第160話 再会は突然に
結局最後はクレストさんが締めたようなものだったけど、難敵とも呼ぶべきノーラクローダを無事に撃退することが出来たわ。
クレストさんが管理者権限を使って改造したタイニーハウスに怪我をしたアヤノさん達を運んで治療する。
何故こんな便利な機能を使うことが出来るのかしら。
あの人、死んでから非常識さに磨きが掛かったんじゃないのかしら?
傷は癒えても疲れは残る。
新しいタイニーハウスで皆が休憩を取った後、このまま再出発をして奥まで目指すか、それとも一度ギルドに戻るかの議論になったわ。
あの地震の影響も気になるから、とりあえず回答は先送りにして一度ダンジョンを出てみようと言うベルさんの提案に同意してタイニーハウスを出てびっくり。
私達が休憩している間に、地面も天井も元通りになっていたのよ。
これってひょっとしたら、地表には影響ないのかしら?と思ってダンジョンを出てみると、冒険者ギルドから派遣されていた見張り役が私達の無事を知って大いに慌てたわ。
どうやら物凄く大きな地震があって、その後に地面が割れて穴が空いたから生き埋めになったんじゃないかって。
でもいつの間にかの穴が修復していて、何が起きたのかサッパリと分からないんだと。
当事者の私達も、まだクレストさんのことが嘘か本当か分かっていないのだから、彼の驚きも当然よね。
それともう一つ。あの傾斜のきつかった坂道が無くなって、上下に動く部屋に変わっていたの。
ルケイドさんが、これは『エレベータ』だと言っていたわね。
その部屋には馬車で乗り入れることも可能みたいで、恐らく私達がダンジョンの中を移動するのに苦労しなくても良いようにってクレストさんが作ってくれたのかも。
うん、やっぱりあの人は死んでからの方が非常識かもね。
だけど…やっぱりあの人を亡くした悲しみを乗り越えるには、このまま言われた通りに奥を目指すべきだと思うの。
恐らくその為に、私にブーツを用意してくれたんだと思うの。
私の意見に皆も賛成してくれたから、このまま徒歩で探索を続けようとエレベータに乗ってダンジョンに降りたらまたびっくり。
「ダンジョン管理者って何でもあり?」
とルケイドさんが驚くのも無理はないわ。
エレベーターを出てすぐの所に、何故か二頭立ての馬車が二台、スタンバイしていたんだもの。しかもタイニーハウスを牽引した状態で。
「多分、ソレだけエマっちが大切だってことじゃないの?
妬けるわよ!」
とカーラさんが頬を膨らませる。
でもごめんね、私の興味はこの馬に移ったから。
この子は魔物なのかしら?
こげ茶色の毛並みの馬に近寄って頭を撫でてやると、とても気持ち良さそうにしているわ。
普通の馬より大きいみたいだけど、ベルさんが言うには数千匹に一匹とか一万匹に一匹とかの割合で産まれる、先祖帰りの馬らしいの。
とても大人しいんだけど、何故か牙が生えているのよね。でも人参とリンゴが好物みたいなのはご愛嬌かしら。
馬達が与えられたリンゴをムシャムシャと食べる様子を見て、
「ワイもリンゴ食いたいねん」
とラビィがおねだりするので、出発前に軽くティーブレイク。
クレストさんがダンジョンアタック用に作ったこのタイニーハウスは、ダンジョン管理者権限で色々と改造されていたり、クレストさんの『格納庫』と連結していたりと快適その物だったわ。
物質的にはね…。
だけど、いつも私達のことを気遣ってくれていた彼が居ないと思うと、訳もなく涙が溢れてくる。
生きているようで生きていない、ううん、生きていないのに生きているように振る舞ってくれる優しさが私の心を締め付けるの。
