第157話 クレストの痕跡
クレストさんが…負けた。
火山噴火を起こしてノーラクローダを倒そうとしたけど、残念ながらクレストさんだけが死んでしまった…いえ、私はそんなの信じない!
あの人のことだから、きっと何か上手いことやって隠れたに違いない!
私はその証拠を探しに行くの!
そう意気込んで夢中で空を飛んできたの。それが敵の魔法だと言うのは皮肉も良いところね。
でも私の脚で歩けばどれだけの時間が掛かったことか。だからそこは気にしない。
そして飛びながらルケイドさんが言った、ノーラクローダに勝つためにやることを考えてみたけど全然分からない。
魔力を帯びた強力な攻撃しか効かなくて、弱点と言えるのは太陽の光よね。
でもここは地下だから光は入らないわ。
それに皆無理していたけど、体はボロボロになっている筈。運良くギルドから治癒魔法の使える人が派遣されていたとしても、一人治せれば御の字ってやつなのよ。
それなら治すのはベルさんに決定よね。
アヤノさんは武器も無くなってるから問題外。
セリカさんは魔界蟲の攻撃を受けていたけど、どれだけのダメージを受けたか全く分からない。
サーヤさんの矢が効く相手では無さそうだし、カーラさんとオリビアさんの二人の魔法がどれだけ有効なのか…。
恐らく敵の方が魔法の扱いも上だと思う。二人の魔法に期待したいけど、太刀打ち出来るか全く分からない。
ラビィはクレストさんの魔力を貰わないと、人型にはなれないから問題外ね。
ルケイドさんは槍をメインに選んだことで多少は戦えるようになったみたいだけど、正直言うとビギナーレベル。
結局戦いになれば、ベルさんの回復次第ってところね。
だけどベルさんは自信満々だった様子だけど、何か必勝法でもあるのかしら?
それから少しの間、空を飛んでいると真っ黒と言うか濃い灰色になった地面が広がる場所に到着したわ。
「ここが奴の死に場所だ。
俺を道連れにするつもりだったようだが、残念だったな。
さすがにあの攻撃には肝を冷やしたが、最終的に結果が伴わなければ、過程がどうであれ意味は無い」
噴火の影響は地面だけではなく天井まで到達し、広い範囲で濃い灰色に変質していて、所々に罅が入って時折パラパラと黒い塊が落ちてくる。
まだ冷え切っていないようで、天井付近に近付くとモヤッとした熱気が伝わってくる。
恐らく地面の方もまだ歩けるぐらいの温度には達していない筈。
それに空気も埃っぽいし、独特の臭いで暫く人が接近するのは無理そうだ。
「これだけやっても勝てなかったの…」
チラリとノラを見る。
クレストさんなら何をやっても不思議ではないと思っていた…でもそれは人としての限界の範囲内での話。
人が火山の噴火を起こすなんて、普通なら有り得ない。
いつもクレストさんは『自分は攻撃魔法は使えないんだ』と言っていたけど、それって威力が大きすぎるから使えないって意味だったのね。
だけど、このことを正直にギルドに報告する訳にはいかないわね。
まさに『有り得ないこと』を報告しても、誰も納得しないもの。
ノーラクローダが起こしたことに改ざんしましょう。
だけど、これでは本当にここにあの人が眠って居るのかどうかも分からないわ。
為す術も無く宙に漂う私の汗が呼び水になったのか、それともただの偶然なのか分からないけど、ダンジョンの中だと言うのに突然雨が降り始めた。
火山噴火によって熱せられた空気が冷えたからだろうとルケイドさんが言ってるけど、少し意味が分からないわ。
彼がたまに難しいことを言うのは良く勉強してる証拠なんだろうけど、もう少し分かり易く教えてほしい。
でもその雨のお陰か空気がだいぶ綺麗になって、酷い臭いもかなり抑えられた。
雨で急激に冷やされた地面が時折パリっと音を立てて罅が入って行くのは面白い光景だわ。
そんな地面を眺めていると、灯り岩の放つ光に照らされてキラリと光る物があったとルケイドさんが目敏く見付けたの。
私もそれを見付け、その場所を目指して降下を始めた。
ノラは知らん振りを続け、ルケイドさんも私の後を追って地面へと着地する。
ゴツゴツした岩になっているのかと思っていたけど、意外と滑らかな表面なのはクレストさんが気を使ってくれたのかしら?
