第162話 天に昇る銀の光
良く分からないけど、神様に喧嘩を売ったら喜ばれた。
それに何か一芝居打たれていた感じ。
《エマ、良くクレストの心を理解しておったな。
確かにクレストは誰にも替わりになって欲しく無いと願っていた》
さっきまでの笑いは消え、厳かな雰囲気の声が聞こえてくる。
《暇つぶしの余興に賭けを持ち掛けてな。
儂はベルが身代わりになる事に賭け、コイツは全員が身代わりになる意思を表明し、最後にエマが身代わりはさせない事に賭けたんじゃな。
見事に的中させよった。それだけお主らの心が通じ合っておると言うことよな》
そしてまた神様がハハハと笑い続ける。笑い上戸なのかしら?
《クレストの替わりは中の者で良いんじゃな?》
中の者って? クレストさんって二重人格と言われてたけど、そのことかしら?
《どう説明したものか…まぁ、このよう男はちょっと特殊な生い立ちでな。
本人でありながら別人、別人でありながら本人と言うレアケースなんじゃが上手く説明出来んでな》
一応神様ですよね? 神様が説明出来ないような事があるんですか?
《神とて万能では無い。それに神の社会にもパワーバランスやら派閥やら権限やらがあってな、儂が言える範囲では説明仕切れんと言う意味なんじゃ》
それは記憶が無かったことや、髪の毛の色や、強さの秘密的な話が出来ないと言うことね?
《一部はそうじゃよ。
いずれ機会があれば、本人から喋らせてやるわい。覚えておったらな》
…それ、絶対言わせないパターンだよね?
《…深く考えるな、感じよ。
でな、復活するにはもとになる遺伝子が必要じゃが、それにはサンプルが沢山あるから問題は無い。
じゃがな、さすがにただでの再生は禁止されておる》
「私が払える物ならなんだって払うわ!」
《違う、払うのはお主じゃなくてクレスト本人よ。
余命の半分が相場じゃな》
…っ! そんなのありなの? 人の命を、人生をどう考えてるのよ!
神様って残酷過ぎない?
『何だ、半分で良いのか。
それならサッサと頼むわ』
嘘っ! 余命の半分も取られると言うのに、クレストさんってなんて軽いの…そう言えば…。
『なぁ、俺の余命ってハーフエルフ補正があるんだよな?』
《詳しくは教えられんが…概ねそうじゃな》
『それなら人間並になるってことだろ?
むしろウェルカムだ』
そう、クレストさんってそうは見えないけどハーフエルフだったよね。
長命な種族として有名なエルフ、そのエルフと人間が愛し合うことで産まれるのがハーフエルフ。
エルフには遠く及ばないにしても、ハーフエルフもエルフの血を引くだけあって人間より長命で、寿命が人間の二倍近いらしいのよ。
ハーフエルフってコンラッド王国には殆ど来ていない種族だし、外見的にも人と変わらないからクレストさんがそんな特殊な種族だってことを忘れていたわ。
それなら寿命を半分取られても…寧ろクレストさんが言う通り、人間と同じ寿命になるだけだからデメリットとは言えないのね。
でもやっぱり中の人って言うのが気になる。
二重人格だったのは、本当に別の人の魂を宿していたってことよね?
私はその時の様子を見ていないけど、ミランダさんは『死を覚悟するぐらい恐い人。でもその中に優しさもあるのよ』と言ってたっけ。
『黒羽の鷲』と対戦した時も、まるで別人だったとあのクズ冒険者達が証言しているし。
その人?が起こした一番の騒動は、衛兵隊長に喧嘩を売ったことかしらね。
その後始末にギルド内部でかなり患部の人達が揉めた…クレストさんを追放しろって迫ってきたんだよ。
あの人達は事なかれ主義だからね。
そんな騒ぎを起こした人?がクレストさんの中に居るのね?
でもその人を犠牲にして、クレストさんは喜ぶのかしら?
「あの…こんなのおかしいかも知れないけど。
クレストさんの中の人も、やっぱりクレストさんの一部でしょ?
クレストさん、本当にそれで良いの?
