第21話 ケルンさんが合流
バルドーさん一家に皮剥き器と薄切り器の占有販売権を譲渡する代わりに、思い切って石鹸、シャンプーの製造と絆創膏の研究を始めたいことを打ち明けた。
石鹸については製法の知識を持っているので、作業員と場所さえ確保出来れば勝算はある。
基本的には、この世界にある植物と油の中から性能とコストの面から商品の材料として使える物を探すだけだからね。人海戦術で何とかなるだろうね。
その後のシャンプーの製造が少し難しいだろうけど、石鹸をベースにして髪がキシキシしないように髪に良い成分を追加すれば作れるか?
後はリンスやトリートメントか。多分この世界の女性もこっちの方が大事になるんだろうね。
俺はリンスインシャンプーで可の人間だけど。
石鹸の材料や衛生に関して補足説明をした後、なぜそんなことを知っているのか疑われると思ったが、バルドーさん達はそこは追及してこなかった。
俺ならそれぐらい知っていても不思議ではない、そう思っているのか、それとも余計な事を言わないように注意しているのか。
はたまた理解出来ずに困っているだけなのかもね。
絆創膏については全く手掛かりが無くて、その状況を打開するには研究所を立ちあげるしか方法が思い付かないのだ。
「研究所の設立にはかなり上位の市民権が必要になりますね」
とエメルダさんが難しい顔を見せ、バルドーさんも渋い顔で頷くが、
「市民権って何?」
と俺が初めて聞いた言葉に戸惑っていると、エメルダさんが詳しく教えてくれた。
バルドーさんはお茶を飲みながら頷くだけだ。このおっさん、仕事以外では案外ポンコツなのか?
◇市民権については、(資料)市民権の概要に記載
「市民権ねぇ…こりゃ困ったなぁ」
「研究所なんて、設立にも維持にも大金が掛かる。つまり高額納税者にしか運営が出来んから当然だろ?
それにそんな施設にゃ学のあるやつしか務められん。そう言う奴は金持ちだけだ」
俺がぼやくと、バルドーさんがご尤もな解説を入れる。適当に人を集めて力技で何とかしようと考えていた俺が馬鹿だった。
ファンタジーな世界だから、何か魔法的な要素でチャチャっと解決出来そうだと心の何処かで思っていたのだろう。
けどバルドーさんよ、あんたもさっきエメルダさんの話を聞いて「勉強になります」って言ってたばかりじゃん。
なんで出来る男を演出してんだよ。
「パパねぇ…商売やってるんだから、政治のこともちゃんと勉強しといてよ」
と娘のエリスちゃんまで呆れてるわ。
「そうね、良い機会だから今度はしっかり教えてあげるわ」
…エメルダさんの目が怖いんですけど。まさかこんなことでバルドーさんが思わぬ被弾をするなんて予想外。
ガックリと肩を落とすバルドーさんに心の中でゴメンナサイ!
「それならライエルさん達にお願いしてみたら?
泡の実の改良は良く分からないけど、切り傷の応急処置に使う物って私も欲しいし、冒険者にも凄く役に立つでしょ?」
「青嵐を巻き込む、だと?」
エリスちゃんが名案だとばかりに親指を立て、ライエルさんとやらを指名する。
バルドーさんの言う『青嵐』とは冒険者パーティーか、何かの集団か?
エメルダさんは目を閉じて考える素振りを見せ、
「そうね、あなた、ライエルさんにお願いしてみませんか?
あ…でも言いだしっぺのクレストさん自身が無名なのは、いただけないかしら。
こんな前代未聞の商品開発を、実績の無い人から言われたら流石にライエルさんでも直ぐには対応してくれないでしょうね」
よく分からないけど、ライエルさんって人はお金持ちで有名人だけど、庶民からのお願いを聞いてくれるような物分かりの良い人なんだね?
俺がそれなりに実績を積んで知名度を上げれば、無理難題とも思えるプロジェクトに対応してもらえるかも知れないのか。
皆の口調からライエルさんって尊敬されてるのは分かった。
「分かりました。
それなら、そのライエルさんにお願い出来る程度に名を上げてみます。
これから冒険者登録に行く予定だったのでちょうど良いですね!」
本来の予定なら、宿屋を出たらすぐに出来合いの防具を買ってから冒険者ギルドに行く筈だったけど、『ルシエン防具店』がまさかのオーダーメイド専門店だったから予定が大幅に変わったなぁ。
でもそのお陰でこのお店に辿り着いたんだから、何が幸いするのか分からないね!
とは言え、ちょっと都合良く解釈し過ぎたかな?
冒険者にもなっていない若造が、今から冒険者登録して名を上げてやる!なんて、一体どんな寝言だよ。
自分も外野の立場なら、何を馬鹿なことを言ってんだと笑い飛ばすところだ。
ところでさ、ライエルさんにお願いが出来るようになる程度って、一体どんなレベルなんだろ?
