第24話 冒険者登録をしよう
冒険者ギルドの新人登録窓口に座る受付嬢は想定外の自意識過剰系ベテラン受付嬢(個人の感想だが多分間違っていない)だった。
ちょっと漂っている香水がキツいが、慣れるのが先か登録が終わるのが先か程度の問題だろう。
さっさと終わらせて依頼の貼られている掲示板を見に行こう。
「初めまして、当ギルド受付嬢のリタと申します。本日は私が新人登録の担当を致しております」
「ご丁寧にどうも。クレストと言います。
冒険者登録をしたくて来ました」
「どうぞ椅子にお掛けになって下さい」
と席を勧められるので遠慮せず着席する。
軽く会釈をして、会話は無難にスタートした。どうやらここまでは問題は無いようだ。
「冒険者の登録でしたら、こちらの申込書にお名前、年齢、出身、主な戦闘手段をご記入願います。
こちらで代筆も可能ですが」
「いえ、大丈夫ですよ」
差し出された用紙には、わりと太いゴシック体で『申込書』と一番上にあり、続けて『名前』『年齢』『出身』『職業(主な戦闘手段)』と罫線が掠れたように印刷されていた。
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余談であるが、過去の転生者がもたらしたのか、この世界では既に凸版印刷の手法が開発されているのだが、まだ版画のような印刷が主流である。
凸版印刷が普及していない理由だが、大量の印刷の必要性がそれ程無いと考えられていること、印刷に適した紙が輸入品であり高価なこと、特に製版や複写を生業とする人達の猛反発などがあり、印刷機の普及には待ったが掛けられている。
シルクスクリーンの画法は確立されており、革袋や衣類に印刷が行われている。
謄写印刷(ガリ版)に必要なロウ紙の生産がこの世界ではまだ無理のようだ。
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ペンを受け取り、上から順に書いていく。
そして戦闘手段の欄に格闘と記載しようかで悩む。
「あの、主な戦闘手段って必須ですか?
それなら俺は今のところ格闘メインなんですけど、冒険者らしく無いですよね」
その言葉を耳にしてか、一瞬リタさんが表情を変えた。
苦笑いしたように思えなくもないが、少し人を馬鹿にしたような感じに思えた。でもそれもすぐに取り繕った笑顔にすり替わった。
気のせいかな?
まさかギルドの受付嬢が登録に来た人を選り好みとかする訳は無いだろう。
「いえ、登録時点ではまだ決まった戦闘方法を持たない人も居ますから、空欄でも大丈夫ですよ。
ただ、冒険者として活動を始めてもずっと空欄のままでは戦闘の意志は無しと見做され、城門から出ての活動には一部制限があります。
私に魔物を相手に格闘する姿が想像出来ないだけなので、気にしないでください。」
と答えてくれた。
確かに城門から一歩外に出れば、人間の住む世界と魔物の生息圏の境界線はすぐ近くにあるのだ。
依頼のためとは言え、戦闘手段を持たない冒険者を町から出す訳にはいくまい。
俺自身、リミエンに来るまでに沢山の魔物と戦った経験があるから、その考えは間違いじゃないと理解する。
討伐依頼を積極的に受けるつもりは無いが、活動に制限を受けるのはある程度の実績を残すと言う目的上からも芳しくない。それならばと素直に格闘と書くことにした。
骸骨さんの持っていたスキルのお陰で、魔法だけでなく剣も自在に操つることが出来る。槍や弓も一通り使える。
あの人、オヤジギャグ大好きなおちゃらなオッサンと言うイメージがやたら強いけど、伊達に歳をくっていなかったようで多いに助かる。
どのスキルがどのレベルにあるのかはよく分からないけど、今の所、絵画スキルが一番役に立っているかな。
『ステータス』で表示されるのは、何故か所持するスキルだけで、スキルレベルやランクを表す表示は無い。
