第27話 ギルドカードのアレコレ
リタのせいで予想外のドタバタがあったけど、ギルドカードを作るところまでは出来ている。
規約とか遵守事項の説明を受けるのだろうか?
ギルドカードとメモを渡して、
「後でルールをよく読んでおいてね」
とお願いするだけで済みそうなものだが。
そうしないのは、文字が読めない人への配慮か、はたまた一種の新入社員教育のようなものだからか?
冒険者になる人の中には、当然社会からはみ出した者、チンピラ紛いの者、粗忽な者…等様々な者が居る。
ルールを守れと言われて本当に守るか怪しいものだ。
一部の者は非該当だが、日本人は全体的に見ればまだマシな部類に入るだろう。
行列を作ったり、ある程度のマナーを守る事が出来るのだから。
(残念なことに無人販売所や回転寿司が成立していたのは過去のことになったが)
衣食足りて礼節を知る、と言う言葉をコンラッド王国に当て嵌めてみると、食事については野菜、麦類、肉類は問題なく、調味料、甘味料、卵、魚は不足気味だ。
衣類については木綿の不足と生産性の悪さの為に高価である。
つまり日本より僅かに劣ると思って欲しい。
この国で生活するためには、そう言う面での違いにも気を付けなければならない。
と柄にも無く真面目なことを考えていると、俺の前に俺と同じ二十歳前くらい、明るいブラウンの髪をポニーテールにした女の子が現れて声を掛けてきた。
「クレストさんですね?」
「はいィっ!」
思わず上ずった声で返事をしてしまった。かっこ悪いな…。
まさかナンパされた? 結構好みのタイプだし、付いて行って良いかも…。
はっ! たった今、気を付けないといけないって思ってたところじゃないか!
「慌てなくて大丈夫ですよ」
とクスリと笑う。
あっ、彼女の服装は受付カウンターに座っている受付嬢と同じ物だから、この子も受付嬢なんだね。
可愛いなぁ、とデレていた自分が情けない。
「初めまして。
クレストさんの冒険者登録の引き継ぎを行う受付嬢のエマと言いましゅ!
受付嬢としては新人ですが、頑張って登録のお手伝いをさせていただきます。カウンターの方へどうぞ」
性悪腹黒受付嬢の代わりに新人登録を行ってくれるのは初々しさの残る女の子だ。
こんな子が居るのに、なんでリタみたいな人を新人登録の受付嬢にしていたのか謎だ。
早速受付カウンターを挟んで向かい会う。
骸骨さんの件を聞いてのリタとの引き継ぎだから、多分緊張したのだろう、
「ふつつか者ですが宜しくお願いします」
と、のっけから特大のストレートをかましてきた。
いや、それって挨拶の文言が違うからさ!
まだ新人ですが、とか言うところじゃん、と内心で突っ込む。でも可愛いから許す。
「では早速ですが、こちらがクレストさんのギルドカードです。
発行は無料ですが、紛失した場合の再発行には結構な金額が掛かりますから気を付けてくださいね。
はい、どうぞ」
名刺を渡すような仕草で差し出されたカードを見ると、名刺より少し大きく、定期券と同じぐらいのサイズ感だ。
申込書に書いた情報の他、名前の下に『ランク:銀貨級』が追加されて灰色の文字で印字されている。
思わず名刺を受け取るように両手を出してエマさんから受けとると、右下を持った瞬間に文字の色が黒色に変わったのだ。
「ぅわっ! 字の色が変わった!」
「はいっ、そう言う仕掛けですから!」
とエマさんが嬉しそうに笑う。
初めてこのカードを持った人の驚く様子を見るのが楽しみだったんだね。
「これは本人確認の為の仕掛けですね?
あ、だから針で刺したのか。顔の絵を書くより確かだ」
「凄いっ! よく分かりましたね。
そうです、このカードは本人が右下を持っている時だけ文字が黒色になるんです。
大抵の人は片手で真ん中辺りを持って受け取るので、貰った時には気が付かないんですよ」
「そうなんですね」
血液から採取したDNAと、その時に持っている人物のDNAを認識しているのか?
いや、持っただけじゃDNAは確認出来ないから魔力で判断かな?
この世界では指紋みたいに皆が違う魔力の波形みたいなのがあるのかもね。
名刺の貰い方ぐらいは大学生でも知ってるからな。つい両手が出たのは習性的なもんだよね。
カード本体は硬い銀色の金属製、文字が表示されている部分だけ、ガラスコーティングされたような感じになっている。多分保護フィルムでも貼っているのだと思う。
四隅は半径三ミリぐらいの円弧にカットされているので、指を切る心配は無さそうだ。
胸ポケットに仕舞おうとして、ポケットが無いことに気が付く。
カードケースも無いから、ちょっと持ち運びに悩むね。首から下げるタイプと、名札みたいに胸に付けるタイプのケースをどこかで作って貰おうかな。
『マーカス服飾店』は、がま口と傘がメインになると思うからやめておこう。
『エメルダ雑貨店』は、皮剥き器と薄切り器が忙しくなりそうだし。
他の工房を探してみるか…そう言えば、新しい商品を思い付いても何たらかんたらとケルンさんに言われてたっけ。
まぁカードケース程度なら占有販売権も発生しないだろうし、多分平気だと思うけど。
ビヨーンとリードが延びる機構は故障しやすそうだから付けないでおこう。
首から提げる紐はお洒落な革紐にして、ケース部分は何か透明で丈夫材料を見つけて作ればいいよね。
でも透明度が高くて安い素材ってあるのかな?