その人がトラブルメーカーだったとしても、その人を身代わりに立てることはクレストさんならきっと後悔すると思う」
自分からクレストさんの復活に待ったを掛ける…馬鹿なことを言ったかも知れないわ。
だけどね…クレストさんは優しいから、例えどんな人でも自分の中から追い出すような真似はしたくないと考えると思うわ。
《中々なものじゃ。
見たこともない此奴の中に棲む者にまで気を揉むとはな》
『エマさん…ありがとう…でもそれは本人が決めたことだから』
「それでクレストさんは本当に納得出来るの?
復活してから、その事で悩んだりイヤな気になったりしない?
笑って生きていける?
もし少しでもあなたが心に傷を負うのなら…それは私が認めない!」
《認めるも認めんも無いのじゃ。
これが最適解。誰にも迷惑を掛けずクレストを復活させてやれる唯一の方法じゃ》
「ううん。それは嘘っ!
私の知っているクレストさんは、絶対にそれを望まないんだから!」
《ちょっと良いか?》
私がそう断言すると、神様もたじろいだ様子で?何やら相談を始めたみたい。
「エマさんって、神様に喧嘩を売れる人なのね」
とオリビアさんが話し掛けてくる。
「ほんまやで。エマ語録に登録決定やわ」
とラビィが私の脚に体をスリスリ。
それ、痒いからじゃないわよね?
「クレストさんの中の人のことは私も見たことは無いけれど、別人格を無くすだけなら悪い話では無いと思うわよ?
もしこれでクレストさんが復活出来なくなったら、あなたはそれでも構わないの?」
「私は…悲しむクレストさんを見たくないの。
だから、少しでもクレストさんが後悔することがあるのなら…今回は見送ることも大切だと思ったの。
ひょっとしたら次の機会があるかも知れないでしょ?」
《なんじゃコレはっ!》
私がオリビアさんと会話をしていると、突然神様が驚いたような声を出したの。
慌ててそちらを振り返ると、水晶のクレストさんに罅が走り始めたの。
『神さんっ! これってヤバくねぇか!?』
《そんなの当たり前歯のクラッカーじゃ!
その水晶が崩壊すると、お前の存在は消滅するぞ!》
前歯のクラッカーって何?って突っ込みたくなる気持ちを抑え、私はクレストさんへと脚を運ぶ。
静かに水を湛える水面に脚を踏み入れた瞬間、まるで冷えて固まった煮凝りの上に立ったような感じがしたわ。
…他にもっと良い表現はないのかって?
私だってこんなの初めてだから、他に置き換えられる物が思い付かないのよ!
とにかく! 私の脚は水の上を走り、罅の走るクレストさんに到達することが出来たわ。
「だめ! 何でもするから、クレストさんを助けて!」
熱のないクレストさんに入る罅を必死で止めようと抑えるけど、そんな私の願いとは裏腹に次第に罅が大きくなっていく。
「クレストさんは絶対に私が守るから!
私の中に来てっ!
『タンスにドンドンっ!』」
無我夢中で?
それとも自棄になったとか?
分からないけど、これ以上クレストさんを壊す訳にはいかない、そう思った私は私の持つ唯一のスキルを使ってクレストさんを守ることにしたの。
だけど…残念だけどクレストさんは私の中に来てくれなかった。
それは本人の意思なのか、それとも能力の限界を超えていたのか分からない。
【ここまで愛されてるんじゃ…俺の出る幕じゃねぇな】
聞こえたのはクレストさんの声。
少し傲慢な感じで、この人がクレストさんの中の人だとすぐに気が付いたわ。
【俺はセラドリック。訳ありでクレストに体を貸していたんだが。
まさかこんな形で出て来れるとは驚いたぞ】
『がいこ…オッサン、最近出番が無くて拗ねてんだと思ったぞ。呼んでもスルーだしさ』
ちょっと待ってよ!
さっきから姿は見えなくて色々な声だけが聞こえてきてたんだけど、さすがに声だけ出演する三人?って、聞いてて混乱するわよ!
それに四人目が出て来たら、カッコはどうするのっ?!