溶け出した地面に含まれた物質で表面の形が変わるのだと、後からルケイドさんに教えてもらったんだけど、そう言う時は『そうかも知れないね』と言うのが世渡りのコツだし、クレストさんならきっとそう言ったわね。
それよりもさっき見付けた、キラリと光を反射した物を取り出す方が優先ね。
夢中でその場所を探そうとした野だけと、高度が変わったせいか地面からは見付けられないの。
「女! お前の二時の方向だ!」
とノーラクローダが上から声を掛けてきた。
降りて来なかったのはこう言う時の為?
いや、そんな気配りが出来るとは思えないけど。
でもノーラクローダの言葉通りに進むと、溶けた岩に半分飲まれたような形でクレストさんが首に掛けていたペンダントがそこにあったの。
それは岩にしっかり固定されていたけど、ルケイドさんが土属性魔法を使って岩を変形させて取り出してくれたわ。
無言で手渡されたくペンダントは、金でできたて三日月は無くなっていたけど、翠色のガーネットで出来た蝶と地の白金貨は無傷で残っていたの。
「これは奇跡かしら…」
溶岩は何もかも溶かしてしまう程の高熱だと聞いたことがある。だけどこうやって形が残っていたなんて、きっとクレストさんが起こした奇跡に違いないわ。
「単に融点の違いだよ…金は融点が低いから。
グリーンガーネットの融点は…」
隣で何か難しいことをブツブツと言うルケイドさんはもう無視ね。
クレストさんのペンダントを両手に握り締め、そっと胸に押し当てる。
二本の脚が立つことを拒み、その場に両膝を付いてお祈りをするような姿勢になっているけど気にもならない。
「クレストさん…あんなに嬉しそうにペンダントを作ってたのに…どうして…」
二人で入った宝飾店のお店での出来事が、全く色褪せない様子で思い浮かんでくる。
サンプルを首から掛けてもらった時の嬉しさは今でも忘れていないわ。
本当は私の為だけに用意して欲しかった…そんな我が儘はあの時に言えなかったけど、言わなかったことを後悔するなんて。
勝手に大粒の涙が溢れ出すけど、どうやって止めれば良いのか分からない。
今は一番大切な人を亡くしたと言う事実を突き付けられ、何も考えられないもの。
「蝶は魂と再生の象徴だったよね…クレスト兄は生き返ることを信じてそのペンダントを作ったのかも」
どうも自分の物理的な説明がエマさんのお気に召さなかったようだ、そう理解したルケイドがエマに少しだけ気を使う。
ルケイドですらまだクレストの死を受け入れることは出来ない。
あの人ならきっと何か手を打っているに違いない。そう簡単にくたばるようには出来てはいないんだ、そう自分に言い聞かせているのだ。
そして改めて火山噴火に巻き込まれながら生き延びたノーラクローダの恐ろしさに冷や汗を流す。
分かっていたことだけど、まともに遣り合って人間が勝てる相手ではないのだ。
彼がヤル気になれば恐らく自分は瞬殺されるに違いない。イヤ自分ではなく、仲間達全員が、だろう。
恐らく奴にとって僕達の相手など余興ぐらいにしか感じない筈。
まるで別次元の存在に格好付けて宣戦布告をしたのは若さ故の…いや、ここで後悔したなんて言ったらあの世でクレスト兄にドヤされるに違いない。
祈りを捧げるエマさんを残し、ルケイドはもう少しクレストの痕跡が残っていないかと周囲を探し始める。
