てる訳じゃ無さそうだし。
「おっ、クレスト、お帰り。
これからケルンと飲みに行くけど、来るかい?」
とバルドーさんが手に薄切り器を持って奥から出てきた。
宿屋の食事代は前払いしちゃった…けど、折角誘ってくれているんだから付いて行こうかな。
「そうですね、お邪魔でなければご一緒に。
お店は何処か決まっています?
宿屋の夕食を断ってから合流します」
バルドーさんに教えられたお店は知っている場所にあるから問題ない。
それに食べ歩きマップの件もあるから、外食は記事作りにも活かせるしね。
「私も行こうかな」
とエリスちゃんが乗り気なんだけど、後からエメルダさんが出てきて、
「男所帯に混じっても詰まらないわよ。
エリスはこっち」
と言ってエリスちゃんを奥に連れて行った。
女性視点での情報も欲しかったんだけど。仕方ないか。
お店に現地集合と言う訳で、やって来たのは大通りから一本外れた通りに構える居酒屋『笑う子豚亭』だった。
豚肉料理がお勧めだろうか?
ケルンさんとバルドーさんが先に来ていて、俺待ちだったみたいで申し訳ない。
エールが皆に行き渡ったところで、
「ケルンの無事の帰還と、クレストとの出会いに乾杯っ!」
とバルドーさんの音頭で食事が始まった。
料理は予想通り豚肉メインだった。しかも豪快。
隣のテーブルには豚の頭の丸焼きが皿に乗っていた。食べたいとは思わないな。
「そうそう、クレスト君には言っておくけど、明日、商業ギルドで皮剥き器と薄切り器の件で打ち合わせをやることが決まった。
発案者は…予定通りバルで申請する。
正式登録がされて第一陣が商業ギルドの売店に並ぶまで、本件については口外無用でお願いしたい」
勿論俺から喋るつもりは無い。バルドーさん一家は俺の隠れ蓑にさせてもらっている訳だからね。
で、バルドーさんが発明したってことにするのは、そんなにおかしいのかな?
包丁の代わりとなる物だと考えると、それ程不思議でも無さそうだけど。
不器用な奥さんの為に考えた!とアピールしてこい!
「そうだ、クレスト。皮剥き器の刃だが、刃が回転するから切る相手の形に沿って動かせるし、剥いた皮の通る孔を開けたのも良く考えていると思う。
が、牙をあのへの字の刃に加工するのは意外と時間が掛かってな。
あのへの字形を変えても良いと思うか?」
あっ、そう言う質問が来るのか。
板から刃を作ってるから、強度不足を解消するために曲げているのか、それ以外に機能的な意味があるのか、俺も何故あのへの字形になっているのか詳しく考えたことは無い。
完成形は知っているけど、そこに辿り着くまでの経緯を知らないから説明出来ない。
「と思って試しに剃刀のような刃にしてみたら、刃が食材に深く入りすぎてしまってな。
への字の形にしたことで、鉋のように刃が食材に入りすぎるのを防止すると分かったんじゃ。
あれは良く思い付いたものだ。
だが材料費の面で魔物の牙を使うつもりじゃったが、切削加工の工賃を考えると牙を切削するのは量産には向かんのでな。
牙製はやめて、鉄の曲げ加工に変えても良いものか?
どっちにせよ、最初の見積より刃が高くなるが仕方ない」
鉄よりステンレス鋼があればもっと良いんだけどね。無い物ねだりをしても仕方ないか。
「改良や発展はバルドーさんが自由に行って下さい。
あの商品はバルドーさんの発案ですよ?
刃の形を検討していく過程で、切った形が変わる刃が出来ると思いますよ。これは薄切り器も同じです。
薄切り器は最初から刃を変更する予定で作ってあるし、皮剥き器は何種類かを持つことになると思います」
「なんと! それは商売上手だな。始めにスタンダードな商品で便利さをアピールし、その後にバリエーション展開とは。
このケルン、クレスト君の慧眼には恐れ入りました」
「それは持ち上げ過ぎですよ!
で、刃は交換式だから、使った後に拭くのも簡単だから錆びないよね。
あ、それなら刃の大きさに合わせた小さな砥石を作ると売れるかな?」
「やっぱりクレスト君には、バルより商才がありますよ!」
バルドーさんもケルンさんも新商品の発想と言うのは無いようだね。
でもケルンさん、俺の知識は現代日本からのパクりだから俺自身は全然大したことないから!
崇めるようなことはしないでよっ!
「そうそう、エリスと話していたがクレストはどんな武器が良いんだ?
銀貨級らしいが」
「んーとね、何と戦うかで必要な武器って変わると思うんだ。けど俺は討伐依頼を積極的に熟すつもりは無いから」
「クレスト君にはもっとアドバイスを貰いたいので、危険な事に首を突っ込む気がないのは有難いですね」
「おうよ。儂の方も何でも拵えてやるから遠慮するな。なんならエリスをくれてやるぞ。
いや、婿に来るか?」
ぶっっ! いや、まだ出遭ったばかりじゃないですか! そう言うのはきっちりデートを重ねてからでしょ?
「あぁ…うちにも娘が居れば…残念です。
今から娘を作るには…そうだ、クレスト君、年齢差って幾つまで大丈夫です?」
ケルンさんまで真顔でなんてことを言うのですか!
今から子供って、年齢差が二十は行きますからね! それはもう犯罪です!
オリンピック五回分の年の差婚って、芸能人にはたまに居るけど、共通の話題とかあるのかよ?
それに途中から介護に変わるよ!
それに保険金目的とか言われるし!
おじさん達と飲むと、こんな話になるんだね。
いつ魔物に襲われるか分からないし、ケルンさんみたいな行商人は盗賊に狙われるかも知れないからね。
だからこそ早く結婚して、早く子供を作るのがこの世界のスタンダードだ。
平均寿命がどれくらいか分からないけど、十八歳なら結婚しても良い年齢なのか。
良い出会いがあれば、考えてみるのもいいのかな。
しっかし隣のテーブルに運ばれて来たのは豚の焼きだ…あれ、どうやって食べんだよ?
何々『魔豚の丸焼き』ってメニューなの?
豚なのにマトンとはこれ如何に?
第二章はこれで終わりです。
次回は女性三人の閑話とプラスαを挟んでから第三章に入ります。