不親切も良いところだが、考えてみれば能力を表示出来ること自体がどう言う理屈なのか分からないんだから、それで文句を言うのもおかしな話か。
「じゃあ一番慣れてる格闘で登録します。
必要になったら剣でも槍でも使えるけど、今はいいや。
後から変更出来るんだよね?」
「えぇ…はい、格闘だけですね?」
事も無げに言う俺に、リタさんがイヤな物を見るような視線を向けた。知らないうちに何か不機嫌にさせるようなことをしたのかな。
あぁ、そうか。ケルンさん達は何も言わなかったけど、キリアス出身ってやっぱり戦争難民みたいで実は厄介者扱いなのかもね。
地球でも移民問題って激しいデモにまで発展することがあるからね。
けど『ステータス』を開いても出身地は変更出来そうにないしなぁ。
それか上司に怒られたか、同僚に悪口でも言われた後なのかも。よくは知らないけど、女性が多い職場も色々大変そうだから。
彼女の都合は知らないけど、どうせやるなら楽しい気持ちで接してもらいたいと思うけどね。
申込書を差し出しすと、リタさんが意外と大きなタイプライターのような機械をカウンターの上にドサリと置いた。重たいのか、少し苦労していた。
「この装置は通称ギルドカード又は冒険者カードと呼ばれる冒険者ギルド登録カードを作成する自動登録装置です。
この穴に人差し指が突き当たるまで入れて下さい。血を一滴だけ採取します」
おーっ、これが噂の魔道具か!
城門で使った水晶玉の奴より本格的!
言われるままに人差し指を穴に入れると、穴は浅くて第一関節までしか入らない。
そして壁に指が当たると針が飛び出して血を出させる仕組みのようだった。
あ、前に使った人の血はちゃんと拭き取ってる?
感染症対策は万全だよね?
血の採取が完了すると、カタカタカタと小さな音を立ててタイプライターの文字を打つ部分が動き、それが終わるとポンッとカードが吐き出された。
それを素早くリタさんが手に取り確認する…。
骸骨さんの持っていたのは首から下げるタグだったけど、この魔道具で作るからカードに変わったんだね。
まさか財布に収められるようにカードにした、とかじゃ無いよね?
けど、このタイプライターみたいな魔道具、どう見てもかなりのハイテク魔道具なんだけど。
こんなのが造れる魔道具技師がいるのに、ケルンさんからは技師のレベルが落ちているって聞いたんだけど。
昔の魔道具はこれよりもっと凄い物が造れてたのか?
それなら携帯電話とかあったかも知れないね。
そう言えばうちの子が一匹、ポケットから這い出て行ったけど…スライムの視界と俺の脳はリンク出来て…あのさ、覗きは犯罪なんだけど、君は一体何をするつもり?
幸いと言うか、この世界の女性の衣服は露出が少ないから、うちの子でも簡単には覗けないだろうから心配してない。
でも自由に動かれるのも困る。
一番薄くなった状態だと、パッと見てもそこに居るのか分からないからスパイ活動するには便利…だけど、そんなことをするつもりも予定も今のところは無い。
まぁ、基本的に人畜無害だし、馬鹿な子じゃないから気が向いたら帰って来るだろう。それにしてもよっぽどギルドの中で気になるものがあったんだろうな。
とりあえずうちの子は好きにさせておこう。けど、甘やかし過ぎるのも良くないのか?
『スライムの躾け方』なんてノウハウ本、ある訳ないか。後で家族会議してみるかな…。
一方のリタさんは、タイプライター魔道具から吐き出されたばかりのカードを手に取り、両面を確認する。そこで一度頷くと、特に表情を変えずに、
「ギルドマスターに報告してきます。少々お待ち下さい」
と言うと、席を立ってカウンターの一番右側の壁に入り口があったようで、開きっぱなしになっているのか声を掛けてそこから奥へと入って行った。
それからガチャッとドアを閉じた。
やっぱり偉い人の執務室は二階だよね、と、予想してたんだけど意外にも一階だった。
考えられるのはギルドマスターが高齢者で階段の上り下りがキツいから…そんなところか?
