第154話 死闘の始まり
ノーラクローダを仲間達のもとから引き離す為に俺は奴に提案を持ち掛けた。
「やるなら場所を変えようか。その方がお互い思いっきりやれると思うけど」
「好きにしろ。貴様がどう足掻こうが結果は変わらん。つまり、貴様の死以外有り得ないのだからな」
強者故の驕りか? だが非常にありがたい。
俺の攻撃魔法は細かな制御なんて出来ないからな。撃つときは森一つ破壊する気持ちでぶっ放させてもらおうか。
それにしてもこのダンジョンは一体どれだけの広さがあるのやら?
地下にポッカリと空洞があるにしては、おかしなサイズ感ではないか?
宙から見渡す限り、端が見えない程に森が続いているのだから。
しかしここが魔砂土の層の中なら、魔力を使って何でもありなダンジョンが出来ても不思議ではないのか。
「もうそろそろ良いのではないか?」
少し焦れたような声でノーラクローダ…面倒だからノラで良いか…が声を掛けてきた。
「なぁノラ。このダンジョンってずーっとこんな感じで森が続いているのか?」
と空を駆けながら下に広がる森を指さすと、イラっとした声で
「ノーラクローダだ。ノラでは無い無礼な奴だ」
と返事が返ってくる。
「だって名前が長くて、呼ぶのに大変だろ。
お前、ダチからなんて呼ばれてたんだ?」
「…ダチだと?
俺は孤高の存在だ。支配者にそのような者はおらん」
「なんだ、ボッチか。そりゃ悪かっ」
たな、と言葉を掛ける前に後ろから突然ノラが魔法を放ってきた。
「てめえ、汚ねぇだろ!
正々堂々、真っ向勝負してこいや!」
「俺をボッチなどと言う輩に、正々堂々も糞もあるか!」
飛びながら左右の手から次々と『魔弾』を放って来るが、脳とリンクした高精度のスライム式レーダーが『魔弾』を的確に教えてくれるので振り返ることなく全弾回避に成功する。
だが、スライムとのリンクは脳への負担が大きい為、長時間の連続使用は避けなければならない。
魔力の回復はあまり出来なかったが、一度森に着陸することにした。
この森が安全かどうかも分からないのだが、あのままだと撃墜される未来しか見えなかったからな。
とは言え本格的な飛行訓練の経験は無いのだ。宙を飛ぶのは良いが、着陸の仕方が分からない。
『フライト』モジュールの使用を止めて『空蹴』だけで何とかしようと思ったが、速度が出過ぎている為か上手く空気を掴めない。
片翼を失った飛行機のようにおかしな軌道を描きながら、そのまま森へと落下していく。
「止めてーっ!」
と敵であるノラに頼むが当然聞いてくれる訳も無く。
仕方なく右手に魔力を流し、航空機の逆噴射の要領で『ジェット気流』を発射。
強引に急制動を掛けると、後ろから追い掛けてきたノラがすぐ真横を通過したのでこれはラッキーとばかりにノラの脚を捕まえた。
背中にはバタバタ動くコウモリの羽根があって邪魔だったし。
だがそのことが最悪の事態を招くことになろうとは…。
ブチッ!
スルンっ!
掴んだノラのズボンの腰の留め具部分が掴まれた時の勢いに負けて破れ、勢いよく足首辺りまでスルスルと脱げてしまったのだ。
「こらっ! 何をするのだ!
このド変態っ!」
怒鳴られるのは当然だが、決して悪気があった訳では無い。
だがこのハプニングでバランスを崩したノラは錐もみ回転を始め、俺が掴んだズボンはネジネジと巻かれていく。
そして限界を超えたその時、遂にノラのズボンが破裂するように破けてしまったのだ。
「俺のズボンがっ!」
「すまん! わざとじゃねえ!」
「すまんですんだら、衛兵隊はいらんだろうが!」
そう言う話をしている場合かよ!
今はクルクル回転しながら墜ちてる真っ最中っだろ!
