第23話 冒険者ギルドデビュー
ケルンさんに連行された『マーカス服飾店』で俺が教えた各商品の表現と占有販売権の話をしたので、解放された時には既におやつの時間が過ぎていた。
屋台で見つけたドライフルーツの盛り合わせとお茶を買って、一口だけ試食でパクリ。
甘酸っぱくて柔らかいけど独特の食感。砂糖も蜂蜜も貴重品だから、甘味はフルーツがメインなんだよね。
やっぱり砂糖が欲しいから、砂糖大根、いわゆテンサイを見つけて誰かに砂糖を作らせてみようかと考えてしまう。
その他にも、花の中にはサルビアとかスイカズラみたいに人が吸って甘いと感じる蜜を持つ物もある。
それらの蜜に毒性が無ければ、農場で大量に栽培して甘味料に加工しても良くないかな?
もし砂糖の代替物が取れる植物の栽培が出来るなら、植物ごとに単位面積あたりの甘味料の採取量を計測し、商業ベースに乗る物を選定したい。
甘党の俺としては是非とも試してみたいものだ。
半分程ドライフルーツを食べ、残りは木の葉の皿に包んでお持ち帰りだ。
コップを屋台に返却して、いざ冒険者ギルドへと足を向ける。予定よりだいぶ遅くなったな。
明日の朝までしか宿を取っていないので、冒険者ギルド提携の宿屋があればそこを利用しようと考えている。
無ければ今泊まっている宿屋を延長しようと思う。出来れば金額的に二階の部屋が良いのだが。
大きな通りを進み、冒険者ギルドに到着した。
盾に剣と杖と弓がクロスした図柄が冒険者ギルドの紋章だ。屋根の上で紋章を印した旗がパタパタと風に吹かれてはためいている。
建物は素通りした大規模雑貨店(利用しなかったので既に店名は忘れた)と同じくらいの大きさかな。
建物の中には酒場もあるし、有事には大勢の冒険者を集めるのである程度大きな建物を建てるらしい。
都市によっては冒険者ギルドが複数あるそうだ。
これは都市が大きいと依頼を出しに行くのも大変なので、住んでいる場所から近いギルドへ行ってもらおうと言う利用者に対する計らいの為だと言われている。
だが俺が異世界辞書として愛用しているケルペディアによれば、実際は冒険者の分散による職員の精神的な負担の軽減、残業時間短縮が主目的らしい。
受付に並んで待つ時間が長かったので、短気な冒険者が暴れたために受付嬢が怪我をして依願退職したことが過去にあったのだとか。
このリミエンには冒険者ギルドが一つしかないから関係ない話だけど、複数のギルドがある都市、特に王都ではギルド同士が対立してるとか…。
そんな殺伐としたギルドには行きたくないので、最寄りの町がリミエンで良かったと思う。
そんなケルンさん情報は置いといて、両の頬をパンと叩いて気合いを入れ、オープン ザ ドアーッ!
だからと言って「頼もー!」なんて言いながらバーンっとドアを開ける訳ではない。
重たそうな両開きのドアの前に立ち、手を出そうとしたらギィって音がして中から開いたのだ。
「おっとボウズ、危ないぞ。ここは出口専用のドアだ。入口はアッチな」
と親切に教えてくれた冒険者は、身長二メートルはありそうな、モヒカンぽい髪型の強面のおじさんだった。
確かに建物正面にはドアが二つあった。でも入口とか出口とかは書かれていないのだけど。
不思議そうに見ていると、
「お前どこのボンボンだよ? それとも辺境の出か?
冒険者ギルドには必ずドアが二つ、左が入口、右が出口。常識だろ」
と言われた。
いやいや、そんな常識は初めて聞いたよ。それならちゃんと入口、出口と看板を掲げておいて欲しいものだ。
でも自動ドアも無いし、ガラスは高価らしいから余り使われていなくて、ドアの向こうに人が居るかどうかは分からない。
そう言うことから自然とルールが出来たのかな?
不特定多数の人物が利用する建物だから、某かのルールはあるのかも知れないね。
それに冒険者には性格的にヤバい人が居そうだから、出入口でトラブルも起きそうだ。
「分かりました。ありがとうね」
と手を上げて感謝を表す。
頭を下げる感謝の表し方と手を上げる表し方があって、ちょっとしたありがとう程度なら手を上げて、マジ感謝!的なありがとうなら頭を下げる、みたいな使い分けがこの町にはあるのだ。
頭を下げる角度で感謝の度合いが違うので、下げすぎには気を付けよう。
ちなみに会釈は十五°ではなく、軽く首を傾ける程度ね。
「おう、気を付けてな」
と強面の冒険者は機嫌良さそうに歩いて行った。
すぐに次の人が出て来たけど、こちらの人にはキッと睨まれた。依頼失敗でもして機嫌が悪かったのかな? 絡まれなかっただけマシか。
気を取り直して左のドアを開けて中に入る。
採光用に嵌め殺しのガラス窓が幾つかあり、天井に照明器具が設置されているので中は以外と明るい。
そして予想通り、正面には銀行みたいな長い受付カウンターがあって、何人かの女性が座っているのと、まばらに冒険者が並んでいるのが眼に入った。
荒くれ者が多いから綺麗な女性を…と時代錯誤真っ最中な考え方だな。
向かって右側のスペースが併設の酒場になっている。これは依頼が終わって調子こいで街中で深酒をして市民に迷惑をかけんじゃねえってことらしい。
出口のドアが右側なのは、こう言う理由もあったのか。
僅かに酒の匂いが漂っているから、もう飲んでいる人が居るってことか。
ガハハと豪快な笑い声が聞こえる他、「オヤジ、もう一杯」「これで最後にしな」なんて遣り取りまで聞こえて来る。ここは屋台か萎びた居酒屋か?