さあ出発って時になって、二人ずつに分かれて御者台に乗り込んだマーメイドの四人が悲鳴を上げたわ。
何事かと思えば、シートの上に水晶のように綺麗なスライムが乗っていたそうなの。
しかもスライムから伸びた触手が手綱を持っていると言うのだから、当然驚きもするわね。
「このダンジョンでは、もう何が起きても驚かないと思ってた私が馬鹿だったわ」
とはアヤノさんの弁。
助手席に座るセリカさんも隣のオリビアさんも頷いているみたい。
もう一台の馬車の客室にはルケイドさんとベルさんが乗って、ラビィは『馬と一緒に走るのもたまにはえぇやろ』と言って、外の景色を楽しんでいるわ。
そしてダンジョンを進むとクレストさんが火山噴火を起こした場所を通過することになるのだけど、もうあの景色はなくなっいて、木々が茂る森へと変わっていたの。
敢えてそうしたのか、それともそう言うダンジョンの決まりがあるのか。
「通常、ダンジョンは破壊不可能だからね。
一時的に形が変わったとしても、後で元の姿に戻るように出来ているそうだからね」
と休憩の時にベルさんが教えてくれた。
テントを張ってペグを打っても、寝てる間にペグが抜けていることもあるそうで笑えないのよ。
ダンジョンを進むのは実にスムーズだったわ。
マーメイドの四人とルケイドさんがもう張り切っちゃって。クレストさんのくれた装備でパワーアップしたのが嬉しいのか、それともクレストさんに良いところを見せようとしているのか。
普通なら尻込みするような体高二メトルもある巨大猪だろうと、ドラゴン擬きとも呼ばれるワイバーンだろうとお構いなし。
物語に出て来る英雄のようにズバッと斬り伏せて行くのよ。
だけど本心は私と同じなんだろうな。
『早くクレストさんに会いたい』
ただそれだけのこと。
ダンジョンはこの世と別の世界を繋ぐ通路だとも言われていて、そのことを実感するのはダンジョンを進み始めて八時間近く経ってから。
天井を覆う灯り岩は地上の明るさを反映するらしく、ダンジョンの中に居ながら夕焼けを見られるとは思わなかったわ。
でも割と平坦な道路を進むだけだったので、もう山の一つや二つは越えていても良いはず。
なのにまだまだダンジョンは続いているの。
実は魔界ともこのようなダンジョンで繋がっているのだとか。
魔界出身者なら何となくコッチに進めば魔界に到着するって分かるそうなの。
「それって『帰巣本能』?」
とラビィにルケイドさんが聞くけど、子熊っぽいラビィがそんな言葉を知ってる訳がないじゃない。
「そやな、恐らく本能的に産まれた巣のある方向が分かるんやろな」
とまさかの回答にビックリ。
「今日ノラが言うとったやん。勇者が攻め込んできたとか。
恐らく魔族の誰かを捕まえたか仲間にして、道案内させたんやろ。
それか、人間界に侵略しようとして送り込んだ先遣部隊を返り討ちにして利用したかも、やな」
なるほどね。確かに勇者が居なければノラがコッチに居ることは無かったはず。
ほんと、勇者って碌なことをしないのよね。
「快適なのは良いんだけど、君達、ダンジョン舐めてんの?」
そう言うベルさんはお風呂…しかも露天風呂って言う、部屋の外にあるお風呂に入ったあと、ハンモックに揺られているのよ。
どう考えても、ベルさんだって同じよね?
クレストさんが預けてくれた水晶のようなスライム達は魔物を感知する能力を持っていて、私達の気付かなかった魔物を教えてくれたのよね。
それもあってのリラックス感なんだけど。
あれ? そう言えばクレストさんは前回もこんな感じでリラックスしてたわね。慌てたのは魔界蟲が出て来る少し前だった。
ということは、このスライム達は以前から飼ってたのかしら?
魔物だから内緒にしてたのかな?
