第28話 カードは出来た。入門許可証を返却しよう
まだ新米受付嬢だと言っていたが、エマさんの説明は良く分かったし、話していて楽しかった。
本当になんでリタなんかが受付嬢をやっていたのか分からないね。
細則は掲示板に貼ってあるので読んで下さいとのことだったので読みに行くと、市民に暴力を振るうな、冒険者同士で喧嘩をするな、等の極めて当たり前の事が書かれていた。
この国には独特の市民権システムがあるので、とにかく争い事を起こすなと言うことが強調されていた。
あと、決闘に関するルールもあるが、俺は何事も穏便に済ませたい派なので関係ないだろ。
それよりギルドで宿屋を紹介してもらえないか聞こうと思い、エマさんの前に戻る。
「あの、この街の」
「説明の後に」
俺が声を掛けるのとほぼ同時に、エマさんが嬉しそうに声を掛けてきた。
二人でお互いの顔を見合い、「どうぞお先に」と譲り合う。
ここはレディーファーストで良いと思うのでエマさんに譲ると、
「本当に細則を見に行く人は初めて見ました」
と言って微笑んだ。
「他の人は読まないの?」
「ええ、掲示板コーナーに行ってすぐ依頼を探しますね」
そりゃ、冒険者登録仕立ての頃はお金をろくに持っていない筈だから、少しでも早く依頼を取りたいだろうね。
「ギルドに迷惑掛けるのはまずいから、規則は良く確認しとかないとね」
と言って苦笑い。
まったくどの口がそんな事を言うのやら。
俺にはこっちの世界の常識が無いから、情報を集めないといけないんだよね。
そんな事は正直に言えないけど。
「それは良い心掛けだと思います。
皆さんがそう言う風に考えてくれれば、こちらの苦労も半分に減るのに…」
仕方ないわねえ、と言いたげにエマさんが溜息をつく。こちらの会話が聞こえたようで、隣の席の受付嬢も相槌を打つ。
実際にはそんな大した心掛けが理由では無いから、これはちょっと心苦しい。
慌てて「そんな事はないです」と言っても謙遜しなくて良いですょ、と尊敬の眼差しで見詰められる。
どう言っても良い方向に捉えられるのって居心地が悪いな…それもちょっと好みのタイプの子だと思っている女性にそれをされたら堪らんね。
これはさっさと話題を変えて逃げるのが得策だ。
元々、良い宿屋の情報が無いか聞きたいからここに来たわけだし。
なのですぐに本題を切り出した。
「あの、今宿泊している宿は明日の朝までしか取ってなくて。安くて良い宿を知りたいんだ」
「宿屋なら何軒かギルド提携店があります。
大部屋に雑魚寝するだけの宿もありますが…」
エマさんが俺の着ている服の首元や袖口をじっくりと見て、
「そちらには行かないですよね?
提携店のリストをお見せしましょうか?」
と聞いてきた。
さっきの僅かな間に、服の目利きでもしたのだろうか?
飾りの付いていないシンプルな服だし、見ても分からないと思うけど。
「提携店の地図は無いかな?」
「宿屋の地図…ですか? 地図は…無いようですね。
ごめんなさい、こちらには住所と宿泊料の情報しかありません」
「あっ、いや、謝らなくていいから!」
クレーム付けてる訳でもないから、謝られても困るんだよね。
どうやらマップは無くて、つど口頭で場所を教えるか、鉄板に蝋石で書いたりするそうだ。
聞かれるたびに毎回教えるのは結構不便だね。
◇紙に関しては、(資料)紙について を参照
「一枚の地図に、色んな宿屋を書いて紹介出来る物があれば良いのにね。
宿泊料だけじゃなくて、お勧めの料理とかも」
要は旅行のパンフレットか情報誌みたいな物があれば良いのだ。宿屋のリストなんて見ても、何処にどの宿屋があるかなんて分からない。
「なるほど、この街に初めて来た人には欲しい情報ですね!」
「でしょ!
あとは雑貨屋、食料品店、服飾店、他にも役に立ちそうなお店が分かるように地図に纏めておくんだ。
でもやっぱり一番のお勧めは食べ歩きマップ!
それを見ながら食べ物屋巡りをしたりさ」
観光地に行けばよくあるやつだね。高校生の時にうどん店のハシゴで腹いっぱいになった経験があるよ。
「それは便利で楽しそうですね!
絶対作りましょうよ! ライエルさんに企画を出してみますから!
出来たら一緒に回りませんか?
って、あ、すみません」
食べ歩きマップに予想以上の食い付きを見せたエマさんが、ハッと気が付いて顔を赤くした。
その仕草がめちゃくちゃ可愛くて、この子の為ならこのギルドで頑張ってみようかと思えるよ。
ギルドの皆がリタみたいな人ならこの街を出ようと思ってたけど、これならリミエン冒険者ギルドに在籍しても後悔は無さそうだ。
え? 俺って単純過ぎるって?
