第155話 一騎討ちの結末
ノーラクローダ、ノラとの一騎討ちに入った俺だが奴の独特な魔法に面喰らうばかりで全く底が見えてこない。
毒の雲による無差別殺人はドーナツ型のクレーターを作って阻止したものの、ダメージを与えたようには見えない。
「俺に魔法を止めさせるとは大したものだと褒めてやろう。
だが『血吸いコウモリ』からは逃げられるとは思うなよ」
右手は順手、左手は逆手に構えた二本のナイフは刀身が黒く、赤いラインが入っていてまだ完治していない俺の病気が再発、中二心を多いにくすぐる。
「そのナイフ、格好いいな!
どこで売ってる」
「はぁ? アホか貴様はっ!
『血吸いコウモリ』をその辺の安物と一緒にするな!」
「勘違いするな、褒めてんだよ!
俺もそう言うナイフが欲しい!」
ナイフを使って戦う予定は無いが、単に眺めていたいと言う欲求ならある。
「普通なら、このナイフを見れば不気味だとか気持ち悪いとか言うところだろうが!
お前の頭はどうかしている!」
「どうかしてて悪かったな!
まだ中二病は治ってねえんだよ!
でなきゃ、こんなグローブする訳ねえだろ!」
何かの金属部品で補強された格闘用グローブをノラに見せると、
「そんなクソ恥ずかしい物を…重症…末期だな。激しく同情しているぞ」
「酷え言われようだな。
同情するならカレー食えっ、だろうが!」
「最後は金送れだろ?」
マジレス対応のノラに対して先手必勝!
ナイフを持つ相手とならガチで毎日死ぬほど遣り合ってんだよ!
カウンター気味に突き出されたナイフを拳で逸らし、そのまま左の頬を捉える。
グシャッと鈍い音が響き、手応えを感じたが余韻に浸る間もなくの腕を切り落とさんとナイフが迫る。
ノラのナイフ捌きも悪くはないが、ブリュナーさんに比べればまだまだ甘い。
左のショートアッパーが入ったところで一気にラッシュを掛ける。
ボディ、ボディ、左フック!
右、左、バックハンドブローッ!
ノラの青白い顔が徐々に赤みを帯び、そして紫に変わっていく。
だがさすがは自称不死の王。これだけの攻撃を受けても、まだ倒しきれない。
一発一発、どれもが魔界蟲の装甲をもへこませる程の威力だと言うのに。
「いい加減にしろっ!」
バックハンドブローを受けて大きくよろめいたノラだが、一度唾をペッと吐き出す。口の中が切れているようだな。
「偉大なる不死の王を相手に、殴るとはどう言う了見だ!
普通なら剣か槍を使うだろうが!
けしからんにも程がある!」
「あー、すまんが俺は刃物は使わない主義なんだよ。
でも多少は効いたようだが」
「あー、効いてるぞ! 腹立たしぃ!
だがな…そろそろお前にも効いてくる筈だ」
「何が…?」
言われて気が付く違和感…僅かに体が重い…?
「すまんが嘘を付かせて貰った。
あの毒雲はそれ程大量には出せないのだ。
だがな…貴様、あの雲が消え去ったことで既に影響は無くなったと思っていただろうがな。
薄く広がったあの毒雲はまだ存在し続けて貴様の体に侵入していたのだ。
それで大口開けて動けば、そうなるのは当然のことよ」
マジかよ…随分呆気なく毒雲が霧散したと思っていたけど、知らずに奴の罠に填まっていたのか。
そしてノラの言う通り、時間と共に体が動かなくなって行く。毒を使う相手との戦いを全く想定していなかった訳ではないが、これは完全に失態だ。
辛うじて両脚で立っていられるのも時間の問題か。
「人間にしては良くやったと褒めてやる。
だがな、始めから勝負にすらならんことなど分かっていたのだ」
ゆっくりとノラが近づくと、おもむろに黒いナイフを振り上げ、ごく自然に振り下ろす。
グサッ!
ナイフは易々と革ジャンを突き抜け、胸筋の抵抗を物ともせずに俺の体に突き立てられた。
体の自由が効かないせいでウッと僅かに呻き声を出すに留まるが、実は死ぬかと思う程の激痛が走ったのだ。
「その『血吸いコウモリ』はな、突き立てた相手の血液を一滴残さず吸い尽くす能力を持つのだ。
麻痺した体に吸血のコンボだぞ。
どうだ、死に行く恐怖を味わう気分は?」
血抜きの必要が無くなるナイフなんて便利過ぎる…などと呑気に考えている場合じゃない。
確かおよそ三割の血液を失えば意識を失い、四割で死に至る筈。
徐々に頭から血が引いて行く感覚を覚え、これが立ち眩みと言うやつかと今更ながら初体験を味わったことに新鮮味を覚える。
「だがな…やはり俺の顔に傷跡を残すような奴にそんなラクな死に方をさせるなど、俺の腹の虫が治まらんな」
ノラの手がナイフの柄に掛けられた。どうするのかと思えばそのナイフをゆっくりと引き抜き、血の雫が滴り落ちる様を俺に見せ付ける。
黒かった刀身がかなり赤く色を変えていたのは、単に俺の血が付着した為では無いだろう。
「悪いが…それは全く同感だぜ」
何とか治癒魔法によって痛みと痺れを取り除くことは出来たが、失った血液の影響は少なく無さそうだ。
だが馬鹿みたいに接近してきたこのチャンスを逃がす手なんて在りはしない。
「『バニー!』」
ノラの目の前にテニスボール大の白い光の玉がポヨポヨと浮かび、
「『フラッシュ!』」
の声で音も立てずに光の手榴弾が爆発したような閃光を撒き散らした。
