第30話 武器屋に寄り道
冒険者ギルドでギルドカードを手に入れた俺は、城門へ黒いカードを返却しに行った。
カードを発行してくれた衛兵さんとは上手く話が出来たのだが、後から出て来た隊長が俺を銀貨級と知ると魔物を積極的に狩ってくるように発破をかけるのだ。
悪気があってのことではないのだろうが、今の俺の主義ではない。
自分の遣りたいことの邪魔になる魔物なら言われなくとも狩るつもりだし、人々を守る為に必要な戦いなら拒む理由は無い。
俺の意にそぐわない強制をされていると、タイミング悪く骸骨さんが出て来るのだった。
あの人、俺の中で自由に出入り出来るスキルを身に付けちゃったのか? 困るんですけど。
俺のギルドカードをマジマジと見る隊長が、呻くように、
「確かに格闘だ…信じられん、ライエルは何を考えているのだ?
格闘など人間相手にしか通じんだろうが!
魔物相手に素手でどうしろと?」
格闘に対する想像以上のディスりっぷりに少々腹が立つ。
剣も槍も折れたら最後に残るのは自分の体だけだろうが。その体を使った武術を侮辱するのはおかしくないか?
俺なら魔熊だろうが魔虎だろうが相手にしても平気なんだぜ。クレストは魔力を使った格闘術の修行が足りていないけどな。
「随分な言われようだがな。俺は素手で大銀貨級の『黒羽の鷲』を倒してこのギルドカードを手に入れた。
ライエルさんは、対人戦なら俺は大銀貨級相当だと判断しているんだろうね。
調子に乗った冒険者を抑えるのに利用されるのは、これっきりにしたいもんだがな」
俺が隊長に言いたいことは言ったな。よし、後はクレストに任せよう。
意識が戻り、隊長さんの何とも言えない表情を目にして苦笑しか出ない。
骸骨さん、ちょっとハードル上げすぎだよね?
言っとくけどな、俺一人だったら黒羽を全滅なんて出来なかったぞ。骸骨さんが剣士と盾持ちの二人を瞬殺したから何とかなったんだよ。勘弁してくれよなぁ。
仕方ない、骸骨さんの後始末するか…。
「まぁ、そう言うことで、俺は魔物相手の戦いは専門外なんですよ。
隊長さんのご期待には添えないと思いますよ」
と言っときゃ何とかなるだろ?
「じゃあ、返金は無くて良いので、俺はこれで失礼しますね。衛兵さん、お勤めご苦労さまです。では」
曖昧な笑顔で誤魔化して逃げるように部屋を出る。大銀貨二枚、損したな。
でもさっさと出て行きたかったし。
骸骨さんが言いたい放題言ってた軍への批判めいた話だけど、何故か突っ込まれ無かったのはそれだけ格闘ってスタイルに隊長さんが衝撃を受けたってことか?
凄い偏見と言うか、何と言うか。
素手で戦う修道僧が普通にゲームの中では活躍してたから、俺や骸骨さんには格闘で魔物を相手取るのは普通のことなんだけど。
まさか骸骨さん、さっきのと同じように生前に軍に喧嘩を売って魔王認定されたんじゃないの?
あの人、腹が立ったらフェード現象起こしたディスクブレーキ並にストッパーが効きにくくなるからね…コッチの身にもなれって思うよ。
ギルドカードの色は仕方ないけど、伊達眼鏡的に形だけでもいいから何か剣でも腰に差しておこうかな。
事あるごとに格闘を舐められるのも良い気がしないし。
でも、これからもあの隊長の顔を見る機会があるのかと思うと少しイヤになる。
冒険者ってもっと自由だと思っていたんだけど、この世界の冒険者って会社員とかと同じレベルの職業扱いなのか?
それとも銀貨級ってランクからは、魔物退治を強要されて当たりまえなのか?
そんなことは冒険者ギルドでは言われなかったから、多分あの隊長さんがランク至上主義だったんだろう。
まあ、そんなに考え込む必要も無いか。
目立たずモブ冒険者として安全運行を心掛けていれば、あの隊長さんも俺のことなんてすぐに忘れるだろうさ。
それにリミエンから出ても良いんだし。
よし、そうと決まれば…アイテムボックスの中に武器が入っているから、適当なやつを見繕って…『星砕き』?