この溶岩の温度が千二百度もあれば骨は残らない。溶岩の温度は火葬の温度とほぼラップするので、上手くいけば骨ぐらいは回収を…と考えるのは自分が元日本人だからかと苦笑する。
だが幾ら探しても痕跡は見つからない。革ジャンには鋼の部品もあったのだから、恐らく溶岩の温度では溶けない筈。
金属探知機のような魔法が使えればひょっとしたら見付けられるかも、と思わないでもないが。
残念ながら、そのような都合の良い魔法は覚えていないのだ。
「もうそろそろ良いのではないか?」
とノーラクローダが声を掛けてきた。
何もせずにじっと宙に浮いているのだから、退屈を持て余しているのは分かる。
だけどまだ一時間も経っていないだろう。もし歩いて入り口付近まで帰るとすれば、エマさんの脚だと軽く一時間はオーバーすると思う。
「何よ! クレストさんを殺しといて、何がそろそろ良いのだよっ!」
泣き腫らして赤くなった瞳がノーラクローダをキツく睨む。
「エマさん、落ち着いて。
確かにノーラクローダは敵だ。そしてこのような後に戦う相手だ。
でも今は…少しだけ我慢して。
きっとクレスト兄は何処かで生きている。あの人が死ぬなんて有り得ないから」
エマの肩に手を乗せ、そう諭すルケイドだが、一度感情的になった者がそう簡単に納得出来る筈もない。
「ルケイドもアイツの味方なの!?
いいもん、私達一人でクレストさんを探すから! サッサと行ってよ!」
こうなると理屈は通用しないんだよね…とルケイドは内心溜息を付くが、エマの言い分に苛立ちを隠せないノーラクローダが取ろうとした選択肢は、
「『インフェルノ』…」
ノーラクローダの手から不気味な人魂が幾つも現れ、エマを目指して飛び立とうとした時だ。
ガンっ!
「ウッ!」
何も無かった筈の天井付近から大きな亀の甲羅が落下したのだ。
そして甲羅は宙に浮くノーラクローダの頭を直撃し、ワンバウンドして地面へと吸い込まれて行くように落下。
しかし大きな音を立てて地面と衝突すると思われた甲羅は音も無く消え去ったのだ。
始めからそんな物は存在しなかったかのように。
頭に受けた衝撃でノーラクローダが集中を切らした為、人魂達は一瞬にして消え去る。
痛む頭を撫でつつ真上辺りに『魔弾』を連続発射したノーラクローダだが、魔法の弾丸は全て天井に激突して霧散した。
「クレスト! 隠れていないで出て来い!」
ノーラクローダがそう叫ぶのもある意味当然だろう。
だが、今の絶好のチャンスに何故亀の甲羅を選択したのだ?
奴の最大魔力なら致命傷を与えることも…そうか、仲間が居ると奴は魔法での攻撃を放てないのか、そう納得する。
だがそれにしてもなぜ亀の甲羅だ?
「手も足も出ないってこと?
でもそれならダルマ…は無いか」
とルケイドが呟くが、日本人なら通用するけど、この世界にダルマは無いから大違いだと気が付いた。
「引っこんでろ、か?」
ノーラクローダが亀の甲羅の意味を考えるが、それ以上の回答を思い付かない。
それに光魔法を活用して隠れる方法で奇襲して起きながら、まるで殺意を感じないのも不可思議だ。
何かの理由で攻撃が出来ない。
だが女は守りたい。そう言ったところだろうか。
三人が恐らくクレストのなしたと思われる不思議な行動の意味を考えていると、突然ダンジョンの入り口方面から大きな音がしたのだ。
「ダンジョンの崩壊かっ!?」
ノーラクローダは二人の人間に飛行魔法を掛けると、有無も言わさず音がした方向へと急ぐことにしたのだった。