無ければ自動車のナンバー枠みたいな物にすれば良いし。
そうだ、透明の素材が高ければお金持ち専用のアイテムとして売れば良いんだよ。
俺がギルドカードを仕舞おうとして焦っている様子に、エマさんが口に手を当ててクスっと笑う。
「その服には胸ポケットは付いて無かったですね」
「はい…他の冒険者ってカードはどこに入れてるの?」
「人それぞれですが、男性なら落とさないように専用の革袋に入れて首から提げて服の下に入れる人が多いですね」
その様子を想像して、そんなのは却下だと思う。
「他にはバッグに入れるか、です。ギルド職員はよく利用するので制服に専用ポケットを作って貰っています」
立ち上がって右脇腹のポケットからカードを取り出してみせる。マチが無いから取りにくそうだ。確かにカードしか入らないサイズだな。
「たまにカードを入れたまま制服を洗濯しちゃうんで困りますね。
出したら仕舞うのを忘れて取りに帰ったこともあるし。結構面倒ですよね」
それは学校も会社も同じだよ。まさか異世界でそんな悩みを共有するとは予想外だね。
「ギルドカードはどんな時に使うの?
俺も普段から持ってた方が良いのかな?」
「城門等の通過時、依頼主やギルド関係者への自己紹介、依頼受注及び達成報告時に提示して頂きます。
また依頼報酬を現金でなく情報としてカードに記録出来ます」
なるほど、通行手形に名刺に学生証・社員証にキャッシュカード的な物か。そのうち個人番号まで追加されそうだ。
あのタイプライターみたいな魔道具は、想像以上に高性能な魔道具だったんだね。
町の中では魔道具なんて見ないのに、こう言うところだけは超ハイテク。すごくチグハグ。
「どうしてこうなるのか、詳しい理屈は分からないんですって。私も初めて見たときは驚きました」
「すごい魔道具だね」
「ギルドカードシステムは今から二百年以上前に、旧キリアス王国の『魔法の勇者』が開発して、その弟子達によってこのカードタイプに改良されたらしいんです」
なる程、それで骸骨さんの持っていたのがドックタグの形だったのか。意外な所で一つ謎が解けたな。
「災害があっても戦争があっても、このギルドカードシステムだけは守られてきたんですよ。
今では仕組みが分からなくて新しく作ることが出来る人が居ないんです。
だから壊すと大変なんです」
と言ってエマさんが溜息を付いた。
そんな代物を業務で扱うのだから気苦労は絶えないだろうね。
「そりゃ大切にしないといけないね。壊れたらお金も消えちゃうし」
「そうなんですよ、最初のうちは怖くて触れませんでしたから!」
その頃のことを思い出したようで、エマさんがふふふと笑っている。
リタは作り笑いばかりだったけど、この子は自然に笑ってるね。
そんな雑談が聞こえてか、依頼の達成報告を処理している隣の席の受付嬢が咳払いをした。はっとしたエマさんが真面目モードに切り替える。
「済みません、話を戻して冒険者の説明をしますね。
冒険者にはランクがあり、貨幣に合わせて銅級から白金級までの七つのランクとなっています。
このランクは、その冒険者に対するギルドの評価だと思って頂いて結構です。
特にこのギルドでは、戦闘力だけでなく依頼達成率や依頼主からの評価等を総合的に勘案して決めています。
冒険者ギルドは単に強さだけを求める場ではありませんから。ですから、今回『黒羽の鷲』は大銅貨級に降格となったのですよ」
ほぉほぉ、つまり上級ランクの冒険者は人柄も良いって訳だから、新人いびりをする奴が上級に居るのは困るってことで降格させたのか。
それをリタが誤魔化していたから、今まで発覚しなかった訳だ。
「金貨級以上になるにはギルドマスター立ち合いの難しい試験があって、合格するのは難しいです。
だから銀貨級か大銀貨級で引退する冒険者が圧倒的に多いですね。
クレストさんは素手で『黒羽の鷲』を圧倒したと言うことで戦闘力には問題無し。
更に受付嬢の不正を暴いた手際の良さと正義感を特別に評価して、ランクは異例の銀貨級からとなります」
この子はリタさんと違って、全然イヤな感じがしないね。ちゃんとこちらの目を見て一生懸命喋ってくれてる。
けど銀貨級からスタートって…そんな特別扱いはいらないんだけどね。
これはライエルさんの意趣返しかも知れないな。
銀貨級なんだから、それに相応しい態度を取れって暗に言ってるんだろう。
「また、依頼には大きく分けてパーティー用かソロ用の二種類があり、ソロ用だと銀貨級まで請けて頂けます。
パーティー用の依頼はパーティーメンバーの構成で判断されます。
ただし、偶然でもパーティー対象依頼の魔物を討伐された場合、事後申請案件として処理しますのでご心配無く」
「…偶然…じゃ仕方ないね」
「そんな相手に出くわせば普通は逃げると思いますけど。
また、パーティーにもランクがありますが、これはクレストさんがパーティーを組んだ時に説明します」
「了解です」
「ここまでで不明な点はありませんか?」
「大丈夫。とても分かり易くて良かったよ」
エマさんにサムズアップして笑顔を見せる。
リタさんの後でやりにくかったと思うのに、そんな素振りは一切見せなかった。ホンマええ子やなぁ。