勿論この時、俺を目を伏せて俯いていた。
「ウガァッ! 目が!」
閃光に目をやられたノラが両手で顔を押さえた瞬間、まずは左拳で鳩尾を狙い、グハッと声を出したノラの分厚い腹に連続パンチを入れた後、容赦なく放ったアッパーでノラの体が宙に浮いた。
すかさずホクドウに持ち替え、
「『ナインヘッド・ドラゴンフラッシュ!』」
とパクリ疑惑満載の剣技で高速の連撃を入れていく。そして留めの突きはノラの喉仏を完全に破壊するだけでなく、刀身の三分の一がノラの首へと突き刺さったのだ。
口から赤い物を吐き出し、傷口からも大量の血を流すノラだが、これでもまだ生きている。
これで普通の生物では無いことが証明された訳で、ホクドウではノラに勝つのは無理だと諦める
「あの毒雲を吸ってまだそんなに動ける、だと?」
喉に空いた傷口が元に戻り、自分が傷を負ったことより俺が動けたことに驚くノラだ。
「どれだけ変態なのやら…だ。
だが俺を殺しきるには武器が足りていないようだ」
同感だな。チマチマとした打撃でコイツに留めを差すことは無理そうだ。
足下に落ちている『血吸いコウモリ』を拾い上げると、トクン、トクンとまるで鼓動のようなリズムで脈動している。
そっとその刀身に手を当てると、一度コイツに座れた血液がゆっくりと体内に戻って行くような感覚を受ける。
「…器用な野郎だ。血吸いから血液を奪うだと?」
「セルフ献血みたいなもんだろ? 自分の為に自分の血を預けておくのも悪くない」
レアな血液型の友人が、自分の為に献血センターに定期的に通っていたことを思いだした。
「セルフ献血? 分からん事を。
だが、血が戻ったとしてもまた吸えば済む話よ」
そう言うと右手に『血吸いコウモリ』を構えたノラが斬り掛かってきた。
若干体のキレが悪くなっているが、訓練の成果かノラに後れを取ることはない。
何度もガキン!ガキン!との『血吸いコウモリ』同士がぶつかり合い、イヤな金属音が鳴り響く。
徐々にノラが不利になり始め、幾筋かの切り傷から血を流す。そこでノラはナイフを左手に持ち替え、右手で細身の突剣を構えたのだ。
「ここからが本気だ!」
と言うが早いか、フェンシングの選手のように前後に素早く移動しては俺の体を貫いていく。
一つ一つのダメージは大したことはないが、ボディーブローを喰らうより蓄積するダメージは大きく、俺の戦闘能力を落とすと言う意味ではかなり効果的だ。
それに一定レベルのダメージを受ければ治癒魔法で回復しているので、疲れは溜まる一方だし魔力も減らされる。
その疲れで動きが鈍った俺の脇腹に突き立てられた刀身が深く入った。綺麗に貫通した痛みに顔を顰めるが、すぐに抜く予定だったノラも顔を顰めた。
激痛に耐えながら、
「『バニー!』」
と唱え、白い光の玉をノラの目の前に出す。
同じ手を二度も喰らうものかと目を閉じたノラの胸に、グサリとナイフを突き立てる。
その激痛で呻き声を上げたノラの顔面に左右のストレート、そして分厚い筋肉で覆われた胸と腹に連打を入れる。
その衝撃でノラの服がビリビリと破けて行くが、男で良かったと安堵する。
その連打が十を超え、二十を越えたかどうかでガクッと体にブレーキが掛かった。毒の影響か?
破れた服を脱ぎ捨てたノラの体には確かにダメージが入った筈で、紫色に変色している。
だが痛みより怒りか?
血走らせた双眸が俺を睨むと、
「人間風情が調子に乗るなよ。
『インフェルノ』」
と唱える。
ノラの手から人魂か火の玉か…アニメやコミックでも見る、人の顔を持つ霊魂のようなイメージの塊が幾つか飛び出し始めた。
「痛みに悶え苦しめ!
喰い千切れっ!」
それが発動キーだったのか、不気味な人魂が俺に襲い掛かる。
魔力を込めたホクドウで一つ二つと叩き落として行くが、数の暴力に勝つことが出来ず、両腕、両脚に取り憑いた人魂がブチ!とイヤな音を立てた。
そして僅かに遅れて感じ激痛にそこを見ると、革ジャンともども俺の肉を喰い千切っていたのだ。
一匹が満足げな顔をしたかと思うと、俺の体から一斉にブチ!ブチ!ブチ…!と大量の肉が喰い千切られていき、ノラの言葉通り悶え苦しむことになった。
まともに息が出来ず、治癒魔法を使う用意も儘ならない。
「良いねぇ!実に良い!
まさに望んだのはその姿だよ!
もっと悶え苦しむが良い!」
ちきしょうめ!
こんな所でくたばる訳には行かないんだよ!
そうは思うが、襲い掛かる人魂の波状攻撃を防ぎきることは出来ず、ついには白い骨が姿を見せ始めたのだ。
さすがに『死』の一文字を覚悟し、治癒は諦めて持てる魔力全てを込めた一撃を決めた。
「皆、すまねえな…。
ラビィもあの時、こんな気分だったのかもな…『ボルカニック…イラプション!』」
ノラの真下の地面が陥没を僅かに始め、そしてゴボッと音を立てる。
「なにっ?!」
驚くノラが様子を窺うかのように宙に浮き上がった瞬間、地面は噴火口へと形を変えて一気に爆発を起こしたのだ。
「あ…これは俺もやばいやつ…かも」
既に動く力も魔力も残っていない俺に、降り注ぐ火山弾を回避する術は無い。
幸いだったのは、余りの激痛に気を失い、自分の最後を意識する機会が無かったことか。