ハンマーじゃなくて両手剣だけど砕くのね?
二つに割るんじゃなくて。
ピンク色で、叩くと可愛い音がする特殊機能付きの『片手ハンマー』。
説明書きは、一発で昇天可能、ギャップ萌えしたい人専用…。
やたら釘みたいなのが打ち付けてある『木製バット』。
ただの釘バットを格好良く言うなよ。それにハリセンと間違いそうだし。
一振りでオーガを微塵切りに出来る三つ股の鉾『鬼降ろし』。
オークに使えば豚ミンチが出来そうだな。
嘘か本当か、『対空竹槍』。
よくこんなネタ装備を集めたもんだと改めて感心するよ。
まさか、こんな怪しげな武器を収集してたから骸骨さんは魔王って呼ばれてたんじゃ?
やたら破壊力がありそうな剣は論外だ。
最初に持ってた初心者用の剣でもケルンさんにダメ出しされたし。
飾りで刺しておくだけとは言え、見るからに骨董品をちらつかせるのは良くない。
とりあえず宿屋への道すがら、最初に目に付いた武器屋に入ってみることにした。
大通り沿いにあるだけに店は大きく、入るのに少し気が引けた。
思い切って入って見ると、「あれ?」と意外に思った。
店内至るところにピカピカの格好いい武器が展示してあると思っていたら、店内に飾ってある殆どの武器が木で作られたダミーだったからだ。
そしてカウンターの中にあるのは刃の付いていない剣と槍だ。
「お客さん、うちには初めて来たようだね。
うちは泥棒対策で店内には本物の武器は置いてないんだ。
そこらの木製のサンプルは、欲しい武器の種類と自分の使いやすいサイズを確かめてもらう為に置いてあるんだ」
まだ若そうな店員さんがそう声をかけてきた。
高いお酒を扱う酒屋が空箱を置くのと似たようなやり方か?
それに武器は危険物でもある。管理をしっかりしておかないといけないもんね。
映画で銃器店から拳銃やマシンガンを盗むシーンを見たことあるだろ?
そう言うのを防止するにも、確かにここ本物の武器を置いておくのは無用心だね。
グルリと一周してみたけど、うーん、メリケンサックとか虎の爪とか鉤爪みたいな武器は置いてないな。
攻防一体の籠手があれば、試してみたかったんだけど。
試しに片手剣を手に取りビュッと振ってみた。
骸骨さんの記憶の中に剣術スキルもあるから、今世の俺自身はこんな物を振るのは初めてだけど普通に使えた。スキルってマジすげえ。
でも一瞬でこれじゃないと思ってしまった。
恐らく剣道で習った竹刀の扱い方の感覚があるのと、剣と言えば両手持ちの刀っていうイメージが身に染み付いているんだろうね。
なので次に両手剣も振ってみた。
スキルの恩恵でこれも使えるけど、やはりコレを使いたいと思うかどうかは別問題だ。
叩き切るソードと撫で斬りの刀、コンセプトが違うのでしっくりと来ないのだろう。
だからと言って刀を使いたいかと言えば、そうも思わない。恐らくは刃物に対する忌避感が俺に在るんだろう。
元々争い事なんて好きではないんだ。
お姉さんに格好良いとこを見せようと、下心満載で格闘技のジムに通っていただけだし。
自分のやりたい事の為以外では、武器を取ろうとは思わない。
それに出来れば相手に大怪我を負わせるようなこともしたくない。なので素手に近い攻撃手段が好ましい。
もし怪我をさせたら治癒魔法を使うかも知れないけど、この国では治癒魔法を使えると知られれば軍に連れて行かれる可能性があるからね。
軍属になるのは絶対イヤだ。
そう言う訳で、オーソドックスな武器しか置いてなくてピンと来る物が無かったため、店員さんには悪いけど別の店へ向かうことにした。
二軒目の武器屋はさっきのお店の結構近くにあったので探し回る手間が省けたのはラッキーだ。
店に入ると店内はさっきの店と同じように木製のダミーが置いてあった。パッと見た感じ、品揃えは変わり無さそうだ。
カウンターの前には、矢を買いに来た女性と、研いだナイフの受け取りに来たと言う男性が居た。
邪魔をしないように展示してある武器のダミーを眺めていたけど、ここにも欲しい武器は無い。
やはり魔物相手に殴る蹴るって言う選択肢は無いのだろうか?
