第2話 当然出来るアレ
目が出来て喜んではみたものの、どうやら今の俺には精神統一って向いてないのかも。
これはひょっとしたらスライムの種族特性なのかも知れないけどね。
確かにスライムが座禅を組んだりしてる姿は想像出来ないわ。もっとも組む足自体が無いんだから当然か。
しかし我ながら受け入れるのが早かったよ。
この森で気が付く前は、日本でごく普通の大学生として暮らしていた筈なのに。
通り魔に刺されたとか、トラックに轢かれたとか、そんな記憶は一切無い。
かと言って、最後の記憶もなんか靄が掛かって思い出せそうに無いんだけど。
まあ、あれだよ、よくあるパターンだ。
転生したら○○でしたってやつの、神様に会っていなくてハズレのパターンなんだけどね。
垂直跳びはもう飽きたし、そろそろ次の行動に移りたいんだけど。何をやるのがいい?
普通に考えれば食べ物と水の確保なんだろうけどね。で、俺は何を食べればいいんだ?
幸いと言うか、接している地面の土なんかが勝手に口に入ったような感じはしない。
口の中に土とか落ち葉とか草とかが入ってきたら、さすがにスライム初心者の俺にでも分かる…よね?
でも多分だけど、何でも食べれそうな気はするんだよね。旨い、まずいは二の次とすれば。
人が味覚を感じるのは舌に味蕾ってやつがあるからだろ。この体にそんなのがあるとは思えない。
でも、旨い食べ物を食べてもその旨さが感じられないってのは、辛いことなんだろうね。
逆に考えれば、まずい物でも食べられる…ってことなんだろうけど、そんな姿を考えたくはないけど。
とりあえず、本能のままに生きていくしかないだろう。
泣いても叫んでも所詮はスライム。魔物界最弱の生き物だ。高望みしてレアなスライムに進化しようとしても、きっとその過程で命懸けのバトルを繰り返さないと駄目なんだろう。
出来れば血を流したり…あ、血は流れてないや…痛い思いしたりせずに暮らしたい。
叶うのならひっそりと採取生活とか畑を耕して自給自足の生活を…。
と考えていた時期はありましたよ。
えぇ、たった今まではね!
耳に入ってきたのは、何かの喋るような声。
文字に表すなら『グギャギャ、ピー、ガー、グルグルー』みたいな感じかな。
そしてドスドスとこちらに近寄ってくる振動ね。恐らくは複数の生き物が歩いている。
あー、俺にも耳があったんだね、とか思いつつ、様子を窺っていると足音と振動は確実に近付いてくる。
転生して初めての知的生命体との遭遇か?
グギャギャ…と喋るのは、この世界の人がそう言う言語を使っているのかも知れないしさ。
そしてその生命体とは意外と早くに面会を果たした。
自分のサイズが何センチなのか分からないが、恐らくは今の俺の十倍以上の高さはありそうな生き物だった。
体形で言うと痩せた人間の子供だな。若干あばらが浮き出て、お腹が少しぽっこりと出ている。
目、鼻、口、耳は人間と同じ配置ではあるけど、一目でこいつはゴブリンだと思ったのは尖った長い鼻と少し尖った耳のせいだ。
目は人間の目に似てるけど、余り知性があるとは思えない野獣のような感じかな。こいつらとは分かり合えるとはとても思えない。
そして肌は緑色っぽくて服は着ていない。腰蓑さえ巻いていないから、動物園で見る猿が凶暴な顔付きになって毛が抜け落ちたような感じだ。
ちょっと見ただけで嫌悪感がバリバリマックスだよ。それが二体だ。
面倒だから、こいつらはゴブリンと仮定しよう。
そのゴブリンの一体は棍棒のような木を持ち、もう一体は錆びの浮いたボロい剣を持っていた。ゲーム的な感覚で言えばショートソードと呼ばれるような長さの剣だ。
その剣を持ったゴブリンが俺を指差すと、棍棒を持った方が走ってこちらに近寄ってきた。思ったより走るのが早くて俺は少々焦ってしまった。
これは多分俺の体が奴より小さいせいで相対的な尺度の問題だろう。
俺の前に走り寄ったゴブリンが振り下ろした棍棒は、避けなければ直撃しそうだ。黙って殴られてやる義理なんて無い。棍棒を回避すべく、咄嗟にジャンプ!
ゴツッ!
俺はアホか! なんで垂直跳びをするんだよ!
お陰で振り下ろされている途中の棍棒に自分から当たりに行ったじゃないか!
幸いと言うか、弾力性のあるこのボディにはダメージは入っていない。目から火花は飛び散ったような気がするけどな。
棍棒に当たったせいで俺の体がピンポン球のように森の中を跳ねながらゴブリンから離れたけど、ゴブリンだってそれを黙って見てた訳じゃない。二体共が走って追い掛けてくる。
ダメージは無いけど転がってるから目が回りそう。木の根元にぶつかって転がるのが止まるのとほぼ同時に、俺の前に立ったゴブリンの剣が振り上げられた。
(ヤバいっ!)