ズボンを無くしたノラだが、トランクスは履いていたようで安心したよ。丸出しの相手と遣り合うのは見るだけでも精神的ダメージがデカ過ぎるからな。
もう一度『ジェット気流』を発射して速度を落とし、生い茂る木の枝をクッションにしながら軟着陸に成功した。
一方のノラも大きなコウモリの羽根を使って辛うじてランディングに成功したようだ。
あわよくばあのまま墜落死をしてもらおう、などと甘い考えも少しはあったのだが。
「貴様っ! 俺のズボンをどうしてくれる!」
「お前が先に後ろから魔法で攻撃してきたのが悪いんだろ!」
「お前が俺をボッチなどと馬鹿にするからだ!」
…お前…そんなに気にしてたのか。
「悪かったな、まさかそれほどとは。
で、ズボンの替えはある?
トランクス男と遣り合うのはちょっと…」
魔族ってどう言う生活を送っているのか知らないけど、一応人型なら衣服は必要だよね。
裁縫工場やテーラーで作ってるのかな?
それとも全部魔法で出せるの?
それに着替えは?
うん、分からんことだらけだな。
だがさすがは不死の王と言ったところか。パチンと指を鳴らすと、瞬くうちにズボンが再生していったのだ。言い方はあれだが、まるで沢山の羽虫が集まってズボンが出来たようにも見える。
「便利だな。今のは魔法で?」
答えてくれることは期待していなかったのだが、
「俺ぐらいのレベルになればな、自分の魔力を衣服に浸透させ、自由に再生、変形させることも可能になるのだ。
貴様ら人間には到底出来ぬ芸当だがな」
「そうなのか。それは凄いな。でも一つ言わせてくれ」
「なんだ?」
「ズボン、裏表になってるから」
気にすまいと思ったが、気が付いてしまうとやはり気になって仕方がない。
言われてズボンを見たノラが、慌ててズボンを修正した。確かにズボンを自由自在に操れるようだ。
実に羨ましい能力だ。
ようやく…ズボンの件も一件落着…。
「無駄な時間を取ったが…それだけ貴様の生きている時間が伸びた訳だ。
感謝しろ。そして…死ねっ!」
連続発射されてくる『魔弾』は、攻撃魔法としては最も初級レベルに位置する物だが、それでもノラが放てば一発一発が生い茂る樹木の幹に大きな傷跡を残していくぐらいの破壊力を秘めていた。
中二病患者専用グローブを左右の手に填め、絶え間なく放たれる『魔弾』を弾き飛ばしていくが、正直言って分が悪い。
野球のピッチャーと違ってノーモーションで発射されるし、ボールと違って形がハッキリ見える訳ではないのだから。
「バンパイアってのは、そんなチマチマした攻撃しか出来ねえのか?」
ノラが攻撃の手を止めたタイミングでそう挑発すると、
「人間の割にはやるようだが、調子に乗るなよ。特大の一発で仕留めてやろう」
と左右の手を突き出した。
俺は装備をホクドウと衝撃吸収グローブに変更し、バットのように構えてノラの言う特大の一撃を待つ。
「木の棒だと! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「悪いか! コイツは男のロマンなんだよ! 理解しろやっ!」
ノラもホクドウの良さを理解してくれないのか。残念だ。アン…バンパイアなら分かってくれると期待したのに。
「これで貴様の終わりだっ!
『地獄のワンハンドレッドマイル!』」
百マイルだと! どこのプロ野球選手だよ!と突っ込む間もなく迫り来るデッドボール確実の特大魔弾を見据えると、大きく一歩を踏み出してバットのようにホクドウを振り抜いた。
勿論魔力を流して強化してある。
毎日毎日高速機動からのナイフの攻撃に晒されている俺にとって、百マイルの魔弾は実にうちゴロと言っても過言では無かった。
振り抜いたホクドウが魔弾にジャストミートすると、まるで硬式ボールのようにへしゃげながらノラに向かって一直線に飛んで行く。
「何だとっ!」
と驚いたノラに魔弾は激突し、服の胸の辺りに丸い穴を開けて破裂した。
「ピッチャー返しだ。フィールディングはイマイチのようだな」
とニヤリと笑う。だが今の一撃でエリスちゃんの作った最初のホクドウが破損してしまった。
肝心なのはノラにダメージが入ったかどうかだが。
「器用な奴だ。まさかそんな木の棒で弾き返すとはな。だが所詮は木の棒きれよ。次の攻撃は弾き返せまい」
次の特大魔弾を発射しようとするノラに対し、バルドーさんの作ったホクドウMK 2を出す。
「何か言った?