どうしようかと悩んでいると、
「あっ、貴方はさっき冒険者登録しに来ていた人ね」
と矢の支払いを終えた女性が俺を見て声を掛けた。
そう言うってことは、あの時冒険者ギルドのラウンジに居た人だね。
俺の前に歩いてきて、
「私は『紅のマーメイド』のサーヤよ。
見ての通り射手をやっているわ。宜しくね」
と挨拶してから流れるように右手を出してくる。
この世界の女性冒険者は皆こんな感じなのかな?
ビックリしながら彼女と軽く握手する。とても気さくな人で悪い感じはしない。
生前にもこんな経験は全く無かったので、新鮮な体験が出来たな、とどうでも良い感想を持った。
そう言えば女性の手を取るなんて運動会のフォークダンス以来だな。
『紅のマーメイド』って、ライエルさんが指示したパーティーだったね。サーヤさんは射手だから関係なかったけど。
「ごめんなさい、馴れ馴れしかったわね」
それ程気にしていないと言う感じでサーヤさんが手を降ろす。
「クレストさん、で良かったかしら?」
「はい。クレストです。どのようなご用件で?」
少し棘がある言い方かも知れないけど、リタを見た後だからなぁ。
エマさんのお陰で女性に対する悪いイメージはリセット出来たけど、あまり知らない女性とは接触したくない。
「良ければ私達のパーティーに入りませんか?
お互い銀貨級ですし。
恥ずかしい話しですが、もう少し収入を増やしたいので、パーティーメンバーを一人増やそうかと思っていたんです」
サーヤさんの顔が少し赤くなったので、こう言うのはあまり慣れていないんだと思う。
それにしてもいきなり勧誘かぁ。どうしようかな。
余り目立つ行動をするつもりは無いので、何処かパーティーのモブ要員として活動するのも悪くはないと思うんだけど…。
「『紅のマーメイド』が男を?!
嘘だろっ!」
と突然叫んだのはナイフを受け取った男性客だ。
さっさとナイフを仕舞えよ!
どう見ても危ない人だぞ!
女性だけのパーティーから勧誘されてもさ…嬉しいと言えば嬉しいけど、逆に目立ちまくるの確定だよね。
しかもパーティー名にマーメイドなんて付けてるんじゃ、男の俺はかなり居づらいよ。
まさか女装で誤魔化せとでも?
ここはやっぱり、
「ごめんなさい!」
と勢いを付けて頭を下げる。
何か知らないけど、告白されたのを振った感じ?
「即答っ! 潔すぎっ!」
と言って、サーヤさんがこの世の終わりを目にしたような項垂れた。
いや、なんで俺がうんって返事をすると思ってたんだよ?
パーティーメンバーが欲しいなら、ギルドの掲示板にも募集コーナーがあったから、そこを使えって。
「よく言った!」
とナイフを持ったままのおっさんが叫ぶ。
俺とサーヤさんの会話の行方を固唾を飲んで見ていたナイフのおっさん、万歳しそうな勢いだぜ。
だから早くナイフを仕舞えって!
「俺、まだパーティー組みたくないんで。
魔物ならうっかりアッサリと狩って、事後報告することにしてるから大丈夫なんです!」
「それ、確信犯って言うの!
てか、危ないからソロで魔物の討伐に行くのはやめて!
それになんでアッサリが確定なのよ?!」
何なの、この子は!と言いながら暴れていたサーヤさんをナイフ男がまぁまぁ落ち着けと宥めているので、その間に店を出た。
なんかもう今日は他の武器屋に行くのやめるわ。しょうも無い事で疲れたょ。