あんな連中は無視に限る。
向かって左側には、依頼を貼り出す大きな掲示板コーナーが一番奥にあり、その手前は丸テーブルが置かれた談話スペースになっている。
まだ夕方と言うにも早い時間なので、そこにたむろしている冒険者の数はそう多くはない。もっともこのギルドに何人の冒険者が登録しているか知らないけど。
依頼は何枚も残っているようだが、掲示板の前には誰も居ない。この時間だと美味しい依頼が無いのだろう。
どんなのが残っているのか気になるから、後で見に行こう。最初は選り好みせず、人のやらない依頼を多く受けた方が偉い人から評価される、とかあるのかな?
売名行為と思われるのは避けたいけど、なるべくラクをしてライエルさんに会えるようになるのが理想だ。
上手いやり方があるなら誰かに指南して欲しい。
談話スペースに座っているのは、男性の四人組と少し距離を置いて女性四人組のパーティーが一組ずつ、後は男女混成のパーティーが数組だ。
その中の何人かから色々な意味の視線が注がれる。
初めて見る顔に対する好奇心から来るもの、お子様は帰りなと馬鹿にしたような視線、まるで値踏みするかのような視線…など。
自分達のパーティーに足りていない能力を持っているようなら勧誘しよう、と考えているパーティーがあるかも知れないな。
…パーティーねぇ。
もしお誘い頂いたとしても困るんだよなぁ。
身分証明書確保の為だけに登録する、万年ボッチの底辺冒険者予定だったからね。
今は『ライエルさん』と呼ばれる人物にちょっと無理なお願いが出来るようになるために、少々名前が売れる程度に頑張る必要がある。
それがどの程度のレベルになれば良いのか些か不明だけど。
ソロ活動でも知名度ってそれなりに上げられるかな?
注がれる視線は、何も冒険者達からだけではない。
入り口近くに立つ俺に、受付カウンターに座る女性三人も何か用かしら?と言った感じでこちらを見ている。
カウンターは五つに仕切られていて、一番左側のカウンターの上に『新人登録』『依頼受付』『各種相談』と書かれたプレートが貼ってあり、そこに座る受付嬢がさっきからじっと俺を見ている。
残り四つの席にはプレートは何も貼っていない。依頼の処理を行うのはこのカウンターだろう。中二つの席に受付嬢が座っているので、時間帯で人数を変えて対応しているのかもね。
ちなみに新米冒険者が採取した薬草やゴブリン等の討伐証明部位を受付カウンターに置くシーンをよく目にすると思うが、このギルドではこちらの受付ではなく、別棟にある採取物提出カウンターに提出することになっている。
従って受付嬢の『凄いわ!こんなに沢山採って来たなんて!』と言うセリフが出ることは無い。
せいぜい提出カウンター担当者に『やるじゃねぇか』と言われるのが関の山だろう。
所変われば何とやら、である。
なお、例え鼠一匹であろうとこの受付カウンターに魔物の死体を置くのは御法度とされているので、十分に注意して下さいねとケルンさんが教えてくれた。
魔物を狩ったら、その別棟の解体施設に運べば解体してくれるので便利だとも言ってたね。
あの森で狩ってアイテムボックスに収納した魔物が大量にあるから出そうかな。でもリミエンから少し遠いから、出したら変に疑われるかもなぁ。
◇受付嬢に採取物などを提出しない理由を、(資料)採取物の取り扱いについて に記載しています。
さて、アイテムボックスの中身については追々と考えることにして、今から俺が行くのは当然『新人登録』のプレートが貼ってある、一番左側のカウンターだ。
行こうと思うけど、少しばかり緊張するなぁ。
それは何故かって?
そりゃ、骸骨さんが生前に『セラドリックなんちゃら』と言う名前で冒険者登録をしていたからだよ。
現在はステータスに『クレスト』と俺が決めた名前が表示されているから問題ないとは思うけど、もし万が一と言うのもあり得るからな。
もし「お前はセラドリックなんちゃらだ!」と言われたら、速攻で逃げるだけだ…あ、逃げたらケルンさんに迷惑掛かるのか。
その時はその時だ。運が悪かったと諦めてもらおう。
それよりもだ。このギルドでも、城門で見たような水晶玉を使ってギルドカードを作るのかな?
あの水晶玉の反応で衛兵さんが時々頷いていたから、嘘発見器的な要素か何かがあったんだろう。
あそこでクレストと名乗って問題なく黒いカードが発行出来たんだから、ここでも大丈夫だろう。
よし、折角冒険者ギルドに来たんだ。こんな所でじっとしていても登録なんて出来ないんだ。
多分誰も噛み付いたりしないからさっさと用事を済ませよう!
意を決して一番左側のカウンターに立つと、向かいの席に座る受付嬢が営業スマイルを浮かべた。
恐らく内心では『この笑顔で墜とせない男は居ないのよ』とか思っているのだろうか?
受付嬢と言えば若いイメージがあるが、この人は三十路…ゲフン、ベテラン受付嬢だ。
ちょっと香水の匂いが強くて、この人の相手をするのはイヤかもなぁ。