錆びているとは言え、剣で斬られたらさすがに無傷でいられる保障は無い。避けようとするけど、体が思うように動かない。
まさかさっきの自爆でこんな時に脳振盪を起こしているのか?
やられる!と思って目を瞑ったが、バコッと音を立て剣はギリギリのところで俺の目の前に振り下ろされた。
どうやら俺が小さなせいで目測を誤ったのだろう。剣を持とうが所詮はゴブリンと言ったところか。
とは言え、俺にはこのゴブリン達を倒す手段なんて無いと思う。とにかく逃げるが勝ちだろっ!
けど、後ろは木に塞がれ、前方には二体のゴブリン。逃げるのも簡単じゃなさそうだ。
その後も剣は二度空振りしたけど、棍棒が一度俺の体を掠めた。
(おいっ! 棍棒持ってる奴の方が攻撃が上手じゃないか!)
と突っ込んだところで状況は好転する訳も無く。
それから何度か棍棒が命中して、痛くは無いけど子供に虐められる亀の気分を味わうことになった。
「ピギャ、ジャルラルダル!」
剣を持った方のゴブリンがそう言うと、じわりじわりと位置を調整しながらゆっくり狙いを定めてニヤリと笑みを浮かべた。
棍棒を持ったゴブリンは僅かに後退するも、隙は見せまいと棍棒を構え、視線は逸らさず待機している。剣を持ってる奴よりこいつの方が実戦経験を積んでんじゃないの?
と思っていたその時だ。
「ギャルルーッ!」
気合いの籠もった剣が今までに無い速さでそれなりに刃筋を通して振り下ろされたのを視認出来た。
どうやらスライムの視力は優秀なようだ、なんて悠長なことを言ってる場合かよ!
(ヤバっ!)
剣の軌道は避けなければ恐らく俺の魔石を直撃するコースだ。棍棒なら当たっても平気だったけど、さすがに剣はまずいかも。
かと言って、何度か棍棒で殴られていたせいか、痛くは無いけどまだ体を思うように動かせないのも事実な訳で…。
まだ走馬灯が走る程の期間をこの姿で過ごしてる訳じゃないけど、もう少し生きてみたかった…。
まだ死ぬのはイヤだ、例えスライムだったとしても。こんな理不尽な死に方なんて、絶対に! 絶対にイヤだっー!
振り下ろされた剣は音を立てながら迫って来る。俺は身動ぎもせずに魔石に力を籠め続ける。
そして剣が直撃すると思われた瞬間だ。
(頼むっ!)
ほんの僅かだけど外皮の切れる感覚があった。
そして急激に体が真っ二つに引き裂かれる程の痛みを感じた。
ゴブリンが振り下ろした剣はガツンと大きな音を立てて地面に打ち付けられたが…だけど俺を斬ることは出来ていなかった。
いや、違うな…今は俺達を、と言うのが正しいだろう。
ゴブリンは会心の一撃を確信していただけに、何が目の前で起きたのか認めたくないのだろうか?
それとも力いっぱい振り下ろしたせいで手が痺れているのか?
どちらかは分からないが、暫く剣を地面に打ち付けた姿のままで茫然としていた。
俺達二人はそんなゴブリンをあざ笑うが如く、高く垂直にジャンプしたのだ。急激な体積の変化のせいで目測を少し誤ったが、なんとか目指した木の枝に飛び移ることが出来た。
それでもまだゴブリンが腕を延ばせば届きそうな高さだ。
迷わず次の枝へと飛び移って様子を窺ってみると、ゴブリン達には木に登るって選択肢が無いようで、諦めてこの場を後にしていった。
(ふう…)
(ふう…)
全く同じ姿のスライムが枝の上に二匹…それが今の俺達だ。
種も仕掛けも当然ある。凄く単純な話だよな、スライムが分裂するなんてことはさ。
まさかこのタイミングでぶっつけ本番でやるとは思わなかっただけの話で。
しかし、自分が二匹…と言うか二人か。おかしな気分だよ。どちらも正真正銘の俺だ。どちらも本体だし、どちらにも自我がある。そしてどちらの俺も、自分の弱さを思い知った。
強くなりたい。せめてゴブリンなんかには負けないように。
高望みなんてしないさ。所詮はスライム、最下層の魔物だからな。
俺達はどちらからともなく、別々の方向へと動き出した。やることは一つだけ。強くなる事だ。
もしかしたら、分裂したばかりのもう一人の俺にはもう二度と会えないかも知れない。
それでもいい。どちらか一人が残っていれば、この『俺』と言う存在は残るんだからな。
環境が人を作ると言うだろ?
別れて行った俺が、次に会った時に全くの別人に変わっているかも知れない。それでも俺は俺だ。
もしかしたら魔王と勇者になってた、なんてことになってるのも面白い。どちらも俺だ。
俺達の未来なんて自分にも他の誰にも分からないから。
二人の自分が居れば、二倍の人生?を楽しむことが出来るだろ?
儲けものだよ。
まあ、今はしがないスライムに過ぎないけどさ。
きっといつか大きなスライムになる…かも知れないな。