まさかこの子がハニートラップだったら、俺、人間不信になる自信があるな。
ライエルさんが搦め手の得意な策士タイプの可能性もあるし。
念の為に注意はしておこう。
なんたって俺は異世界初心者だ。
下手に油断してたら奴隷落ち、なんて可能性もあるだろう。さすがにそれは勘弁願いたい。
俺の心配をよそに、エマさんは指折り行きたいお店を数えていたけど。その様子を見ると、この子自身は悪い子じゃないと思えるんだ。
でも一つ心配なのは、地図って国防上の機密だから制約があるんじゃないかってこと。
城に攻め込まれないようにわざと市街地の道路を複雑にした街づくりをした場所もあったぐらいだし。
でも流石にこの街の大まかな地図ぐらいはあるよね?
それが無いと荷物の配達とかも出来ないもんね。
宿屋のマップが無いので明日からの宿屋を探すのも手間だと思う。
よし、今借りている『南風のリュート亭』を延長することにしよう。暫く宿泊出来るだけのお金があるのに、雑魚寝する宿屋とかは行きたくないし。
ギルド提携店は元値がお高い宿を少し割引してくれているそうなので、それなら無理して移動する必要も無いとの判断だ。
エマさんに御礼を言って出るときに手を振ってくれたので、リタと黒羽の件があったけど悪い印象を持たれてはいないだろう。
隣に座っていた受付嬢に業務外のことではしゃぎすぎだと注意されていたのは申し訳ない。
ウキウキした気分で冒険者ギルドを出てから数歩のところで依頼を見るのを忘れていたことに気が付いた。
Uターンしてギルドに入るのはかっこ悪いな。
うん、慌てて依頼を探さなくても問題ないよ。もう少しこの町を良く知ってからでも遅くない!
駄目な子が言う『明日からやる!』と似た原理だけど。
それに城門に身分証明書を見せないといけないもんね。黒いカードを返却するかどうかだけど、記念に取っておこうと思うんだ。
大銀貨一枚の価値があるか分からないけど、アイテムボックスに収納しておけば邪魔にならないしさ。
▽
冒険者ギルドで無事にギルドカードを手に入れた俺は、その足で早速城門の衛兵詰め所を訪れた。
「こんにちわ。昨日ぶりです」
昨日カードを発行してくれた衛兵さんに会うことが出来た。衛兵さんも俺のことを覚えていたようで、
「もう来たってことは、身分証明書を作ったってことだな?」
と聞いてくる。
「はい、ギルドで作りました」
「そうか、中で話を聞こう」
「了解です。でも良く俺のことを覚えていましたね」
「職業柄、人の顔を覚えるのは得意になったからな。
それにケルンさんが連れてきた濃紺の髪の青年だからな」
ケルンさんって有名人なのかな?
あちこちに顔は利くみたいな感じだけど、行商人さんだよ?
昨日、入門許可証となる黒いカードを発行するのに使った部屋に入る。
緑色掛かった水晶玉と銀色の金属板は据置なのか、テーブルに置かれたままだ。
冒険者ギルドではタイプライターみたいな魔道具を使用していて、形状も使用方法も全くの別コンセプトだ。この水晶玉の方が見た目に怪しげなファンタジー要素があって個人的には好みだけど。
衛兵さんが椅子を勧めるので素直に座る。ポケットから昨日も使っていたメモを取り出し、
「お名前はクレストさんでしたね。就職は商人ギルドで?」
と質問する。
「あ、いえ、暫くは冒険者をしてみようかと」
「冒険者ですか?」
衛兵さんが意外そうな顔を見せた。俺ってそんなに弱そうに見えてたの?
ちょっとショックだな。
「ケルンさんと一緒に来られたので、てっきり商人になるのかと思っていました。他意はありませんよ」
と俺が落ち込んでいたのに気が付いたらしく、そうフォローを入れてくる。
随分と親切な衛兵さんだね。
こう言う場所の衛兵さんって、もっと威圧的と言うか、威張り散らしているイメージがあったので意外だ。
「昨日は偶々ケルンさんに出会って、荷馬車が立ち往生していたのでお手伝いしたんですよ。それで一緒に来たんです。
道が悪いから荷馬車は大変ですよね」
「そうでしたか。道路の補修も時々やっているんですけど、費用が掛かりますから。
リミエンは農業が主体で、あまりお金が無いので仕方ないでしょうね」
そう言って何やらメモを取るのは、どんな意見が出て来たのかを報告するためなのか?
それとも領主の批判的な意見を言うとチクられるとか? そう言うのは言った本人に見える場所では書かないか。
「では身分証明書を確認します。ギルドカードを見せてください」
リュックの中から作ったばかりのギルドカードを取り出し、「どうぞ」と言いかけた時だ。
「銀色のカード?!」
と何故か衛兵さんに驚かれたのだ。