それで執務室のドアを開けっ放しにしてのは、換気の為か、それともトイレに早く行けるようにする為か。
このロビーはガヤガヤとうるさいから、難しい仕事をするにしても集中出来ないだろう。だから多分耳も遠いに違いない。
けどギルドカードを作っただけで、都度ギルドマスターに報告しなきゃならないのか。
まさか生のギルドカードが在庫切れになったのか?
実はこのカードが物凄く高価な物で、厳密に枚数管理をされているのかも。だったら怖くて持ち歩き出来ないな。
リタさんが開けてあったドアをパタンと閉じたのは、まぁギルドマスターと話をするときのマナーみたいなもんだろう。
スケベな爺さんがセクハラ紛いのことを言ってるかも知れないけど、リタさんなら笑ってスルー出来そうだ。
それからすぐにリタさんが執務室から出て来ると、パタリとドアを閉じた。
ありゃ、閉めておくのがやっぱりデフォルトなんだ。じゃあ、換気のために開けていたんだろう。
「クレストさん、隣の訓練場でクレストさんがどのくらい動けるかを確認させて頂きます。
戦闘手段が格闘とのことで、野外での活動を許可して良いものか判断が付きかねますので」
そう言われてみれば、魔物相手に格闘で挑むって、普通に考えればかなり無謀に思えるな。
昨日みたいに道中で出て来た魔犬が一匹程度なら苦労しないけど、あれが十匹も居たら一人で無難に相手をするのは難しかったかも。
あの時は革鎧を外していたから、攻撃を喰らったら服が傷物になっちゃうからね。シンプルで品の良い服を選んで着てたから、汚したりしたらショックだったろう。
あぁ、そうか、だからあの時ルシエンさんも格闘と聞いて微妙な顔をしてたんだな。一つ謎が解けた感じ。
でも、じゃあ格闘はやめて剣にします、なんて今更言うのも格好悪い。
それに骸骨さんに貰った剣術スキルがあるとは言え、如何にもって感じの武器は持ちたく無いんだよね。
「あちらの談話スペースにちょうど良いパーティーが居りますので、彼らを試験官とします」
と言って、恐らく男性四人組のあるパーティーを指差した。
「はぁ…パーティーを相手に、ですか?」
「えぇ、ゴブリンも数体の群れで行動しますから当然でしょ?」
と笑うリタさん。
確かにゴブリンは臆病な魔物なので、基本的には単独行動は取らないんだけど。
普通なら登録したての新人が、いきなり四人のパーティーとやり合うのは無茶じゃないかな。
リタさんが談話スペースの男性四人のパーティーに近付き、リーダーらしき人物の耳元で何かを話す。
その人は一つ頷くとすぐに三人の仲間を連れて談話スペース奥のドアから訓練場へと向かう。
俺もリタさんと彼らの後を追う。
訓練場はこのギルドの建物の左斜めに建てられた、小型の体育館のようなシンプルな作りだが、床は土を固めただけのものだった。
言うなれば土俵の無い相撲の練習場だな。
「大銀貨級パーティー『黒羽の鷲』の皆さんはゴブリンの群れとして行動願います。
クレストさんは制限時間いっぱい、彼らから逃げ切るか、彼らを全滅…しなくても良いので戦闘能力の証明をしてください。
では皆さん、用意してください」
リタさんはそう言うと三段になっている観客席の前列中央に陣取った。
ゴブリン役の四人は先に施設中央に引かれた白いラインに並んだ。
でもゴブリン役の筈なのに、前の戦士は両手に剣を握り、隣には防御専門なのか大きな盾を構えた人が並んでいる。
後列には弓を持った人と、杖を持った人が構えを取る。いやさぁ、分かっているけど、あんたら殺る気満々過ぎないか?
ゴブリンならあの森でも散々相手にしてきたけど、こんな立派なパーティー戦は仕掛けてこないよ。
お粗末な武器で力ずくで殴り掛かってくるだけなんだ。
中には少しタフで力の強い奴も居たけど、組織だった戦闘を行う様子は無かったし、知能は高くなかった。
「これのどこがゴブリン役だよ?」
と自分でもこれ程冷めた声が出せるのかと驚くような声でリタさんに聞くが、彼女からの返事は無い。
さてさて、これどうするよ?