でもゴミ処理用スライム達と違ってとても綺麗だし、それに頭も良いのよね。人の言う事を理解してるみたいだし。
何よりプルンとした手触りが最高なのよね。
念のためにサーヤさんがトラップと鳴子の警報器を野営地に張ってくれて、その日はグッスリ眠ったわ…寝る前に皆も号泣してたけど。
そして翌日。
クレストさんが居なくても皆で朝の訓練を行うのだけど、ポッカリ空いた穴がそこにあるみたいでやっぱり落ち着かない。
「だめよ! そんな姿はあの人に見せられないわ!」
私は柄の部分に『リミエン』と彫られたホクドウを手に、あの人の代わりに振り始めたの。
そして何故かこの武器に拘っていた理由が分かった気がするの。
これは木で作られた武器。だけどこれには美しさと優しさが籠められているのよね。
気が付くと夢中で振ってたけど、手の皮が剥けちゃったからコッソリ回復の泉のお世話に。
そんな日々が続くこと一週間。
往復二週間の予定で計画を立てているから、今日の探索でクレストさんに辿り着けなかったらどうしようかと判断に迫られることになる。
帰り道も順風満帆とは限らないからね。
食料については足りているから心配はないわ。クレストさんの『格納庫』が使えなくなっていたら…と思うと、彼一人に委せっきりにしていたわと猛省するけど。
「それにしても、ダンジョンの中がこんな森になっていたなんてね」
「それに広いし。でもクレストさんらしいと言うか、野営地までいつもと同じように設定してくれるのはとても助かるわ」
確かに今がダンジョンアタック中とは思えないわね。
馬車の進行に合わせてちょうど良い位置に野営地を作ってくれているのよね。
ほんと、今でも隣に居るみたいな感じなの。
クレストさんは午前十三時過ぎ頃、正午、午後四時、そして夕方七時前頃に決まって野営地を作るようにしていたわ。
『働き過ぎはダメだから!』と言ってたけど、クレストさんは夜中も色々とメモを書いたり設計図を書いたりと働いていたんだけどね。
午前の休憩地点を経ってどれくらいかしら。
ずっと通っていた森が突然終わり、綺麗な泉が目に飛び込んできたわ。
そしてその奥にとても大きな樹が立っていたの。
私の持っている言葉でその樹を現そうとしたら、これが限界ね。
ダンジョンの中は何処も同じぐらいの高さの天井が続いていたのに、この樹の周囲だけが見上げるほどの高さなの。
樹齢千年を越える樹木には精霊や神様が宿ると言い伝えられているけど、恐らくこの立派な樹は千年クラスだと思えるぐらいに神々しさに溢れているわ。
私がその樹に圧倒されていると、静かだった泉の水面が波打ち始め、透き通った体のクレストさんがゆっくりと浮かんできた…まるで水晶を削って作ったような、それでいて今にも動き出しそうなリアルさなの。
その像に見蕩れていると、何処からともなく声が聞こえてきたの。
『よく来てくれたね。
目の前の俺が…まぁ、一回死んじゃった俺なんだよね。
ダンジョン管理者になることを選択したら、水晶の体になってここに沈められたんだ。
皆、思うことはあるだろうけど。
とりあえず、死んでゴメン!
えっ! その言い方は軽すぎるって?』
とても理解が追いつかない。
ダンジョンの中では何が起きても不思議ではないと聞かされていたけど、まさか死んだ人が水晶になって管理者に?
でもこの道中での出来事は、どれもクレストさんにしか出来ないことばかり。
信じるか信じないかと聞かれれば、信じると即答するけどね。
『俺は確かに死んでこんな姿になったけど、心は生きてる。
でね、ダンジョン管理者になったことでやっとカンファー家の山に起きてた異変のことが分かったんだ』
そう言って笑うクレストさんは、本当にいつものクレストさんのようだった。
だけど、この後に重大な選択を迫られることになると知っていたら、素直に彼の言葉を聞くことが出来たのか自信がないかも。