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第156話 絶望の時間

 魔界蟲三匹と巨体のオーガは無事に撃破した。体力と魔力はほぼ尽きてしまったと言ってよいが、幸い誰一人として怪我を負った者は居なかった。


 後はクレストの勝利を待つのみだったが、戻ってきたのはクレストではなく敵であるノーラクローダだった。


「さぁて、ここからは絶望の時間だ」


 鋭い犬歯を見せ、宙に浮くノーラクローダの高笑いだけがその場に響き渡る。


「嘘やん、あんちゃんが負けるやて…。

 いや、腐っても不死の王ちゅうことかいな」

「クレストさんが負けたなんて信じないわっ!」


 勇気を振り絞り、そう言葉を発したのはエマだ。


「信じないだと?

 ならば何故俺がここに居る?

 何故クレストはここに戻って来ない?

 それが証拠だ。

 これ以上の証拠が欲しいと言うのか?」

「それでもよ! あの人が私をおいて逝く筈は無いもの!」

「ふんっ、愚かなことを。

 『恋は耄碌』と言うそうだが、その若さでぼけるとはな」


 クレスト兄が居たら即座に突っ込んでくれたのに!と思うルケイドだが、自分から間違いを指摘するつもりはない。


 何かに付けて間違った言い回しを残して行った勇者達に、もう少し国語の勉強してからコッチに来てくれと腹を立てても仕方ない。


 そんなことより問題はこの今の状況だ。

 一番頼りになるベルさんの体は万全の状態には程遠い。人間離れした技を放ち、かなりの筋繊維が破断した状態にあるのだから。

 それはアヤノも同じだし、ラビィも似たようなものだ。


 今一番動けるのは自分だとルケイドは考えるが、クレストでさえ敵わなかったこの敵に自分が敵う訳はない。

 即死技を持つと言う相手と、どうやって戦かえと言うのだ?


「さあ、どいつから骸骨してやろうか」


 楽しそうに笑うノーラクローダにベルが剣を向ける。

 今のベルは動くだけで精一杯だが、まだ若い仲間達をむざむざと殺させる訳には行かないのだ。

 覚悟を決め、魔力を手に貯め始めたところで、

「待って」

と声が掛かる。


「ルケイド、どうした?」

とベルが訝しむ。何か考える素振りを店だけルケイドがラビィに質問を始めた。


「ラビィ、ノーラクローダってバンパイアなんだよね?」

「そやなぁ、アンパイアや」

「そのボケは二回もいらないから。

 で、銀の武器じゃないとダメージを与えられないとか、ニンニクが嫌いとか、太陽の光を浴びると燃えるとか、そう言う弱点は無いの?」


 バンパイアを倒すには、定番の設定に期待するしかない。そう考えたのだ。


「ボケやて酷いわ…ええねん、後でいじけたる」

「無事に戻れたら、鮭を御馳走してやるから」


 ラビィの大好物が鮭だと聞いているのだ。それをちらつかせれば簡単に釣れる筈。


「ほんまやな! 嘘やったらハリセンボンで叩いちゃる!」

「料理はブリュナーさんに任せるけどね」


 悪いけど、我が家に鮭を買う資金なんて無いんだよとクレストの財布をアテにすることに罪悪感を覚えたが、ラビィはクレストの食客みたいなもんだから問題無いだろう。


「銀の武器やのうて、強い魔力を帯びた武器やないとダメージは入らんやろ。

 ニンニクは個人差の問題?

 太陽はそうやけど、ここじゃ届かんやろ。

 バンパイアは地下か夜間しか動かへん、半分は引きコウモリみたいなやっちゃ」


 設定はほぼ同じか。実質、太陽の一択なんだと苦笑する。


「なるほど、社交性は皆無で遮光は必須なんだ」

「上手いこと言うやん。

 で、引きコウモリってとこ突っ込まへんの?」

「聞き間違いかと」


 確かに上手いと思ったけど、この状況では馬鹿話は控えなければ。


「それなら…ノーラクローダ、一つお願いがある。

 貴男は僕達より圧倒的に強い。戦えば一瞬でケリが付く。でも敢えて僕たちは貴男と戦わなければならない理由がある。

 だけど、その前にせめてクレスト兄の遺体に会わせてくれないだろうか?

 そして出来る事なら遺体を持ち帰りたいのだけど」


 ダメで元々だ、と半分諦めていると、

「さっき自分が起こした火山の噴火に飲まれてあの男は死んだのだが。

 中々腹は立ったが、久し振りに楽しいバトルをさせて貰った礼ぐらいはしてやっても良いだろう」


 火山の噴火だと?

 あの人、一体何をやってんだよ!と思ったけれど、それでもノラを倒せなかったのかとルケイドはほぞを噛む。

 よく見ればノラの顔には薄ら殴られた後が付いているし、服も慌てて繕ったような感じになっている。

 裸でここに出て来るのは気が引けるとでも思ったのだろうか?


 実際、足下からもろに浴びた火山噴火の影響で、ノラの体は下半身を一度は完全に失ったのだ。

 だが持ち前の再生能力と周囲に溢れる豊富な魔力を吸収することで急速に回復することが出来たのだ。


 それにしてもだ。恐るべきはあの男の持つ勝利への執念か。

 あの忌々しい勇者達と言えど、数々の魔道具を駆使して二人掛かりでこの俺を封じたのに対し、あの男は碌な武器も持たずに俺に何度もヤバイと思わせる場面を作ったのだ。


 単独での強さなら、あの勇者を軽く越えていただろう。

 過去の戦いの中でも、血湧き肉躍るような経験など数える程しかしたことがない。奴は間違いなく魔界でも上位に位置する存在となれただろう。


 そんな奴の仲間の願いぐらいは叶えて遣っても構わないだろう。

 今日の俺はいつにも増して機嫌が良いからな。


「だが、何故お前は俺と戦う?