【嬢ちゃん、協定のせいで言えないことは多いんだがよ、俺はクレストであってクレストでは無い存在だ。
さっき神さんが説明できんと言ったのは俺のことだ。
まぁ、ダンジョンで起きた不思議な現象のせいでクレストがおかしなことになったとでも思ってくれ】
『オッサン、おかしなって酷いだろ?』
【じゃあ、非常識な存在になったってことで良いか?】
《お主ら…本題はそれではあるまい》
『いや、それより俺の脚!
もう限界だぞこれっ! ピキッて!
痛っ! 脚が攣ったぞ!』
【水晶の体で攣る訳ねえだろ、気のせい気のせい】
…意外と余裕なの?
それとも私に不安を与えないように気配りしてくれてるの?
《そろそろ真剣に考えんと、もうすぐ崩壊するぞ。その体で崩壊すれば、神の儂にも修復は出来ん》
それは困るよ!
そっとクレストさんを抱くと、私の体温が伝わってか少しずつ温かくなっていく。
「お願いだから、一人で先に行かないで。
行くときは私も一緒が良いの。一緒に行かせて!
もう少しあなたを感じさせて…だから私の中に来て!」
《この娘は天然か?》
【随分エロティックな発言だが、そう思うのは俺達の心が汚れているからだ…エロ神だな】
『何を呑気なことを…あ、エマさん、抱くなら力加減に気を付けてね、マジやばいから』
【意外と冷静な奴】
《こりゃ今年のビックリ映像コンテストの優勝は儂に決まりじゃ》
『そんな事を言ってる場合?
痛っ! 今度は腕が攣った!
動悸も酷いし、死ぬの俺?』
《動悸…気のせいじゃろ?》
『気のせいなら良かったょ…ズキッて来た!
不整脈?』
《おかしいのお。水晶体になれば痛みも何も感じん筈なんじゃが…お? おおぉ?
なんじゃそりゃっ?!》
神様がそう言うのが先だったか、それともその現象が起きるのが先だったのか…涙が止められなかった私には分からないけど、一つだけ見えた物があるの。
それはクレストさんから立ちのぼる、一筋の銀色の光の柱…。
その光の柱はグルグルと回転しながら、ゆっくりと天井へと突き刺さる。
そしてパラパラと土埃が天井から落ちて来たかと思えば、今度はゆっくりと光が短くなっていく。
これは一体何?
あの時私がとっさに『タンスにドンドン』で防いだ魔界蟲のようにも見えるけど。
その光が収まると、私が思った通りあの魔界蟲…クレストさんが『格納庫』に保存していたドリルみたいな魔界蟲の死体?が宙に浮いていたの。
「何? この子?」
クレストさんを抱いていた右手を解いて、銀色の物体を手に取る。
その物体はクルクルと回り続けていて、少し手のひらがくすぐったい。
そう言えば、この魔界蟲は勝手に『タンスにドンドン』から出て行ったり、クレストさんの『格納庫』の中に居着いたりと好き勝手にやっていたのよね。
《ほお、お主が身代わりになると言うのじゃな。
なるほどの、確かにそれなら誰も犠牲にならんわい。
ヨシ、それで決定じゃ》
神様、一人でブツブツ言いながら納得したみたいだけども、大丈夫なの?
私の中ではかなり信用度が低いんだけど。
『魔界蟲? コイツ、勝手に…て、いてて!
理由は分からないけど、君に任せた!』
まかせて!
皆と違う、声ではない声…心に直接響いたその声がそう言うと、親指の爪ぐらいの小さな銀色の姿の魔界蟲が優しい光に包まれていく。
《魔力/遺伝子情報変換を開始…変換完了。
魔界蟲**********にダンジョン管理者権限を移譲開始…移譲完了》
薄らと魔力の光が揺らめく中、おとぎ話に出て来るような神様が何かを操作する仕草を見せる。
さっきまでは声だけの存在だったのに。
「神様が降臨なされて…」
とオリビアさんが感動に途中で声を失う。
《次はクレストの再生じゃな。
ここからは…暗幕を使わせてもらおうかの》
最後に聞いたのはその声だった…。