内容からして単純な戦闘力じゃない気がする。
恐らく知識であったり、経済力であったり…人間性とかも加味されるのかな?
その肝心のライエルさんってどんな人なのかも知らないので聞いてみようとした時、チリンチリンとドアベルが鳴ってお店のドアが開いた。
「こんにちは~。あ、皆さんお揃いで何より」
と聞き覚えのある声が聞こえ、
「おぅ、ケルンか、久しぶりだな」
とバルドーさんが挨拶したので俺も入り口の方に振り向いてケルンさんに会釈する。
ケルンさんと目が合うと彼がニコリと微笑んだ。
「おや、クレストさんじゃないですか。こんにちは」
「こんにちは。ケルンさん、昨日ぶりですね」
行商に出ていた時の服装と違い、ラフな格好をしたケルンさんが相変わらずノホホンとした様子を見せる。
やはり見た目は普通のおじさんで、とても筋肉質とは思えない。これで大きな荷物を背負って平気な顔で運んでいたんだから、ギャップが激しいな。
筋力強化系のスキルか魔法を持っているのかも。
「冒険者ギルドに行かれましたか?」
「いえ、この後に行く予定ですよ。
昨日教えてもらったルシエンさんのお店に行って、それから服飾店に寄ってから、小道具を作って貰えそうなお店を探していて、たまたまここに来たんです」
と説明する。
さっさと身分証明書を作って衛兵さんに見せないといけないことは分かってるし、それが本来なら最優先事項なんだけどね。
「ケルンはクレストさんと知り合いだったのか?」
「えぇ、帰り道で馬車が…立ち往生したときにクレストさんに助けて貰いましたので」
車軸を直した事を言うと、マジックバッグの話に繋がるからか、そこはスッと流してくれたようだ。
「昨日帰って来たんで、今夜あたり一杯どうかとバルを誘いに来たんですが。お邪魔でしたか?」
二人は飲み仲間だったのか。
そう言えばバルドーさんは元冒険者ぽいし、ケルンさんは行商人…ひょっとして以前は冒険者の荷物を運ぶポーターでもしてたのかな?
それならケルンさんが戦う商人さんなのも納得だ。
「いえいえ、欲しかった物はもう作ってもらったので」
試作品はさっき厨房で試して、そのまま置いてきてるな。それにエメルダさんが気が付いた。
「あなた、ケルンさんにもアレをお披露目しましょうよ」
「新商品、ですかね?
是非に。行商でも新商品を持って行けば評判になりますからね、売れる物なら幾らでも売ってきますよ」
「ケルンおじさんの評価は結構厳しいもんね。
でも今回のは絶対いけるっ!」
と微笑みながらも商人の顔をするケルンさん。どんな小さなことでも商機は逃すまいと言う意思の表れか。
エリスちゃんの自信は、まぁ家族皆の総意と思って間違いないだろうね。
それにしても、偶然助けたケルンさんがこの家族と仲が良かったとはね。世間って狭いもんだな。
それとも神様がそうなるように導いた、とか?
ここは異世界だから、本当に神様の一人や二人は居てもおかしくないだろうし。
俺は会わずに来たけど、転生神って残念女神系かうっかり爺さん系が多いからなぁ…やっぱり神様なんて居ない方が良いかも。
「ほうほう、こう軽く引っ張るだけで皮が…簡単に剥けると。なるほどなるほど。
でこちらが…こうやって押せば良いので?…これで人参のスライスが出来ると?…へぇ、簡単に出来ましたね…」
そんなどうでも良いことを考えている間に、ケルンさんが芋の皮をパパッと剥き、キュウリと人参のスライスをあっと言う間に終わらせた。
ケルンさんが一番上手に使ってる気がする。
バルドーさん宅の今夜のおかずはポテトサラダかな?
マの付く国民的万能調味料があれば、じゃがいもを茹でて潰せばポテトサラダはわりと簡単に出来るけど。
宿屋の料理にはマヨは使われていなかったような、あったような…。
ケルンさんが皮を剥いたジャガイモを右手に、スライスした人参を左手に持ち、
「バルっ、コイツは良いぞ!
料理の苦手な私でも、これなら料理を作ろうって気になりますよ!
包丁は引いて切ると言う理屈を蹴飛ばして、引っ張る、押す、に方向を変えただけでこんなに手軽になるなんて。いやはや、これは凄い。クレストさんは天才ですかね」
とケルンさんからも二つの新商品は高評価を頂けたのだ。
こんな簡単な道具で盛り上がるなんて思ってなかったよ。最初に考えた人が天才だよね。
それを教えただけで俺の評価を爆上げするのはやめてくれー!