 今なら上手く誤魔化して、逃げ帰る選択肢もあるだろう?」


 全く訳が分からない。負けると判っていて、何故戦わねばならんのだ?

 俺と違って人間など一度でも死ねばそれまでだ。

 そう言えば、奴らに用意した四匹では一人も殺せなかったのか?


 魔界蟲は確か人間基準で言えば金貨級以上の奴らでないと倒せない筈。

 どう見ても該当するのは両手剣の男一人だけだ。

 このダンジョンでは魔界蟲の能力はブーストされるから、金貨級一人では太刀打ちなど出来ぬと思うが。


 よほど性能の良い武具を所有するのか、それとも魔道具を使ったのか。

 どちらにせよ、あの男の仲間と言うだけあって一筋縄ではいかぬと言うことか。


「このダンジョンは、僕の家が所有する山の地下にある。

 このダンジョンが影響を与えているのか、山に木を植えても全然育たないんだ。だから絶対にこのダンジョンを攻略しないといけないんだよ。

 でもそうしようとすれば、貴男を排除する必要がある。そうでしょ?」

「俺を排除するだと。

 面白い冗談だが笑えないな」

「おかしいて。オモロイなら普通は笑うやん?」

「ラビィ、少し黙ってて」

「嘘ーん! 今日はルケイドはん、当たりキツいねん!」


 兄と慕う男を亡くした後に、そんな詰まらんコトを言われると頭に来るのは当然だ。

 

 だが、ダンジョンが山に影響を与えているだと?

 それは単に魔界蟲どもが大好きな木の養分を吸いとっているだけの筈。

 恐らくダンジョンとは無関係なのだが、わざわざ親切に教えてやる必要は無いだろう。


 それに、もしかしたら本当にダンジョンが影響を与えている可能性も捨てきれんからな。


 しかし、外に放った魔界蟲達はいつ戻ってくるのだ?

 遊び呆けるにしては長過ぎる…そう言えばこいつらも魔界蟲を倒しているな。


「聞くが、外で魔界蟲を見たか?」

「何週間か前に三体倒した。お陰で死にかけたけど」


 なるほどな。それなら戻って来なくても当然か。

 ペットとは言うが、懐かん番犬のような奴らだからどうでも良い。欲しければ一度魔界に戻って補充すれば済む話だ。


 だが、あの現場までコイツらを歩かせて行くと時間がかかるな。特別サービスだ、飛行魔法を使ってやろうか。

 現場を見れば、奴の最後を悟って全てを諦めて帰るかも知れんからな。


「二人だ。俺の飛行魔法で奴の最後の地に連れて行ってやる」

「それなら、僕とエマさんだね」


 この若い男が独断で決めたのだが、他の者も当然だと言う顔をする。つまりこの男が指揮権を持つと言うことか。

 どう見ても経験豊富でも無ければ、極端に強いとも言えないのだが。


「時間はどれぐらいだい?」

と一番強そうな両手剣の男が彼に問う。

 ただしその評価は万全な体調の時においてだ。今の調子だとオークと良い勝負と言ったところか。


「そうだね…往復で二時間。

 そして帰って来たら、悪いけどノーラクローダさんと僕達は戦うから。

 勝つためには…みんな、一度しか言わないから良く聞いてね。

 必ずクレスト兄は生きているよ。

 ガラスみたいに簡単に壊れる人じゃないから。

 みんなは一旦地上に戻ってお昼の準備を」


 悲壮感が漂う中、その男とエマと呼ばれた女…さっき俺に噛み付いてきた女だ…が前に出る。

 この女はあの男の恋人だったな。

 ドロドロの溶岩に溶けた恋人の姿に何を思うか全くの見物だな。


 しかし、俺に勝つためにする昼の準備とは一体何のことだ?

 昼飯を喰ったぐらいで強くなるとは思えんが…まさか一時的に能力をアップするような薬を飲むとでも?


 勇者の一人がそのような薬を開発していたな。確か『ゾースイ』とか言って穀物を煮溶かす食べ物だったはず。

 それを食えば一時間は超人的な筋力を得ることが可能だが、副作用で筋肉は破断しやがてピクリとも動けなくなるのだとか。


 それで二時間に指定したのだな。

 涙ぐましい努力だが、どれ程ドーピングで強化しようが俺には敵うまい。

 それにのらりくらりと攻撃を躱し続け、自滅するのを待てば良いのだ。


「じゃあ、皆。悪いけど準備を頼む」

「…気を付けて行って来てください」

「ルケイド、こちらのことは俺に任せてくれ。間に合わせてみせる」


 ヤバイ薬と判っていながら、何故コイツらはこうも明るい顔をしていられる?

 それ程優れた薬品が出来たと言うことか?

 だが効果を上げればそれだけ副作用も強く出るのが薬の悪いところなのだ。

 それでもこうしていられる、つまりコイツら全員最初から死ぬ覚悟が出来ていたと言う訳か。


 それはそれで面白くない。死ぬのがイヤだと死を恐れおののく人間の恐怖を目の当たりにするのが楽しいと言うのに。

 死を恐れぬ人間を幾ら殺したところで、俺は全く楽しくないのだ。


 さて、どうしたものかと少々予定外な展開に頭を悩ませるノーラクローダ。

 それでも約束通り、ルケイドとエマの二人に飛行魔法を掛け、戦場跡へと誘うのであった。

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