当然スペアは持ってるけど」
「準備万端かよ!?
それに収納系スキル持ちだと!
貴様、勇者の血筋か!?」
勇者では無く、魔王の血筋…と言うか本人なんだけど。でも人間の言う魔王が魔族にとっての魔王かどうかは分からない。
だってこの世界って割と簡単に称号が付きそうだしさ。
「そうであれば、根絶やしにせねば気が済まん」
「違う違う!
あんなのと一緒にしないで!
と言うか、ノラって勇者とどんな関係?」
「奴らは我が魔王城に土足で侵入し、俺が貯め込んだ宝を奪い、俺の首を撥ねたのだ」
と言うことは、コイツは首を落としても死にはしないってことか。
「だが所詮は人間の浅知恵よな。俺を完全に殺しきることは出来ず、灰にしたことで滅びたと思ったらしい」
燃やしても復活するなんて厄介な奴だな。
「俺を滅ぼすに太陽の光を浴びせるしかないと言うのに。
おっとうっかり口を滑らせたな、と言う顔をしているな?
だが甘いぞ。ここは地下にある魔砂土層に出来たダンジョンだ。お前がどう頑張ろうが、太陽の光が届くことは無いのだ。
そして俺がダンジョンを出ることも無い。
故に誰にも俺を滅ぼすことは不可能なのだよ」
そう言って高笑いを上げたノラが、再び魔法を放つ姿勢を取る。
「『魔弾』で倒せんのなら、それ以上の攻撃を放つまでよ」
凄みを増したノラの雰囲気を感じ取ったスライム達が俺に警戒しろと合図を送ってくる。
どんな魔法が放たれるのか分からないが、カウンタックで防いでから反撃の魔法を撃つつもりだった。
スライム達がカウンタックの防御力を超えた攻撃が放たれると察知したと言う
ことか。
「『暗黒時代』」
ノラの手から出て来たのは、モヤモヤとした灰色の雲のようなものだった。
その雲がモクモク、モクモクと溢れ続け、雲が触れた地面に生える雲が瞬時に枯れ落ちる。
「毒の雲みたいなものか。それなら…」
灰色の雲はそれ程動きが速い訳ではない。それなら雲の届かない場所に移動すれば良いだけだ。
「逃げても良いが。
この雲は無限に拡散を続けるからな。このダンジョンぐらいなら完全に覆って仕舞えるだろう。
そうなると仲間達はどうなるかな?」
それが本当なら、無差別殺人をやってのけるつもりと言うことか。早めに雲の発生を止めさせる必要があるな。
接近しての直接攻撃は密度の高い雲に触れるので避けるべきか。
考えている間にも、雲に触れた木々が瞬くうちに枯れていく。庭の雑草の処理に便利そうだが、どんな薬でも限度を超えてはいけないのだ。
燃やすと逆にヤバそうだから、火の系統は使えない。ならば!
「『ロックブレッド』」
地面に手を当て広範囲に魔力を通す。
そこからマシンガンのようにガガガガっと音を立て、拳サイズの石礫がノラへと連射されていく。
瞬くうちに地面が抉れていくのは、魔力で石を作るのではなく、土を石に変えている為だ。
さすがに連続して石をぶつけられればノラも自分の魔法に集中出来なくなるようで、手から出ていた雲が途切れた。
背中に生えていたコウモリの羽根は、膜に穴が空いたのでダメージは受けている筈なのだが。
全く痛そうな素振りを見せず、
「この俺に石を投げるとは万死に値すると思え」
と羽根を収納し、手に歪な形のナイフを持つと不敵な笑みを浮かべるのだった。